おれを誰だと思ってる?ヒグマさんだぞ   作:親分

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ヒグマさんinゴッドバレー

 

 

「……ふわぁ、よく寝た。」

ゴッドバレーの海岸に接舷したロックス海賊団の戦艦。その甲板の隅、ロープの塊の上で、ヒグマはのろのろと身を起こした。

 

周囲はロックスの号令に沸き立ち、ニューゲートやリンリン、カイドウといった怪物たちが歓喜の咆哮を上げながら島へ雪崩れ込んでいく。地響きのような軍靴の音と、すでに始まりつつある砲火の匂い。

 

だが、ヒグマの関心はそんな歴史的事件にはなかった。まずは酒、そしてどうやって海軍へと入り込むかだった。

 

「……あー、喉がカラカラだ。上陸前に一杯やるのがおれの流儀なんだがな」

 

彼は重い腰を上げると、船室の奥、自分専用の隠し棚に忍ばせていた「とっておきの酒」に手を伸ばした。それは、かつて西の海の辺境で手に入れた、世界に十数本しかないと言われている極上のヴィンテージワイン。それを二本仕入れていた。この島を『転機』とする自分への、いわば景気づけの宝物だった。

 

――が、彼が棚を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、無残に横倒しになった空のボトルだけだった。

 

「……あ?」

 

右目がぴくりと跳ねる。

その時、頭上から愉快そうな笑い声が降ってきた。

 

「ジハハハハ!! わりィなヒグマ、その酒は俺様が景気づけにいただいちまったぜ! さすがにいい味だった、感謝するぜ!」

 

見上げると、シキが空中に浮かび、最後の一滴を口に垂らしながら、空になったボトルの底を叩いて見せていた。

 

「……シキ、テメェ。それはおれが今日のために、寝かせてた宝物だったんだぜ。」

 

ヒグマの声は低く、地を這うような怒りが混じる。だが、シキは不敵な笑みを崩さない。

 

「ああ? 船が着いてもいつまでもグーグー寝てるテメェが悪ィんだよ! 寝てる奴の口に酒は入らねェ。これが海賊の理屈ってな! 文句があるなら、島に降りて天竜人のワインでも奪いやがれ!」

 

シキは空になったボトルを指先でピンと弾き飛ばした。

ヒグマの足元で、パリン、と虚しく砕け散るボトルの破片。

 

「…………シキ。お前、死にてえのか?」

 

「何だとォ?」

 

一瞬で、戦艦の周辺から『音』が消えた。

ヒグマの体から噴き出したドス黒い覇気が、巨大な木造戦艦をミシミシと軋ませ、周囲の海面に不気味な渦を作る。

 

「寝てたから……? だったら、お前も今から寝かせてやるよ。二度と起きねえ『永遠の眠り』にな」

 

ヒグマが地を蹴った。

その瞬間、戦艦の甲板が爆ぜ、衝撃波だけで周囲の海兵たちが吹き飛ぶ。

 

 

 

 

船上から始まった二人の怪物の衝突は、ゴッドバレーの空中を主戦場へと変えていた。

 

「チョロチョロと……いい加減に地面へ帰りやがれ、ヒグマッ!」

 

シキが苛立ちをあらわに、空中を縦横無尽に駆け巡る。彼は『フワフワの実』の能力で周囲の瓦礫を無数の剣のように変え、全方位からヒグマを包囲するように撃ち出した。

 

「……遅えな。酒が抜けるどころか、また眠くなっちまうぜ」

 

ヒグマは空中。本来なら足場などないはずの虚空で、彼はまるで庭園を散策するかのような足取りを見せていた。迫りくる瓦礫の剣を、半身を逸らすだけの最小限の動きで、紙一重ですべて捌いていく。

 

「……お返しだ。」

 

ヒグマは飛んできた一本の岩の破片を、抜き放った刀の峰で軽く「コン」と叩いた。ただそれだけの動作で、シキの覇気が込められていたはずの岩は粉砕され、逆にシキを狙う弾丸となって撃ち返される。

 

「何だとォ!?」

 

シキは身を捻ってそれを回避するが、その瞬間、視界からヒグマの姿が消えた。

 

「こりゃあ良い景色だぜ。」

「上かっ……!!」

 

シキが上空を見上げた時、そこには太陽を背にしたヒグマが、空中で立っていた。

 

「『獅子威し・御所地巻き』ッ!!」

 

シキは叫び、島の大地を巨大な獅子の顔へと変え、上空のヒグマを噛み潰そうと向かってくる。その光景に有象無象の海賊達、そして海兵達までも驚愕の声を上げる。

 

「なんだありゃあ!?獅子!?」

 

「戦っているのは『金獅子』と……あれは誰だ?!」

 

 

 

 

山をも飲み込むその質量がヒグマに迫るが、彼は逃げるどころか、むしろ刀を鞘に納め、右手を無造作に突き出した。

 

「お前の獅子は、吠えるだけで噛みつきゃしねえ」

 

ヒグマがその巨大な土の獅子に触れた瞬間、島全体を揺るがすような衝撃音が響いた。しかし、砕けたのはヒグマではなく、シキが操る大地の方だった。ヒグマの掌から放たれた一点集中の覇気が、獅子の顔を内部から粉砕した。

 

「……さて。二杯分のツケは、この一撃で返してもらうぜ」

 

ヒグマが再び『黒刀』を抜き放つ。構えは自然体、しかしそこから放たれる殺気は、戦場全体の覇気を一時的に沈黙させるほどに濃密だった。

遠くにいるはずのロジャーやガープもその覇気に死を感じるほど。

 

 

「”死吟醸(だいぎんじょう)”」

 

 

音も、光も、風も、すべてがその覇王色を纏わせた一閃に吸い込まれた。

ヒグマが刀を振ると同時にシキは防御をするが、自分の身体を『何か』が通過したという感覚だけが脳を焼いた。

 

「……なっ……がはっ……!!」

 

斬撃はシキの二振りの名剣を弾き飛ばし、その衝撃波だけで、シキの背後にあった浮遊していた軍艦を真っ二つに両断した。シキの体は、大気が真空になるほどの圧力に押され、重力すら無視した速度で地上へ向かって垂直落下していく。

 

ゴッドバレーの森林地帯に、巨大なクレーターが穿たれた。

その中心で、白目を剥いて横たわるシキ。

ヒグマは重力に身を任せながら、刀を鞘に納めた。

「…」

彼はシキを一瞥もせず、まるで何事もなかったかのように、空中の道を悠然と歩き出した。

 




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