やはり俺の行きつけがリコリコなのはまちがっている。   作:百合の間に八幡挟む

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今までもそうでしたが、今話は輪にかけてガイル知らない人には凄い分かりづらい構成になっちゃいました。ごめんね。


やはり彼と彼女は傷つかない世界の外側にいる。

 

 始まりがあれば終わりがある。

 一波乱どころか二波乱、三波乱とあった文化祭準備を乗り越え、ようやく訪れた文化祭二日目にも、刻一刻と終わりの時間が差し迫ってきていた。

 最近はもう、すっかり落ちるのが早くなった日が傾いて行き、校舎内からは徐々に喧騒が消えていく。

 チラホラと残った生徒や外部の客たちも、一様にある方向へと足を向けていた。

 出口──という訳ではない。終わりが近いとはいえ、文化祭はまだ最後の灯を燃やしている。

 地域を巻き込んだ文化祭である以上、ある意味最も注目されていると言って良い有志団体のステージ──バンドだったり、ダンスだったり──が、体育館で行われていた。

 残った人間のほとんど全員が、そこを目的地としていることだろう。

 当然それは俺も──俺達も、例外ではない。

 

「いやぁ、すっかり祭の後って感じだねぇ」

「まだ終わっちゃいないけどな」

「それは分かってるけどさぁ、雰囲気雰囲気! 何だかちょっと寂しい空気って言うか?」

 

 分かるでしょー? と言う錦木の言葉に、小さく頷き返す。

 言いたいことは分からないでもない。

 楽しかった後の残骸というのは、それ自体が哀愁に近いものを感じさせるものだ。

 廊下や教室に散見されるそれらに、俺が直接携わることは無かったが、それでも感じ入るものはある。

 

「あとはもう、体育館での有志発表だけなんでしたっけ?」

「まあ、そうだな。その後にエンディングセレモニーがあって、それで終了だ」

 

 例年、有志団体の発表は最も集客が見込めるグループが大トリとなっており、それが終わり次第シームレスにエンディングセレモニーへと移行する。

 それが最も生徒やら人やらを集めるのに効率が良いから、という理由からそうなっているらしい。

 そのため、総武高校のプログラムはやや変則的であった。

 

「エンディングセレモニーって何やるんだ? 花火とかか!?」

「や、流石にそんな派手なもんじゃねぇよ。文化祭実行委員の委員長が、総評だったり、有志の賞の発表だったりをした後に、挨拶して終了だ」

「なーんだ、つまらんな」

「そんなもんだ、しょせん学生の出すもんだしな」

 

 見るからに興味を失った様子のクルミに、小さく笑う。

 まあ、やろうと思えば花火やら何やらだって出来ただろうが、今回は色々と切迫してたしなあ。

 当初は案に出ていたような気もするが、必要な根回しも多く、却下されていた記憶がある。

 

「でも、良いね。楽しみだ。大トリの演奏、盛り上がるんでしょ?」

「例年通りいけばな……まあ、俺は去年のは知らないんだが」

「知らないんですか!?」

「ふっ、俺は孤高を愛する男だからな」

 

 去年は普通に一人で過ごした記憶がある。というか、今回だって実行委員でも無ければ体育館になんざ向かっていない。

 しかし、まあ、今年の大トリは葉山(葉山隼人。我がクラスのトップカーストであり、人気者。みんな仲良くがモットーみたいな陽キャである)率いる、葉山軍団だからな。

 そこまで心配することはないだろう。

 何でもそつなく熟してしまうような奴である。ケッ、これだからリア充ってのは。

 

「いや、それはリア充関係ないと思うぞ……」

「うっせ、細かいことは良いんだよ」

 

 クルミの小言を切って捨てながら、体育館の扉をくぐる。

 まだまだ終わりまでは時間があるだろうに、既に用意されたパイプ椅子は満席となっており、立ち見の客も多かった。

 確かに事前に告知もしていたが、ここまでとは思っていなかったな……と少しだけ呆気に取られていれば、

 

「あら、遅かったわね。比企谷くん、サボりは満喫できたかしら?」

「や、別にサボってねぇから。仕事はしてたから……一応」

「不安になってる時点で、白状しているも同然だと思うのだけれども……」

 

 微妙な顔で頭を軽く抑える雪ノ下だった。いやね、仕事はしていたんですよ、本当に。

 ただちょーっとだけ邪魔されることが多かったというか何というかね……。

 おい、お前らのせいだぞ……と錦木を見れば、可愛く作られたてへぺろ☆が返ってきた。

 ハッ倒したろか。

 

「そちらの方々は?」

「ん、あー、まあ、知り合いだ」

「へぇ、誰の?」

「いや俺の俺の。逆に俺の知り合いじゃなかったら、誰の知り合いなんだよ……」

「あらごめんなさい、あなたに知り合いがいるとは思ってなくて」

「至極真っ当な感想なだけに何も言えねぇ……」

 

 俺だって雪ノ下が、今の俺のように知り合いと評する人間を三人も連れていたら腰を抜かすほどビビることだろう。

 つまりはそういうことだ。

 俺と雪ノ下は境遇は違えど、ぼっちであるという一点に限れば酷く近似している。

 

「ちょっ、ちょいちょい、ヒッキー。友達?」

「や、同じ部活の部長だ。ついでに実行委員の副委員長。つまり俺の上司だな」

「……なるほど」

「何だよ今の妙な間は……ま、後は好きに楽しめ。俺は仕事があるし、もう少ししたらエンディングセレモニーの準備にも入るから」

「ふむ……ね、ヒッキー。今日、一緒に帰れたりする?」

「はぁ? まあ、無理じゃねぇだろうが、俺結構遅くなるぞ」

「だいじょーぶっ、待ってるから! そんじゃね!」

 

 じゃあ行こっか、たきな、クルミ! と元気良く二人を連れて錦木が消えていく。

 おいマジかよ、めんどくせーな。

 遠回しに断ったつもりだったのに、普通に受諾されちゃったんだけど?

 はぁ~……と長々とため息を吐けば、雪ノ下が妙なものを見る目で俺を見ていた。

 

「何だよ、その変質者を見るような目はやめろ」

「い、いえ、ごめんなさい。その、結構仲が良さそうに見えたから、意外と思って」

「好きに振り回されてるだけだ、仲が良いってほどでも──」

 

 ない、とは言い切れずに言葉を半端に区切ってしまう。

 上手く適切な言葉を見つけられずに、濁したような言葉を繋ぐ。

 

「小町の友達ではあるからな、嫌い合う訳にもいかんだろ」

「なるほど、小町さん繋がりなのね」

「そうとも言う」

 

 どちらかと言えば、俺が先に知り合ったようなものであるのだが、先に仲良くなったのは小町であるので間違いという訳では無かった。

 どうにも居心地の悪い空気となってしまい、振り切るようにシャッターを切った。

 ステージ上では見覚えのない生徒たちが曲を演奏している。

 

「……そろそろ準備に入りましょうか」

「まだ早くないか?」

「早くて損することは無いわ。それに、エンディングセレモニーは打ち合せをしたいし、段取りは順調かも確認したいもの」

「副委員長様は仕事が多いな」

「あら、欲しいなら言ってくれれば、幾らでもあげられるけれど?」

「言ってない言ってない」

 

 むしろこれ以上働いたら、働きすぎてくたばっちゃうレベル。

 そんなやり取りをしながら舞台の裏へと向かう。

 その途中で目が合った錦木が、満面の笑みを向けてきたのが何となく印象に残った。

 

 

 

 

 

 序盤の準備から問題続きであった文化祭であるのだが、ここに来てまた問題が起こった。

 ここまで来るともう、この文化祭呪われてんじゃねぇの? と疑ってしまいかねないほどの立て続け具合である。

 とはいえ機材が壊れただとか、怪我人が出ただとか、そういう話ではない。

 では何が起こったのかと言われれば、今回の文化祭実行委員会の委員長、相模南の姿が全く見当たらないということであった。

 エンディングセレモニーにおける挨拶だったり、総評だったりは全て相模の仕事であり、各賞の集計だって彼女しか持っていない。

 だというのに、大トリである葉山たちの番が目前だというのに、彼女はこの場にいなかった。

 電話しても応答なし、放送をかけても来る様子はない、軽く聞き込みをしてもどこに行ったのかが不明。

 明らかに意図して逃げ隠れしている。

 完全な雲隠れであった。

 今から闇雲に探しても見つけられないだろうし、それより先に有志の発表が終わり、エンディングセレモニーの時間が来てしまうだろう。

 

「……時間を、稼げないことはないわ。葉山くん達を含めても、ニ十分程度だとは思うけれど。比企谷くん、それだけあれば見つけられる?」

「どうだろうな……」

 

 全てを合わせて稼げる時間がニ十分程度。

 仮に見つけたとして、ここまで連れて帰ってくるのにも時間がかかることから、見つけることにだけにかけられる時間は十分から十五分程度と言っても良いだろう。

 となれば、俺の足で行ける場所は精々一か所。しかも探せるのは校内に限る。

 あたりを付けてワンチャンスを狙うしかない以上、断言はできない。

 

「……わからん、としか言えないな」

「そう、不可能とは言わないのね。それで充分だわ」

 

 明瞭にそう言った雪ノ下は、すぐさま動き出した。

 雪ノ下さん(雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃。総武高校OGであり、とんでもなく恐ろしい万能お姉さんである)と生徒会長、平塚先生に由比ヶ浜を集め、即興バンドを結成。

 これで、時間稼ぎをするのだと言う。

 少々強引ではあるが、その面子であるのならば一定以上のクオリティは発揮されるのは間違いない。

 であるのならば、俺も相応の働きはしなければいけないだろう。

 舞台への準備を始めた彼女らに背を向ければ、

 

「比企谷くん、よろしくね」

「ヒッキー、頑張って!」

 

 という、言葉がかけられた。それに言葉は返さず、片手を上げるだけで応じる。

 少しだけ早足になって体育館を出て、思考を回転させ始めた──相模南は、端的に言ってしまえば今回の文化祭の波乱、その総ての元凶と言っても差し支えは無い。

 もちろん、彼女一人だけが何もかも悪いという訳ではないが、危うく実行委員が崩壊しかけ、一時ではあるが文化祭そのものが成功するかどうかも分からないところまで、追いやられたのは彼女の浅薄な判断によるものである。

 

 雪ノ下雪乃という、常人のそれを遥かに超えたスペックを持つ少女を部下とし、ある意味この学校の伝説的存在である雪乃陽乃にだって褒められた。

 有頂天だっただろう、その後に色々と崩壊しなければ。

 いつからか、相模南という少女がいなくとも全く何ら問題が無く、雪ノ下雪乃という少女を誰もが頼り、求めるような環境とならなければ。

 傷つき、地に落ちただろう。彼女のプライドや自尊心、自意識というのは。

 

 だから分かる──相模は必ず、誰かに見つけられるような場所にいる。

 鍵のかかっているところにはいないが、一人になれるような場所にいる。確実に。

 何せ俺がかつて通ってきた道だ、分からない訳がない。

 であれば、どこだ? まだ絞り切れない。校舎は広すぎるし、推理するにはまだ材料が足りない──

 

「お? 何だ八幡、必死の形相で。腹でも壊したか?」

「……クルミ、お前何やってんだ、こんなところで」

「人の多いところは苦手でなー、抜け出してきたんだ。そっちはどうしたんだ?」

「俺は人探しだ……あー、見なかったか? 茶髪の、ショートカットの女子だ」

「ああ、見たぞ」

「だよな、それじゃ俺行くか……なに!?」

 

 え? 見たの? マジで?

 目だけでそう訴えれば、カタカタパソコンを叩いていたクルミがニヤリと笑う。

 

「実行委員長の腕章つけてた女子生徒だろ? そこの階段をトボトボ上がって行ったぞ、ちょっと前……二十分とか、そのくらい前か? だけどな」

「っ、サンキュークルミ! 愛してるぜ!」

「おう、謝礼はうちのケーキで良いぞー」

 

 クルミの気の抜けた声を聞き流しながら、つったかたーと階段を駆け上がる。

 ここは特別棟だ。大体の教室は部活やらなにやらの展示等で使われている──けれども、屋上であれば。

 以前に川崎が、中央階段からの入り口なら入れると。女子の間では噂であるのだと。そう言っていた記憶を思い出す。

 それならば、相模が知っていてもおかしくはないだろう。

 どのみち他を探している様な時間はない。ここに賭けるしかないだろう。

 みっともなく息を切らしながら、文化祭の荷物をよけながら扉へと辿り着く。聞いていた通り、鍵は壊れているようだった。

 いや、それどころか扉が軽く開いてすらいる。

 もう、間違いはないだろう。少しだけ息を整えて扉を押し開けば、果たしてそこに、一人の女子生徒が佇んでいた──。

 

 

 

 

 

「……どうして、そんなやり方しか出来ないんだ」

 

 独り言のように、苦々しい言葉を残し、葉山と相模、それから相模の友人×2は屋上から去って行く。

 それを見送るようにして、ズルズルとその場に座り込んだ。

 まあ、何だ。

 最も時間的に効率が良く、また強制ではなく、相模自身の意思と足で戻ってもらうために、俺にやれることをやった結果がこれである。

 寄り掛かるかのように、葉山に──葉山隼人という男の善性に頼った形にはなるが。

 見つけたのが俺だけじゃなくて良かった。俺一人では、ここまでスムーズに物事を運べなかったかもしれないから。

 

「ほら、簡単だろ──誰も傷つかない世界の完成だ」

「ん、お疲れ様。ヒッキー」

 

 不意に暖かい声が降ってきた。

 それからポンと頭に手を乗せられる。

 何でこんなところにいるんだよ、とは聞かなかった。錦木はこういう、不思議なやつだ。

 

「一部始終、聞いちゃった」

「聞いてたのかよ……なら、分かるだろ。俺はこういうやつなんだよ」

「ほーんと、ヒッキーは捻くれ者で、卑屈で、最低なやり方ばっかり──でも、とっても優しいね」

 

 同時、ふわりと抱きすくめられた。

 それでも声が出せなかったのは、そのまま言葉を続けられたからだろう。

 

「ヒッキーのことだから、悪意でやったんじゃないって分かるよ。ヒッキーは優しいから……そして、こういう時に限っていっつも、自分自身に一番優しくない。

 ヒッキーの言う誰も傷つかない世界は、いつもヒッキー自身が入ってないね」

「……別にこのくらい、傷つくってほどのことでもない」

「んーん、傷ついてるよ。だってヒッキーが傷つくと、私も辛いんだもん。胸がじくじくして、やりきれない気持ちになる。でも、それを止める資格は私にはないから」

 

 だから、慰めてあげることしかできない。と、錦木は言って腕に力を込めた。

 暖かくて、少しだけ安心する。けれども鼓動がしていなかった。

 

「へへっ、驚いた? 私の心臓、人工なんだ。凄いだろ」

「ああ、今日一ビックリした」

「心臓がバクバクしちゃうくらい?」

「……ああ、そのくらい」

 

 錦木の鼓動の代わりに、俺の心臓が脈を打っているんじゃないかと思うくらい、激しく鼓動は高鳴っていた。

 全身から抜け落ちていた力が、少しずつ戻ってきているように感じる。

 ポンポンと背中を叩けば、錦木は薄く微笑んだ。

 

「もう大丈夫なの?」

「ああ、もう平気だ。悪いな」

 

 錦木が離れてから、ゆっくりと立ち上がる。

 まだステージはやっているだろうか。いいや、やっていないにしろ、俺も向かわなければならないだろう。

 そう思って体育館に向かおうとする。

 けれどもその手は、自然と錦木の手に握られていた。

 

 ──人というのは、必ず変わってしまうものだ。

 俺自身がどうあれ、周りがどうあれ、必ず誰かの視線によって、認識によって、向けられる感情によって。

 極論を言えば、誰かしらと関わることで、少なからず歪んでしまうものだ。

 であるのならば、俺が誰かを変えてしまうこともあるのだろうか。

 あるいは、一定の誰かの手によって変えられてしまうこともあるのだろうか。

 変え合って、歪め合ってしまうことはあるのだろうか。

 もし、もしもあるのだとしたら。

 俺にとってのそれは、その人は、きっと────。

 

 

 

 

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