前作
ただ一人のための人生を
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――――――それはただ一人のためだけに命を捧げた男に取り残された、一人の少女の物語である。
かつて、魔王と呼ばれる存在に人間界が侵略されているその渦中で少女は不治の病に侵されながら生まれ落ちた。
一人の大人として認められるほどに成長できるのかも怪しいようなその病気。かつての少女は己の生を諦め、そして朽ちていく自分以上に家族のことを優先させようとしていた。
しかし、そんな病によって決められた仄暗い未来への道は一人の男によって切り捨てられた。
男は勇気あるものであった。しかし、勇気しかもっていなかった。
けれど勇気あるものは――
そして繋がった相手の力をほんの少しだけ、借りることができた。
勇気を持ち続けることができなかった誰かは、勇気を得て、立ち上がることができた。
勇気が足りていなかった誰かは、勇気を得て、一歩を踏み出すことができた。
そんな男の手によって、少女は病の原因であった魔力の過剰生産に対し、男が繋がって得た魔力を使うことで自らの肉体に扱いきれる魔力のみを体に残されることになる。
本来、魔力がなくなれば人は文字通りに死んでしまうほどに衰弱する。だからこそ他者の魔力を変化させる行いは禁忌とされていた。
しかし男は法を守って死にゆく少女を見捨てることができなかった。そして、法を犯せるだけの勇気を持っていた。だからこそ、少女を死の運命から遠ざけることができた。
勇気あるものは、ただ目の前にいる誰かを救いたいだけだった。
いつだって勇気あるものの前には不幸があった。そして、魔王の影があった。
勇気あるものは打倒魔王を掲げ、歩んでいた。少女もその歩みによって救われた一人だった。
少女のいたその場所で、勇気あるものに救われたのはせいぜい数人だった。けれど、勇気あるものは目の前にいる誰かを見捨てることを決してしなかった。
だからこそ、とでもいうべきなのかもしれない。
勇気しかもっていなかった男は、やがて多くの繋がりを得ることができた。
一人では何もできないのは、勇気あるものだけではなかった。
だからこそ。誰かと一緒にいなければ何もできない人間は、多くの繋がりを経てやがて魔王を打ち倒し、人間界に平和をもたらした。
けれど、勇気あるものが人間界に平和をもたらしたのだとしても、勇気あるものが居なければ少女が助からなかったのだとしても。
それでも――少女のために命を捧げたのは、どこにだっている普通の青年だった。
少女のために己の未来を捧げた。
少女のために己の信念を捧げた。
少女のために――持ちうるすべてを捧げた。
だが、青年は遅すぎた。
だが、青年は救済者足り得なかった。
だが、青年は――ただの
そんな青年に取り残された少女は、ただ一人で己の道を歩んでいた。
勇気あるものは、その勇気をたたえられ……そして、その繋がりで得た力を恐れられた。
勇気を得たものは、かつての居場所へと戻り……そして、今頃英雄となっているのだろう。
けれど、少女にとって戻りたかった場所は永遠に失われてしまった。
己の手でかつて居心地のよかった場所を壊してしまった。
己で作る魔力を操れるだけの器を得た少女は特異だった。
その強大な力は生まれ故郷で扱うには大きくなりすぎてしまった。
勇気あるものの行動は間違いではなかった。
けれど、その後にまで考えが及んでいたのは青年だった。
己を救おうとしていた青年を切り捨ててしまった少女は、幸福になりきることができなかった。
自分を取り巻く環境は良くなっただろう。
少なくとも、かつてのようにずっと横になっていなければいけない、ということはなくなった。
己を捧げることで誰かを助けようとするまでもなく、己の力だけで誰かを救えるようになった。
使いきれないだろう褒美を受け取ることができた。
想像もつかないだろうほどの栄誉を受け取ることができた。
けれど、それを受け取ろうとするたびに。
それを見据えるたびに。
自分のことを救いきれなかった青年の顔が、思い浮かんでいた。
青年は、そんなものを望んでいたのだろうか。
青年は、笑ってそれを受け取れる人間だっただろうか。
青年は――きっと、両手に抱えきれるだけのものを手にして、そこかしこにいる困っている人に分け与えるのでは、ないだろうか。
だって、青年は誰も投げ出したくなることに、泣き言だって残すことなく向かっていたではないか。
自分を助けようとした相手を殺したのだったら、彼のその想いくらいは。
せめて、と思った。
忘れたくない、と願った。
だから少女は、それを抱えて歩くことにした。
多くの人を救った。
畑を耕すことのできなかった青年に治療を施し、魔法でもって畑を耕した。
剣を振るえなくなった冒険者に魔法を魅せ、新しい道を示した。
多くの人を助けた。
兄妹が魔物に襲われていたから、魔法でもって魔物を焼き払った。
自分を闇へ葬ろうとした少女を、魔法でもって光の中へ照らし出した。
多くの別れを過ごした。
少女は旅をするために多くの場所へ赴き、そしてその場所を旅立っていった。
魔力が多い少女は簡単に死ぬことができず、かつて救った誰かをいつも見送っていた。
少女は一人で道を歩いている。
見える範囲に人影はない。見えたとしても、すぐに物陰に隠れてしまう。
過ぎたる魔法の力は、かつての存在を思い起こすのだろう。
魔法の力を正しく使う者ではなく、魔法の力に魅入られたものを指す言葉が、当てはまってしまうのだろう。
少女は一人で力なく笑うことしかできなかった。
少女は、魔法使いの英雄だった。
その体に課せられた呪いを、誰かのために扱うことのできる勇気を得たものだった。
けれど魔王という矛先を失ったその力は新しい呪いとなった。
少女は
――ただ少し不幸なだけで、探せばどこにだっているだろう生まれをした少女は。
――ほんの少し、幸運だったがために今を生きられている少女は。
魔女と、そう呼ばれていた。
魔女は独り、我が道を歩む。
その歩みは誰も止められない。
だってその歩みを止めたものは、たちまち食べられてしまうから。
その歩みは、ひどくゆっくりとしたものだ。
だってその歩みは、獲物となる誰かを探しているから。
魔女は絶対に顔を見せない。