真の実力を隠していると思われてる精霊師、実はいつもめっちゃ本気で戦ってます 作:アラッサム
「はぁ、はぁ……ッ!」
砕けた壁に背を預け、苦しげに呼吸するミーシャは、薙ぐように迫ってきたクロムの尾を飛び上がることで躱す。
『ガァッ!』
「ッッ!!」
キィイインという甲高い音と共に、クロムの口腔から紫色の光線が放たれ、咄嗟に旋回して回避しようとしたミーシャの右肩を掠めた。
「……はぁ、はぁ」
霊力不足によって動きから精細さが失われたミーシャは、攻撃を躱すことができなくなり、その身体に決して浅くない傷を負ってしまう。
「随分と粘られたが、流石に限界のようだな」
「…………」
ユーマはそんな彼女の様子から限界を悟り、トドメを刺すべく周囲の蝶を操りながら霊力を溜める。
「……何か言い残すことはあるか?」
「いえ、何も」
「そうか」
ミーシャは霊術を放とうとするユーマとクロムを見つめながら、最後の霊力を振り絞り、一撃を放とうと試みる。
———後は頼みましたよ。
ユーマ達の動きを止めてレイアに後を託すべく、ミーシャが槍の穂先を向けた瞬間だった。
「——ッ! クロムッ!」
『ゴアアッ!?』
下から高速で飛んできた紅蓮の閃光が、咄嗟に防御態勢を取ったクロムを弾き飛ばし、次いで周囲を囲っていた蝶達を、生み出した炎で瞬く間に焼き尽くした。
「これは……」
突然の出来事に理解が及ばず、動きを止めるミーシャの前に、未だ燃え続けている炎の中から見覚えのある少女が姿を現した。
「遅れました、ミーシャ様」
「……レイアさん」
レイア・ヴァルハート。
しかし、ミーシャの視界に映る彼女の姿は、先程までとは一変していた。
赤と黒を基調としたドレス。しかし、変化は衣服だけに限らず、その背には竜を彷彿とさせる赤い翼と尻尾が生え、その頭部には黒い角らしきものも見える。
そして、彼女から溢れている多量の霊力……これは間違いなく———。
「霊装化をしたのですね……」
「……みたいです。あまり実感はありませんが……」
ミーシャの言葉に、レイアは自分の身体を見つめながら頷く。
ミーシャを助けようと必死だったため、レイアは自分でも何をしたのかよく分かっていなかったが、身体の中に感じるサラマンダーの存在が霊装化を実感させた。
『ガァアアアッ!!』
「ッ!」
響き渡る竜の咆哮に、レイアは思考を中断して顔を上げると、こちらを睨み付けるクロムと、その背で驚愕の表情を浮かべているユーマの姿があった。
「その姿、まさか霊装化を……ッ!?」
「ミーシャ様。ここは一度、私に任せて休んで下さい」
「しかし……」
既に限界ながらも、まだできることはあるはずだとミーシャが言葉を返そうとするが、レイアに「大丈夫です」と制されてしまう。
「ここはお任せ下さい」
「……分かりました」
ユーマから視線を外すことなくそう告げるレイアの後ろ姿に、ミーシャは自身が最も頼りにする男の背中を幻視して笑うと、そう呟きながら霊装化を解く。
『……ッ!』
翼を失い落下するミーシャを、彼女の契約精霊であるミカエルが優しく抱き抱えると、そのまま降下していく。
「貴女に任せます、レイア・ヴァルハート。『炎竜の巫女』の実力、改めて見せて下さい」
「はいッ!」
ミーシャの激励に、レイアは力強く返事をすると、背の翼を羽ばたかせ、クロムに向かって勢いよく飛翔した。
「確かに霊装化には驚かされたが、その程度で俺達に勝てると思うなよッ!」
『グォオオオッ!!』
ユーマは真っ直ぐ自分に向かってくるレイアに対してそう叫びながら、クロムと共に迎撃に入る。
ユーマが牽制を兼ねて光弾を放つと同時に、クロムに霊力を流し込む。主人から霊力の供給を受けたクロムは、その翼を大きく羽ばたかせて加速すると、剛翼を叩き付けんと振りかぶる。
「……ッ!!」
対するレイアは、迫ってくる光弾とクロムに対して防御態勢を取ることなく、寧ろ加速すると、その腕に炎を灯す。
やがて炎の中から、サラマンダーの腕を彷彿とさせる手甲が現れ、レイアの腕を覆った。
「はぁああッ!」
『ガァアアッ!!』
翼でユーマの放った光弾を難なく打ち払ったレイアは、手甲に覆われた腕にありったけの霊力を込めると、気合いの声を上げながら目の前の剛翼に向かって振るう。
竜と少女の一撃が衝突し、轟音を響かせながら大気が震える。
『———ッ!?』
「なッ! 押し切れないだとッ!?」
いくら霊装を纏っているとはいえ、全力の一撃を少女に正面から受け止められたという事実に、ユーマとクロムは激しい動揺を見せる。
そして、その隙を今のレイアは決して逃さなかった。
レイアは腕に力を込めてクロムの翼を弾くと、もう一方の手に大量の霊力を込めながら霊術を発動させる。
掌の上に巨大な火球を生み出すとレイアは僅かに態勢を崩しているクロムに向けて、その背にいるユーマごと焼き尽くさんと放つ。
「炎竜弾ッ!!」
「くッ!!」
目の前に広がる炎にクロムは素早く回避行動を取るが、態勢を崩していたこともあって回避が遅れ、その身にレイアの炎を浴びることとなった。
辺り一帯がレイアの炎に包まれて赤く染め上げられる中、翼の羽ばたく音と共に、灼熱地獄からクロムが勢いよく脱出した。
『………』
「はぁ、はぁ……」
全身から焦げた匂いを漂わせるクロムの背で膝を突くユーマは、苦しげに息を切らしながら眼下のレイアを睨み付ける。
「……ここまでとは」
咄嗟に霊術で障壁を張ったが、それでもレイアの炎を完全に防ぐことはできず、全身に軽い火傷を負ってしまった。
「サラマンダーと同等の火力に膂力、耐久力、加えてそれ以上の敏捷性か。霊装化によって欠点を克服したようだな」
「降参するならば受け入れますよ」
「ハッ! 馬鹿言うな」
レイアのその言葉に、ユーマは笑いながらゆっくりと立ち上がった。
「続行だ。その綺麗な霊装、剝がしてやるよッ!」
「なら、その前に私が貴方達を焼き払いますッ!」
その言葉を最後に、再び二人の精霊師は衝突し、戦場を闇と炎が覆い尽くすのだった。
*****
身体が鉛のように重く、動くたびに節々がズキズキと悲鳴を上げている。
「はぁ、はぁ……」
肩で呼吸をするロークは、やたらと重く感じる剣を構えながら、襲い掛かってくる邪霊に意識を向ける。
『———』
「ッ!」
ゆらりと身体が揺れたと思うと、一瞬にして距離を詰めてきた骸骨の邪霊が、上段から袈裟に刀を振り下ろしてきた。
「くッ!」
咄嗟に剣を盾にして一太刀を受け止めたロークは、剣から伝わる衝撃に顔を顰めながら腕に霊力を込め、刀を押し返す。
『シャァアアアッ!』
「ぐッ!?」
すると、その瞬間を狙い討つかのように、身体を翻しながら迫ってきた半人半蛇の邪霊がその鋭く伸びた爪を振るってロークの肩を裂いた。
「流石に動きが鈍くなってきたな、ロークッ!」
「うるせぇッ!」
鮮血が舞う中、斬撃を放ってくるホーンテッドに対して、ロークも霊力を込めて斬撃を返す。
甲高い音を響かせて剣がかち合うと共に、その刀身から互いの霊力が衝撃波となって放たれる。
「———ッッ!!」
力で押し負けたロークはそのまま大きく後方へと弾き飛ばされ、素早く態勢を立て直そうとするが、視界に現れた槍のような頭部をした猟犬達の姿を見て動きを変える。
その鋭く尖った先端をこちらに向け、貫こうとしてきた猟犬達から身を守るべく、眼前に障壁を展開しようと試みる。
『———ギッ!』
しかし、ロークが展開した障壁に猟犬達が衝突する前に、黒い巨体———アペプスが彼らを蹴散らしながら勢いよく通り過ぎていった。
「アペプスッ!」
『煩わしい奴らめ……ッ!』
ロークの頭上で身体を翻したアペプスは、周囲を飛び回る馬にも似た姿をした不気味な鳥達に対して、忌々しそうに言葉を漏らしながら尾の一薙ぎでその全てを薙ぎ払う。
『ギアッ!?』
無様な悲鳴を漏らしながら鳥達が尾に潰されて送還される中、再び槍のような頭部の猟犬が、不気味な咆哮を上げながら宙を駆け、その先端をアペプスの身体に突き付けた。
『カァアアッ!』
『ッ!?』
アペプスは咆哮を上げると、その全身から闇を放ち、身体に頭部を突き付けていた猟犬達を弾き飛ばす。
『隙だらけだッ!』
『ッ!?』
響き渡る龍の三重の雄叫びと共に頭上から放たれた雷光が猟犬達を払い、隙を見せていたアペプスの身体を貫いた。
『カハッ!』
『ハハハッ! 限界が近づいてきたようだなッ!?』
度重なる邪霊達の攻撃によって少しずつ傷を増やしていったアペプスは、今の雷光を浴びたことでさらに動きが鈍くなった。
「どうやら決着が見えてきたようだね」
「…………」
ホーンテッドは、アジ・ダハーカの霊術を受けるアペプスに視線を向けながら、どこか感慨深げにそう呟く。
「恐らく歴史上、初めてであろう四凶同士の戦い……。正直、もう少し楽しみたい気持ちはあるが、あまり長々と時間を掛けていられないしね」
そう言いながらホーンテッドは剣を構えると、勢いよく駆け出し、ロークに斬り掛かる。
「くッ!」
「全く残念だよッ! 君のような優秀な同胞をこの手で斬らなければいけないなんてッ!」
斬り結ぶ中で段々と勢いを増していくホーンテッドの斬撃に、ロークは少しずつ対応できなくなり、その身体が血によって赤く染め上げられていく。
そして———。
『ガァッ!』
「……ッ!」
左足に走る鈍い痛み。
その痛みの原因が、ホーンテッドが呼び出した不気味な猟犬であることに気付くが、その時には既に手遅れだった。
斬り合いの中に生まれた僅かな、けれども致命的な隙を、ホーンテッドは決して逃すことはなかった。
「……あ、ぐッ」
胸を刃で貫かれる衝撃が走り、凄まじい激痛と共に喉の奥から溢れる血が口から零れる。視界が段々と暗くなり、ホーンテッドの姿が見えなくなっていく。
「さようなら、ローク・アレアス」
そして、ロークの視界は完全に闇に包まれるのだった。