文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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冥王と魔神(ワンピースIF)

 

 

マリージョアにロズワード達を送り届けた頃には既に日が暮れていた。

シャボンディ諸島に戻ると俺は十三番グローブへと向かう。美味い酒を提供する酒場があると知り合いの情報屋から聞いたのだ。ぼったくりバーと陰口を叩かれてるようだが真偽のほどはわからない。 

 

「ま、火のない所に煙は立たぬとも言うけどな。」 

 

美味いならそれで善いというスタンスでいこうじゃないか。

ここ半年は悪魔の実による『ドキドキ!また飛んじゃった、今何時代?』ランダム方式の時空転移は起きておらず、そのおかげもあって俺はそれなりに平穏な日々を送っている。手に職をつけたくて何でも屋も始めた。イムや五老星の紹介だからグレーどころか真っ黒な仕事も舞い込んでくるが依頼主の金払いが良いので中々辞められないのが困り物だ。

 

特にここ数週間は忙しく世界中を飛び回っていたので、偶にはほぼ住居と化している聖地のお膝元でのんびりと羽を休めたいと思い、こうして酒場へと向かっているわけである。

因みにこの間仕事場に行こうとして間違って白髭の船に飛んだとき以外は能力のコントロールが安定している。今までの滅茶苦茶なルーレット方式は何だったのかというくらいに。もしかすると発動のコツを掴んできたのかもしれない。…フラグじゃないよな?

 

 

 

そうこうしているうちに噂のぼったくりバーへと辿り着いた。

 

「いやそのままかよ。」

 

『シャッキー’s ぼったくりBAR』と掲げられた看板を見て一人ツッコむと扉を開けて中に入った。 

 

 

店の中は木質の造りの隠れ家のような内装だった。カウンターが一つとテーブルが一つ。壁には洒落た救命浮輪や額縁に飾られた特許状などが飾られている。つーか何だよぼったくり許可証って。いや、政府の許可証があればぼったくられても文句は言えないが…誰だ一体こんな馬鹿げた賞状を出したのは。 

 

店の隅に植木鉢代わりに置かれている酒樽以外はごく普通の酒場だった。どちらかというとバーよりも古民家カフェに近い雰囲気だ。 

カウンター席には客と思われる男も座っていて、俺も二つ席を開け隣の席につくと丁度奥から店主らしき女がやって来る。 

 

「いらっしゃい。何に…っ!」 

 

俺を見た途端に面持ちを変える女に俺は肘をつくふりをして自分の顔を触ってみる。なんだ皆して、俺の顔に何かついてんのか。だが米粒は愚か髭すら生えていなくて内心小首を傾げる。 

 

「ハプスブルグアブサンを頼む。」

「………ええ、」  

 

一先ず注文をするとやけに言葉を溜め込んでから動き出す女。グラスの鳴る音や水道の水が流れる音が静寂な空間に響く。 

 

「此処は初めてか。」

「そういうお前は常連か。」

「ああ。」 

 

俺よりは少し若いだろうか、身なりから推察するに海賊か盗賊だろう男が話しかけてくる。俺の問い返しに男は一つ頷くとそこで会話は途切れ、室内に沈黙が落ちた。  

 

 

無言で酒の入ったグラスを渡され口につけるとハーブやスパイスの風味が口内に広がった。

 

元々アブサンは薬用系リキュールとして知られていた。ニガヨモギを含めた数多のスパイスを漬け込んで作られたアブサンは中毒性が強く第二次世界大戦直後は製造、販売が中止された悪魔の酒ともいわれている。俺がいた元の世界では強い幻覚作用はないとして販売が再開されているが仕入れる店が少ないために何軒もはしごした記憶がある。 

 

その点この世界は酒好きな海賊などの無法者をターゲットにした酒場が多いからか大抵の店で度数の高い酒が売られているので有難い。 

 

キンキンに冷やされた酒が喉元を焼きながら通り過ぎていくのを楽しんでいると視線を感じてつと顔を上げる。

カウンターの向こうで店主の女が俺をチラチラと断続的に盗み見ていた。 

スーツ姿の客が珍しいのか、はたまた俺がイカしているのか…駄目だ駄目だ、俺には歳を取っても年々魅力を増している妻が元の世界で俺を待っているんだ。…待っているかは微妙なところだが。胸の内で色々と考え勝手に虚しくなっていると、ふいと女の顔に既視感を覚える。

具体的に何時かは分からないが何処かで見たことのある顔だ。 

 

「嬢さん、名前は。」 

 

突然の問いかけに驚いた女がグラスを落とす。ガシャンとガラスが割れたが、女はそれを拾うことなくボソボソと呟いている。

聞き取れなくて聞こえる距離まで近寄ろうとしたその時、

 

「っ!」 

 

全身に悪寒が駆け巡り、俺は咄嗟に身を引いた。 

 

 

激しく巻き上がる木片。

散り散りに破砕する店の装飾品。

俺の元いた場所には巨大な日熊の爪に抉られたような痕が刻み込まれていた。 

 

「彼女に手を出さないでもらおうか。」 

 

唐突に放たれる鋭くしわがれた声。悠々と声のした方を振り向けば、女を庇うように仁王立ちする老人がいた。二人が並んでいるのを見てようやく思い至る。 

 

「思い出した、シャクヤクか。」 

 

隣にいるのは先程も会場で見かけた男、冥王レイリー。元海賊王の船の副船長。 

二十年以上前…俺にとっては四年くらい前だが、海軍とロジャー海賊団が手を組み当時最も海賊王候補に近かったロックス海賊団を打ち破った事件がある。確か今ではゴッドバレー事件と呼ばれているんだっけか。 

 

天に届きそうなほどに猛り狂う波、ひび割れた大地、天地をひっくり返すかのような砲弾の雨。

聖書に描かれた創世の瞬間を目の当たりにしてるのかと思うほどの光景だった。俺は巻き込まれないよう必死で逃げ回っていた記憶しかない。 

死をも恐れず人外の動きで戦場を駆け回っていたあの時の二人が今、俺の目の前にいる。あれほど生命力溢れ血気盛んだった二人が。 

 

「老けたな。」 

 

シャクヤクの方は大人の魅力が増しただけで見た目は殆ど変わらないが。レイリーに至ってはあの艶やかな金髪は見る影もない。 

 

「お前は変わらんな、グレイ。」

「三十九だ。」

「嘘をつくな。」 

 

自覚はある。東洋人特有の老けの遅さも相まり見た目は若々しく見えるのだろう。だが前の世界の時間も合わせて概算すると中身は平均寿命を超えているジジイ、なんならレイリーよりも年上かもしれない。 

視線を動かせば壁の隅で石のように固まっている哀れな客がいて、俺は慰め程度にソイツの肩を叩くとカウンター席に座った。俺に続いてレイリーも端の椅子につき、シャクヤクにラムを注文する。やはり海賊はラムが似合う。

 

 

とてつもなく居心地の悪い空気が店内を流れている。壁に掛けられた額縁が今頃床に落ちる音がした。ふと、会場での騒動を思い出す。

 

 

「麦わらの一味は旅立ったか。」

「……ああ。」

「残念だ。」 

 

もう少し話してみたかった。天下の天竜人を殴るだなんて一体誰が想像できただろうか。久しぶりに気骨のあるヤツらに出会えたと思ったのに。 

 

そういえばあの一味の船長が被っていた麦わら帽子に随分と見覚えがある。

…ああそうだ、パンゲア城でイムが見せてくれたのと同じ色形だ。海賊がどうだの歴史がなんだのと常に愚痴を溢してはいるが帽子を冷凍保存するアイツも十分にヤバいやつだと俺は思う。どんな特殊性癖だよ。 

 

「モンキー・D・ルフィか。」 

 

あの帽子、ロジャーが被ってたものとそっくりだな。何時だったかイムと五老星がミドルネームにDがつく奴らはポテンシャルが高いと話していた。 

 

「そういえばロジャーにもDがついていたな。」 

 

何の気無しにそう言えば隣から凄まじい威圧が放たれた。爆発した殺意に視界の端で男が床に頭を打ちつけるのを捉える。

目に見えない禍々しい炎を纏っているレイリー。この世界に生きる人間が潜在的に持っているとされる意志の力、そのうちの一つ覇王色の覇気。 極少数の限られた資質のある人間にしか使えない威圧らしい。

 

「そう熱り立つな心臓に悪いぞ。」 

 

歳をとれば気が短くなるというがこんな突発的に怒り出すものなのか。俺は常に安定していてそういった経験はないので分からない。 

 

「彼等の旅路を邪魔するな。俺達の二の舞にはさせんぞ。」 

 

次第にレイリーの覇気に耐えられず軋み出す壁に俺は口元を引き攣らせる。 

 

「その言葉、胸に刻んでおこう。」 

 

取り敢えず癇癪を抑えるためにそう言っておくと、店内に充満していたおどろおどろしい威圧感は消え失せた。歳は取りたくないものだ。 

 

 

実をいうとこの間も似たような出来事があった。そう、あれは俺が間違えて白髭の船に飛んでしまった時のことーー

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「何しに来やがった…グレイ!」 

 

白髭の怒声が空気を震撼させる。直後、ドタドタと大勢の慌ただしい足音が近づいてくる。

 

「親父!」

「シャンクス!」

「下がってろお前ら。」

「ベックこっちへ来るな…!」 

 

甲板に駆け込んできた面々に俺は自身の記憶を探り起こす。

三年ほど前に会ったビスタやマルコ。イゾウにもワノ国で会ったことがある。赤髪の船の副船長であるベックマン。......その他は知らないな、いや知ってはいるんだが興味がないので名前を覚えてない連中ばかりだ。

ここで疑問が浮かぶ。白ひげ海賊団の隊長は全部で十六人いるはずだが二人欠けているのだ。 

 

「二番隊隊長と四番隊隊長がいないな。」 

 

何気なしにそう呟くと白ひげ海賊団の面々を纏う空気が変化した。…待てよ、そういやつい最近白ひげ海賊団の中で裏切り者が出たんだっけか。 

 

「もう一度聞く、何しに来やがった。」 

 

考え事に黙りしている間に痺れを切らした白ひげがもう一度問いかけてくる。 

 

「特に用はない、場所を間違えただけだ。」 

 

武器を構える海賊達に俺は極めて穏やかな口調で答える。

不法侵入したのは悪かったが俺と会ったことのない隊長格まで警戒を滲ませ殺気をぶつけてくるから堪ったもんじゃない。

 

この世界に来た時から不本意にもイカれた連中ばかりと付き合ってきたせいで殺気だの覇気だのに対する耐性がついてしまった。

だからといって俺がそういう類のものを使えるかと問われれば否、せいぜいそれっぽい威圧感を漂わせられる程度に過ぎない。多分気絶するような奴は覇気もしくは殺気が放たれたと勘違いすることによるプラシーボ効果的なものに違いない。練習はしてるんだが如何せん上手くいかないのだ。

 

 

眼を瞑り脳内で試しに力んでみる。 

 

波が立ち船体が揺れる。ドミノ倒しのように人が次々と倒れていき…。 

 

駄目だ、想像力がないせいで全く覇気を出せた感じがない。いつも謎の威圧感を纏ったところで終わってしまうのだ。

俺は諦めて瞼を上げる。するとなんと、赤髪と白ひげのみが二本足で立ち、それ以外は床に突っ伏すか膝を突き顔を顰めているというカオスな光景が広がっていた。 

 

「どうした、何故倒れている?」

「っく、」 

 

口から泡を吹いて倒れる男達を介抱しながらマルコが呻吟する。何だなんだ、漫才でもしているのか。せめてボケをかましてからにしてくれ俺もやるから。 

 

「息子達に手を出したらただじゃおかねェ…!」

「怖いな。」 

 

今にも薙刀を振り翳してきそうな勢いで白ひげが咆哮する。赤髪も既に半分鞘から剣を抜きかけていた。

ついと、柄を握るその手が利き手でないことに気づく。この剣豪が腕を落とすとは一体どれほどの強者か、あるいは… 

 

「海王類にでも食われたか。」

「っ…!」 

 

そう言うと瞠目する赤髪に図星であったことを知る。 

 

あり得なくもない話だ、この世界の海は海全体が巨大な魔物のようなもの。凶暴な海王類、不規則に変動する気候…命を育む母の海などどこにも存在しない、いつだって船乗りをその深淵に引き摺り込もうと牙を剥いている。どれだけ勇猛な戦士だろうと少しの油断で遠浅で命を落としてしまうような危険な場所、それがこの世界の海なのだ。 

 

「何故今になり俺たちの前に姿を現した。」 

 

白ひげと同じような質問だった。 

 

「強いて言うなら気まぐれだな。」 

 

この忌まわしい悪魔の実の。もうそろそろ勘弁してほしいと思い続けてほぼ四十年。もはや諦めの境地に至っている。奇妙なことに戦闘時なんかは空気を読んでコントロールを効かしてくれるから、正直嫌われてるのか好かれているのか分からない。 

 

 

本当に用事なく無賃乗船してしまったので長居せず帰ろうかと何気なく空を見上げると雲が綺麗に割れていた。大方この二人が覇気をぶつけ合ったのだろう。 

 

不思議なものだ。あんな玉座の為にこうして天上と大海原を引き裂くような芸当ができる豪傑どもが現れるなんて想像だにしなかった。まるで漫画のようだ。 

 

「恐ろしい男だったよ、ロジャーは。」 

 

死に際の一言、たった一言で大椅子取り時代を切り拓いてしまったのだ。俺にあの大器の片鱗があればきっと前の世界で大成できただろうに。ロジャーは惜しくも持病により自首してしまったが。 

 

「死んだのが悔やまれる。」 

 

言い終えるよりも早く、海賊達…特に赤髪や白ひげが不穏な空気を纏わせる。 

 

「アイツのように夢半ばにリタイアする者がこれ以上出ないことを祈ってるよ。」 

 

死亡者の出る椅子取りゲームなぞ参加する方も観てる方も愉快な気分にはならないからな。そんな切実な願いを呟いただけなのに膨れ上がる負のオーラ。

 

嫌な予感がした。そう、あとコンマ数秒で頭と胴体が永遠の別れとなるようなそんな予感が。

 

 

だから俺は挨拶をすることなくその場から逃げた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「何がおかしい。」 

 

海賊っていうのは皆癇持ちなのかもしれないと苦笑するとレイリーに変な目で見られる。 

 

「何も。」 

 

下手に話せばまた斬撃を飛ばされるので誤魔化しておく。本当に海賊怖いわ。 

 

 

グラスを手にすると中で氷がカランと揺れた。左下に視線を落として未だに床で伸びている男を一瞥し、グラスを傾ける。 

 

ロジャーから始まり麦わらの一味…これはまた一段と大時化になりそうだ。だが俺はあくまでも傍観者にすぎない。 

絶対に椅子に座らせたくないイムと社会的地位を犠牲にしてでも椅子に座りたい海賊達の仁義なき戦い。何度考えても幼稚園児の発想にしか思えないが大の大人が魂を賭してしのぎを削るというのなら、俺は玉座の手入れをしつつ両者の応援に徹するのみ。 

 

ボトルの残りをグラスに注ぎ足すと俺はアブサンをぐいと一口で呷った。そして金を置き立ち上がる。 

 

 

「何が目的だ。」

「…白ひげと赤髪も同じ質問をした。」 

 

店を出ようとして背中に掛けられた言葉に振り向かずにドアに手をかける。

俺の望み...それは、このくだらない椅子取りゲームをさっさと終結させ元の世界に戻る方法を探すこと。

だが、 

 

「まだゲームは始まったばかりだ。」

「…………。」

「誰が玉座に座る権利を得るのか、のんびりと待つことにしよう。」 

 

そうして今度こそ俺はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

店を出ると夜の帳が下りていて、樹木の間から満点の星々が島を照らしていた。

今の季節は夏、蒸し暑い風が頬を撫で息苦しさにネクタイを緩める。この島でスーツを来ている人間など俺くらいしかいないだろう。 リーマン気質が抜けないのも考えものだ。

 

夜だというのに蝉のような昆虫が騒々しく啼きたてている。

緑豊かな林を進んでいると、喧騒の中にすたりと何かが着地する音を拾った。

百メートルほど離れた位置に人型の輪郭が佇んでいる。全身を純白のスーツに包み仮面を付けた男だ。

 

実に数ヶ月ぶりの再会かもしれない。ソイツは無駄に長い足を動かしほんの数歩で俺の目前まで近づいてきた。 

 

「イムが呼んでる。」

「またか。俺にだって仕事があるんだ、いい加減呼び出しまくるのはよしてくれないか。」

「来ないならグレイの依頼人を殺せと言われた。」

「あーあー、ったく今行く。」 

 

盛大に溜息を吐くと俺は方向転換して歩き出す。勿論行き先はパンゲア城。

 

そんな俺の隣を歩く高身長の男に俺は話題を変えるべく話しかけた。 

 

 

 

 

「達者にしてたか………コラソン。」

 

 

 




グレイは覇気なんて使えません、代わりに殺気もどきなら放てます。白ひげの船での出来事は不思議なことにプラシーボ効果的なもので片付られます。
ワンピースIFはこれで以上となります。
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