珍しくセシルは一人で街を歩いていた。別に散歩ではなく、仕事だ。書類仕事と並行してやっていると、頭がおかしくなりそうだが仕方がない。
大通りから抜け出て、小さな路地に入る。スラム街にも似た雰囲気だが、ここはまだ普通だ。人々も真っ当に生きている。ただ、貧しさから立地条件の悪い所に住むしかなかっただけだ。
焼けた肉の匂いが鼻孔をくすぐる。屋台からの匂いだと知っているセシルはそこに近づいていった。
「一つくれ」
「あいよぉ。旦那!」
返事はかなりの大声だった。渡された肉は鹿の串焼きである。牧畜は始まったが、まだ十分に供給できるはずもないので、こうした狩りで得られた肉が庶民の台所にいくわけだ。
一かじりして中々にこだわった品だというのが分かる。タレを付けて焼いており、そのタレに秘訣があるようだ。
「で、どうだ調子は? ローワンはこの先やっていけそうか?」
「それが全然でさぁ、旦那。近づいてこないのは良い方で、意地の悪いやつなんか毛が入ってそうだと言いやがります。その辺り、もちろん気を付けてるんですがね」
ローワンという男はビーストマンだった。堂々たる体躯の持ち主が屋台を経営するというのも中々にシュールだ。
仮にも魔導国の一部であるエ・ペスペルも、亜人や異形種の受け入れが徐々に進んできたのだ。割合としては圧倒的に少数派ではあるものの、確かに市民として登録されている。
ローワンは逆撃されたビーストマンの国からここまでやってきた変人だ。ビーストマンといえば人食で知られるが、彼は味覚が違っており、あまり好まなかったのだという。かつての世界で言うオーガニック信奉者や、合成食主義者のようなものだろうか?
セシルが彼を知っているのは、ローワンと守備兵団が揉めていたのを仲裁したことからだ。それから少数派の意見や、動静を聞くための密偵のようなものになった。
「うちの守備兵団長もアレでまともになった方なんだ。許してやってくれ。しかし、困ったな。収穫祭にお前たちが参加できないと不公平感が凄い」
「まぁ酔うと何するか分かりませんからね人類種。ただ、この街っていうか国だと自衛のため以外で剣を抜くと処刑ですよね? やっぱり俺から仲間には、祭りに出ないよう言っておいた方がいいでしょう」
亜人種や異形種は生来身体能力が高い者が多い。人間など素手で殺せてしまうだろう。だからといって、近くにいたからこれは自衛だと主張されても困るのだ。
これはセシルがアンデッドを極力、表に出さないようにしてきた弊害である。エ・ペスペルでは種族間対立で見せしめに処刑してきた回数があまりにも少ない。だからこそ、王国との交流が上手くいっているということもあるのだが……
「情報ありがとう。これ、代金だ。小麦収穫祭についてはまた話にくる」
「へぇ、毎度あり。しかし、あれですね。権力者に向いてないですね。旦那」
「だから、やらされてるんだ」
銅貨で挟んだ金貨をローワンに渡して、セシルは領主館に戻っていった。
セシルが離れた途端に、ローワンの毛皮が震えた。人類種はあれを自らの代表と見ているが、とんでもない。怪物という言葉でさえくくれないというのに、なぜそんな認識を抱けるのか。
“金鎖”が同胞たちを虐殺したことはローワンも知っている。アレを前にしたら、それこそ狗になるしかないと、改めて誓った。
「私たちには複雑な話ですねぇ。聖王国は亜人種と長年争ってきましたから、どうしても偏見ありきになってしまいます。戸籍に登録されている亜人種、異形種は五十人ほどですね。隠れている者を含めても百には届かないかと」
「仕事でも差別されています。他の人がやりたがらない職業ばかりで……これでは不満もたまるでしょう。何とかしてあげられればいいのですが」
「ケラはどちらかというと否定派、カルは賛成派か。レメは……いうまでもないし。一番フラットに接触できるのはレイナースか」
同じ聖王国出身でも、カルカが忌避感を持っていないのは意外であった。実際に見る立場になかったが、えてしてそういう立場の方が偏見は固まる。
そこでセシルはああ、と思った。カルカにとって亜人種や異形種は“可哀そうなものたち”という偏見があるのだ。悪意がない分、こちらの方が根深いかもしれない。感づく者がいなければいいのだが。
今、話題になっているのは小麦収穫祭についてだ。収穫祭としては他の作物もまとめて行われる十月の方が規模は大きいが、小麦収穫祭も夏の終わりを祝うのでそれなりの規模になる。
そこで亜人種や異形種にも参加して欲しいと、セシルは思っている。
これまでエ・ペスペルではエ・ランテルほど厳しい態度をとってこなかった。結果としてマイノリティである亜人種と異形種の立場が悪くなっている。
正直なところ、敵として戦ってきたセシルが知らず知らずのうちに、一番差別的だったかもしれない。
「ここら辺でエ・ペスペルも魔導国の一部であると示さなければ、こちらの態度が責められる。俺に貸与されているシャドウデーモンも、アルベド様あたりには素直に喋ってしまうだろうからな」
足元で何かが蠢いた気がした。セシルを至高の存在と同様に扱えと命令されているシャドウデーモンたちの反応は、否定と悪意のどちらか。セシルには分からなかった。
「かといって普通に参加させても、悲惨な結果が見えていますからね。最悪、私たちが多数派を虐殺しなければならなくなる。祭り一つでこの有様とは胃が痛くなりますよ」
「ソーントンの言うとおりだ。我々はあくまで魔導国の法を優先する立場にある」
無論、折角ここまで平穏無事に行ってきた結果を崩したいとは、誰も思っていない。思い悩んでいると、カルカが善意全開の意見を出した。
「でしたら、その皆さんはここにご招待するというのはどうでしょう? 接触する人間種は最低限で済みますから、もめ事が起こる確率も低くなります」
「まぁ、それしかないでしょうねぇ。街の人々との交流という目的は完全に失敗になりますが、無難に終わります。それでいくしかないでしょう、セシルさん」
「これもわが身の不徳というやつだろうな」
少数派を優遇して招待する。これでは逆差別であり、アファーマティブ・アクションの失敗例のようだが、仕方がない。
なんとか仲良くしてくれないものか、というのも虫が良すぎる。
かくして、大人の事情に彩られた小麦収穫祭は決まったのである。
「領主代理、万歳! これからもエ・ペスペルを平穏に導いてください!」
「ああ、うん」
「守備兵団長、うちの亭主を捕まえてください!」
「比喩だろうな?」
パンにエール、ピッツァに似た食べ物などが並んでいる横を、セシルとレメディオスが連れ立って歩いていく。レメディオスは被差別階級との交流に向いていないという理由で、セシルは圧倒的多数派の支持を得るためという目的で街回りだ。
「こうも人通りが多いと、腕を組むような真似もできないな」
「なっ、何を言っているのだ。まぁ確かに役職上勘違いされるわけにもいかないな!」
未だに初心なレメディオスを愛でるのを慰みとしつつ、セシルは夏の終わりを歩いていく。
折角の祭りが楽しみではなく、仕事になってしまった。そのことを思いつつ……
「セシルさん、取られちゃいましたね。良かったんですか、カル様?」
「今回ばかりは仕方ないでしょう。公的な身分で思うまま動けないというのは、私たちが一番よく知っている悔しさでしょう?」
今度の収穫祭では、一緒にいる時間をケラルトとカルカが争うことになるだろう。
目の前にはかつて争ってきた亜人種と異形種たちが家族連れで来ている。小麦でできた食物を不思議そうに触る異形の子どもたち。肉しか受け付けない種族のために、ここだけは別メニューも用意されている。
どの家族も何も着ていないか、ボロボロの格好だ。その彼らに手を差し伸べなかったのは自分たちなのだ。そうカルカは思いながら、慣れない酒に手を出した。
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日常回?エ・ペスペルも魔導国なので…