第一作「ただ一人のための人生を」
https://syosetu.org/novel/180828/

第二作「ただ一人で歩む人生を」
https://syosetu.org/novel/284105/


上記二作に続く第三作目。

ただ召し上げられただけの人間の物語。

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ただ一人も救えぬ人生を

 ――――――それは、なるべくして勇者へと至ったただの人間の物語である。

 

 

 その男は争いとは程遠い田舎に生まれたただの村人の一人であった。

 死んでいないがゆえに日々を過ごし、何の変化もないような毎日を過ごすだけのただの人間だった。

 どこにでもいる、と言うには少々正義感は強かったかもしれない。けれどそれだって一般的と呼べる範疇でしかなかった。

 

 ――だが、そんな男が選ばれた。運命に、あるいは神とでも呼ぶべき存在の目に留まってしまった。

 

 人の生きる理の範疇に収まるということを知らない存在によって、男は聖剣を手にしたことでその肉体はなるべくして人の域を外れた。

 国が勇者の誕生を知り、夢見ることすらしなかった王城へ招かれた。

 民衆が勇者の誕生を知り、夢でしかなかった平和の兆しを見た。

 

 

 ――――――けれど、ただの人間だけはいつまでも置いて行かれていた。

 

 

 勇者は聖剣を携えた存在である。

 ――この手に剣なんて握ったことは一度もなかった。

 

 勇者は平和をもたらす存在である。

 ――己を犠牲にするような強大な正義感なんて持ち合わせていない。

 

 勇者は魔王を殺せる力を持つ存在である。

 ――争いへの備えなんて、何一つとしてしたことがない。

 

 どこまでも勝手な理想を押し付けられていた。そして、そんな理想に追いつくための努力を強要された。

 理想へ至らない現実を、無理矢理その体に押し込められた。

 

 人間には戦う技術がなかった。

 ――勇者として軍に入り、鍛えられた。

 

 人間には生きる知識が足りなかった。

 ――勇者として敵地で生き残る術を叩き込まれた。

 

 人間には人を動かすための能が至らなかった。

 ――勇者としての立ち振る舞い方を教え込まれた。

 

 ただ毎日を生きていただけの人間は、勇者としてその在り方を変えた。変えざるをえなかった。変えなければいけなかった。

 そうして無理矢理に形を整えられた勇者はついに歩み始めることになった。

 そして、旅路の中で多くの人を見た。

 

 平和のために剣を握り、身を粉にして今を生きる冒険者を見た。

 ――己にはない希望を見て、他ならない自分を恥じた。

 己の背に生きる人々を守るために防具を身に着け、前線を支える騎士を見た。

 ――己にはない信念を見て、自分の在り方を振り返った。

 闘いが終わることを願って祈りを捧げ、支えてくれる民衆を見た。

 ――己に向けられる期待を見て、確かに自分自身の想い変わっていくのを自覚した。

 

 変えられていた勇者は、多くの人を見てその形を静かに整えていた。

 やがて強迫から己の信念へと芯を挿げ替えた人間は、正しく勇者へと至った。

 そうして人のために極点へと至った勇者は、その歩みの中で多くの人を見た。

 

 戦場で生き抜く冒険者を何も考えずに使い潰さんとする貴族を見た。

 ――これが己の守るべき人なのかと、疑いを持った。

 研究のためだけに幼子の命を奪う魔女を見た。

 ――このために己が守った命が失われることに、憎しみを覚えた。

 闘いを前にして逃げ出す名ばかりの騎士を見た。

 ――このせいで己の守れない人が増えて、恨みを募らせた。

 

 多くの善人を見て、多くの悪人を見た。多くの善行を見て、多くの悪行を知った。

 人の善性に手を差し伸べ、人の悪性を正さんとした。

 多くの人に勇気を与えて……得た勇気で、正しい道を歩んでくれるとばかり考えていた。

 

 けれど、勇気はいつでも良い方向へ向かうわけではなかった。

 

 勇気を得て冒険し、物言えぬ体へと変わった冒険者を見た。

 勇気を得て己の為せることを考え、無謀な戦に飛び出る新兵を見た。

 勇気を得て理論も未完成な魔法が、魔法使いへと牙を剥く様を見た。

 

 勇気を得たがために、己の愛する人を失った婦人が復讐へと走った。

 勇気を得たがために、幼子が己の命を捨てることを是とした。

 勇気を得たがために、人が多くの行動を起こした。

 勇気を得たがために、決まって目の前で人が死んだ。

 

 名前も知らないような他人だったかもしれない。けれど、己の守るべき人間だった。

 酒の席で少し語り合っただけの関係だったかもしれない。けれど、生を諦める勇気の足りないはずの人間だった。

 悪事に巡り合ったことを相談されたことがあったかもしれない。けれど、自分から立ち向かえる人間ではなかったはずだった。

 いつか目の前にいた人が、決まっていつも目の前で死んでいった。

 

 ――多くの人が死んだ。

 戦場で手を伸ばしても間に合わず、ほんの一握りのために多くを犠牲にした。

 

 ――多くの人が死んだ。

 己の判断が遅れたがために無謀な突撃を強いて、ほんの一握りのために多くの人に死んでくれと命令した。

 

 ――多くの人が死んだ。

 かつて仲間であった相手を即座に切ることができず、すべて終わってからしか動けなかった。

 

 生き残ったその全ての人に責められることもなく、ただ称えられた。

 あなたのおかげで生きられた、と。あなたのおかげで次の対策ができる、と。あなたのおかげで罪を償える、と。

 決まって皆感謝を示し、そして去って行った。

 

 多くの人と歩みを共にした。多くの人が己のためにと行動を起こした。多くの人を目の前で失った。

 魔王を殺してから、魔王軍は弔いとばかりに特攻を行って、また多くの人が命を散らした。

 人を救うと決意をしてから、いつもいつも多くの人を取りこぼした。

 

 

 禁忌へと手を伸ばした一人の男は、ただ一人のために己すら捨てた勇気ある人間だった。

 男に想われていた一人の仲間は、失意の中であってもただ一人だけで生きることを選んだ。

 

 

 持ちえた勇気によって多くの人を殺した。そんな己を責める人間は現れることがなかった。

 分け与えた勇気によって多くの悲劇を生み出した。そんな己を責める人間はついぞ現れなかった。

 魔王を殺したことで勇者としての任を失い、光を失った聖剣を携えて、なにかを求める亡者のようにかつての旅路を辿った。

 

 

 崩壊した街の復興の手伝いを申し出た。決まって村人は遠慮した。

 ――己の力を恐れる目があった。

 近場で暴れる獣の退治を申し出た。決まって冒険者は遠慮した。

 ――己の力を恐れる目があった。

 町で現れる犯罪者の捕縛を申し出た。決まって騎士たちは遠慮した。

 ――己の力が失われたことも知らず、そこには恐れだけがあった。

 

 勇者ではなくなったはずの男は、ただの人間には戻れなかった。

 

 気が付けば、周りには敵しかいなかった。

 かつて己を快く送り出した王は力を恐れて勇者を殺すようにお触れを出した。

 

 気が付けば、周りには敵しかいなかった。

 かつて己と共に戦ったはずの騎士たちは報復を恐れて対話でもって勇者を捕えようとした。

 

 気が付けば、周りには敵しかいなかった。

 かつて己が救った民衆は力を振るわれることを恐れて顔を見せることがなくなった。

 

 気が付けば、周りには敵しかいなかった。

 かつて戦っていた敵は、弔いのためかより一層激しく襲ってくるようになった。

 

 

 時世と共に変わる人の目に、己の闘いがなんだったのかが、わからなくなった。

 

 ――勇気をもって、生きる人のために戦ったはずだった。

 ――正義をもって、生き得る人のために力を振るったはずだった。

 ――多くを救うために、己を使ったはずだった。

 

 いつだって誰かのためを想っていた。いつだって自分は二の次に考えていた。

 それだというのに。人のために戦っていたと言うのに、今勇者には明確な悪意が向けられていた。

 光を失っていた聖剣が、ふと黒い何かを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____ああ、勇者になんて、ならなければ……あるいは――

 そんな後悔も遅く、勇者としての華々しい物語だけが民の間を独り歩きして語られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者はその冒険の中で多くの人に勇気を分け与え、多くの仲間とともに歩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者は正義の心を持ち、多くの悪を打ち滅ぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者は魔王を打倒した。けれど褒美として姫と結ばれることもせず、勇者は人々のためにまた旅に出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話ばかりが語り継がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者にはただの一人も、救うことができなかった人生だったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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