復活!
「そんな生き方つまらないよ。もっとやりたいことやらなきゃ」
そう言って両の人差し指で自らの口端を押し上げた彼女は、荒野に咲く大輪の花のようだった。
美しく凛とそこにある様も、愛されたり妬まれたりする様も、風に揺られるような気ままさも、されど動かぬ力強さも。
…そしてその命の短さすらも花のようだった。
◆
「お嬢ちゃん可愛いね……店裏で私と
昼下がりの喫茶店。甘い和菓子と、苦いコーヒーの薫りが燻る店内に下卑た声が反響した。
昼飯には遅すぎておやつには早すぎるこの時間、喫茶リコリコは閑散としている。忙しいからと断るには無理があるほど客はいなかった。
声を掛けられた青い和服の少女は困惑と呆れがない交ぜになったような表情を見せる。きっとこういった絡みになれていないのだろう。浮世離れした見た目に準じ、世間慣れしていないのかもしれない。
上手くあしらう方法が分からず眉根を寄せる彼女に、声の主──つまり私はにんまりと頬を緩めた。たきなちゃんは今日も可愛いね。
「……何やってるんですか?」
「たきなちゃんとイチャイチャしてるぅ~」
「そうですか。私はイライラしてましたが」
「あらお上手」
韻を踏んでレスポンスするとはやりおる。今日のたきなちゃんは私のウザ絡みをラップのリズムで冷たくあしらうスタンスのようだ。
ただ、人は冷たくされると暑苦しく構いたくなる習性があるといわれている。私が今そう決めた。
「いやほら、たきなちゃんが一人寝の夜を寂しがってるって言うから、逢いに来てあげたんだよ」
「そんなことは一言も言っていませんが?」
「またまたぁ~。恥ずかしがっちゃって♡」
私がウインクしながら言うと、たきなちゃんの
たきなちゃんは思わずがなるように声を上げかけるが、直前で今日のスタンスを思い出したらしい。口が僅かに開いた状態で硬直し、直後に表情筋を固めて真顔を作る。
「……ご注文をどうぞ」
「たきなちゃんをお持ち帰りで」
また蟀谷がピクリと動く。
「……タキナチャンヲオモチカエリ、は当店では扱っておりません」
「あんま上手くないね。あしらいは千束ちゃんの方が上かな~?」
甘ったるい語尾で煽りに煽る。もちろんにまにまとした顔も忘れず。
たきなちゃんの顔をよーく見ると、僅かな紅潮と浅くなった息遣いが見てとれた。ふむ……もう十分かな。
「なんて冗談冗談……じゃあ、注文するからメニューちょうだい」
「はぁ……無駄な手間かけさせないでください」
そう言ってたきなちゃんはカウンターに置かれたメニュー表に手を伸ばす。
緊張と弛緩。
沸き起こる怒りを耐えてからの、そのストレスから解放されたこの一瞬。どんな人間だって油断する無防備な瞬間。
私の視界には、自分の右手からたきなちゃんの左乳へと伸びる一筋の光が見えていた。
「見えた! 隙の糸!」
最短かつ最高率の道を辿るように、右手をぶれるほどの速さで動かす。ともすれば引っ張られているかのような錯覚を受けながら、私の右手はたきなちゃんのおっぱいへと猛進した。
その速度、もはや弾丸すら比肩しえない。音速の壁を超え、光すら追い抜き、時の概念すらブチ破る。
これぞ我が秘技、我が愛、我が情熱。
半生を懸けて編み出した必殺技。
光速を超えたことによって生じる時空の歪みを利用したマイナスの乳揉み。
即ち、
燃えよリビドー! 弾けろパッション!
君がッ 喘ぐまで揉むのをやめないッ
「……だと思いました」
「なん……だと……」
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
おれは奴の乳を揉みしだいたと思ったらいつのまにか奴に腕を捕まれていた。
な…
頭がどうにかなりそうだった…。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
◆
「なぜ乳を揉めぬのか…」
吉原風見は独り言ちた。その瞳は悲壮に染まり、零れ出る言葉は絶望に染まっていた。
「たきなちゃん、私はね……可愛い女の子のおっぱいを揉むことを唯一の生き甲斐としているんだよ。そんな私からおっぱいを取り上げるなんて、あまりに可哀想だと思わない?」
「あまりに可哀想な人生ですね」
たきなちゃんは本気で憐れみの視線を向けてくる。和風美人の冷たい視線。なるほどこれが侘び寂び、日本文化の根幹か。ならば私もジャポニズムでお返ししようではないか。
ここで一句。
たきなちゃん 手中に収まる 美乳かな
名作や……世紀の名作や!
「馬鹿なことを考えてる顔してますね…」
「失礼な。私は至って真面目だよ」
「真面目に馬鹿なことを考えてたんですね」
「よく分かったねワトソン君」
「簡単な推理ですよホームズさん」
「…それは私が
「さすが名探偵」
うーむ、一本取られたか?
「まったく……千束ちゃんはまだしもたきなちゃんまでおっぱい揉ませてくれなくなったら、私は誰の乳を揉めば良いのさ」
「自分のを揉めば良いのでは?」
「妖怪激キモ育乳女かな?」
そんな虚しいことはしたくない。
私がこの世で一番興味がない乳は自分の乳なので、育乳には一切食指が動かない。
ちなみに、私の乳房はそこそこサイズだ。たきなちゃん以上千束ちゃん以下といった感じ。
「というか、何で千束は『まだしも』なんですか…」
「それはほら、あれだよ……」
そう言いながら私はたきなちゃんに近づき、裏にいる千束ちゃんに聞こえないように囁く。
「あれは確実に
「何かって…」
たきなちゃんは一瞬逡巡するように言葉を止めると、何か思い当たったかのように表情を変える。そして顔を近づけると私に倣い声を小さくした。
「…心臓のことですか?」
「いや、普通におっぱいのこと。ただの予想だけど、あれは垂れてるね。千束ちゃんズボラだし、家だとブラ着けなさそうじゃん?」
「………」
死んだ魚のような目をしているたきなちゃんを尻目に、私は推理の水面に身を委ねた。気分はさながら名探偵。産みの親はアーサー・コナン・ドイルだ。
千束ちゃんのおっぱいの大きさと性格、これらを加味して計算したところ、私の脳内コンピュータは『千束ちゃんのおっぱいはかなり垂れている』という計算結果を弾き出した。実に簡単な推理だったよ教授。
「…何でも良いですけど、それ千束に言わない方が良いですよ」
「分かってるよ。こんな話もし千束ちゃんに聞かれでもしたら、その日が私の命日だろうね。この話はもう止めといた良さそうかも………そう、十秒前の私に伝えてくれる?」
私の視線の先では一人の少女がこちらを見つめていた。どう見ても千束ちゃんその人が。
ああもう…見間違いだったりしないかな。千束ちゃんによく似てるだけの別人だったりとか、或いは千束ちゃんに変装してるルパン三世という説もある。
まあ待て、落ち着こう。ここはホームズ式でいこうじゃないか。まずは耳の形を確認だ。耳の形……うん、千束ちゃんとまったく同じ。本人確認よーし。事件解決。被害者になりたいのかねホームズ君。
私がアホなことを考えていると、千束ちゃんはとても不自然に自然な笑みを浮かべた。だから私もニッコリと笑ったし、千束ちゃんに気付いたたきなちゃんもニッコリ笑った。たぶん司令だって満面の笑みを浮かべるだろう。
これはあれだな……うん、詰んだな。
「…千束ちゃん」
「なぁに?」
「辞世の句、詠んでも良い?」
私は諦めがとても
「だめ♡」
◆
「いらっしゃいませー」
奴隷労働!
どうも皆さん、風見です。私は今、タダ働き──つまり喫茶リコリコで給仕の仕事をしています。
あの後怒髪天を突いたごとく怒った千束ちゃんだったが、ホールが血で汚れるのはマズいとのことで折檻(物理)は何とか免れることが出来た。
…いや血って……どんだけのことするつもりだったのよ。
──まあそれはともかく、代わりの罰としてこうして無給労働に勤しんでいるわけである。
ちなみにだが、私は今喫茶リコリコの所属ではなくDAの人間なので本部にバレたらちょっとヤバいのだが、千束ちゃん曰く『だいじょーぶだいじょーぶ』とのこと。なら大丈夫か~。
「…暇だなぁ」
先ほども言ったが、今は非常に店が空いている時間帯だ。店内にお客さんは二組しかおらず、たきなちゃんと千束ちゃんで充分以上に手は足りている。
とはいえ私のこれは罰則なわけで「休憩入りま~す」なんて言えるわけない。無給な上に無休なわけだ。
というわけで、私はこうして持て余した暇を使ってカウンター席を鏡と見紛う程に磨いていたのである。
ピカピカに磨かれた机の仮漆に自らの像が鈍く反射した。薄桃色の懐かしい和服。私がこの店にいた頃に着ていたものだ。店の更衣室に昔と同じように置かれていた。
私がDAに戻っても私がいた証は捨てられていなかった。それがなんとも嬉しい。
「…ふふっ」
鏡面の向こうの少女は零れ出るように笑った。
うわっ、独りで笑ってる。何この娘。でも顔は可愛いな。…あっ、なんだ私か。どうりで可愛いわけだ。
「ぐへへ──机ちゃ~ん。今にピッカピカに磨いてあげるからねぇ。新品同然になるのも時間の問題だよぉ」
『──やめてぇ! 今綺麗にしたってすぐにラッシュタイムが来てまた汚れちゃう! 私が綺麗じゃなくなったらすぐに捨てるくせに!』
「馬鹿言っちゃあいけねぇよ。例え汚れてもすぐに綺麗にして何度でも使いまわしてやるからなぁ!」
『──くっ…! あなたは机を何だと思ってるの! お店の人っていつもそうですね!』
「口の聞き方が成ってないお嬢ちゃんだ。立場ってもんを分からせる必要があるみてぇだな!」
『──いやぁ!』
「黙って働け!」
「痛っ…」
一人で小芝居してたら千束ちゃんにお盆で叩かれた。普通に痛い。
「もうすぐ混み始めるから裏で準備手伝って」
「繁盛してるようで嬉しいよ…ほんとにね」
壁掛けの時計を見上げると時刻は午後2時を回ろうとしていた。喫茶店の掻き入れ時だ。そんな私の思考を裏付けるように来店の涼やかなベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞー」
反射的に頭を下げると入ってきたのは高校生くらいの男の子二人組だった。知らない顔。常連さんじゃない。
少年は店員の異様な顔面偏差値の高さに気が付くと一瞬面食らい、気を取り直したように咳払いしてカウンター席に座った。頬が若干染まっているところに若さと一見さん感を感じる。
「ご来店ありがとうごさいます。注文はお決まりですか?」
「あー、ホットチョコパフェ? をお願いします」
「あっ、俺も同じので」
「うんk…じゃなくてホットチョコパフェ二つですね。少々お待ちください」
最近、この店はめっぽう繁盛している。というのもこの喫茶リコリコで新たに打ち出した新作パフェがSNSでやたらめったら拡散されて人気を博してるのだ。所謂、バズったというやつである。
何故バズったのか…それは今彼女らが注文したうん…じゃなくてホットチョコパフェが……まあ、どう見てもあれに見えるからだ。つまり蜷局を巻いたアレに。
「カカオもさ、まさか自分の種がこんな形にされるなんて思ってなかっただろうね。ギリギリ冒涜と呼べると思うよ」
「激しく同意だけど…それ、たきなの前では言わないでよ」
「言わないよ。というか、言えるわけないよ」
この見た目の食べ物を何の疑問も持たずに自信満々に出せるんだから、彼女のピュアっぷりが伺える。チョコソフトですらあれを思い浮かべてしまう私とは対極にいらっしゃるようだ。
純真無垢な大天使タキナエルのことを考えながら、チョコで蜷局を巻いていく。この作業を初めてまだ間もないが、はっきり言ってもう虚無ってきた。
辛いとかじゃなく、無なのだ。明鏡止水の境地に達したかもしれない。
「これがバズるんだから世も末だよね。これをお客さまに提供するなんて普通なら炎上スレスレだと思うけど」
「…まあ、売上は伸びてるから文句は言えないよ。リコリコが黒字なんて開店以来初めてかも」
「たきなちゃんには商才があったみたいだね。……美的センスは小学生男子だけど」
「作る方も作る方だけど、食べる方も食べる方だと思うよ」
死んだ声でそんなことを言う千束ちゃんに目を向けると、遠い目をしながらチョコで蜷局を作っていた。やはり虚無か…。
「ホットチョコパフェもう一つお願いします」
ホールからたきなちゃんの声が響いた。私と千束ちゃん、今手に付けてるオーダーが先に上がった方が次のオーダーを
私は千束ちゃんの方に目を向けた。千束ちゃんも私を見た。視線がかち合って、お互いニッコリ笑い合う。
私と千束ちゃんは競い合うように手の動きを
◆
秋口を過ぎ、肌寒さも最盛を見せ始めたこの季節。冬の日は短く、5時にもなれば夕暮れ時と呼べるほどだ。天道が赤焼け始めた街並みは一気に冷え込み、『七つの子』に急き立てられる人々は悴む手に白い息を吹き掛けながら家路を急ぐ。脇目も振らずとはこのことで、誰もが足早に店前を通りすぎていった。
『ニッパチ』なんて言葉があるが、喫茶店の売上は二月と八月に最低値を取る綺麗な波状曲線を描く。つまり冬も興隆する今この時期は客数が減る時期なのである。
スイーツ主体の喫茶リコリコはサラリーマン達が仕事帰りに顔を出すような店ではなく、おやつ時のラッシュタイムを乗り切ると店の中は再び閑散としていた。
数時間前の慌ただしさが嘘のように静まった店内では、最近寄り付かなくなっていた常連がどこからともなく沸いて出ては管を巻いている。勿論従業員も暇になるわけで、ナットちゃんは二階でゲームをしてるし、ミズキなんかは既に酒瓶を取り出していた。
「えっ、風見、ガイ・ハード見たことないのっ!?」
「あー、うん。ガンアクションはね……新しいのは見るようにしてるんだけど」
「絶対一回は見た方が良いって!!」
かくいう私達も諸々をたきなちゃんに丸投げしてお喋りに花を咲かせていた。こういう時、真面目な子ってのは割を食うよね。
自分の口で効果音を出しながらアクションの素晴らしさを全身で表現する千束ちゃんを苦笑いしながら眺める。良く分かんないけど、見た感じ千束ちゃんのリアルガンアクションの方がイカしてそうだ。或いは、千束ちゃんの表現力が死んでいるだけかもしれないが…。
映画談義が始まった理由は特にないけど、フワッと始まった話題にしては思いの外盛り上がった。
というのも、千束ちゃんはアクション重視派で私はストーリー重視派。対立とまではいかないが、意見が割れれば会話は盛り上がるもの。時折白い目を向けてくるたきなちゃんを見ないフリしながら私達は小さな争いを繰り広げていた。
「ガイ・ハードはアクションのゴッドファーザーだよ。食わず嫌いしないで人生で一回は見ないと損だって」
「うーん、そう言われても食指がねぇ~」
食わず嫌い…というほどではない。別に嫌ってはないのだ。
しかし、映画というのは平均で二時間程ある。つまり二時間拘束されるわけだ。もし実際に見てつまらなかったらその二時間が無駄になるのでは……なんて、映画を見るのに最高に向かないメンタルが邪魔をする。
だから私は前評判をしっかり調べてから映画を見るし、必然的にストーリー重視になる。アクション映画は合う合わないがあるからなぁ。
「ま、機会があったら見とくよ」
「それ見ないやつじゃん。い~から一回見てみてよ~」
なんて言いながら、千束ちゃんは私をガクガク揺らしてきた。あ~やめてやめて。和服でそれやられると着崩れるから。あ~れぇ~、お代官さま~。
「んー、でも
「あれでガイ・ハードやってるの見たことないから。じゃあもう私の家にあるやつ見せてあげるから、今度私の家来なよ」
なん……だと……!?
「何してるの千束ちゃん! ほらっ、行くよ! 今! すぐ! just now…」
「まだ業務中ですよ」
「おっ、たきなちゃん。たきなちゃんも一緒に見る?」
「結構です」
冷たく言い放つたきなちゃんの顔は少しむくれていた。たきなちゃんを無視したように二人でくっちゃべっていたのが、些かお気に召さなかったようだ。
そんな訳でご一緒にと誘ってみたのだが、どうもご機嫌を取ることに失敗したらしい。傾いた機嫌は斜度を戻さず、ふいっと外方を向いた彼女は子供のよう。
こういう時は何やったってダメなのだ。どうせ大したことじゃないし、そう長くない時間が解決してくれる。
たきなちゃんと並んで座って映画鑑賞というのは大変魅力的だが、今回は見合せということにしよう。
「ま、そういうことだから。今度家に行かせてもらうね」
「おうっ」
千束ちゃんに向かってそう言うと、彼女は豊かな胸を張ってニカッと笑った。よほどアクションオタク仲間が欲しかったらしい。
さて今度の外出は司令にどう言い訳したものかな…。
そんな益体もないことを考えながら、閉店間際に訪れた一時の安らぎを噛み締めていた。
陳謝!
一年以上お待たせして本当に申し訳ありません。えっ、間空きすぎてもはや待ってすらなかったって? はははっ、被害者になりたいのかねワトソン君。
まあそこまで言うならもっと全力で謝罪してやらんこともないです。でも気を付けてくださいね? 私の土下座はすごいですよ?
なんせ頭を地面に打ち付ける速度が光のそれを超えますからね。宇宙の膨張速度くらい速いです。なので次元が屈折して時空が歪み、結果的に過去にタイムワープすることになります。そしたら過去の時間軸でこの話を投稿して、結果的に投稿遅れてないことにしてやりますよ。
…あれ? そしたら謝る必要がないから光速土下座もなくなって過去に飛べないのでは? これがタイムパラドックスか…。
…。
…なに言ってるんですかね私。
さて、私の頭がおかしくなってしまった話はさておいて、また投稿を再開しようと思います。頻度は約束しかねますがまあまあゆっくりになるかと。
そして読者皆様にお伝えしなければならないことがあります。
間が空きすぎて考えてたストーリーをぜ~んぶ忘れちゃいました(てへぺろ☆)
二話前に後2~3話で完結すると言ったな、あれは嘘だ!
ということで………ということで?
うん、まあ、ということで、今後ともよろしくお願いします。