皆様のご要望にお応えし、削除ではなく限定公開という形にしたいと思います。
しかし想像以上に読みたいという方が多くお気に入り登場が追いつかなくなってしまいました。
当初は私がお気に入り登場したユーザー限定で見れる形にしようと考えていましたが、パスワードで見れる限定公開に変更します。
パスワードは1207です。わかりやすく五条悟の誕生日にしました。
6月1日に限定公開に変更する予定なので、皆様よろしくお願いします。
最後に、お伝えしたいことがあります。
このお知らせを投稿するためには1000文字以上書かないと投稿できません。ハーメルンの仕様上なにかを書かないと投稿できないんですね。適当な文字を1000文字並べることも考えましたがそれではつまらないので、リメイク版で出す予定の新章のプロローグを投稿します。
こちらはすでに私がお気に入り登場したユーザー限定で見れる限定公開版で投稿されているものになるので既にご覧になった方にとっては期待はずれのものかもしれません。ご了承ください。
章タイトルは鏡花水月。話のタイトルは決まってません。
風の止んだ、ひどく静かな夜だった。
四葉家本邸の奥深く、当主である彼女以外は誰も立ち入ることの許されない日本庭園。
張り詰めた冷気の中、波一つない凪いだ池の水面には、冴え冴えとした満月が落ちていた。
完璧な球体を描くその白い光は、手を伸ばせばすくい上げられそうなほど、すぐ近くで静かに瞬いている。
艶やかな漆黒の髪が、微かな夜風にふわりと揺れる。
『夜の女王』と畏怖される彼女の容姿は、時の流れから完全に切り離されたかのように若々しく、恐ろしいほどの美しさを保っていた。
月明かりに照らされた肌は白磁のように透き通り、ほのかに発光しているかのように暗闇に浮かび上がる。そして何より目を引くのは、深い夜の闇をそのまま溶かし込んだような漆黒の瞳だ。
冷酷なまでの理性と、どこか深い底に情念を隠したようなその妖艶な顔立ちは、見る者全てを魅了し、同時にひれ伏させるような魔性を秘めていた。
四葉真夜はそっと身を屈め、水面に浮かぶ月へ、吸い寄せられるように白い指先を伸ばした。
――ぴちゃん。
微かな水音。冷たい水が指に触れた瞬間、小さな波紋が広がり、完全だった月はあっけなく輪郭を崩して暗い水底へと溶けていった。
「……本当に、貴方みたいな月ね」
ぽつりと零れ落ちた真夜の呟きは、誰の耳にも届くことなく夜気の中に溶けていく。
どれほ欲しても、どれほど焦がれても、手を伸ばせばすり抜けてしまう。
見えてはいるのに、決して触れることは叶わない『鏡花水月』。
それは、かつて彼女が愛し、そして永遠に失った男の生き様そのものだった。
目を奪われるような純白の髪と、空の深淵をそのまま切り取ったような、透き通る蒼い瞳。
いつもどこか着崩した粋な和服を纏い、四葉という息の詰まる強固な檻すらも「風情がねぇな」と笑って、散歩のついでみたいにすり抜けてみせた人。
『六眼』という神の目を持ちながら相伝の術式を持たず、それでも当時最強の座についた呪術界の異端児。
彼は真夜の心の一番深い場所に触れておきながら、ぬらりくらりと本質を躱し、最期の最期まで幻のように逃げ続けた。
――全てが終わったら、二人で桜を見に行こう。
たった一つの、不器用で優しい約束だけを押し付けて。
私を独り、この暗い夜に置き去りにして。
池の水面が再び静まり、崩れていた光が寄り集まって、元の美しい満月が形を結ぶ。
しかし、そこに彼の手の温もりはない。彼が残していった忘れ形見の少年に、その面影を重ねることしか、今の彼女には許されていなかった。
真夜は虚空に向かって細く微笑むと、水面に映る月へともう一度、静かに視線を落とした。
これは、呪術と魔法という決して交わらぬ世界で、二人が密かに紡いだ泡沫の恋。
四葉真夜という凍てついた夜に、舞い降りた、甘く残酷な幻の記憶である。
2060年4月1日。
十歳の四葉真夜にとって、世界とはひどく窮屈で、息の詰まる灰色の檻だった。
日本最強の魔法師一族、四葉家。その本邸は、何重もの強力な結界と厳格な規律によって守られた、文字通りの要塞である。次期当主候補としての重圧、分刻みで管理される過酷な魔法の訓練。彼女にとって「自由」などという言葉は、大人が読む小説の中にしか存在しない架空の概念だった。
厳しい訓練を終え、双子の姉である深夜が自室で休んでいる隙に、真夜はこっそりと部屋を抜け出した。ほんの少しだけ息を抜こうと、誰もいないはずの厨房へ向かったのだ。
当主候補とはいえ、中身はまだ十歳の少女。甘いお菓子でも一つ摘まめば少しは気分も晴れるだろうと思ったのだが――厨房の入り口で、真夜は信じられない光景を目にして足を止めた。
「ん、これ美味いな。この家の茶菓子って結構レベル高いじゃん」
厳重極まりないはずの四葉家、その厨房。
そこで、見知らぬ白髪の少年が戸棚から失敬したらしい高級な和菓子を呑気に頬張っていた。
年は真夜と同じくらいだろうか。少し着崩した粋な和服を纏い、行儀悪く調理台に腰掛ける姿は、この厳格な四葉の屋敷にはあまりにも不釣り合いだった。
何より異常なのは、彼という異物が侵入しているにも関わらず、屋敷中のどの警報も、幾重にも張り巡らされた魔法的な感知結界も、一切の反応を示していないことだ。
「……あなた、誰? どうやってここに入ったの?」
驚きで声が裏返りそうになるのを必死に堪え、真夜は次期当主候補としての威厳を保とうと鋭く問い詰めた。すぐにでも大人を呼ぶべき状況だったが、未知の事態を前に身体が強張って動かない。
しかし、不審者であるはずの少年は、真夜の鋭い視線を浴びても全く悪びれる様子がなかった。
それどころか、透き通るような蒼い瞳をパチクリと瞬かせ、手に持っていた和菓子をひょいっと真夜の方へ差し出してきたのだ。
「腹減っちまってさ。これ食う?これ甘さ控えめで、なかなか風情がある味してるぜ」
「なっ……そういう事を聞いているんじゃないわ! ここは四葉の本邸よ!? あなたみたいな部外者が、勝手に入ってこれる場所じゃないの!」
呆気にとられた後、真夜は顔を真っ赤にして怒った。いつもは大人たちに囲まれて感情を抑え込んでいる彼女が、見知らぬ少年を前に、つい年相応の感情を爆発させていた。
「あー……あの結界ね。んなもん、ちょいと気配消せば、ただのザルだろ。お前んち、大人も警備もみんなガチガチで風情がねぇよな」
少年はケラケラと笑いながら立ち上がった。
その瞬間、真夜は息を呑んだ。
彼の姿が、まるですぐそこにあるのに触れられない幻のように、一瞬だけ不自然に揺らいで見えたのだ。無意識に魔法の対象として捉えようとしても、そこに『在る』はずの彼の想子(サイオン)の気配が、指の間からすり抜けるように全く掴めない。
「俺は腹減ったからタダ飯食いに来ただけの、ただの迷子さ」
窓から差し込む春の月明かりが、少年の純白の髪を照らす。
ふわりと浮かべた余裕のある微笑み。
それは、重苦しい四葉の檻の中で生きてきた真夜にとって、初めて目の当たりにした『外の世界の自由』そのものだった。
――その時、廊下の向こうから複数の規則正しい足音が近づいてくるのが聞こえた。
「夜分に失礼いたします。真夜様、こちらにいらっしゃいますか?」
深夜のパトロールをしている警備と、メイドの声だ。
真夜の肩がビクッと跳ねる。次期当主候補である彼女が、夜中にこっそり自室を抜け出して厨房にいるなどと知れれば、ただでは済まない。厳しい叱責と、さらなる訓練の強化が待っているのは火を見るより明らかだった。
「ど、どうしよう……見つかっちゃう……っ!」
完全に十歳の少女の顔に戻ってオロオロと慌てる真夜を見て、翔は楽しそうにふっと吹き出した。
「おっと、お迎えのお出ましだ。なんだかよく分かんねーけど、すげぇ窮屈そうな家だな」
「あなたも見つかったらタダじゃ済まないわよ!? 早く隠れ――」
真夜が言い終わるより早く、翔はふわりと真夜の隣に立った。
そして、驚く真夜の身体をそのまま軽々と、横抱きに抱え上げてしまったのだ。
「ひゃっ……!?」
「しーっ。声出すなよ、せっかく”隠れてる”のにバレちまうぜ?」
突然のいわゆる『お姫様抱っこ』に真夜が悲鳴を上げそうになるのを、翔は悪戯っぽく笑ってウインクで制した。
次の瞬間、翔の身体から周囲の空気が凪ぐような、不思議な波長が広がった。
真夜も含めた二人の気配、想子、そして世界からの『認識』そのものが、水面に落ちた波紋のようにフッと掻き消える。
直後、厨房の扉が開いてメイドと警備の者が入ってきた。
真夜は翔の腕の中で思わずギュッと目を瞑ったが――メイドたちは、すぐ目の前にいるはずの真夜と翔の姿を完全に透過し、「ここにはいらっしゃらないようですね」と通り過ぎていったのだ。
(嘘……本当に、見えていないの……?)
まるで自分たちだけが、世界から切り離された透明な水の中にいるような感覚。
真夜が呆然としていると、翔は彼女を抱え上げたまま、音もなく厨房を歩き出した。
「さてと。悪いけど俺、このだだっ広い家の構造わかんねーんだわ。真夜だっけ?お前の部屋はどっちにあるんだい?」
「あ、えっと……右に出て、突き当りの階段を上に……って、ちょっと! 降ろして! 私、自分で歩けるから!」
見ず知らずの、しかも同年代の少年に抱き抱えられているという事実にようやく気付き、真夜は顔を茹でダコのように真っ赤にして身をよじった。
「暴れんなって。離れたらお前の姿だけメイドに見つかるぜ?怒られるの嫌なんだろ?」
「う……っ」
理路整然と(なかば強引に)言い包められ、真夜はぐぬぬと唇を噛み締めながら大人しくするしかなかった。
四葉の厳重な警備網を、翔は真夜の案内を聞きながら散歩のついでみたいにすり抜けていく。耳を澄ませば聞こえてくる少年の規則正しい心音と、今まで感じたことのない『外の世界』の自由な匂いに、真夜の心臓は訓練の時よりもずっと激しく早鐘を打っていた。
やがて、誰にも見咎められることなく、二人は真夜の自室へとたどり着いた。
「へぇ……いい趣味してじゃん。風情があって、俺は好きだ」
翔は真夜をふかふかのベッドの上にそっと降ろした。
「……あ、ありがとう」
「ん。じゃあな、真夜」
「えっ、ちょっと待っ――」
真夜が言い終わるより早く、翔は窓枠にふわりと飛び乗った。
月明かりを背に受けた彼は、悪戯っぽく片目をウインクして見せる。
「俺の名前は五条翔。また会おうぜ」
「え……?」
次の瞬間、彼の姿は水面に落ちた波紋のように、景色に溶けて跡形もなく掻き消えた。
足跡一つ、想子(サイオン)の残滓すら残さない、完璧な隠蔽。
残された真夜は、自分の腕に微かに残る彼の体温を感じながら、月明かりの差し込む窓辺をいつまでも呆然と見つめていた。
翌日の午後。
真夜は自室のドアを閉めた途端、次期当主候補としてのピンと張り詰めた糸を切り、ふらふらとソファに倒れ込んだ。
「あー……疲れた……」
限界ギリギリの魔法訓練。重圧で押しつぶされそうな毎日の中で、この自室だけが唯一、彼女が息を抜ける場所だった。
昨日の夜に出会った不思議な少年のことを思い出し、あれは訓練のしすぎで見た幻だったのではないかとぼんやり考えていた、その時。
「お疲れさん。お前の家の子供ってのは毎日こんな窮屈なことやってんの?よく息が詰まんねぇな」
頭上から降ってきた聞き覚えのある声に、真夜はバネ仕掛けのおもちゃのように飛び起きた。
見れば、自室の窓辺の特等席。
そこに、昨夜の『幻』――五条翔が腰掛けていた。しかも、ご丁寧に真夜がこっそり隠しておいたお気に入りのお茶菓子を勝手に開けて、すでに三つ目を頬張っている。
「な、ななな、なんであなたが私の部屋にいるのよ!?」
「なんでって。昨日約束しただろ?『また会おう』ってな」
「ここは四葉の最深部よ!? 何重の結界を抜けてきたと思ってるの!」
声を荒げる真夜だったが、翔は全く気にした様子もなく「んー、普通に正面から堂々と入ってきたぜ」と呑気に答えるだけだ。
あまりの非常識っぷりに頭を抱えそうになった真夜が、再び彼をきつく叱りつけようと息を吸い込んだ、その時。
――きゅるるるる。
真夜のお腹から、訓練終わりの空腹を訴える、なんとも可愛らしくて間抜けな音が部屋中に響き渡った。瞬間、音の発生源を両手で隠した。
「…………っ!」
真夜の顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まる。
次期当主候補としての威厳も何もあったものではない。穴があったら入りたい、いや、いっそ魔法でこの空間ごと吹き飛ばしてしまいたいと真夜が涙目になっていると、翔は腹を抱えてケラケラと笑い出した。
「あははっ! なんだよ、腹ペコなのか!」
「わ、笑わないでよ! これはその、訓練で想子を消費しすぎたせいで……っ」
「はいはい、わかったから。ほら、口開けろ」
翔はひょいっとソファから飛び降りると、真っ赤になって俯く真夜の前にしゃがみ込み、甘い和菓子をつまんだ手をスッと差し出した。
警戒する真夜だったが、彼の透き通るような蒼い瞳には、大人たちが向けるような打算も、期待も、冷たい評価も何一つ混じっていなかった。ただ純粋に、目の前の少女と遊ぼうとする子供の顔だった。
「……毒とか、入ってないでしょうね」
「バカ。俺が毒なんか盛るわけねーだろ。大体お前の家のお菓子だぜ?ほら、大人には内緒にしててやるから食いなよ」
観念したように小さく口を開けた真夜の口に、翔がポンとお菓子を放り込む。
上品で優しい甘さが、疲労した身体と心にじんわりと染み渡っていく。
「……美味しい」
気が付けば、真夜の口元からは、四葉の檻の中でずっと忘れていた「年相応の自然な笑み」がこぼれていた。
「だろ?俺のお気に入りだ」
「……元々私のじゃない」
自慢気に行ってくる翔に冷静に突っ込んだ。そもそも翔が遠慮なくむしゃむしゃ食べているお菓子は自分のものなのだ。
「あははっ、違いねぇ!悪い悪い」
翔は全く悪びれる様子もなくカラカラと笑うと、部屋の窓から見える広大な日本庭園へと視線を向けた。
「でもさ、こんなデカくて立派な家に住んでるのに、なんかお前って窮屈そうだよな。自分で外に遊びに行ったり、菓子買いに行ったりしねぇの?」
「……外には、行かないわ。毎日やることがあるし、必要なものは全部屋敷の人が用意してくれるもの」
四葉という家系に縛られ、軟禁同然の生活を送っているという複雑な事情など言えるはずもなく、真夜は少しだけ目を伏せて強がった。
しかし、翔はその言葉の裏にある『籠の鳥』の不自由さを直感的に感じ取ったらしい。「ふーん」とつまらなそうに鼻を鳴らす。
「全部用意されるって言ってもさ、大人が選んだもんだけじゃ風情がねぇだろ。子供ってもんは、もっと適当で美味いジャンクなもんを食うべきなんだよ」
「じゃ、じゃんく……?」
「そう。ってことで決まりだ。今日のお詫びに、次来る時は俺が『外の世界』のすっげー美味い菓子を内緒で持ってきてやるよ。街で流行りのクレープとかさ」
「え……外の、お菓子……?」
「ああ。この家の菓子も上品で美味いけど、外の街にはもっと面白くて美味いもんが山ほどあるんだぜ。その代わり、またこの部屋で食わせろよな」
それは、厳格な屋敷の掟を破る明確な『秘密の共犯』の誘いだった。
断らなければならない。今すぐ大人を呼んで、この正体不明の不審者を追い出すべきだ。頭ではわかっているのに、今まで見たこともない『外の世界』の匂いを纏う彼から目が離せず、真夜の口から出たのは全く別の言葉だった。
「……変なもの持ってきたら、つまみ出すから」
少しだけ赤くなった頬を隠すようにそっぽを向く真夜を見て、翔は満足げに「交渉成立だな」と薄く笑った。