こんなはずじゃなかった、そう思うのはいつだって時間切れになってから。
どうしたって、そんなもの。
いつだって、後悔は先にたてないから。
二年間慣れ親しんだ部屋、でも今残っている私の私物は僅かな日用品だけ。そしてこれらも、明日でここから持ち出される。
もう二度と、ここへ戻ってくる事はないから。
最初から決まっていた事だ、私が猪股家に住まわせてもらうのは卒業まで。それでも式当日ではなく、三月いっぱい居座ってしまったけれど。
ここで過ごした日々は、大喜くんと過ごした日々は、心地よく楽しかった。
なのに、どうして。どうして私は、踏み出せなかったのだろう。
花恋はちゃんと言ってくれていた、何処かで「好き」と感じたらその気持ちをちゃんと認めてあげて、と。
結局私は、そう出来なかったんだ。まったく、合わせる顔がないとはこの事だな。とは言え花恋ともすっかり疎遠になってしまったし、顔を合わせる機会も無さそうだけど。あの子は読者モデルから本格的に芸能界へと駆け上がり、今では別世界の住人だから。
好きか嫌いかで言えば好きで、でもそれが恋心というものかは分からない。
動き出せなかった私の背中を押してくれた大切な人、だからこそ傷付けたくない。
自分をわかってくれる誰かがいる事が嬉しかった、でも同じくらいに理解してあげられるかは分からない。
そんな中途半端なまま、私たちは一緒に生活していた。
大喜くんだって私を憎からず思ってくれていたようだし、何か切っ掛けがあれば話は変わっていたかもしれない。
そうならなかったのだから、考えても仕方がないのだけれど。
本当に、蝶野さんが羨ましいな。告白なんて、私には絶対に出来ない事だ。それに想いが届かなくても、決して諦めない。その決意と覚悟は、私が持ち得なかったもの。どんなに望んでも手に入らない、栄光への執着心。
気持ちをモヤモヤとさせたまま逃げ続けて、怯えて縮こまって。悔やむ資格もないのだけれど、それでも――思ってしまう。
言い出す機会は何度もあったし、大喜くんの真面目さも知っている。例え通じなかったとしても、それはそれでケリを付けられた。
それなのに、私は何も出来なかったんだ。
すっからかんの部屋でベッドに寝転がり、ふと隣室との壁を見やる。
たかが壁一枚、それだけの距離なのに。それがあまりにも、遠い。
やろうと思えば今から大喜くんに想いを伝えられる、だけどその気にはなれそうもない。
ああ、ああ。どうして私は、こうなってしまったんだろう。
まんじりともしないまま、気が付けばもう夜は明けていた。
最後の朝食を終え、猪股家の面々に別れを告げて。私は荷物を手にして、玄関を出る。
目指す先は空港だ、昼の便で日本を立ち家族の下へ向かう予定になっている。
だから、のんびりしている時間はない――のだけれど。
「千夏、先輩……」
目に涙を浮かべる大喜くんに、袖を捕まれて私は立ち止まった。
言いたいことも、聞きたいことも、沢山ある。それはお互い様だろう、でも。
「――じゃあね、大喜くん」
大喜くんの手をそっと離させて、ただそれだけ言って私は背を向け歩き出す。今さらもう、込み入った話は出来ない。
ありがとう、私の大切な人。ありがとう、私の親友。いままでずっと、ありがとう。
その想いを口には出さない、大喜くんも何も言わない。
これで良い、これが良い。
私たちは恋より特別な関係だった、だからそれを汚さないでいよう。いつまでも心の奥に輝く、思い出にしよう。
長い時間が過ぎ顔も名前も忘れてしまったとしても、深く魂に刻んだ想いだけは消えない筈だ。これが私の心臓を動かす、原動力になる。
想いは決して、色褪せない。私はそう信じている
春風は少しだけ目に染みて、一条の涙がこぼれ落ちた。それをぬぐいもせず、私は歩いていく。
行こう、新しい場所へ。
あるアニメのキャラソンがベースだったりしますが、通じますかねえ。