【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「………なあリヴェリア」
「なんだ、ロキ」
「……何があったら、こうなるんや?」
「諸々だ」
「いや……諸々て……」
「ノア、デートしよ?お願い、デートしたい」
「だ、駄目ですよ。ノアさんは今日は私とお買い物に行くんですから。ね?そうですよね?」
「あ、あはは……クリュティエ様……」
「こ〜ら、すぐに助けを求めないの。……普通に2人とも連れて行ってあげたらいいと思うわよ?私はアポロンと食事の約束があるから、着いて行ってあげられないけど」
「いえ、その、流石にお母様同伴のデートというのは……」
「ゆ、許してください……」
「ふふ、なにかしら?アイズちゃんはもしかして私のことが苦手?」
「………」
「……なんなんや、これ」
本拠地の食堂で、周囲からの目を惹きながらそんな会話をしている彼等を見る。
……いや、本当に。本当に、ロキには何も分からない。マジで何も知らない。ろくに教えられてもいない。いや、概ねは聞かされたけども。それは決して簡単に理解出来る話でもなくて。
「ううん……」
ただ突然、予定を早倒ししてリヴェリア達がノアを連れて来たと思ったら。そのノアの元主神だという見たこともない女神を何故かアポロンと一緒に連れ込んで来て、そしたらレフィーヤとアイズが自分は彼の恋人であるとかなんとか言い出した訳だ。
ぶっちゃけ洗脳でもされているのかと思った。
この女神が実は美の女神だったり、ノアの特殊なスキルか何かによって。なんかこんな状況になっているのではないかと。
……ただ。
「ロキ、まだ信じられないようなら、もう少し話してもいいんだぞ?……例えばそうだな、お前が天界で女神フレイヤから盗んで来た羽衣が……」
「ああ!もうええ!もうええから!!……ちっくしょう、未来のうちのアホぅ。そないなこと子供に話さんでもええっちゅうねん……」
「ノアと女神クリュティエは時間を巻き戻した、私とアイズとレフィーヤはその未来から魂だけを飛ばしてここに来た。それだけの話だ」
「言うほどそれだけで済む話か……?」
「私達にとってはな」
いや、まあ、もちろん。
ほんの一日の間にレフィーヤとアイズがこんなにも変わったことに加えて。見知らぬ女神と冒険者が入って来て、特にあれほどアイズが懐いているのを見てしまえば、周囲からの目線は冷たいものになってしまうけれど。……今や彼等はその程度のことには動じない。何度絶望したと思っているのか。何年引き離されたと思っているのか。それに比べればこんなもの、本当に何でもない。
「……その辺りの細かい話も、知りたいんやけどなぁ」
「他人の恋愛事情に好奇心で首を突っ込むべきではないな」
「いや、気になるのはウチだけやないと思うんやけど……」
「……まあ、好きだ好きだと言われつつLv.6まで辿り着いたら。その上で守られたら、アイズとて目は向くだろう。その上、あいつは献身的だからな。レフィーヤというライバルが居たのも大きい」
「……あんな顔、出来るようになったんやなぁ。その過程が見れへんくなったのだけが残念や」
「逆に言えば、ここでなければアイズもレフィーヤもあんな顔は見せなかった。……ここに来なければ3人とも、本当の意味で救われることはなかった」
「……向こうのうち、喚いとらんかったん?」
「苦渋の決断、という感じだったな」
「そらそうやろなぁ……そんでも決断したってことは、まあこれが最善やったんか」
他でもない自分がそれが1番であると思ったのなら、そういうことなのだろう。たとえ今の自分が全ての事情を理解したとしても、同じ結論を出すのかもしれない。
ならばやはり、余計な欲を求めるより、この状況を受け入れた方がよっぽど幸福だということか。もちろん、彼等の馴れ初めなんかは、彼等本人の口から聞きたいところではあるけれど。
「で?未来の方は大丈夫なん?……未来というか、そっちの世界か?」
「概ね問題はない筈だ。……あの後に別件で何か起きない限りはな」
「アイズとレフィーヤとリヴェリアが居なくなったんやろ?やばいやろ、どう考えても」
「いや、私は魂を分割しただけだ。向こうで生きてはいる。……先はそう長くない上に、死ねば本当に消えるが」
「……罪作りな子や」
「そうでもない。あの子は自分の中にあったもので懸命に努力をしただけだ。私達はただそれに惹かれて着いて来ただけに過ぎない。……決して、彼は罪人などではない」
「そか……」
「少なくとも私達は、そう結論付けた」
むしろそんなことより。彼とまた会うためとは言え、大神だろうがなんだろうが巻き込んで利用して、知恵を絞らせて、意図的に神の力を使用した自分達の方こそ、よっぽど罪人である。
もちろんその代償は、向こうの世界での自分達の死という形で支払って来たつもりだが。
……もちろん、向こうの世界が大変であることは間違いない。それでもフィン達は自分達を信じろと送り出してくれた。知ってしまった少し先の未来の情報を、自分達の魂をボロボロにしながらも利用して、なりふり構わず道を切り開いた彼等が。だから余計な心配はしない、ただ前だけを見て突き進む。それは送り出してくれた彼等への裏切りになってしまうから。
『ノアさんを、お願いします……!』
そうだ。女神クリュティエの死によって前回の記憶を思い出したのは、決してリヴェリア達だけではなかったから。リーネも含め、少なくともロキ・ファミリアの大半の者達が思い出していた。リヴェリア達はその多くの人達に背中を押されて今ここに居る。その事だけは決して、決して忘れてはならない。
「あ〜、えと、ちょっとええか?」
「ロキ様。はい、もちろんです」
ロキは彼等が楽しんでいる中に悪いと思いつつも、声を掛けた。なんだか以前に会った時と比べて、随分と人間らしい顔で笑みをくれる彼の姿。ロキにとってはもうそれすら信じられないくらいの変化で。こうして2人に押されている姿を見ると、むしろ彼の方がアイズとレフィーヤに洗脳でもされているのではないかと思ってしまうくらい。どちらかと言うと押しが強いのがアイズ達の方であるから、そう思えてしまうのか。
「え〜っとな、これからのことなんやけど……」
「は、はい……」
「うん、まあその、ノアの移籍自体はええんやけどな?流石にファミリア内にうち以外の神が住み着くってのは困るというか……いや、別に訪ねに来るくらいならええんやで!?」
「あ、それなら問題ないわよ?ロキ」
「?」
「ノアがね、私のためにまた花屋を作ってくれるみたいなの。私はそこでノアと2人で暮らすつもり」
「「「「……えぇ!?」」」」
その話、誰も知らなかったみたいなのですが大丈夫なのだろうか。それこそ当のノアでさえも。花屋についてはともかく、一緒に暮らすことまでは知らなかったのではないか?
ロキは訝しんだ。
「当然でしょう?だって貴方達、いつノアのことを襲うか分からないのだし」
「お、おお、襲うって……!?」
「………」
「あの、アイズさん?どうして目を逸らしたんです……?」
「………」
「だから、別に通うことはいいけれど、寝る時には必ず私のところに帰ってくること。これは神としてではなく、母親として課す規則です」
「それ完全に息子やなくて娘に出す条件やろ……」
「世界一可愛い自慢の子供なんだもの、料理の一つも出来ない子に簡単にあげるつもりはないわ」
「うっ」
「花嫁修行なら任せて。私がいくらでも付き合ってあげるから」
「あかん、これ完全に親バカや」
アイズは渋い顔で撃たれる。
それはまあ彼に相応しい恋人になれるようにと、多少なりとも料理に挑戦したことはある。なおその結果、可もなく不可もなくの、割と不可寄りのところに居るのが今のアイズである。
挑戦はしたのだ、挑戦は。ただその極端な性格が災いして、分量を測っている最中に物を焦がしたり、綺麗に切ろうとするあまりにまな板ごと真っ二つにしてしまうだけで。未だそれは修行中であるというだけで。
「まあ、うん、でもそういうことならええわ。みんな健全なお付き合いをな…………うん?」
「……?どうしたロキ」
「そういえば、リヴェリア達って何年先の未来から来たん?」
「「「っ!?」」」
「あ、それ私も気になります」
「せやんな?聞いとる感じやと、2〜3年ってほどやなさそうやし。精神年齢考えたら、もしかしたら普通に良い歳に……」
ーーーーーッッ!!!
瞬間、アイズが手に握っていたコップが爆ぜた。
文字通り、爆散した。
3人分の、凄まじい威圧感と共に。
「女に公衆の面前で歳を聞くとは。良い度胸をしているな、ロキ?」
「折檻が必要ですか?ロキ」
「私は16歳だよ、まだ何かある?」
「………なんもないです、はい」
どうやら踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。いやまあ、実際そこまで年齢はいってないのだけれど。流石にその辺りは多少のコンプレックスが生まれても仕方ないというか。こうして久しぶりに会った彼が記憶よりも意外と子供らしくて、正直少し犯罪的な意識があったりするというか。
「はっ!……と、ということはその。お二人が私よりずっとお姉さんという可能性も……?」
「ふふ、ノアは年上の子が好きだったかしら?」
「い、いえ!決してそんなことは!?」
「「!?」」
なお、今この瞬間にそんなコンプレックスは吹き飛んだということをここに記す。
「ノ、ノア……!私、お姉さんだから……!」
「は、はい……?」
「わ、わたしにも!うーんと甘えてくれていいですからね!!お姉さんなので!」
「あ、ありがとうございます……?」
ちなみに現在はノアが亡くなった時より2年も前である。それはノアだって2人の記憶の中より幼いし、張本人である2人も普通にノアの記憶の中より幼い姿をしている。それはまあ健全なお付き合いをしろとも言われるだろう。これに関しては圧倒的にロキとクリュティエが正しい。……なんならアイズは現在の体の年齢は14歳なので、もう全部間違えているのである。
「それに……もう今が奇跡みたいなものだから。私もそれほど深くまで状況は掴めていないけど、私にもさせて欲しいの。普通の母親として、子供が恋人を連れて来る〜なんて甘酸っぱい経験を」
「クリュティエ様……」
「ロキもそう思わない?」
「……うん、まあ、それに関してはうちも同感や。仲ええのは良いけど、あんま置いてかんで欲しいもんやで。酸いも甘いも味わって、ゆっくり成長していくところを隣で見たいわ。リヴェリアもそう思うやろ?」
「思わない!!!」
「「えぇ!?」」
リヴェリアは机を叩いた。
というか突然ブチギレた。
誰もが予想していなかったことではあるけれど、今の彼女にとっての地雷は正にそこにあったのだ。そこはもう本当に、ど真ん中のストレートというくらいの場所。
「さっきから聞いていれば!好き勝手言ってくれるな!巫山戯るなよお前達!!私がここまでどれだけ苦労して連れて来たと思っている!!なんなら今直ぐにでも子供でも作ってエンドしろと言いたいくらいだ!!年齢など知ったことか!!山も谷もこれ以上必要ない!!早く互いに責任を取れ!!」
「「え、えぇ……」」
「それと!もし仮に今更こいつらの関係を不純などと言って引き裂こうものなら私が消し飛ばすからな!?お前達もだ!今更やっぱり別れますなどと言い出した日には全員氷付けにした後にそのまま纏めて焼き払ってやるからな!!分かったか!?」
「「「は、はい……!」」」
リヴェリア・リヨス・アールヴ。
なんなら彼女が此度1番の被害者である。
『酸いも甘いも味わって成長していくところを隣で見たい』などと言われたら、それはもう彼女とて怒る。隣でそんなものを心を痛めながら何度も見せられて、絶望させられて、挙句の果てに時間すら超えて漸くここに辿り着いたのだ。
もう本当に変な事件とか要らないから、このまま平和に幸せになって欲しいとしか彼女は思わない。不純でもなんでもいいので、何事もなく孫の顔でも見せてくれとしか思えない。
だってノアはともかく、アイズとレフィーヤは本来ならもうそういうことを考えはじめてもいい年齢だったのだから。彼女達の頑張りを知っているだけに、仕方ないとは言え、何も知らない神2柱に邪魔して欲しくはないのだ。これ以上、自分の恋愛に対する観念を壊されてたまるものかと。
「そういうことだ、いいから今日はデートでもなんでも行ってこい。なんなら午前中はアイズで、午後はレフィーヤとかでも構わん」
「あ……それいいね。レフィーヤはどう?」
「私もいいと思います!明日は午前と午後で交代しましょう♪」
「ふふ、なんだか私ばかり良い思いをしているみたいですね」
「問題ありませんよ。その分、ちゃんと2倍愛して貰いますから♪」
「うん」
「あ……これは頑張らないと」
ノアもいつの間にか、2人と恋仲になっていることを自然と受け入れている。罪悪感なんかも、かなり薄れた方だろう。そういう意味では今回の諸々は彼にその辺りを吹っ切れさせるという役割は果たせたのか。
……もちろん、周りの目は冷たいが。
そんなことよりも大事なことがあると、彼は気付くことが出来た。周りの目なんかより大切にしなければならないものが分かったから。自分が本当に求めていることを、知ることが出来たから。
「それで……結局、私達の記憶は消えちゃうんですか?」
「消える……というか、消えることを受け入れることが大切なんだって」
「受け入れること……」
「うん、無理に維持しようとするから負荷がかかる。未来の記憶に頼らないことが1番大切って言ってた」
「なるほど…… 」
アイズと共に、ノアはダイダロス通りへ向けた通りを歩く。そこから向かうのは、言わずもがなの場所。アイズももう知っている、その場所。それこそつい先日、神アポロンの力を借りて女神クリュティエを救い出した、あの場所のことだ。神アポロンが彼女の分の罪も半分引き受けて、相応の対価を支払った、あの場所。
「じゃあ、私達のあの思い出も、いつかは忘れてしまうんですね」
「それは、覚えていても大丈夫」
「え?」
「未来を変えるものじゃないし、あと3年もしたらそれは過去のことになるから」
「でも、今の私達にとっては未来の話では……?」
「私達の魂は、過去と未来のものが同化して、強くなってる」
「……!」
「ノアがやってたことに比べれば、よっぽど安全だよ」
「……ふふ、これは耳に痛い言葉ですね」
「それに……忘れて欲しくないし、私も忘れたくないから」
きっとそれが1番の理由。
それでもノアとリヴェリアには1.5人分の魂が、アイズとレフィーヤには2人分の魂が存在している。これは最早強度的に言えば漂白することも一苦労というレベルの話になるらしい。それはもう神タナトスが喜びそうな話ではあるが、まあそれは今はどうでもいい。
とにかく、大きく未来さえ変えなければいいのだ。例えば今から闇派閥を殲滅しに行ったり、そういう大きなイベントを潰さなければ。
……とは言え、実はその話も"保険"でしかなかったりする。なんなら闇派閥の殲滅を行ったとしても、なんの罪にも当たらない可能性さえある。
なぜなら既に、運命はアイズが一度完全に破壊してしまっているからだ。
時間軸上の連続性がなくなった今、未来は再び未観測のものになったと言っても良い。仮にその知識を持って使おうとも、それほど大きな負荷がかかることもないだろう。
一体アイズがどのような運命の破り方をしたかと言われれば、それは……
「アイズさん……」
「?」
「やっぱりその……ダイダロス通りに大穴を空けるというのはやり過ぎだったのでは……」
「……でも、これが1番簡単に滅茶苦茶に出来るから」
「いや、そうかもなんですけど……なんだか凄いことになってます」
「うん……」
アイズがやったこと。
それはダイダロス通りの中心部を大爆発させ、ダイダロス通りに隠されたものを、それこそ人造迷宮クノッソスも含めて無理矢理露出させるという、あまりにも大胆な手段である。なんなら普通にテロ行為だ。今もこうして多くのギルド職員を含めた者達が慌ただしく動いている。
だが、これによって確定していた未来は消え、全てが未観測の状態となった。例えば闇派閥の残党の動きも変わり、この時点でクノッソスの存在が露見したことで、少しずつ調査も進んでいくだろう。未来の殆どが全く違う形に変わっていく。アイズの見境のないテロ行為によって。
そして重要なのは、これをアイズが自分の意思で引き起こしたということだ。他でもない、一度は英雄となった彼女がである。
同じことをノアがやったとしても、例えば直ぐ様に闇派閥による隠蔽作業が始まったり、そもそも邪魔をされたりして、結果的に未来は変わらなかっただろう。しかしこれを運命を破るという力を極限まで高めた今のアイズがやろうとすれば、彼女はあらゆる世界による干渉を跳ね除ける。観測された物を破壊し、無理矢理新たな道を作り出す。何者にも縛られることはない。
……運命を破る力というのは、つまりそういう理不尽なものなのだ。観測されているはずの未来すら破壊する力。これがあるかないかが、重要になる。神々で言う主人公補正とでも言うべきか。自らの意思で敷かれたレールを降りる力。
もちろん、その先の結果が良くなるのか悪くなるのかは分からないが。ノアはどれだけ努力しても降りられない。だがアイズなら降りることが出来る。当然いつも降りることが出来るという訳ではないし、そこには彼女自身の意志の強さが大きく関わって来ることではあるが。あくまで降りやすさ、という点においては、今のアイズは歴史を遡っても最高峰とも言える素質を持っているだろう。魂すらも二重になった彼女は現状、神にもこの世界にも縛られない。単一の個体として最強の存在となったと言っても良い。……正しく、英雄として相応しい存在に。
「けどね、ノア」
「?」
「確かに私が、運命を変えたのかもしれないけど……変えたいって思わせてくれたのは、ノアなんだよ」
「……!」
「だから、これはノアの責任でもあります」
「あ、そう来ますか」
「私がノアのことを好きになれたのも、ノアのせいです」
「ふふ、それは嬉しいですね」
「なので……」
アイズは彼に顔を近付ける。
腕を深く抱え込んで、身体を密着させて。
少し背伸びをするように、求めるように。
「責任を取って……キス、して?」
「まだ駄目です」
「が〜ん……」
断られた。
まだこっちに来てから一度もしてないのに。
なんだったらもうずっとしていないのに。
せっかく久しぶりに彼と出来ると思ったのに。
だから勇気を出して、割と無理矢理めな会話の流れでお願いしてみたのに。ノアは酷い。
「ふふ、別にやらないとは言っていませんよ。ただ、せっかくならもっと良い雰囲気でしたくありませんか?」
「……!!うん、したい」
「ささ、こっちへ」
ノアに連れられて、魚館の中へと入っていく。
まだ昼間の明るい時間帯、しかしやはりと言うべきか他にお客さんなど1人もいない。それでも少しばかり暑い今日は、この涼しさが快適なくらいだった。
いつものようにお婆さんに挨拶をし、お金を払うノア。けれどアイズにとっては、そんな姿でさえも初めて見るもので。
「うん?なんだいノア、彼女さんかい?」
「ええ、私の大切な人です」
「こ、こんにちは……」
「へぇ、こりゃまた美人さんを貰ってきたもんだ。大事にしてやりな、人生共にしてくれる相手なんてなかなか見つかるもんじゃないからねぇ」
「はい、肝に銘じます」
アイズがこの魚館について抱いている印象は、それほど良いものではない。確かにノアがここを好んでいたということは知識として知ってはいるが、それでも実際に見たのは、クリュティエが囚われていたことと、ノアがここで死亡したという2つである。良い印象を持てという方が難しいくらいだろう。
……それでも。
「……綺麗」
「ええ、本当に」
それでも、足を踏み入れればそう思ってしまうのだから。これもまた不思議なもので。
「アイズさん、こっちにどうぞ?」
「え?あ……うん」
彼が何処からともなく持ってきた敷物の上に、肩を並べて座る。こんな物まで持ち込んでいたのかと驚きつつ、そう言えばこれもレフィーヤがあの時に使っていたなとか思い出して。……レフィーヤは彼とデートの時にここに来ていたということを思い出して、少し嫉妬する。まあ自分の場合は本当に色々と手遅れになってからだったから。自分が悪いと言えばそうなのだけれど。
「アイズさん」
「?どうしたの?」
「……なんだか、夢みたいで」
「夢……?」
「幸せ過ぎて」
「!」
「こんな、こんなにも都合の良いことがあっていいのかなって……そう思ってしまって。実はこれが死ぬ直前の私が見ている自分勝手な妄想なんじゃないかって、ちょっぴり不安にもなってしまうんです」
「ノア……」
「だって、そうでしょう?あんなに私に厳しかった世界が、突然こんな風に……何か裏があるんじゃないかって思ってしまっても、それは仕方がないというか」
「……怖い?」
「……はい、怖いです」
アイズは彼に両の手を差し出す。
それは彼に握って欲しいから。
されるがままに互いに手を握り、向き合う2人。
目と目が合う。
鼓動が速くなる。
互いに顔が赤くなっていることが、この暗闇でも分かってしまう。
「確かにノアの言う通り、これで全部うまくいった訳じゃないかもしれない」
「はい……」
「私が運命を破れてないかもしれないし、破っても結果は変わっていないかもしれない。……クリュティエ様は助けられたけど、他に何か別の罰を要求されるかもしれない」
「……はい」
「もしかしたらこれも、私が見ている都合の良い夢で。起きたら全部が消えてしまっているかもしれない」
「……」
「……でもね」
アイズは微笑みかける。
「もしそうだとしても、私は諦めない」
「……!」
「ノアと幸せに暮らせるようになるまで、私はずっと頑張り続ける」
「アイズさん……」
「だから、怖がらないで?もしノアが誰かに攫われても、私が絶対に助けに行くから」
「……なんだか、これでは私がお姫様みたいですね」
「私にとっては、お姫様かも。英雄になってでも、助けたかったから」
「……英雄?」
「気にしないで、それくらい大事ってことだから」
ノアの記憶の中にある彼女より、少しハキハキと話せるようになったろうか。表情もとても自然に笑えるようになって、彼女という人が成長しているということを感じられる。
……分かるとも。自分を助けるために彼女達が相当に努力をしてくれたということは。そうでなくとも前回、闇派閥との抗争が予想出来るような状況であった。彼女達はそれを乗り越えているということも分かる。それだけのことを乗り越えても、自分のことを忘れないでいてくれたことも。諦めないでいてくれたことも。分かる。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「!……うん」
「私を選んでくれて、ありがとうございます」
「私の意志だから」
「好きになってくれて、ありがとう」
「……私も、そう」
自然と顔を近付け、指を絡める。
鼻先を当て、その瞳を覗き込む。
「して、いい?」
「もちろん、私はもうアイズさんのものですからね」
「レフィーヤと共有、かな」
「い、言い方が……」
「でも、2人でこんなに頑張らないと手に入らなかったから。ノアは高嶺の花」
「それ使い方合ってます……?」
「あってるよ」
「んぅっ……」
もう我慢出来ないとばかりに、アイズは彼の唇を奪う。指を深く深く絡めて、絶対に離さないとばかりに握り締めて、すっかり下手くそになってしまった舌使いで、縋り付く。
「っ……ふふ、少し下手になりましたか?」
「むっ……ずっとしてなかったもん……」
「それでは、また上手になっていきましょう」
「!……うん」
だから今度は、ノアの方から誘導していく。握った手はそのままに、空いた手で彼女を抱き寄せ、優しく背中をさすりながら舌を差し込む。
「んぅ……ふっ……ぅぁ……」
……彼のこういうところは卑怯だと思う。ただキスをするだけでもいいのに、しっかりと抱き寄せてくれて、満たしてくれて、それなのにこうして背中を摩って、なんだか変に意識させられてしまって。
「……ふふ、恩恵があるので。息が続けます。アイズさんにだって負けません」
「はぁ、はぁ……ノアのえっち」
「背中を摩っただけで"えっち"は流石に酷いですよ」
「もっと触って」
「……なんだか、アイズさんの方がえっちですね」
「嫌い……?」
「そんなはず」
「……私も、勉強したから」
「そうなんですか?」
「うん」
ぐいっと、押し倒される。
力では敵わない彼女にこうされてしまうのは、流石にノアとしては慣れたものであるし。恩恵のある今なら確かに彼女の獣のようなキスにだって付き合ってあげることは出来るけれど。
……なんだか、雰囲気が違うというか。
「クリュティエ様に、駄目って言われたから……そこまではしないけど」
「え?え?」
「ノア……私もう、大人だから」
「は、はい……?」
「色んな愛し方、知ってるよ」
「……え?」
「レフィーヤに、取られちゃう前に……奪っちゃうね」
「………ひんっ!?」
……だからこれは、後日談であるけれど。
実は恩恵を更新したら4人とも恩恵が前の世界の経験値を一部引き継いでしまっていたり。それでもノアは前線を退くことになって、基本は後方支援を担当するようになったり。それこそ花屋の手伝いを主にし始めた楽しそうな彼の笑みに、アイズとレフィーヤが暴走してしまったりはしたけれど。
その日々に飽きることは決してない。
世界は前回とは全く違った道を辿り始め、飽きさせてくれることなど決してない。
もちろん何もかもが上手くいくはずなんてない。その道を辿ってしまったが故に直面することになった辛い現実だってあるだろう。だがそれでも、アイズ・ヴァレンシュタインという英雄となった少女の心が折れることは決してないし、何度でもその運命を打破る。
だって……
「ノア」
「は、はひっ……」
「……逃がさないからね」
「に、逃げるつもりはないですけど……けど……!」
「安心して、ちゃんと責任は取るから」
「それ私の言いたかったこと!?台詞まで取らないでください……!?」
「大事にするからね、私のお姫様」
「ひぁっ!?」
自分にとっての姫を手に入れたから。
自分が姫になるのではなく、自分が英雄になるのだと、覚悟することが出来るから。
「私のこと見て、ノア」
「は、はい……」
「またキスして、ノア」
「も、もちろん……」
「私の子供産んで、ノア」
「それは無理ですけど!?」
「……ノアなら、いけるかなって」
「私のことなんだと思ってるんですか!?」
「愛があればいけるよ」
「もしかして産まそうとしてます!?そこまで運命破ろうとしてます!?」
「大丈夫、多分似合うよ」
「似合うどうこうの話では……ぁぁぁぁあああ」
ノア・ユニセラフは、凡人だ。
何もかもを捨てても、2周をかけても、願いに手を掛けることしか出来なかった。
けれどそれを引き上げてくれる人がいた。求めていた彼女こそが、そんな自分を愛してくれた人達が、3周目を回してまで、引き上げてくれた。
奇跡も、運命も、味方になってくれなくても。
馬鹿で愚かで、それでも懸命で誠実であった努力こそが、今この時まで導いてくれたのだから。
……だからきっと、何も間違ってなどいなかったのだ。
「……好きだよ、私の恋人さん」
「……はい、わたしもです」
剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか?
……私にはもう一周必要でしたけど、なれました。
けど、これでようやくスタート地点に立てたと考えると。
人生は本当に長くて、大変なものなんだなぁと。
……思えて。
そう、思えることがきっと。
何より、幸せなんだ。
これで最終回です。
60話もの長いお話になってしまいましたが、ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。
今後も何かしら黙々と書き貯めてはダバ〜っと投稿していく予定ですので、宜しければ別の作品等についても目を通して頂けると嬉しいです。
本当にありがとうございました。