真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
『カハッ! はぁ、はぁ……ッ!』
「……なッ!」
闇から現れたアペプスの身体は所々、焼け爛れている上に呼吸も乱れていた。
何より、かつて戦った時には決して見なかった疲労感を滲ませるアペプスの様子にロークは絶句した。その中で、バサリと一部が欠けた翼を広げたアジ・ダハーカが姿を現す。
『クハハッ! 逃げ足の速い奴だな』
そう言って笑うアジ・ダハーカも、よく見れば身体の一部が欠けていたり、左首の片目が潰されていたりと、決して浅くはない傷を負っているようだが、それでも纏う威圧感はアペプスよりも凄まじい。
『小僧の霊術まで……ッ!』
『どうだ、上手く真似ているだろ?』
苛立った様子で叫ぶアペプスに対して、アジ・ダハーカは嘲笑いながらそう言い返す。
「小僧の霊術?」
「アーサー・アヴァロンか。随分と厭らしい真似をするじゃないか」
誰のことだ、とロークが疑問を口にする中、その人物が誰かを瞬時に察したホーンテッドが、楽しそうにアジ・ダハーカに声を掛ける。
『あの男は唯一、俺達を負かした相手だからな。その技を利用しない手は無いさ』
「意外だな。もっと宿敵の力は使わない、みたいなプライドがあるかと思っていたよ」
『ハッ、そんなプライドなんぞ勝利の前にはゴミ同然だ』
アジ・ダハーカはそう吐き捨てながら、眼下のアペプスに視線を向ける。
『お前もそうは思わないか、駄ヘビ?』
『否定はせんよ、同意はしないが』
『やれやれ、そんなプライドを持ってるから、俺達の中で真っ先に狩られるんだよ』
どこか憐れみすら混じったアジ・ダハーカの言葉を思い出しながら、ロークはアーサー戦記の記憶を思い返す。
アーサーと四凶達は、それぞれ戦い方に特徴がある。
アペプスが正面からの正々堂々とした戦いを好む一方で、アジ・ダハーカは自分の陣地に敵を誘き寄せ、罠に嵌めるという狡猾な戦い方を好むとされていたが、どうやら事実だったようだ。
『生憎、お前のように生きる気はない』
『やれやれ、ならこっちは勝ちに行くぜ? ホーンテッド』
「良いのかい?」
『構わねぇ、やれ』
ホーンテッドは念押しの確認を取った後、札のような形状をした依代を何枚も取り出し、それを宙に投げ飛ばす。
「ッ!」
『グォォオオオッ!』
その骨身を鎧で覆い、腰に刀を携えた骸骨。頭部がまるで槍のように尖った猟犬。そして、下半身が蛇の姿をした、半人半蛇の美しくも不気味な邪霊。
依代から黒い光が放たれたかと思うと、次々に禍々しい姿をした邪霊達が姿を現した。
「クロッ!」
『…………』
その中には、かつてのロークの相棒でもあったクロ、フォルネウスの姿もあり、ロークは思わず顔を歪めながら、柄を握る手に力を込める。
『テメェの強さは理解している。だからこそ、油断なく確実に始末させてもらう』
『…………』
「まぁ、個人的に思うところはあるけど、君には何度も煮湯を飲まされているしね」
ホーンテッドはそう言うと、邪霊の群れを従えながらロークに剣を突き付ける。
「それじゃ、続けようか」
*****
「はぁああッ!」
レイアは手に炎を生み出すと、迫ってきた蝶の群れに対して薙ぐように放ち、その全てをまとめて焼き払う。
『ガァアアアッ!』
「ッ! サラマンダー、来ます‼」
炎によって視界が遮られた瞬間、咆哮と共にクロムが瞬間移動する際に鳴る独特の重低音が耳に入ったレイアは、自らの精霊にそう警告する。
サラマンダーはレイアの忠告に応じ、口腔に炎を溜め、襲い掛かってくるであろうクロムにカウンターを入れようと構える。
『グォオオ———ッ⁉』
そして、背後に気配を感じたサラマンダーが素早く振り返り、炎を放とうとするが、そこにクロムの姿はなく、その瞳に動揺の色を見せる。
「……ッ! サラマンダー、後ろッ!」
『ガッ⁉』
レイアは咄嗟に振り返り、炎の中を突っ切ってきたクロムに霊術を放ちながら叫ぶが、サラマンダーが反応する前に、その黒翼を叩き付けられてしまう。
巨体をくの字に曲げながら落下するサラマンダーの背に必死にしがみ付くレイアは、「サラマンダーッ!」と叫ぶ。
『……ッ!』
主人の声に応じ、サラマンダーは翼を羽ばたかせながら態勢を立て直すことに成功する。
「はぁ、はぁ……ッ!」
重い一撃を受け、一時的に動けなくなっているサラマンダーの背の上で、呼吸を乱しながらレイアは顔を上げる。
彼女の視線の先では、朱い蝶の群れに囲まれた空間の中で、黒竜と天使のような霊装を纏ったミーシャが幾度となく衝突しては火花を散らしていた。
『ガァァアアッ!』
「ッ!」
黒竜、クロム・クロアハが吠えると、瞬時にその姿が掻き消え、次の瞬間にはミーシャの背後に回り込むことに成功する。
そのまま尾を叩き付けようとするクロムに対して、ミーシャも素早く反応して振り向き、槍を盾にして受け止める。
「くッ⁉」
しかし、空中ということもあり、踏ん張りが利かないミーシャは衝撃によって後方に弾き飛ばされ、宙を舞う蝶の群れに突っ込んでしまう。
「しま———ッ!」
咄嗟に焦りの声が漏れるが、もう遅い。
蝶達はミーシャに殺到すると、その身体に纏わり付き、口吻を伸ばして突き立てる。
チクリと突き刺すような痛みに顔を顰めるが、問題はその後だった。
「ぁ……かッ!」
身体から一気に霊力が抜き取られていく感覚に、ミーシャは思わず苦悶の声を漏らす。
「ミーシャ様ッ!」
レイアは素早く手を上げ、蝶達を焼き払うべく霊術を放とうとするが、ミーシャを巻き込んでしまうことに一瞬、躊躇いを覚える。
「くッ!」
けれど、ミーシャに纏わり付く蝶達が輝き始めるのを見て躊躇いを断ち切ると、炎を放つ。
レイアの手から放たれた炎は、ミーシャを巻き込む形で纏わり付いていた蝶達を焼き、半分以上を送還させた。
すると、白い翼が羽ばたくと同時に炎が散り、僅かに焼け跡を残したミーシャがレイアの下まで素早く降下し、サラマンダーの背に着地した。
「ありがとうございます、レイアさん。助かりました」
「いえ、そんな……。寧ろ、あんな助け方しかできず、申し訳ございません」
「いや、良い判断だったと思うぞ。躊躇いがなければ尚良しだったが……」
ミーシャに謝罪の言葉を述べるレイアに対し、ユーマは炎に焼かれなかった蝶達を自分の下に呼び寄せながら称賛の言葉を漏らす。
「ッ! どの口が———ッ!」
「あれ以上、霊力を吸われていたら限界を超えていたはずだ。そうだろう、ミーシャ?」
「……ッ⁉」
ユーマの問いに、レイアは驚きながら改めて隣を見つめる。
「…………」
ミーシャは何も答えず、普段通りを装っているように見えるが、よく見れば顔色は悪く、その額からは脂汗が流れている。
典型的な霊力欠乏症の症状であり、今のミーシャの様子は、限界が近いというユーマの発言の裏付けに他ならなかった。
「ミーシャ様」
「……ふふっ、強がろうと思いましたが、ダメですね」
心配そうに尋ねるレイアに対して、ミーシャは最初こそ気丈に振る舞おうとするが、すぐに諦めた様子でそう呟いた。
「彼の言う通りです。怪我の方は問題ありませんが、霊力量に関してはもう余裕がありません」
「そんな……」
レイアからすれば、ミーシャは学院を象徴する最強の精霊師であり、アペプスとの戦いにおいても活躍した彼女が、こうして弱音を漏らしている姿に驚きを隠し切れなかった。
「正直、霊装化の維持も難しいほどです。攻撃に防御、それに霊装の維持……何より、あの邪霊達に霊力を断続的に吸われ続けたのがまずかったですね……」
そう言って、ミーシャはユーマとクロムの周囲を飛び回っている蝶の邪霊に視線を向ける。
霊力の吸収という単純な能力。加えて、精霊としての格は低位程度であり、単体で見れば大した脅威ではない。
しかし、彼らがユーマと簡易契約を結び、その指揮に従うとなると話は変わる。
邪霊達はユーマの指揮の下、送還すら辞さない捨て身の攻撃によって少しずつ、けれど確実にミーシャから霊力を奪い続け、彼女を窮地に追い込んでいた。
「何より、彼は私達から奪った霊力を邪霊から吸収することで、霊力に余裕がある」
「……ッ!」
「お陰様でな、随分と助かってるぞ」
そう言葉を漏らすユーマの腕には蝶達が止まり、口吻を腕に突き刺して、ミーシャ達から奪った霊力を流し込んでいた。
「……さて、霊力の補充も済んだことだし、そろそろ再開しようか」
『グルルッ!』
蝶を周囲に展開しながらそう呟くユーマに応じるように、クロムも唸り声を上げながらレイア達を睨み付ける。
『ガァアアッ!』
「落ち着きなさい、サラマンダーッ!」
クロムの殺気に反応して襲い掛かろうとするサラマンダーを制止しながら、レイアはこの状況を打開するべく必死に頭を回す。
火力面だけで言えば、サラマンダーは決してクロムに劣っていない。けれど、敏捷性において圧倒的に劣っている。
そのせいでこちらの攻撃は当てられず、逆に相手の攻撃は躱せずに受けてしまっている。
サラマンダーの耐久力とミーシャのサポートがあったため、今までは何とか戦ってきたが、彼女の限界が近い今、一体どう戦えば良いのか……。
「レイアさん、私があの黒竜の動きを止めます。ですから、タイミングを見て私ごと貴女の最大火力の霊術を放って下さい」
「なッ⁉」
レイアはミーシャの発言に驚きの声を上げるが、すぐに「できませんッ!」と首を横に振る。
「最大火力の霊術をミーシャ様に放つなんてッ!」
「今の私の霊力量では、あの黒竜を倒せるほどの威力を持つ霊術を放つことができません。けれど、貴女とサラマンダーならば……」
「だとしても、それではミーシャ様がッ‼」
「大丈夫ですよ。しっかりギリギリで躱しますから」
ミーシャはそう言って安心させるように告げてくるが、レイアはその言葉が嘘だとすぐに分かった。
「作戦会議は終わったのかッ⁉」
「レイアさん、好機と見たら遠慮なくやって下さいッ!」
「ミーシャ様ッ!」
クロムと共に一気に距離を詰めてくるユーマに対して、ミーシャはバサリと翼を広げると、サラマンダーの背から勢いよく飛び立った。
「はぁああッ!」
迫ってきた蝶の群れを一閃で散らしたミーシャは、そのまま勢いを落とすことなく、クロムの背に乗るユーマに向けて槍を突き出した。
「ッ! まだ、これほどの力をッ!」
「あまり私を侮ってもらっては困りますよ」
ミーシャの必殺の突きに対して、ユーマは咄嗟に光剣で槍の軌道を逸らし、躱すことに成功するが、彼女の持つ底力に思わず冷や汗を流す。
『ガアッ!』
「ッ!」
自分の背で戦うミーシャに対して、ユーマは吠えると、一瞬にして彼女の背後に回り込み、翼を叩き付けた。
「ナイスだ、クロムッ!」
足場が消えたことで一時的に宙に放り出されたユーマだったが、すぐにクロムの背に再び着地すると、吹っ飛ばされたミーシャに追撃を掛けた。
「…………ッ」
霊力を溜めるレイアは、そんな熾烈な戦闘を繰り広げるミーシャの姿を見つめながら歯を食い縛る。
反撃を受けても一切怯むことなく、態勢を立て直すなり立ち向かうミーシャは、恐らくここで霊力を全て使い切るつもりだろう。
———私が弱いせいだ。
自分が弱いせいでミーシャの足を引っ張り、こうして彼女を危険に追いやっている。
考えてみれば、いつもそうだった。ルナの塔の時も、ホーンテッドとの戦いも、大精霊演武祭の時も……いつも自分は誰かに守られていた。
———ローク先輩ッ!
この危機的状況でレイアの脳裏を過ぎるのは、自分が最も信頼している先輩の姿だった。
あの人ならば、こんな状況でもきっと自分を助けてくれる。
あの人ならば、先輩ならば、ローク・アレアスさえ助けに来てくれれば……ッ!
「……ッ! 違うッ! そうじゃないでしょうッ‼」
そこまで考えたところで、レイアは当たり前のようにロークに助けを求める自分自身に激しく憤る。
自分ではユーマに勝つことができない。いつの間にか、強敵を前にそんなふうに諦めている自分を、レイアは叱責する。
———あの人を頼るだけじゃない。かつて、自分よりも百倍優秀だと啖呵を切ってくれた、あの人に誇れるような、その背中ではなく、隣に並び立てるような精霊師に———。
「私は———ッ!」
『……ガァアアアッ‼』
レイアの意志に応じるように、サラマンダーは雄叫びを上げると、その身体を赤く燃え上がらせた。