群青色を押し花に   作:保泉

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こっそり。


前提が崩壊したらしい

 

 

「おや、この時間に二人で歩いてるなんて珍しいな」

「ドクターの許可はもらったの?」

「もらったもらった、大丈夫だよ」

 

 日が沈み始めた夕方のココヤシ村の道をソルと二人で歩いていると、おれ達に気づいた鍬を持った村人のお兄さんが声を掛けてきた。籠も担いでいるから畑帰りかな。ソルはともかく、おれの場合は近頃午前中しか出歩いていないから気になったんだろう。

 

「なに!? ……おい賭けは二番の勝ちだぞ!」

「そんなぁ、今日も脱走するに今週の酒代賭けたのに!」

「何故今回に限って……!」

「みんな何してるの?」

 

 大袈裟に嘆く彼らに、思わずジト目になった。どうやらココヤシ村ではおれの動向が賭けの対象になっているらしい。そういえば、たまに村人たちがこっちを見ながらこそこそ話をしている姿を目にしてはいたけど……思ってた以上に大勢の声が聞こえる。

 話が広がっているのか、近くの家々から続々と人が出てきて──いや、多いよ。まさか村全体が参加してるってことは……いやありえるかもしれない。暇なのか、みんな。

 眉間に皺を寄せて抗議しようとしたところで、ソルが半目で見下ろして一言。

 

「お前が毎日のように脱走するからだろうが」

 

 ……すみません。

 

「でもアーロンだってしてたじゃん」

「アイツはほぼ健康体、お前は違うだろ」

「あいてっ」

 

 アーロンを引き合いに出したらそもそもの条件が違うとソルからデコピンを受けた。弾いてない指の動きだけのものでもかなり痛い、おかしいなおれはちゃんと覇気で防御してるのに。

 

「で、海に息抜きにいくのかい?」

「ううん、本船に呼び出されたから帰るね」

「「「ちょっと待ちなさい」」」

「おっと」

 

 軽くあいさつの手を振ったらがっしりと複数人から肩や腕を掴まれた。

 

「椅子の設置、よーし!」

「ヘーマの設置、よーし!」

「ソルの手の設置、よーし!」

 

 彼らは近くの家から椅子を運んできて、おれを座らせた後ソルの手をおれの両肩に置かせる。まさかこれが拘束か。

 流れるような動きだけど、なんか水兵や工事現場みたいな声かけだな。最後に「これでよし」と一つ頷いたかと思えば、四方に叫び始めた。

 

「ドクター、ドクター!」

「アーロンさーん!!」

「誰かベルメール呼んできてくれ!」

「ゲンゾウは何処に行った!!」

 

 わあ、増員メンバーのチョイスに容赦がない。確実に説教要員を集めてくるあたり、おれの足止め方法を既に熟知されている。それだけおれが彼らに叱られている場面を目撃されているのだけど。

 

「だから言っただろ、今回は黙って行くのはやめとけってよ」

「だって、ほんの少し行って戻るだけのつもりだったから」

「その『つもり』が本当にできるか、わかんねェンだろうが」

「……そう、だけどさ」

 

 おじい様からの強制呼び出しは、今回の急激な懸賞金額の上昇が原因だと予想される。絶対、シキがなにか余計なこと言ったんだと思うけど。そう、海賊王とソルは血が繋がってるとかどうかとか。

 そうじゃないと今回ノータッチなソルの金額が上がる理由がないもんな。つまり、おれの手配金額はまたもや彼に巻き込まれたということだ。それにしてもなんでプラス二十億なんだよ、もっと刻んでいいだろそこは。プラス十億でもあり得ないんだぞ。

 

「──小僧、お前という奴は……!」

「え、勢いスゴ……頬がちぎれそうに痛い!?」

「何が散歩してくる、だ! 医者を謀るんじゃないわ馬鹿者ォ!!」

 

 診療所から凄まじい勢いで現れたドクターが、おれの前に立つや否や、いきなり頬を力いっぱい引き伸ばしてきた。痛い! 反射的に覇気を纏おうとしたが、驚きすぎて間に合わなかった。必死で解放を求めるも、聞く耳を持ってくれない上に、込められた力に全く容赦がない。

 

「……なんだ、ドクターに先を越されたか」

「じゃあ急がなくていいな」

「ちょっと休憩しておく? ドクターの説教が終わるまで」

 

「いや早く来て!!」

「聞いとるのか小僧!!」

「ごめんなさい聞いてます!」

 

 ドクターの後から駆け寄ってきたアーロン達は、悲鳴をあげるおれに気づいた途端ゆっくりした歩きになった。みんなヒドイ。

 

 言葉を尽くしてどうにかほっぺの解放と母船への帰還は避けられないことをしぶしぶ納得してもらえた。最難関はドクターだったことは言うまでもないだろう。心配してくれるのは本当に嬉しいんだけど、おれにも拒否権ないんだ。

 

「ヘーマ君、キミちょっとこれ持っていきな」

「おわ。何これ山盛りミカン?」

 

 ベルメールさんから渡されたのは、ミカンが山盛りになったおれがやっと抱えられるほどの大きさの籠だった。

 

「説教を短くするには土産が必要でしょ。ココヤシ村名物、ベルメール印のミカンをよろしく!」

「あはは、宣伝してくるね」

「ベルメール、お前そんな知識を教えるんじゃないわまったく。ソル、日持ちする食料だ。少しだけだが上手く食べてくれ」

「おっ、ありがとよゲンゾウ!」

 

 豆知識を教えてパチンとウインクするベルメールさん。薄々気づいていたけど、貴女もだいぶやんちゃしてましたね?

 悪い知識を伝授する彼女を横目で睨んでから、ゲンさんはソルに紙袋を渡している。

 

 貰ったミカンをいそいそとスケッチブックにしまっていると、ナミちゃんが駆け寄ってきた。

 

「ヘーマ君、これあげる」

「これは、地図?」

「私が描いたの!」

「えっ!?」

 

 彼女から差し出された筒状に丸められた紙を広げると、紙はココヤシ村周辺の地図のようだった。

 その地図は、とても十歳の子どもが描いたとは思えない精密さで、細かい線と正確な地形の表現の上手さに目を見張る。世に出回っている地図や海図を超える完成度で、その出来栄えに思わず感嘆の声がもれた。

 

「ナミちゃん、本当にすごいな。これ、天才だよ!」

「えへへ」

 

 恥ずかしそうに照れる彼女に心が温かくなった。とても可愛い。

 

「ヘーマ君ドクターの診療所ばっかりいたから、あまりココヤシ村周辺に行ってないでしょ。だからそれは宝の地図」

「バッテンのところ?」

「そう。宝物埋めておくから、ちゃんと探しに来ないとダメよ!」

 

 それは、ナミちゃんなりの再会の約束だった。彼女の小さな手が震えていることに気づく。

 聡明な彼女には、気づかれたのかもしれない。おれがもう自由に、この村に来られなくなる可能性があることを。

 

 おれは貰った地図を胸に抱えて、ナミちゃんの華奢な手を掬うようにそっと握った。どんな結末になっても、例え彼女が自身の夢に進むため、ココヤシ村から旅立った後だとしても。この約束だけは守ると誓うために。

 

「うん、必ず戻ってくるから」

 

 必ず、また。

 

 

 

 

「ん?」

 

 マストの高いところに登り、周囲を望遠鏡で確認していた白ひげ海賊団員が、遠くの空に黒っぽい点をひとつ見つけた。

 

「あれは……もしかして!?」

 

 徐々に近づいているのか点は次第に大きさを増し、その推定される全長を認識して海賊は甲板にいる仲間達に慌てて声を投げた。

 

「東南東の方向! 空から近づいてくる船を一隻発見!」

 

「空ならヘーマか?」

「確定じゃねェよ!」

 

 それを聞いた男達は、空から来る船は高い確率でヘーマだろうと思いつつも、物を浮かせる能力はフワフワの実以外にも存在するため、まだ敵船の可能性は消えていない。

 海賊達は警戒を緩めず甲板に集まり、その船が近づいてくるのを待つ。船の全体を視認出来るようになっても、武装などは一切見受けられない。戦闘を全く考えてないのか、風船のようなものが屋根のように上部に付いたその船は、ゆっくりと高度を下げていった。

 

「ああ、ヘーマとソルだ。間違いねェ」

「問題児達が帰って来やがったぞ!」

 

 望遠鏡を手にした物見が告げ、それによりそわそわとした空気が甲板に広がる。生存を知っていたとはいえ、再会するまで何があるのかわからないのが偉大なる航路。末の子どもの無事を確信して、胸をなで下ろす者も多かった。

 

 モビー・ディック号に並行して止まった船から降りてきたのは、随分と成長した少年達だった。ソルは身長がかなり伸びてひょろりと長い印象だが、筋肉はそれなりに付いている。ヘーマも身長は伸びているのだが、隣に立つソルが伸びすぎているので、華奢さがより際立っていた。

 

「ただいま!」

「おかえり。まあ、なんだ……女振りが上がったな」

「全く褒められてないんだけど!?」

 

(((そりゃそうだろ……)))

 

 憤るヘーマだが、彼が細身のマキシ丈のワンピースに身を包んでいるためどうあがいても美少女然となった姿を見て、海賊達は遠い目になった。

 

「ヘーマ、その服、最近流行ってんのか?」

「へ? そうそう、セントポプラで流行の柄なんだよ」

「そうか……流行り物か……」

 

 流行とはいえ、どうしてこの子はあえてこんな格好をしているんだ。戸惑いを隠せない男達の反応に首を傾げている、自身の着ている服にもはや違和感すら無い様子のヘーマに、彼らはそれ以上何も言えなかった。ワンピースが似合っていると伝えて、もし嬉しそうにされたら余計反応に困る。似合っているけど。

 向こうで随分デカくなったなと笑いあっているソルにかけられているのが、本来成長した男子に向けられる言葉である。

 まあ、何はともあれ元気そうでよかったと、彼らは子ども達の無事を喜んだ。

 

 そのまましばらく久々に帰ってきた最年少を構っていたい気持ちは山々だが、今は後回しにしなければならない。

 ピリ、と柔らかな空気が一変し、ヒリついた。

 

「さて、ヘーマ……オヤジがお呼びだ」

「うん」

 

 ひとまず帰還を喜んだが、次に待つのは規律を乱した者への沙汰の時間だ。向けられた威圧感に顔色を全く変えず、ヘーマは頷いて先導に続いた。

 

 

 

 

 案内されたおじい様の部屋には、おじい様とお父様しか居なかった。てっきり隊長格が何人かいると思ってたんだが、ソルがいるからかもしれない。

 

「おかえり。随分身長が伸びたじゃねェか」

「ただいま! こっちのにょきにょき伸びた奴のせいで実感はないけどね。少し分けろ」

「できるか。久しぶりだなニューゲート、またジジイになったな!」

「ぬかせ、ジジイになれねェ奴に言われたかねェ」

 

 挨拶もそこそこに、そこに座れと用意されていた椅子に腰掛けた。ソルは何故かお父様の横の椅子に座っている……あ、これおれだけが説教される流れですね? やらかしたのはおれなんで当たり前なんだけども。

 

 一応、呼び出されてからここに来るまでにある程度言い渡される内容は想定している。今後の旅行を禁止してこのモビー・ディック号で航海するか、おれが白ひげ海賊団を辞めるかの二択だ。

 前者を選べば偶然を頼る以外兄弟達やウタに会えない。ロジャーもキャンバスからの解放を求めるだろう。後者を選べばおじい様やお父様、家族達とも気軽に会えなくなる。敵船となることを選ぶのだから、築いた繋がりが絶たれることも覚悟しなくてはならない。

 

 きっと、おじい様達は前者を勧める。勘当なんて言い渡すにはおれはまだ不安定だし、身体を壊していることも知られているから、療養に専念させるだろう。だからこそドクターストップをかけられて療養中のおれを、船長命令で呼び出したんだと思う。

 

 生半可な覚悟で挑めば、結局おれはその提案を受け入れることしかできないだろう。自分で言うのもなんだけど、レトイスは昔から「上の決定」に従うことを叩き込まれている。一番譲れないところでさえ、強く言われれば折れてしまうかもしれない──そんな弱さを、どうしても振り払えない。

 それが、一般の人間のためになるのであれば尚更のこと。領地を治める貴族として、我欲を抑えるようにレトイスは教育を受けていたから。その影響は当然、混ざった人格のおれにもある。

 

 しっかりしなくては。ちゃんとやりたいことを、まだロジャーといたいことを伝えなきゃ。

 おれはおじい様の目をしっかり見て口を開く。

 

 ──でも、それを受け入れてもらえなかったら?

 

 けれど、頭をよぎった考えは、おれの口から言葉を塞き止めてしまった。

 

 ロジャーと過ごすことは許されても、もし白ひげ海賊団にいられなくなったら──そのとき、おれはどうなるのだろう?

 もう、この船の「家族」ではなくなるのかもしれない。その可能性が頭を占有して、胸の奥が深く沈む。

 

(──おいおい、まだ一言も話してないだろうに。なんでもう追い詰められてるかな)

 

 思考が暗く沈んでいくなかで、呆れたような、案じるような、聞き覚えのないのにどこか懐かしい声が聞こえた。一体誰だっけ。

 

(まあ、絶対安静の療養中を切り上げたのは彼らの不手際だしな……仕方ないか、今回は“俺”が手助けしてやるよ)

 

「えっ」

 

 頭の中に響いた声の意味を認識した途端、おれの視界が暗転した。

 

 目の前が暗いのは一瞬で、すぐにおれは元の位置に座っていた。もしかして、さっきはピクテルのキャンバス内に入れられたのだろうか。

 

 だが先程までとは違い、何故かおしりに触れる感触が柔らかい。木の椅子だからクッションなんて無いはずなのに。

 

 目だけ動かしてそろりと下を見る。黒いズボンに包まれた長い足と同色の革靴が見える。えっ。

 いつのまにか、本当にいつのまにか、おれは誰かの膝に座らされているようだった。……いや誰の足だよこれ。

 

 今度は上に視線をずらしていく。広い胸元、ガッシリとしつつも何処かセクシーな喉仏のある首、髭のない顎に愉しそうに歪められた赤みのある唇。

 

 さらに上にずらせば、赤い瞳がこちらをじっと見つめている。その視線と合った瞬間、驚きに肩を揺らし、思わず仰け反った。体勢を崩した背中を支える感触と、にっこりと微笑む唇に、おれは気まずさと混乱が一気に押し寄せてきた。

 

 そんな思考の片隅で、ようやくわかったことがある。今までしていた勘違いに思い当たり、湧き上がる気まずさと恥ずかしさ……そしてどこか安堵を感じて、おれはそっと目を泳がせた。

 

 

 

 

 

「ハァ……どうなったンだろうな」

「おい、さっきから手ェ止まってンぞ」

 

 手にモップを握り締めたまま、白ひげ海賊団の男はチラチラと船内への入り口の扉を何度も見る。あまりにも頻度が高い為、同じくモップを手に掃除中のもう一人の男は相方に文句を言った。それに対して気が散っている男は悪いと謝りつつも、行動は先程と全く変わっていない。

 クレームを入れた男はその様子にため息をついた。本音では彼も同意したい程に気になっている。相方以外にも、気がそぞろになっている男達が甲板の上でチラホラと見受けられた。その全員の頭の中にあるのは、帰ってきたばかりの問題児こと白ひげ海賊団最年少のヘーマのこと。単独行動中のやらかしへの沙汰は一体どうなったのかと、船内に入る姿を見送った者達はそわそわとして落ち着きがなかった。

 

 まず間違いなく今まであった自由は無くなるだろう。もう子どもに付けられる金額の手配額ではない。二十億ベリー越えというものは、ヘーマの行動が白ひげ海賊団の総意と世間が受け取るのに充分すぎる額だ。違うとなれば、船員を制御出来ない船長の力量が疑われることとなり、ひいては白ひげ海賊団のナワバリの治安も影響してくることは、この船の新人でさえ理解できることだ。

 だが、彼らが慕う白ひげはそんじょそこらの海賊ではない。白ひげ海賊団全体のために、船員の一人を押さえつけるような人間であれば、彼らはオヤジと敬意をむけることはなかっただろう。

 何か、現状を打破できるような材料があれば、孫の道を閉ざすはずがないと男達は白ひげを信じている。

 

「ガキ共がなにか斜め上の良い情報を持っていればいいんだが」

「なんだよ斜め上って」

「なんとなくわかるけどよ」

 

 誰かが呟いた言葉を起点に、忍び笑いが広がっていく。ヘーマも相方のソルも、いつも何やら楽しそうなことを思いついては、躊躇無く実行して隊長達に叱られている姿を良く見かける。夢の極太ビーム事件や早朝のアニマル大演奏騒動にヒーローポーズ選手権等々、やたら高い技能を駆使した面白いことを巻き起こした子どもらなら、自らの道を切り開くことができるのではと期待を込めてもいいのではないだろうか。

 

「よーし、おれも掃除頑張るか」

「やっとか。あとはお前の分だからやっとけ」

「あ、ワリィ」

「テメェらもいつまで掃除してるつもりだ、夕飯抜かれてェのか!?」

「ゴメンナサイ、それだけは勘弁!」

 

 いつの間にか相方がきっちり半分終わらせていることにようやく気づき、男はせかせかモップをかけ始めた。他の男達もせっせと手を動かし始めてしばらくすると、バタンと船内に続く扉が音を立てて開いた。

 振り向いた彼らが見たものは、扉を潜っている白ひげと後ろに続くマルコの姿で、話し合いが終わったのだと気づいた男達は、雑談で気が抜けていた顔を引き締めた。

 

「オヤジ、ヘーマは……」

「安心しろ、悪いことにはならねェ。詳しくはメシの時に説明する。その前に、新入りの紹介だ」

「……新入り?」

 

 近くにいた息子の一人の問いに鷹揚に頷いて、白ひげはちらりと後ろに視線を向ける。釣られて視線を動かした先には、手をつないで歩く背丈の同じ二人の子どもがいた。

 それだけであれば、まあ問題ない。いやどうしてモビーにヘーマ以外の子どもがいるのかという疑問はあるが、ソルも既にいることであるし、乗船経緯が気になるもののまあそういう事もあるかと流すことは可能だ。

 代わりに見逃せない問題があるとすれば──

 

「なあ、やっぱり止めとかない?」

「ダメ。もう光は大丈夫なんでしょ」

 

 扉の手前で何やら進むことを拒否している子どもの手を引いて、ヘーマが呆れた声で外に出そうとしている。全力で外に出ることを拒否しているみたいなんだが。ちょっとやめてあげたほうがいいんじゃないかと、イヤイヤと首を横に振る子どもを見て男達は思った。

 

「で、でもなぁ、長年のこう、習慣っていうの? そのせいで身体が拒否しててさぁ」

「そっか。ほら行こう」

「ヒドイ俺の葛藤が一言で流された。待て待とう待ってください、アッ、ダメだ力が強い。わかっていたけど全然踏ん張れてないし手も振り払えない……くぅ、散歩拒否の犬の気持ちってこういう感じなのかね、拒否すら出来てないけど……!」

「靴のかかとが磨り減っちゃうよ、早く諦めてって」

「急募・容赦の心。せめてもう少しだけ心の準備を……!」

 

 軽快な言葉のやり取りに、本来なら男達は子どもはヘーマの友だちかなとほっこりした感情が湧き上がっていただろう。繋いだ手をしっかり握って前を歩くヘーマと、繋がれた手から逃亡を謀りながらズルズルと引きずられている子ども。太陽の光に照らされたその顔立ちが、そっくりでさえなければ。

 

「ほら、大丈夫だったじゃん」

「本当だ……わぁ……」

「次は挨拶しようね」

「感動の余韻にも浸らせてくれない。マイペースなところは好きだよ。でもなんか段々手厳しくなってない。俺の気のせい?」

「キノセイダヨ」

「なんてあからさまなわざとらしい棒読み……ッと、これは失礼」

 

 注目を浴びていることに気づいたのか、ヘーマに引きずられていた子どもはしっかりと自分で立ち、離された手で服をつまんで優雅に一礼してみせた。

 

「初めまして白ひげ海賊団の皆様。この度お世話になることになりました、ユーインと申します。──どうぞよしなに」

 

 海風に黒い長髪を靡かせ、真紅の瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。その顔立ちはヘーマに酷似していて、違うところと言えば瞳の色くらい。まるで鏡に映った映像を見ているかのような違和感に、誰かが息をのんだ。

 

 荒くれ者達数百人分の、困惑と懐疑の視線を受けてなお、美しい子どもは怯えることなく優雅に、そして無邪気に微笑んだ。

 

 まるで、彼らがいつか見た──ヘーマと同じ笑い方で、滴るような色香をたたえて。

 

 

 

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