見覚えが、ある。
Rの目の前に広がる遊園地に、見覚えがある。
忘れもしない、此処はRが小さい頃、初めて両親に連れてもらった遊園地だ。名前までは覚えてはいないが、あの大きな大きな観覧車を見て思い出した。学生時代にも何度か行っていたのもあり、今となっては少し苦い思い出でもある。
天気は晴れているが、地面には少し大きな水溜まりがいくつかある。だがそこまで気になる程でもない。
この遊園地は、変わりがなければ覚えている限りでは
・観覧車
・ジェットコースター
・コーヒーカップ
・射的場
等がある。
近くにあるマップを見てみる。数箇所が写真付きでピックアップされており(何語かは読めない)そこには花の写真と共に、写真スポットが紹介されている。この遊園地は植物を大切にしている遊園地だ。
季節毎に季節の花が植えられており、どの時期に行っても色んな花を見れる為、何度行っても飽きないような場を作られている。こればかりはRも感心していた。今は紫の紫陽花?のような物が、パッパッと咲いている。
明確な違いをあげるならば、観覧車の数が数個増えている事。1つならまだしも(それでも珍しいが)それが複数個も増えているとは、此処も中々に儲けているのかもしれない。色は最初からある白色、新しく増えたのは、赤、青、黄色、紫、緑である。あのでかい観覧車の事だ。すぐに分かる事だろう。
入口を抜けて中に入ると、あの時見た変わらない景色が広がっている。遠くではジェットコースターのレールがそびえ立ち、その後ろに大きな観覧車がどんと建っている。近くには売店らしきお店もあるが、そこに人はいない。従業員は、いない。そんな事を気にしない。
複数の観覧車が遠くからでも分かる。ゴンドラは観覧車と同じ色をしており、カラカラと回り続けている。小さい頃は何に乗ったかはあまり覚えていないが、ジェットコースターだけには絶対乗らない事だけは覚えている。
Rはとても速い乗り物が苦手だ。想像をするだけでも鳥肌が立つ程にだ。頭をブンブンと振り、今の事を忘れる事にする。
これだけあるとなると、観覧車全部乗るのにも骨が折れる。
いくつかに絞って乗る事にしよう。
さて、どの色にしてみるか。
Rは白の観覧車に乗る。
椅子に座ると自動的にゴンドラの扉は閉まり、カタカタと音を鳴らしゆっくり上に上がっていく。一体何年ぶりに乗ったのだろうか。
恋人と共に来た人にとっては、この場所は最高のスポットになるのかもしれないだろうが、Rはそんな事とは無縁だ。
景色は他のアトラクションの様子を見る事が出来る。だが客もスタッフもいる訳ではない。賑やかとは言えなかった。
特に何か出来る訳でもないので、無駄に体力を使わないように眠る事にした。目を瞑って身体をゴンドラの心地良く感じる揺れに委ねる。ゆりかごとはまた違うが、つかの間の休息だと思えばまだマシかもしれない。休める時に休まないと身体がもたない。
Rは夢を見なかった。
目を開けると、知らぬ間にゴンドラは地上に降りていた。扉が開いたまま止まっている。背伸びをしゆっくりゴンドラから降りると、ゴンドラの扉は自動的に閉まり、また上に上がって行った。
戻ろうと来た道を引き返そうとすると、矢印が複数に別れている看板があった。書いてはあるが、読めない。
来た道を戻り、あの分岐点に戻る事にした。
Rは青の観覧車に乗る。
ゴンドラの中も真っ青に塗ってある。椅子に座ると、ゴンドラの扉が閉まり、ゆっくり上に上がっていく。
ボーッと座っていると、不意に頭の中にモヤが広がる様な気分になる。体調が急に悪くなったのだろうか。
その割には身体に何かしら影響が出ている訳では無い。これは何だろうか?
何だろうか?
何だろうか?
何だろうか?
此処はどこだっけ。
此処は来た事がある遊園地だ。それは分かる。
でも何歳の時に来たんだっけ。
そもそも今は何歳だっけ。
更にモヤは頭の中で広がり濃くなる。
頭の中に施錠をかけられた様な気分だ。
気持ち悪い。
胸を抑え大きく息を吸って吐いて…呼吸が乱れる。
呼吸が苦しい訳では無い。
大事な何かが欠如したような気がする。
分からないままRは身体に力が入らないまま倒れる。視界が暗くなる。
ハッと気づいた時には、いつの間にか地上に着いていたようで、ゴンドラの扉は開いたまま止まっていた。ゆっくり身体を起こし一先ず外に出ようと足を動かす。
Rがゴンドラから出ると知らぬ間にゴンドラの扉が閉まり、上に上がって行く。何だかよく分からないが、不快な何かを得てしまった気がする。少し頭が痛いが、歩く分には問題ない。すぐ良くなるだろう。だがずっと此処に留まるのは嫌な為、すぐにあの分岐点に戻っていく。
Rは紫の観覧車に乗る。
この観覧車は紫のグラデーションがかかっている。下から上に行くにつれて濃くなっていく。
椅子に座るとゴンドラの扉が閉まり、ゆっくり上に上がっていく。変哲も何も無いただの観覧車のようだ。
と思っていたら、いつの間にかRの反対側に紫の花が咲いている。花が土や水無しで生きれるとは到底思えない。つまりこれは造花だ。
なんて思いながら眺めていると、ポン…ポン…と二本生えた。目の前で起きた事が信じられなくて、目を擦ってもう一度見ようとする。
色鮮やかだった世界は紫に包まれている。
こんな光景を見てしまったRは驚き、両手を交互に見る。紛れもなく肌色だったものは紫に変わり果てている。ハッとして前を見るが、景色も何もかもが紫に包まれている。
額から汗が流れる。突如別世界に引きずり込まれ連れて行かれたような気持ちを考えた事があるだろうか?何度目を閉じて開けても色は戻らない。咲いた花は何も言わず、ただじっとゴンドラに揺られながらそこに咲いている。
Rは椅子に座り、目をもう一度閉じる。手を組み祈りを捧げる。ああ神よ。どうか無事にあの観覧車の中に戻れますようにと願う。強く手を握り祈る。僅かな時間しか経ってないと思うが、Rにとってはすごく長く時を感じた。
ガゴン!と音と共にゴンドラが揺れ、Rは椅子から落ち床に叩きつけられる。頭をどこかの壁にぶつけ少し呻き声を出しつつも、扉があった方に自然と身体が動く。観覧車に乗る時に階段を15段ほど登る必要があるのだが、紫の恐怖にそんな事もすっかり忘れていた為、手を地面につけようとしてスカし、転げ落ちた。漫画でよく見るようなあんな落ち方をした。少し涙目になりながらも目を開ける。
紫の支配はなくなっており、様々な色がRの目に飛び込む。
ああ、帰ってこれたんだ…良かった。ホッと安心のため息が吐かれる。一時はどうなるかと思ったが…生命あるだけ良かった。ぶつけた箇所を抑えながら、来た道を戻っていく。
Rの後ろには、複数の紫の花弁が零れていた。