4-1「『灰原哀』」
「なるほど、そうして貴女は阿笠さんの家に」
杯戸シティホテルの一件より数日後。
阿笠の自宅に呼ばれた杉下と冠城は、灰原から組織離反の一部始終をコナン、阿笠同席の元、聞かされていた。
「えぇ。運よく生き残り、工藤君にも協力をお願いして、今は『APTX4869』の解毒剤の研究を進めているわ」
「しかし、先ほどの話では研究所は組織によって抹消済みだとか。一体どうやって」
「工藤君が以前、体が一時的に戻ったというパイカルの成分を研究中ね。とはいえ一からだからどうしても時間がかかってしまうわ」
「パイカル、中国酒の一種ですね・・・ん?まさか」
と杉下はじろっとした目をコナンに向ける。
突然向けられたコナンは、まさに『マズイ事がバレた』というように顔を引きつらせる。
「・・・呑んだのですか」
「い、いやあ、あの時は色々重なって・・・すみません」
「ハァ・・・まったくキミという人は」
「やるねぇ、工藤くん」
結局素直に謝罪するコナンに対して軽口を言う冠城。
そんな冠城に対して、ジト目を向ける杉下であった。
***
「ところで灰原さん。先ほど貴女は『APTX4869』はあくまで開発中の試作薬だと仰っていましたねぇ」
気を取り直して話の流れを戻す杉下。
「ええ。そして投与された被験体から一切毒物反応が出ない事に気づいた組織は、薬を暗殺用の毒薬に使用し始めたわ」
「ということは、本来毒薬として開発していた訳ではないのですね」
「・・・まあね」
「では、本来開発していた薬とは一体なんですか?」
「・・・」
杉下の質問に目をそらし押し黙る灰原。
『だけど、俺達が変に隠し立てせず向き合えば…必ず協力してくれる。心強い味方って訳だ』
以前のコナンの台詞が頭に浮かびあがる。
「灰原さん?」
「・・・さぁ、私もはっきりとした事は分からないわ。あくまで私は父と母が進めていた研究を引き継いだだけだから」
「しかしある程度の方向性というのは聞いていたのでは?」
「それも今となってはわからないわね」
「・・・それはどうしてだい?」
灰原は重い口を開く。
「・・・あくまで私は組織の指示で父と母が作っていた薬を復活させただけなのよ」
「復活?」
「私が生まれてすぐの頃、父と母の研究所が火事になってね・・・薬の資料と一緒に二人とも焼死してしまったらしいわ。私は焼け残った資料を集めてその薬を復活させただけ」
「そうでしたか・・・」
予想に反しデリケートな内容が出てしまい、杉下は少し申し訳なくなってしまった。
「・・・それで、どうするのかしら。分かった通り、私は犯罪組織の元構成員な訳だけど」
「・・・おい灰原」
「これ哀君・・・」
突然しんみりとした雰囲気を無理やり断ち切るかのように杉下に問う灰原。
隣で聞いているコナン達は、灰原の振る舞いを杉下がどう捉えるのか不安で焦りを覚える。
「・・・確かに、貴女の行った事は決して許される事ではありません。しかし、現時点でそれを証明することは法律上難しいでしょう」
「・・・」
「それに、これは工藤君の時にも話していましたが・・・組織の危険さは、理想を言っていられる状況ではありません。今回の一件では、尚の事痛感しました」
杉下の言葉に、冠城の顔も曇りが見える。
ホテルの玄関前で一瞬杉下が見せた、あの小さな背中を思い出した。
「ですが・・・えぇ、それでもあえて言いましょう。灰原さん・・・いえ、宮野志保さん」
杉下からの言葉に、自然と体に力が入る灰原。
「貴女のこれまで行為は決して許されるものではありません」
「・・・」
「ですが、私は貴女をここで責めようとは決して思いません」
先ほどとは打って変わって、厳しくもありそれでいて優しい目で杉下は『宮野志保』へ言う。
「僕は、貴女より少し早く工藤君と出会いました。
だから、貴女が工藤君と出会って、何も変わらなかったとは思えません。
何も思わなかったとは思いません。
だから僕は・・・貴女がこれから、自らの罪と向き合い続け、償い続ける事を願います」
「・・・はい」
***
「ところで、これからは我々だけしか居ない時も基本工藤君と宮野さんの本名は呼ぶべきでは無さそうですねぇ。どこから情報が洩れるか分かったものではありません」
これまで杉下と冠城は、自分たちだけやコナン達だけの時にのみ本名を呼んでいたが、その方針を変えるべき時が来ていた。
「はい。どこに奴らの諜報員が紛れているか分かりません」
「そうね。彼らは幹部から末端に至るまで、あらゆる層に浸透しているわ」
「幹部・・・先日冠城君と君たちが目撃したというジン達の事ですね」
「ええ。ジン、ウォッカ、それと見慣れない男が一人」
「灰原さんはジンとウォッカ以外の幹部は知らないのですか?」
「コードネームが分かれば噂を聞いたことを思い出すかも知れないけど・・・」
「では、杯戸シティホテルの中でピスコこと枡山さん以外に組織の人間がいた可能性については?」
「!!」
灰原の表情が明らかに変わったのを見て、杉下が察する。
「なるほど、やはり居たのですね」
「・・・ええ。恐らく何人もいたと思うわ。幹部クラスも、末端クラスも・・・でも」
「でも?」
「その中にひときわ強烈で、鳥肌の立つような魔性のオーラをまとった気配が・・・」
そこまで話したところで、灰原は言葉を続けられなくなった。
顔を青くしながら体を震わせる様子を杉下は心配そうな顔で見つめる。
「申し訳ない、嫌なことを思い出させました」
「すまんのう杉下警部。この間の事件から、少々体調を崩しがちでのう・・・」
阿笠はそう言って灰原の額に手を当てる。
「いかん。本格的に熱が出てきたようじゃ」
「それはいけません。冠城君、今日の所はこの辺りで失礼しましょう」
「そうですね。ごめんね、哀ちゃん」
「・・・ごめんなさい」
「じゃあ杉下警部、また」
「えぇ。コナン君も、あまり無茶をしないように」
杉下達は挨拶もそこそこに、阿笠邸を後にしていった。
***
帰り道。
「そういえば右京さん。来週からしばらく長期休みをいただきたいのですが」
車の中で杉下にそう話し出す冠城。
「おや、君が休みを取るとは珍しいですねぇ」
「実は、姉の誘いでグアムに行くことになりまして・・・」
「はいぃ?」
本当に珍しい話に、怪訝な顔を杉下は浮かべる。
「なんか姉が商店街の福引でペアチケットが当たったとかで・・・ですが一緒に行く相手もおらず僕に白羽の矢が」
そういってわざとらしく嫌そうな顔をする冠城。
真面目な事件の捜査中であっても、要所要所でこのようなふざけた様子を見せる冠城の性格は、何だかんだで杉下も好んでいるところだった。
「いいじゃありませんか、姉弟水入らずで・・・『わーくん』?」
「・・・ホントやめてください」
杉下のにんまり顔からの口撃に今度こそ本当に嫌そうな顔を見せる冠城だった。
いかがでしたでしょうか。
灰原は、コナンと違って明確に犯罪組織に属していたキャラクターです。
どうしたって杉下が許せる訳がないのですが、かといって断罪するのも違う気がしていました。そもそも状況が状況ですし。
結果あっさりとした終わり方になっているかもですが、やはり「自らの罪と向き合い続け、償い続ける」という方向が妥当なのではないかなと思いました。
***
大切なお知らせです。
ツイッターでは先行して話題に出していましたが・・・季節が原作と違ってしまっています。
皆様お気づきでしょうか。
本来原作だと夏ですが、対決Ⅰ編は冬でした。
原作映画は夏のお話、8月22日頃なのですが、直前にピスコ編を差し込んだ結果、完全に冬の話になってしまいました。
大筋に影響は無いと判断し、冬頃(適当)として進めていく・・・
と思ったのですが、何とキッドの暗号が完全に夏用の暗号なのが発覚。
流石にこのまま適当にはマズイというわけで冬用の暗号に一部改変する事にしました。
どうかご容赦ください。
***
あれは、仕事中スマホを覗いた時のニュース速報だったでしょうか。
山崎和佳奈さんの訃報を目にした時の衝撃と、力の抜けようは今でも思い出せます。
本当なら今年、30作目だった事に気づいた時は、ただただ悔しくてたまりませんでした。
山崎和佳奈さん。
これまで素敵な蘭を演じてきてくださりありがとうございました。
でも。
やっぱ寂しいです。
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次回「魔術師」編、第2話。9/14更新予定です。
遂に本小説に「アイツ」が出てきます。
さて、だ~れだ?
餌屋TwitterID @esaya_syosetu