東方漂泊録   作:芳養

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賽は投げられた

「あまりこの瘴気に触れるな!下手をすれば存在が保てなくなってしまうぞ!」

 

 藍は蒲公英の能力を未だによく知らないであろう魔理沙たちへ向かって警戒するよう叫んだ。その効力は人間に比べて人外の者に対して強く発揮することもすでに調査済みであった。

 

 そして後ろへ下がりつつ彼女は半人半霊である妖夢へ懐から取り出したあるものを手渡した。

 

「これは…?」

「気休め程度だが奴相手なら持っておいた方がいい」

 

 それは萃香が持っていた形代と同じものであった。

 身代わりになってくれるように否定の力を無効化してくれる代物だ。これがあれば万が一のことがあったとしても存在が消されるまでいかない彼への対抗策としてこの上ない物であるが、制作に時間が取られ過ぎるために枚数を用意できていなかった。

 

 藍は彼女が持つべきだと判断して自らの分を差し出した。

 

「さっさと来ないのか?なら俺から行かせてもらうぞ」

 

 蒲公英の強みは圧倒的な膂力の接近戦であることを彼女たちは既に思い知らされていた。対して幻想郷の少女たちは弾幕を駆使する距離を置いた間合いの戦い方を得意としている。

 真逆の戦い方であったために霊夢たちは待ちの姿勢を取らざるを得なかったが、彼がそれに大人しく付き合う理由はなかった。

 

「来るわよ!!」

 

 彼は片足を半歩後ろに下げるとその場から姿を消す。

 ほとんど勘だけの領域でそれを察知した霊夢は自分たちを守るために御札を取り出して即席の結界を張った。

 

 

 

 

 

 

 

 結界を張って一秒も経たずにそれは激しい音を伴って粉々に砕け散る。

 

「「「「!!??」」」」

 

 霊夢以外の者には何が起こったのか理解が追い付かなかった。彼が姿を消したと思った矢先、結界が硝子のように四散した。

 

 

 一瞬の間で、蒲公英は小さな予備動作から目で追いきれない速度で宙返りの突撃を繰り出したのだが、霊夢はその攻撃を寸前のところで防いだのだ。

 

 その刹那にも等しい攻防の証拠に、頭頂部に拳大のたんこぶを腫れ上がらせた彼はその場に力なくコロコロと転がっている。

 

 

 

『人符"現世斬"』

 

 状況の理解よりも先に妖夢はその隙を逃してはならないと判断し、幾本もの斬撃を繰り出しながら彼へ接近した。

 

「半霊か。珍しいな」

「なっ!?」

 

 何食わぬ顔で転がった状態のままからカポエイラのように身体を回転させた蹴りで妖夢の斬撃を全てかき消した。

 そして飛び上がりながらのダイナミックな両足蹴りを彼女の腹へ叩き込む。

 

『魔符“スターダストレヴェリエ”』

 

 彼の動きを制限するように魔理沙から七色に輝く星型の光弾が散りばめられるが、それが数発直撃しても攻撃の手を緩める様子は少しもなかった。

 

 蒲公英は一つの光弾を握り潰さないように掴み取ると投球フォームからの剛速球で彼女へ送り返した。

 

「があっ!?」

 

 煙を上げて飛ばされる魔理沙を横目に次の獲物へとターゲットを移しそうとした時、

 

『開海“海が割れる日”』

 

 まるで波を打っているかのようにレーザーが左右から彼を挟み撃った。早苗の祈りに応じてその弾幕は激しく降り注がせていく。

 

「お前らじゃ相手にならん!大人の人を呼んで来い!」

 

 蒲公英の拳の乱打によってその弾幕は一瞬で打ち砕かれ、虚を突かれた彼女の腹へ一発の拳圧で作り出された空気の弾が襲う。

 

「かはっ!!」

 

 早苗は苦しそうに悶えながらその場で膝を着いた。

 

 三人を続けざまに捌き終えた蒲公英のもとに、藍は妖力で鋼鉄と同じぐらいに硬く強化した自身の尾で猛襲する。

 

「骨のありそうな奴がきたな」

「勝手に言っていろ!今日ここでこの因縁を終わらせてやる!」

「簡単に終わらせることが出来ないから因縁なのだ!死ぬまで踊り切ろうじゃないか!」

 

 九つの尾に対して二つしかない拳で応戦していく。

 しかし驚くことに手数では藍が圧倒的に勝っているのに、それ以上に拳での攻勢が凄まじく蒲公英の方が優位に間合いをじりじりと詰めていった。

 

 

 

 そして藍の攻防兼ね備えた尾を搔い潜って殴打の攻撃が届きそうになったその瞬間、それを遮るように彼の左目に針が飛来して深々と突き刺さった。

 

「ぬあ!?」

 

 音もなく放たれた封魔針に痛みよりも視界を奪われたことに焦りを覚える。

 

 目の前で攻撃の手を止めて隙を晒した彼を見逃す理由はなく、藍は身体を一捻りして勢いをつけた尾で地面に叩きつけた。

 

「ははは!厄介この上ないな!」

 

 立ち上がりながら目に刺さった封魔針を引き抜きつつ、能力で貫かれた左目を再生させる。針はこちらの手にも使えると判断し、口に放り込んで嚙み砕いた。

 

「せっかく左右対称にしてあげたのに。そっちのほうが似合ってたわよ」

「お洒落はこの格好でもう間に合ってんだよ」

 

 飲み込まずに口に含んでいた針を息で吹き出して霊夢を牽制する。

 その間に藍を仕留め切るのは難しいと判断し、九つの尾で守る防御の上から強烈な蹴りをお見舞いして距離を離した。

 

 そして真っ直ぐと霊夢のもとに走り出していく。もちろんそれを黙って見ている彼女ではなく、懐から取り出した御札を投げつけて蒲公英を迎え撃つ。

 それに直撃すると火薬でも仕込んでいるのかと疑いたくなるような爆発が炸裂していった。

 

 火煙に姿が包まれていくが、彼はその中でもお構いなしに突き進んで霊夢の首へ右手を伸ばして掴み締め上げた。

 

「ぐうう……!」

「まずはお前からだ!」

 

 手に込める力を上げていき、彼女の意識が一瞬消えかけたその時、

 

「やあああ!!」

「むお?」

 

 無防備だった彼の背中を妖夢が一刀切り裂いた。

 

 しかし傷は薄皮一枚、命を取るには足らな過ぎるものであったが、彼は少し面食らっていた。

 

(復帰が早い?)

 

 常人であればすぐに立ち上がることが出来ない程には力を入れて攻撃したが、彼女はその後すぐに切りかかってきた。

  

 今の蒲公英は知らなかったのである。博麗の巫女の名の下に制定されたスペルカードルールで少女たちは命のやり取りまではいかないものの戦い慣れていることに。

 それに関して彼女達の評価を少し甘く見積もっていたのもあるが、完全に隙を突かれた状態だった。

 

 虚を突かれて首を絞める腕の力が緩まったのを霊夢は逃さずに、即座に抜け出して彼の首筋に回し蹴りを打ち込んだ。

 

「なにかしたか」

 

 まるで巨大な岩のように手ごたえを感じさせなかった。頑丈な身体に加えて再生する能力。それは彼女たちにとって超えられない圧倒的な壁を体現するのに十分過ぎていた。

 

 万事休すか。そう思わせ、右の拳を天に掲げて着地の隙を見せる霊夢へ振りかざそうとした時だった。

 

「そこをどけぇぇぇ!!!」

 

 魔理沙は箒に跨って自身の最高出力で彼の脇腹に向かって突撃した。極太の光を伴っての突進であったが、右目の死角側からであったために反応が遅れて直撃してしまった。

 

 箒の柄が脇腹にめり込むように刺さった次の瞬間には彼の身体は銃弾よりも速いスピードで飛ばされていた。

 

「まだだ!あいつはあれぐらいじゃ倒せない!」

 

 遠くで土煙に包まれる彼の次なる攻撃に魔理沙は警戒を緩めない。

 立ち上がってこちらに向かってくるのかそれとも新たな手を見せて翻弄してくるのか様々な考えを巡らす。現状彼に有効な攻撃を与えられていない今、後手に回るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、飛ばされた彼の様子はその予想に大きく反していたものであった。

 

「ぐあああああ!!痛ぇ!!痛ぇ!!なんだこの痛みは!!」

 

 脇腹を抑えて苦痛に激しくのたうち回っていた。黒色の液体を血のように吐き出しながら獣じみた叫び声を上げていたのだ。

 先程までの余裕の態度と一変して全身の悲鳴に苦悶の表情へと歪ませていた。

 

「は…?」

 

 魔理沙はその信じられない光景にポカンと口を開いて固まってしまう。同じように霊夢たちも目を丸くして動きを止めていた。

 

 演技をしてこちらの油断を誘っているのか。それにしては痛がり方が尋常ではない。

 よく目を凝らして見てみれば脇腹の攻撃を与えた箇所に亀裂のような線が走っている。明らかに今までと感触が異なっていた。

 

「よくやった魔理沙」

 

 藍は転げ回る蒲公英の脇腹を容赦なく蹴り飛ばして追撃の光弾を喰らわした。痛みに呻く彼は何も抵抗出来ずに空中に打ち上げられて光弾の光に包まれてしまった。悲鳴を上げる間もなくやられていた。

 

 

 

 しかし、空中で体勢を立て直すと二本の足を大きく開いて地面を踏み砕くぐらい強く着地した。

 

「ハァ……ハァ……今のは効いたぜ」

 

 歯茎を露わにするほどに痛みを食いしばっており、嚙み締める口からは黒い血が流れ落ちていた。

 

 再生する気配もなく、それは無敵の仮面が剝がれた瞬間だった。

 

「脇腹だ!右腕側の脇腹を狙うんだ!」

 

 どういう原理でダメージが入っているのか理解する必要はなかった。ただ彼にとってそこが弱点であり、ダメージを与えられたという事実だけで十分なのであったからだ。

 

 戦況は一転、完全な不死身ではないことが露呈して少女たちに勝ち筋が見えてきたのであった。

 

「お前ら相手にはこれぐらいのハンデがあった方がちょうどいいだろ!どんどん狙ってこいよ!」

 

 だが蒲公英にとっては数あるうちの武器の一つが使えなくなっただけでまだ戦えないわけではなかった。

 

 それに脇腹から全身に渡る激痛は死への緊張感から生の実感を湧かせてくれている。この痛みこそが自分が今ここに生きているという存在の証明であった。

 痛みという快楽に溺れそうになりながらも少女たちから目を離さない。やはりこの身にはもっと闘争が必要だった。

 

「俺を見ろ!!俺はここにいる………まだここに生きているぞ!!」

 

 その感情の高ぶりに呼応して彼の身体から漆黒の霧が吹き荒れた。

 

 まるで極寒の中の猛吹雪のように、伸ばした手の先さえ見えなくさせる程の黒が世界を塗りつぶしていく。そして彼の姿はそれに溶け込むように消えていった。

 

「私に任せてください!」

 

 このまま視界を奪われた状態で彼を相手するのは不味いと皆が判断したなか、先陣切った早苗は御幣を掲げて祝詞を上げた。

 すると彼女を中心に突風が巻き起こり、風の祝福はあっという間に彼の霧を晴らして光の届く世界を取り戻していった。

 

「い、いません!」

 

 しかし、霧が払われて隠れるものが無くなったというのに彼の姿はどこにもない。左右後方、そして空を確認しても蒲公英を捉えることはなかった。一瞬の間のことで理解が少し遅れてしまう。

 

 彼がどこから攻めてくるか分からないが、迎え撃つ準備は彼女たちには出来ていた。

 

 

 

 緊張が張りつめられるなか、少女たちのもとに重機のような鈍く唸る音が徐々に近づいてきていた。空気を震わせる重い響きであった。

 

 

 迫りくる音の正体に真っ先に気付いたのは霊夢だった。

 

「下よ!!」

 

 黒い影が勢いよく地面から飛び出して早苗に拳の一撃をお見舞いするが、霊夢の警告もあったおかげで完全に不意を突かれずに防御を間に合わせることが出来た。

 

 攻撃を防がれた蒲公英は無理に深追いはせずに、水泳選手の飛び込みのように再び地面へ潜り込んでいった。

 

「バラバラだと不味いわ!みんな固まるのよ!」

 

 霊夢は彼の狙いが一撃離脱の各個撃破だとすぐに見抜き、数の利を最大限活かす動きを見せた。普段ならばこのようなチームプレーは必要ないと考えていたが、今回ばかりは勝手が違った。一人でもやられてしまえば不利に傾くのは必然である。

 

 次の攻撃に備えてお互いが背中を守り合うように陣形を固めた時、魔理沙が違和感に気付いた。

 

「おい……藍はどこだ…?」

 

 藍の姿がどこにもなかった。

 

 残された三人はハッとするように辺りを見回しても彼女の特徴的な九つの狐の尾は目に映らなかった。まるで神隠しにでもあったかのように。嫌な予感が脳内を刺激していく。

 

 

 

 そして彼女たちから数メートル距離を置いた場所の地面がゆっくりと隆起して蒲公英がそこから這い上がって姿を見せてきた。

 

「お探しものはこれか?」

 

 這い出てきた穴に手を入れるそこから数多の傷と泥に塗れた藍が引っ張り出されてきた。首を掴みあげられる彼女の様子は息も絶え絶えで既に満身創痍だった。

 

「藍さん!!」

「待ちなさい!」

 

 妖夢はその光景に耐え切れず、理性を無くして飛びかかりそうになるところを霊夢に静止された。感情に任せて向かってしまえば彼の思う壺なのは明らかであったからだ。

 

「野性が獣だけの特権だと勘違いしたな。人間にもあるんだよ。今はほんのちょっと忘れているだけ」

「う゛ぅ゛……」

 

 彼女は否定の力に当てられて身体も半透明のように消えかけているが、意識だけは最後まで手放していなかった。動かせない身体でも彼の喉元に喰らい付いてしまいそうなぐらいの気迫を感じる瞳の炎は残っていた。

 

「私に……構わず……やるんだ…」

 

 彼女は自身を盾のように扱われて霊夢たちが彼を攻撃できなくなってしまうことを何よりも危惧していた。

 

「カッコイイこと言うじゃねえか」

「おい!これ以上藍に何かしてみろ!こっちも容赦しないぞ!」

 

 魔理沙は自身に気を逸らすために八卦炉を構えるが、蒲公英には何も効果はなかった。ただ手元の獲物を見つめるだけだった。

 

「こいつには世話になったからな。安心しろよ。お前らもすぐに後を追わせてやる」

 

 藍から手を離して地面に落とすと、片足を上げて彼女目掛けて踏み落とした。

 

「藍さぁん!!!」

 

 飛び出そうにも彼は既に踏み抜いたあとであり、その衝撃の重さを示すかのように土埃が激しく舞った。一歩出遅れた妖夢は息を吞んだままその場に立ち尽くしていた。

 

「………ん?」

 

 しかし、彼には藍を踏んだ感触が感じられなかった。足は硬い地面を踏み抜いた感触だった。おかしいと思い、裸足の裏を見ても小石や土泥が付着しているだけであった。

 

 

 

 仕留め切れていない。

 

 

 

 彼は思考を即座に切り替えて周囲を見回すと、先程までいなかった少女が藍を両腕で抱きかかえてそこに立っていた。その救出はまるで時間を止めて行われたように一瞬の出来事であった。

 

 それを行った少女はナイフのように輝く銀色の髪に見ただけでも洗練された印象を与えるメイド服を身に纏っていた。

 

「「「「咲夜(さん)!!」」」」

 

 四人はその絶妙なタイミングで来てくれた助っ人に声を上げる。

 彼女の能力は今のように発揮すれば非常に頼もしいものに加えて、戦闘経験も霊夢たちと肩を並べる程だった。協力して彼と戦うには申し分ない人物である。

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女の表情はいつものような冷静さを感じさせず、まるで信じられないものを見ているかのように動揺で頬を引きつらせていた。

 

「あなた…一体どうしちゃったのよ…。お嬢様も妹様も心配しているわ。馬鹿なことしてないで早く一緒に帰るわよ」

 

 彼が生きていることを喜べばいいのか現在の惨状を憂えばいいのか分からず、情緒はぐちゃぐちゃで声は震えていた。

 

 蒲公英は咲夜の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、ゆっくり口を開いた。

 

「誰だお前」

 

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