それは、モンスターが人の姿と化し、自我を持ってしまう現象であった。
その現象の調査員であるアレサは、人となったモンスターと共に生活し、その我人化を鎮めて、“人”にさせることが仕事であった。
これは、そんな彼女が書いた記録を寄せ集めた短編集。
※短かかったり、長かったりします。
1
黒蝕竜ゴア・マガラ。
龍と竜の境目に立つ存在。
名前の通りの黒い鱗と、翼脚と呼ばれる衣のような翼に目の存在しない頭部という、禍々しい姿をしたモンスター。
遺跡平原や原生林など、己が身体を溶け込ませるのに最適な、暗い場所が多い地域で頻繁に目撃される。
今回調査をするのは、〈
ことの発端は、とあるハンター二人が遺群嶺でのクエストの最中、空に最も近いエリア九にて、異様な存在を発見した事が始まりだ。
その二人のうち、ボブというハンターに直接会った時の会話の一部を乗せておこう。
「博士聞いてくれよ!! ありゃあ悍ましいのなんの!!」
「……あらそう。落ち着いて話してほしいんだけど」
「あれを見た後で落ち着けるかよ! こちとら何日も寝れてないんだ!」
「そう……あれは禍々しかった……裸の女倒れていると思ったら、口の片側は耳まで裂けて、身体の至る所に鱗があって、極めつけには腰辺りから翼脚の伸びた姿をしていた!! あぁ……思い出しちまった……」
阿呆らしい顔をして、随分と語彙力のある説明だった。“翼脚”、“禍々しい”。その単語を聞いて、今回はゴア・マガラか、とすぐに分かった。伊達に博士になるため、ほぼ全てのモンスターについて勉強してきただけはある。
龍歴院が引き取ったからか、わざわざベルナ村の近くにある龍歴院の施設まで足を運ばされた。(ムーファのミルクは最高に美味しかった)
実際に捕獲されたそれを目にすると、ボブが言った通りの姿であった。
身体は人間の女性、しかし下に垂れ下がる口の片方は耳元まで避けており、太腿や肩、首筋などを黒い鱗が覆い、腰辺りから肌を突き破って翼脚が生えてきていた。
服は、翼脚の関係上、腰辺りに穴の空いたワイシャツと、黒色のロングスカートであった。
そこの研究員からの話によれば、彼女は言葉を話せないらしかった。それでいて大人しく、食事以外では動くことは無いということ。
何も特別扱いする必要はない。彼女は、紛うことなき“人間”であるのだから。
2
ゴア・マガラと呼ぶのも何だから、彼女には『レイ』と名付けた。まんま“黎”という単語から頂いている。
自宅に連れ帰ると彼女は、床を這うように移動し、部屋の隅に行ってしまった。
ぷるぷる震える彼女に近づくと、翼脚を僅かに震わせて威嚇してくるような仕草を取った。
我人化の初期段階は、人に近くあるが、限りなくモンスターのほうに近い。まだ野生に生きていた頃の感覚が抜け切れていないのだ。
とはいっても、それは何れ捨てねばならぬ感覚。
彼女はこれから、人になるのだから。
レイの前に、焼いた肉を皿に乗せて置いてやる。鼻を引くつかせてから、翼脚を伸ばし、横着にその肉を鷲掴みにして口へ運んだ。
そこで初めて、まじまじと彼女を見てみた。
瞳は紫色で、私の青い色に近い。髪は艷やかな黒色であり、腰辺りまで伸びていた。所々に汚れはついていたが。
肉を平らげたレイは、本を読む私をじとっ、とした目で念入りに観察していたのを覚えている。今まで敵であった人間が間近くにいるのに、もう襲って食えるような身体ではないのがもどかしいのだろう。
近づけば警戒される以上、下手に対話を試みるのは馬鹿のやる行為である。
彼女の寝床を用意してやってから、私は眠りにつくとしよう。
3
あれから、一週間経った。
レイは部屋の隅から立って動くようになり、私への警戒も若干解けたように思えた。
対話を試みても、耳に障る鳴き声を上げるだけで会話にならない。渋々頭を撫でてやると、初めて会ったときのように翼脚を震わせて威嚇してきた。
そして、彼女は肉以外の食べ物を口にしようとしなかった。それはそうだ。今まで肉食動物だった生き物が、急に雑食になるなどあり得ない話であるからだ。
けれど、その身体になった以上、雑食に移行せざるを得ないのよ、レイ。
今日の記録は最後になるが、今の今まで書き忘れていたことを付け足すとする。あまりに怖くて、忘却してしまおうとした出来事だ。
機嫌が悪く、少し暴れていた時間帯があった。本棚を豪快に倒したり、零れ落ちてきた本を翼脚を用いて引き裂いたりしたため、私も堪忍袋の緒が切れて、大きな声で怒鳴り上げてしまった。
すると彼女は、頭が痛い、と言わんばかりに翼脚で頭を掻き毟り始めた。抜け落ちた髪が何本も宙を舞い、次第に禍々しいオーラが彼女の体から滲み出てきた。
辺りが一瞬にして暗くなると、彼女の風貌が一変する。
裂けた口から禍々しい霧を吐き出し続け、真紫に発光する目、額の皮膚を突き破って生えてくる、マガラ種特有の触覚……。
あれはまさしく、“モンスター”だった。
手元に奇跡的にあった麻酔玉で眠らせ、何とか元の姿には戻った。
私が怒鳴り上げたせいか、それとも“アレ”になるから暴れていて、怒鳴った事は引き金にはなっていないかは定かではない。
ただ、これから彼女が“人”になるまで、あれが起こりうるかもしれないと思うと、心底恐ろしい。
4
彼女が家に来て、三ヶ月。
ようやく身体に変化が訪れてきた。裂けていた口が普通の形状へ戻ったのだ。
これにより、レイは言葉を発する事ができるようになった。
言葉に関しては、話せない時からずっと熱心に語りかけてきた甲斐あってか、抑揚をつけて問題なく喋れるようになっていた。モンスターの知能も、中々侮れない。
私はそれが堪らなく嬉しくて、色々な会話をしてしまった。
会話をいくつか載せておくとする。もう嬉しすぎて、全ての会話をきめ細かに覚えてしまっている。
「ねぇアレサ。アレサの髪の毛は、どうして蒼いの?」
「どうしてって言われても……私のお母さんが蒼かったから、それを貰ったのよ」
「じゃあ、私のお母さんも髪が黒かったのかな?」
「…………そうね。きっとそうよ」
「アレサの“故郷”ってどこ?」
「ずっと遠いところよ。自然豊かで、いい場所だったわ」
「私もそうなのかな」
「どうかしら」
「見てみたいな……私の“故郷”」
「アレサはモンスターに会った事、ある?」
「あるわよ。お仕事で何回も」
「じゃあじゃあ! この本の『シャガルマガラ』ってモンスターには?」
「あぁ……それは無いわね」
「私、会ってみたいわ! 何だか凄く、懐かしい感じがするもの」
大人しかった彼女が、こんなにも明るく、よく喋る子だとは思わなかった。いや、これは私の前だからという事もあるかもしれない。
だけど、レイと言葉を使って会話できる事が、こんなにも嬉しいとは。夢にも思わなかった。
そして会話から分かったが、彼女は自分が元はモンスターであったということを“覚えていない”。
これは我人化の症状の一種。
自身が本来なるべき姿の天廻龍の事も知らなければ、広大な自然で生きてきたゴア・マガラにも関わらず、モンスターを見たことないと口にしている。
それでいいのよレイ。
あなたは普通の女の子として生きればいいの。
5
レイが家に来て、六ヶ月。
彼女の見た目は、もう人と呼んでも差し支えない物になっていた。翼脚は消えたから、穴のない黒いワンピースを新しく仕立てて貰いプレゼントした。新しい服を着てはしゃぐ彼女の姿は、堪らなく愛おしかった。
こうなると、もう外へ出ても問題はない。
初めての外に興奮を隠せない彼女。街に出て、レイの興味のあるものを買ってやった。
「アレサ、あれを見て」と頻繁に呼びかけてきた。疲れたが、その分、私にとっては最高に幸せな時間となった。
水浴びをしてからしばらく裸で部屋を彷徨くことがある。やはり、地肌となればモンスターであった事を示す痕跡は残ったままであった。
鎖骨や内腿を覆う鱗。それを見てると、底知れない葛藤に支配される。
すぐに服を着せたが、彼女が元はモンスターであったと言う事実は変わらない。
彼女の我人化は完全に鎮まった。記憶も全て忘れ、もうモンスターであった面影はない。
なのに、“事実”だけは消えない。彼女がモンスターであったという、事実だけは。
6
レイがウチに来て、十ヶ月が経とうとしていた。
そろそろ、彼女は“独り立ち”しなければいけない。名残惜しい。もっと、彼女と作りたい思い出が沢山あったのに。
彼女にその事を話すと、泣きそうになりながら否定してきた。
それが堪らなく悔しくて、いい年をした私も
一緒になって、わんわん泣いてしまった。
もう。彼女は、一人で生きていかないと、いけない。
それなのに、どうしても、その事を受け入れようとするだけで、涙が止まらなくなる。
あんなにもいい子で、可愛くて、愛おしいレイを、一人でなんて。
7
数週間、彼女にじっくり考えさせた。
自分が何をやりたいのか。どうやって生きていきたいのか。
彼女に、自分が元々モンスターだった、ということは教えない。鎖骨の鱗や、小さい頃の記憶が無いことに関しては、ただ「あなたは病気なの」とやんわりと崩して伝えただけだ。
レイの方から私に話しかけてきて、言い放った言葉がこれだった。
「私はハンターになりたい。ハンターになって、色々な世界を見てみたいの」
思わず息を呑んでしまった。
モンスターであった彼女が、その敵であるハンターとして生きて、広大な世界を旅する。
何であれ、彼女が心から“やりたい”と思うのであれば、やらせてあげたかった。
私は快く頷いてやった。
正直、まだ心残りな事はある。
彼女と対話もできない頃、一度だけ見せた“あの現象”。
我人化の鎮静と同時に、完全に消えたというなら安心なのだが……。いや、もう彼女はモンスターではなく、“人”なのだ。彼女を、レイを信じるべきであると、私は思う。
最後の思い出作りとして、少し遠くへ出掛けた。
シナト村。私と同じような、竜人族が住まう村だ。
高い所は苦手なのか、彼女は私にくっつきっきりであった。
此処には代々、ある歌がある。彼女に最後に、一度だけそれを聞かせておいてあげたかった。
――闇がその目を覚ますなら
彼方に光が生まれ来て――
村長に歌を聞かせて貰っている彼女は、ずっと神妙な顔つきであった。今までにない、初めて見る顔だ。
――天を廻りて戻り来よ
時を廻りて戻り来よ――
歌を聞き終え、一通りの観光を終えた、帰りの飛行船での事だ。
「どうだった、レイ」
「うぅん……少し難しくて分からなかったわ」
「でもねアレサ。一つだけ分かる事があるわ」
「“闇”と“光”って反対のものだけど、必ず一緒にいるものでしょ」
「どんなに暗くても、どんなに明るくても、一緒にいないといけない……あれは、人間のあるべき生き方を表した歌なんじゃないかな」
彼女はそういったが、あれはゴア・マガラとシャガルマガラを表した歌だ。
シャガルが生まれるから、ゴアが生まれる。それがぐるぐるぐると繰り返される。そんな竜と龍を表した歌なのだ。
けれど、彼女がそう解釈したのなら、それでいい。
ゴア・マガラは本来、過酷な生き方を強いられる生物だ。
狂竜症で死んだモンスターから産まれ、親の顔も故郷の温もりも知らぬまま各地を飛び回って、やがてシャガルマガラへ成長し、本来還るべき場所へと戻る……。
それは上手くいったらの話で、シャガルが放出するウイルスにより、成長が阻害され、一生苦しみ続ける個体が殆どだ。
そうだからこそ、人になってしまった彼女は、“モンスター”ではなく“人”として生きてほしい。
元々“モンスター”だったから、という理由で煙たがる人間もいるかもしれないが、誰がなんと言おうと彼女は“人”だ。
人である以上、手と手を取り合って生きていかなければならない。
我々人間は本来、ゴアとシャガルのように、蹴落とし合う存在では無いのだから。
8
彼女が旅立ってから、どれくらい経つか。
最後に見たのは、涙を堪えながら、笑顔で旅立っていく姿だ。その背中は凄く立派で、逞しかった。
彼女はこれから、この狭い部屋や街での発見とは比べ物にならないくらい大きな世界へと旅立っていく。
苦難が立ちはだかろうと、彼女は“人”だ。それを乗り越える力がある。
数々の発見を経て、いつか私の所に帰ってきてくれてもいい。
その時は、いい彼氏でも連れてくるのよ。レイ。
天を廻りて、戻り来よ。
共に歩いて、戻り来よ。
この記録はここで終えるとする。