「おはよう御座います綾小路くん」
5月を迎え、中間テストに向けて勉強をしようって時期。寮のエントランスホールで坂柳に捕まった。
坂柳が腰掛けているソファや隣にいる神室の様子から、偶然鉢合わせた訳ではなく誰かを待ってここに居座っているように思える。
でも、その"誰か"が俺とは限らない。よし。適当に挨拶を返して学校に向かうとしよう。
「おはよう坂柳。それじゃあ」
「待ってください綾小路くん」
残念ながら、待っていた相手は俺だったらしい。
「なんだ? どうした?」
「ふふっ。とぼけなくて結構ですよ。分かっているでしょう?」
「いやいきなりそんな事言われても分かる訳ないだろ?」
「本当は分かっているでしょうに………。いいでしょう。とぼける貴方の為にわざわざ説明しましょう。先日の件です。この学校で初めて会って【Sシステム】について意見を交わした日。あの時、綾小路くんは『自分のクラスは居眠りをしている人が居たら注意されてる』そうおっしゃっていましたよね?」
俺は、この学校で初めて坂柳に会った日のことを思い出していた。
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4月末。ケヤキモール内とあるカフェの一角。
「よっ!綾小路」
「おーす橋本」
俺は他クラスとの交友を広げる一環でAクラスの橋本と親しくしていた。コーヒーを注文して、橋本の向かいの席に座る。
「取り敢えずいつもの流れでカフェに来たけど、どこ行くんだ? カラオケ? それともゲーセン?」
今日は橋本から誘われて遊ぶ事になったため、俺の方から何をするかの予定は決めてなかった。
「あー、その事なんだけどさ。今日は綾小路に紹介したい人がいるんけど、呼んで良いか?」
「あぁうん。別にいいけど……?」
「サンキュー。ちょっと呼んでくるな。悪いけど、少し席外すわ」
「おっけー」
橋本はケヤキモール内に設置されている、カフェ近くのソファに向かっていく。
そのソファには、遠目に見ると白髪で杖を突いている女子と紫がかった髪色をした女子がいた。2人ともかなりの美少女に見える。
橋本が呼び掛け、すぐにその2人を連れて橋本が戻って来た。あれ?あいつって確か………。
「待たせたな綾小路。紹介する。坂柳有栖。ウチの姫さんだ」
"ウチの姫さん"って何だ? そう聞きたかったが、それよりも気になったことがあったため、紹介された"坂柳"に目を向ける。
ああ。やっぱり知ってる人だな。
「お久しぶりですね綾小路くん」
「だな。坂柳」
「「え?」」
紫がかった髪の少女と橋本が同時に疑問の声を上げる。
「2年振りだっけ?」
「はい。2年前の財界のパーティ以来です」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 2人とも………知り合いだったのか? というかざ、財界?」
「はい」
「おう。俺の父親が議員で、坂柳の父親はこの学校の理事長でな。ヨコの繋がり的なのがあるんだよ」
「へぇ〜。2人ともそんな凄い生まれだったのかよ」
「つってもうちの親父が頭角を表し始めたのはここ数年からだけどな」
「ふぅん。ん?あれ? ってことはもしかしてネットで調べたら出てくる感じか?」
どれどれ……と言いながら検索する橋本。
「お、もしかしてこれか? 『綾小路篤臣』?」
「おう合ってる」
俺の父親と一致していることを確認した橋本は、更にwebページに進み、情報を集めていく。
「ふむふむ。平和党、の………幹事長!? メチャクチャお偉いさんじゃねえか!」
「私、あんまり政治とか詳しくないんだけど、それってどれくらいすごいわけ?」
「平和党は野党第一党ですね。つまり、野党の中で現在、一番与党から政権を奪える可能性が高い政党と言えます」
「それってあくまで立ち位置的に与党に一番近いだけ? それとも本当に政権を奪えるかもしれないくらいの力があるの?」
「そうですね……この国は長らく市民党が政権を持ち続けていました。その根強さは確かなものでしょう。しかし、ここ最近……誰の影響か分かりませんが、平和党の勢いには目を見張るものがあります。後、数年もしたら与党が入れ替わっている可能性は十分考えられます」
誰の影響か分からないと言いながら、俺の方をチラリと見る坂柳。大丈夫。俺がこの学校にいる間は大きく進まないと思うぞ。
「へぇー、そんなすごいんだ。じゃあもしかして媚び売っといた方がいい?」
と、全く媚を売る気がなさそうな表情でそう尋ねる神室。
「いや、媚び売るべきは親父だから。俺に売っても意味ないよ」
そう言うと、向かいに座っていた坂柳が口を押さえて、軽く笑いを漏らす。楽しそうだな。
「それにしてもまさか、貴方とこの学校で会えるとは思ってみませんでしたよ」
話題を切り替えた坂柳に合わせて相槌を打つ。
「俺も坂柳がこの学校にいるとは思ってなかったよ」
「フフ、再開を祝してチェスをやりますか?」
チェスか。もうあのゲームは攻略済みだから大して興味沸かないんだよな。アレは先手が最善手打ち続ければ勝つゲームだ。つまり、無駄に時間がかかるジャンケン。
「俺は別に良いんだけど、2人はルールとか定石とか知ってるの? 俺らのチェス見てて楽しい?」
「別に楽しくはないけど、坂柳がそうするって言うなら文句は言えない」
この場でそんな発言をする神室本人とそこまで言わせるような主従の関係を築いている坂柳に少し引いてしまう。橋本と目を合わせると、お互い苦笑いがこぼれる。やはり、この場の味方は唯一の友人であり、同性の橋本しかいないようだ。
「俺もルールをちょっと知ってる程度でしかない初心者だけど、折角だし2人の対戦を見てみたいぜ。どっちが勝つか楽しみだ」
「そっか。なら場所は?ここにチェス盤はないよな?」
「図書館にチェス盤が置いてあります。ちょう今届いたコーヒーを飲み終えたら移動しましょう」
届いたコーヒーに口に付ける坂柳。仕草は上品だが、目には闘志が宿っていた。
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図書館。カフェから出ておよそ10 分後。
「ハンデはどうする?ポーン3つくらい落とす?それとも3手待ちや5手待ちの方がいい?」
チェス盤に駒を並べながら、俺は坂柳にそう尋ねる。傲慢かもしれないが、俺以外の人類は未だチェスを運ゲー扱いするのは不可能な筈。ハンデ付きのチェスなら、攻略してない(する気がない)ので、まだ一応ゲームにはなる筈だ。
チェスに公式のハンデはない。が、将棋でいう駒落ち(最初に強い側は幾つか駒を減らして戦う)や囲碁の置き石(最初に弱い側がいくつか碁を置ける)の様な形で勝手にハンデを設ければいい。
「……フフッ。フッフッフ」
不気味に笑う坂柳。その妙な迫力に後ろに控える橋本と神室が冷や汗を流す。
「舐められたものですね。確かに昔は惨敗しましたが、アレから私も鍛錬を重ねて強くなりました。ハンデも手加減も必要ありません」
「……そうか。悪かったよ。みくびる様な真似をして。じゃあ、正々堂々やろうか」
まぁ、勝つ以外にもゲームの楽しみ方はある。坂柳がどれくらい成長したか眺めるとするか。
「右左どちらを選びますか?」
先行後攻を決めるやり取り。今、白と黒のポーンが坂柳の左右どちらかにそれぞれ握られている。
「右で」
坂柳が右手を公開する。握られていたのは黒のポーン。俺が後攻のようだ。
「そう言えば、綾小路くんはこの学校の仕組みにどこまでお気付きになられましたか?」
お互い十数手まで手番を進めたところで、突然坂柳が話し始める。内容的にとぼけたい所だが、坂柳目線で俺が何も気付いてないというのは不自然だろう。
とはいえ、"沈黙"は普通にアリだ。どれだけ怪しまれようが肝心な情報は何一つ渡す心配はなくなる。ただ、あくまで次善策。出来れば坂柳がどれだけSシステムの仕組みに気付いているか知っておきたい。深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているのだ、坂柳。
「仕組み、ね。特に結果を出した訳でもない高校生が本当に月10万も貰えるのか怪しいと思っているけど……そのこと?」
「ええ。そうですね。実際に、来月どれくらいのポイントが得られるか、検討が付いてますか?」
"結果"という言葉には特に反応なし。
ただ、ポイントを"貰える"ではなく"得られる"と表現。
「"まだ"検討は付いてないかな」
「ふむ。まだ4月で判断すべき前例がありませんからね。どんな行動でどれだけポイントが減るか分かりませんからね」
「? いや、単純にテストの結果が返って来てないから分からないだけど?」
数日前に行われた小テスト。それを一要素として坂柳の思考に投下する。
「"テスト"? ああ。確かにアレもポイントの増減に含まれそうですね」
「"も"? 何言ってるんだ? アレが全てだろ?」
「?? すみません。話が噛み合ってない気がします。あの、1つ聞きたいのですが、貴方は何が原因でポイントが増減すると考えていますか?」
「月末テストの結果だろ?」
「? 授業態度は?」
「授業態度……? なんでそんなモンがポイントに関係すると思ったんだ?」
「だって……この1ヶ月間、どれだけ授業態度が悪くても注意されなかったですよね?」
「え? うちのクラスは普通に注意されたぞ?」
「えっ?」
「え?」
会話をしながらも続いていたチェスの手が止まる。
「うちのクラスに石崎って奴が居てさ、そいつが寝る度にすごい注意されてるんだよな。もはやうちのクラスの名物だよアレは。勿論、寝たりふざけたりすれば、他の奴も注意されてるけどな。石崎の注意される回数がとりわけ多くて多くて……」
まるで何気ない日常のように。雑談感覚でペラペラの話を語る。まぁ、この話自体は本当だしな。調べられても何も問題ない。
「ふむ。私のクラスでも授業中寝ていた人が居ましたが、注意された事は一切ありませんね」
ジッと俺を見つめる坂柳。俺の反応から嘘か真か判断しようとしているのだろう。だが、無駄だ。そんな事をしても何も読み取らせない、いやむしろ『俺が嘘を付いてない』と間違った情報を読み取らせてやろう。
そして……チェスが再開される。良い手だ。もしかしたら、俺の発言に驚いて手を止めた訳ではなく単なる長考だったのかもしれない。
「まぁ、そこは学校の方針じゃなくて先生個々の方針とか、後は先生のお気に入りとかなんじゃない?」
「お気に入り………」
「そう。中学の時居なかった? 授業中、やたら先生に当てられる生徒とか物運びを強制的に手伝わされる生徒。そういう奴って寝たりしてるとすぐ見つかって無茶振りされるじゃん」
「あー、私の中学校にも居たかも。『おい○○。寝てたってことはこの問題くらい余裕で解けるよな〜』とか『おい○○。どうせ今暇だろ? この資料、職員室まで運んでくれ』とか」
坂柳の後ろに控えていた神室が共感の声を上げてくれる。頼んだ訳ではないし、何なら敵なのだがナイスアシストだ。
「なんとなくだけど、そういう奴ってヤンチャなイメージがあるよな」
「確かに。あっ。そういえばウチの石崎も割とヤンチャよりの人間かな〜」
更に橋本からもナイスアシスト。どんどん俺の話が補強されていく。
「へ、へぇー……。世の中には随分と俗っぽい教師が居るのですね。私がいた学校の教師は皆立派な方ばかりで、生徒を差別して扱うような人はいなかったので知りませんでしたよ………」
自分の中の常識と周りの中の常識の違いに戸惑う様子を見せる坂柳。もう少し探ってみようか。
「坂柳はさ、学校初日の説明で『この学校は実力で生徒を測る』と言っていたのを覚えてる? 」
「はい。それは勿論」
「なんでそんな細かいこと一々覚えてるのよ」
神室からツッコミが入るが、単純なことだ。
「あの瞬間、先生の言葉をしっかり意識していたかどうかの違いだろうな」
流石の俺も注意して聞いていたことで無いと1ヶ月も正確に覚えていられるわけがない。
「神室さん話を逸らさないでください。で、綾小路くん。それがなんなのですか?」
ふむ。特にさっきの言葉に引っかかりは覚えないか。なら適当に切り上げて話は終えよう。
「いや。俺が『ウチのクラスは注意されてる』と言ったから話が拗れてしまったけど、やっぱりそんな文言がある以上、ポイントは変化すると思うけど、それが『授業態度』かどうかは俺目線ではちょっと怪しいって話。まぁ、5月になれば全て分かるしこの話はまた今度でいいんじゃない?」
本当は、坂柳の言っていることは何も間違っていない。少なくともこの4月は『授業態度』(や生活態度)でポイントが決まる筈だし、石崎や他の人が授業中に注意されるのも、俺が坂上先生に『授業中に寝ている人がいたら注意する』仕事をポイントで依頼したからだ。
だが、坂柳はそこで思考を止めている。『授業中に一切注意しない教師』という学校が用意した課題に答えただけで満足してしまっている。
どうして考えない?
『授業態度が悪ければポイントが減る』と言われても、ずっと頭が悪かった連中は勉強しない。授業を真面目に聞いているフリだけして、内容は全く聞いてない。そうやって誤魔化すだけで教育として無意味になってしまう。
『この学校は実力で生徒を測る』。この言葉を覚えておきながら、どうして過程や手段でしかない『授業態度』を"実力"に判定する事に疑問を持たない?
授業態度は悪いが、成績は優秀な人間と真面目なだけで成績は悪いバカな人間。どちらが"実力がある"のか考えるまでもない。
先程も言ったが、坂柳が出した結論自体は間違っていない。だが、坂柳が出した答えだけではこの2つの指摘に反論できない。"定期テストで赤点を取れば即退学"。この仕組みを以って初めて反論出来るようになる。
目の前の課題に取り組むだけの人間と問いを俯瞰して背景や原理にまで足を突っ込もうとする人間では、最終的に出す答えは同じでもその深みが違う。
「じゃあ、こっちも終わらせようか。チェック」
「…………リザインします」
そう言って坂柳は自分のキングを弾いて倒す。俺の勝ちだ。
「ふぅ……。また負けてしまいましたか。最後に対局してから2年。アレから私も鍛錬を重ねたので、今度こそは、と思っていたのですが」
「まぁ俺強いし、負けても仕方ないよ」
慰めるのが面倒な時は大体こうやって自分を上げておけば大体問題ない。この1ヶ月で学んだことだ。
「うわめっちゃ自信満々じゃん。しかも実際勝ってるのがムカつく」
「おうおうおう。さすが綾小路さん。言うことが違いますなぁ〜」
俺の発言にウザそうな反応をする神室と、楽しそうに敬語口調で俺を煽る橋本。
うーん神室にはこのやり方じゃダメか。ほとんどの人はこれで問題なかったんだが……………確かうちのクラスの伊吹もダメだったな。
2人の共通点と言えば………女子、友達いない(いなそう)………あ(察し)。
ごめん2人とも。次からは気をつけよう。
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「綾小路くん?ボーッとしないでください」
「あっごめんごめん。坂柳に会った日のことを思い出してた」
「えっ…………。もうっ。次からは気をつけて下さい」
「分かった分かった。で、前に『石崎達が寝たら先生に注意されてる』って言った話だっけ?」
「………しっかり聞いてるじゃないですか」
ジト目で俺を見つめる……いや、睨みつける坂柳。小さい癖に謎の迫力がある。
「真嶋先生に聞きましたよ。ポイントを使って『授業態度に問題がある生徒を注意する』よう先生に頼むことは可能だと」
「流石に気付いたか。で、それがどうしたんだ? 嘘ついた事を謝罪してほしいのか?」
「おや? 別に私は貴方がポイントで買ったとは言ってませんが」
「実質言ったようなものだろ? ここまできて言い逃れするようなマネはしないさ」
ゆっくりと坂柳の歩調に合わせながら、俺たちの問答は続く。
「あの話をした目的は『私の思考をブレさせること』ですか?それとも『私の思考レベルを測ること』ですか?」
「後者だな。そこまで考慮してたなら、今日わざわざ答え合わせなんて望まず何も気付いてないアホの振りしてたら良かったのに」
「いえ、それは私のプライドが許しません」
「そうかや」
「それに今日の目的は答え合わせだけではありません」
「ん?」
「あなたと……こうやって一緒に登下校したかったんです」
そう言って俺の目を真っ直ぐ見つめる坂柳。身長差的に自然と上目遣いになるその瞳は、太陽を反射して宝石のように輝いていた。
これは…………始まったな俺の春が。
この甘い空間をさらに引き立たせるため、俺は急いでスマホから動画アプリを開き、ラブソングを流し始める。
しかし、俺と坂柳、神室の間には微妙な沈黙と雰囲気が漂い始める。
しかし、それでも俺の流したラブソングは止まらず、ついにはサビに入った。
「綾小路くん、本当色んな意味で恥ずかしいんで辞めてください」
……………あれ?
本当の天才って原作で出された答えにドンピシャで気付くんじゃなくて、その発想力故にあらゆる可能性に気付きながらもそこから吟味して正解を判断するモノじゃないかなぁ、と思って今回の話と展開にしました。