そしていつもと違う更新時間にシュゥゥゥ!
――陸が亡くなる数ヵ月前
深い深い、真っ暗な世界。
立っているのか座っているのか、もしかしたら浮かんでいるのかもしれない。
自分が今、どんな体勢なのかも分からない。けれど、不思議と不安は感じない。
(死って、こんな穏やかなものなのね……)
先ほどまで、病室に集まった家族の顔を思い出す。
立派に更識家当主を務めている、自慢の息子。
次代の当主として、努力を続けている孫。
結婚から今まで、息子を支えてくれている義娘。
そして、私の最愛の人……
(唯一不満があるとすれば、簪ちゃんがいなかったことね……)
姉より先に逝ってしまった、私の妹。
あの子が逝った時と同じように、陸君も私の手を握って、涙を流していたっけ。
(私は果報者ね)
こんなにも、たくさんの人に看取られながら逝けるんだもの。
うん、はっきり言えるわ。
(私、更識刀奈の人生は、満たされたものだったと)
一片の悔いもなく――
ーーーーーーーーー
――刀奈が亡くなる数日前
思い返せば、私の人生はあの時、IS学園に入学した時から……陸に出会ってから大きく変わったんだと思う。
もし陸に出会わなければ、私はお姉ちゃんの陰に隠れているだけの人間でしかなかったかもしれない。
それがどうだろう、この70年で、たくさんのものを得ることが出来た。そして今、たくさんの思い出を抱えて、逝くことが出来る。
(なんて幸せなんだろう)
私のしわがれた手を握りしめながら涙を流す陸の頭を、反対の手でそっと撫でる。
かつて陸が、私にしてくれたように。
その撫でていた手にも、力がなくなっていくのが自分でも分かる。
(これで、終わりなんだ……)
徐々に視界が暗転していく。そして、何も見えなくなった。
でも、不安や恐怖は感じない。それは私が、満足しているからなんだと思う。
ああ、こんな満たされた気持ちで逝けるなら――
(っ!)
突然沸き上がった声無き声に、止まったはずの心臓が鷲掴みにされたような気がした。
(心残り、そんなものは……!)
わざと不安を掻き立てるような声に、私は心の中で言い返そうとして
陸もいつか、この世界で死ぬことになる。けれどそれは、私達と同じじゃない。
この世界で死んでも、別の外史を巡る存在として生き返る……確か
その時、また陸は一人。
『君はいいのかい? 現地作業員として永遠に近い時をもって外史を巡るリクにとって、君と一緒にいる時間は泡沫うたかたの夢のようなものだ』
『その短い時間が、陸にとって一番幸せな時間になると確信してるから。それが、私の望みだから』
かつて神様と初めて言葉を交わした時に、私が切った啖呵。
この気持ちに、偽りはない。ない……けど……!
「あるに決まってる……」
もう動かないはずの喉が、出ないはずの声を絞り出す。
もっと陸と一緒にいたかった。ずっとずっと、一緒にいたかった。
「私は……」
本当は私は……!
「陸を残して逝くなんて嫌だ!!」
有らん限りの声を張り上げた瞬間、私の視界は真っ暗から真っ白に反転した。
ーーーーーーーーー
「ここ、は……?」
気付いた時には、私は見たこともない場所に立っていた。
一面真っ白で、見渡す限り何もない世界に。
(ちょっと待って。私、
数年前に歩けなくなってから、自力で立ち上がることも出来なくなっていたはずなのに。
それに、今までより視界というか、視線の位置がズレてる気がする。
「一体何が……って、ええ!?」
体の異変を感じて、自分の手を見て驚いた。
その手は皺のない、若かりし頃の手だった。そして視線を下に向けたことで、さらにおかしいことに気付いた。
「これ……IS学園の制服?」
自分の手を見た時一緒に視界に映ったのは、IS学園の制服だったのだ。
もしかしてと思ってポケットの中を探ると、いつも入れていた手鏡が入っていた。それを見て、私は今度こそ絶句した。
「嘘……」
それは確かに私だった。70年前、IS学園にいた頃の、私の姿だった。
「簪、ちゃん?」
「え……」
何もない世界だと思っていたところで突然名前を呼ばれて、私は思わず勢いよく振り向いた。
「本当に、簪ちゃん、なの?」
「お姉、ちゃん……?」
お姉ちゃんだった。記憶の中にある、IS学園の生徒会長だった頃の、お姉ちゃんだった。
「あ、ああ……!」
お姉ちゃんが目尻に涙を溜めて、私にゆっくりと近づいてくる。私も、ゆっくりお姉ちゃんに近づいて――
「~♪――ファッ!?」
「え?」「え?」
さらに第三者の声に振り向くと、そこには――
「――(ダバダバダバ)」
紺のスーツを着込んだ短髪の男の人が、口からコーヒーらしき液体をマーライオンしている姿があった。
あれ? 今の声、聞き覚えが……
「もしかして、ロキさんですか?」
そうだ、陸を私達の世界に送り込んだ神様だ。どこかで聞き覚えがあると思ったら。
「アイエエエ!?カンザシ!?カンザシナンデ!?」
マーライオンから戻って来たロキさんが、次は忍殺語を叫び始めた。私ニンジャじゃないんですけど……。
「シギュゥゥゥゥン! ヘルゥゥゥゥプ!!」
そして錯乱したような目をしたロキさんは、突然現れた光の中に消えてしまった。ついでにその光も。
「えっと、何がどうなってるの?」
「分かんない……」
お姉ちゃんと私は、その場に立ち尽くすしかなかった。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「「尸解仙?」」
ロキさんが連れてきた(腰まで伸びた銀髪の)女性――シギュンさん――の説明に、私とお姉ちゃんの疑問形がハモった。
「マジか……でも確かに尸解仙なら、この世界に来たのも納得だよ」
「あの、尸解仙って何なんですか?」
勝手に納得しているロキさんを放ってお姉ちゃんが質問すると、シギュンさんが『本来は私達、北欧の神々は管轄外なのですが』と前置きしたうえで
「中国の道教に、仙道を体得し不老不死となった存在、仙人というものがあります。この仙人には大きく3種類あり、その中の一つが尸解仙、死後何らかの要因によって仙人化した存在なのです」
「つまり……私とお姉ちゃんは、仙人になった?」
「うっそぉ……」
「嘘なら良かったのですがね……」
シギュンさん曰く、この世界は本来、神や神に呼ばれた存在しか入ることが出来ないらしい。
「でも仙人なら、僕達神が呼び込んで神性を持たせた人間、つまりリクとかと近い存在と言える。だからこの世界に来れたのも納得ってわけ」
「ですが、いくら尸解仙が仙人の中で下位とはいえ、そう簡単になれるものではないはず……ここに来る直前、一体何を?」
「と言われても……」
「心当たりと言ったら……」
とりあえず、この世界に来る直前のことを話してみたら、ロキさんとシギュンさんがUMAを見たような目を向けてきた。解せぬ。
「り、リクを残して死ねないって思ったら仙人に?」
「うっそやん……」
シギュンさん、口調口調。
そしてまさか、お姉ちゃんも同じことを思ってたなんて……。
「しかし、どうしましょう? この世界に来てしまった以上、元の外史に戻すわけにいきませんし……」
「そうだねぇ……」
ロキさんは腕を組んでうんうん唸ってたけど、『そうだ!』と手を叩くと
「二人とも、現地作業員になってみない?」
ーーーーーーーーー
「というわけなんだ。で、二人ともまだ現地作業員としては新人だから、教育係をリクに任せたいなーって思ってね」
「陸」「陸君」
「「ご指導ご鞭撻、よろしくお願いしま~す♪」」
「……」
そう言って俺の腕を掴む二人に対して、俺は二の句を継げないでいた。
嬉しさ混乱頭痛。色んなものが俺の中を走り回り、ようやっと出てきた言葉が
「ええい! 二人とも、俺に付いてこい!」
だった。
もう少し気の利いたセリフを言えればよかったんだが、今の俺にはこれが限界だ。
「も~陸君ってば。どこまでも付いてっちゃうわよ♪」
「うん。もう二度と、離れる気はない」
「おっも!……一応聞いとくけどリク、やっぱり教育係、やめとくかい?」
「何を今更」
口元を引き攣らせるロキに、俺は鼻で笑って答えてやった。
「俺と二人との契約は、まだまだ継続中なんだよ」
今度こそ本当にラストです!(ドンッ)
本作を書き始めたのが去年の12月。それから約9か月掛かって、ようやっと完結までたどり着きました。
それも、更新のたびに読んで下さった皆様のおかげです。UA数やお気に入り数を見ると、モチベ上がるよね。
以前どこかの回でも書きましたが、もし番外的、DLC的なものを書く気になった場合、season2的なタイトルで新規作成するつもりです。せっかく完結したのに、連載中の札掛けたままズルズル伸ばしたくないもんで……。
もし次回作を見かけましたら、隙間時間の暇つぶし感覚で読んでいただければ幸いです。
それでは改めまして、ここまで『俺と契約して、ブリュンヒルデになってよ!』を読んでいただき、ありがとうございました。