「わたし、ララに勝ちたいわ!」
「…ごめん、話しが見えない」
ララちゃんがオルフェさんに認められてナナと正式に相方…じゃなくて担当契約を結んだその翌日。扉が轟音と共に押し開かれたと思ったら開口一番あのセリフ。…理由は分かるけど、過程が全部飛んでいる。
「昨日のララを見ていて思ったの。あの子の末脚は、今のわたしに持ってないものがあるって。わたしが頑張っていいタイムを出せても昨日のララを超えられない。そう思った時、すっごい悔しかったの!だから勝ちたいの!」
「確かにあの時の末脚は本当に凄かった。それだけでレースを制してしまいそうなくらいに。だからララちゃんに勝つにはそれ相応の準備が必要なのはアイちゃんなら分かるよね」
「ええ。ララとレースをするその時まで油断するつもりはないわ!」
「そうと決まれば早速トレーニング…の前にお茶にしようか。ちょっと喉乾いちゃった」
「それならわたしが淹れましょうか」
「おねがーい」
長椅子に腰を映してアイちゃんが淹れてくれた紅茶を一口注ぐ。あ、美味しい。私が淹れるよりなんか香りがいい。やっぱりコツってあるのかな。アイちゃんも対面に座って一緒に飲んでいると扉がノックされる。
「どうぞー」
「おはマイルー!お久しぶりですトレノさん!」
入って来たのがグランちゃんだった。今日は授業で走ったわけじゃないし、ただ遊びに来たのかな。
「グランちゃんじゃん。どうしたの突然」
「聞きたいことがありまして。先日同級生4人でロータリーさんに併走をお願いしたんです」
「へー。それでどうだったの?」
「調整中だから軽くでいいならと5本併せて貰ったんですけど、その全てでタイムに誤差が出なかったんです」
「まさか、ロータリーさんもトレノさんと同じことが出来るのかしら」
「それで、トレノさんなら何か知らないかなと思って聞きに来ました!何か知りませんか!?」
「…知ってるけどさ」
私の言葉に2人が長机を叩いて反応する。グランちゃんが一瞬でアイちゃんの横に移動したのは少し気になったけど取り敢えず説明を始める。
「ロータリーさんがやってるのは体内時計のトレーニング。つまりコースのスタートからゴールまでを指定のタイムでクリアすること。結果だけを見れば私のトレーニングと同じだけどあっちはペース配分、私はライン取り。何に主軸を置いているかが全然違う。だからペース管理は私なんかよりロータリーさんさんの方が何倍も上だよ。併走で前を走る機会があったと思うけど、その時でも揃ってなかった?」
「そうなんです!前後のポジションを入れ替えて併せても同じタイムだったので不思議だったんですけどそういう事だったんですね!」
「そうなると、例えば2400メートルを2分27秒で走れと言われてもその通りのタイムになるし、30秒と言われても同じなんでしょうね」
「ご名答。しかも左回りでも右回りでも、雨でも集団に揉まれても、目指すタイムは固定。難しそうで私はあまりやりたくないよ」
事実、このトレーニングをやり始めた時にロータリーさんに聞いてみたけど『想像以上にムズイ。リギルのトレーニングが休憩になるレベル』とまで言わしめたメニューだ。
「けど、2人に覚えて欲しいのは全く違うトレーニングでも目指してる結果は何故か同じところだって言う事」
「同じところって…やっぱりトレノさんみたいに先があるって事ですか?」
「偶然なのか必然なのか。それでもやっぱり速さを突き詰めていくっていう事はある一点に集約される。その一点っていうのは言ってしまえば、タイヤのコントロール」
「タイヤ?」
「…あぁゴメン、榛名が言ってたからそのまま出ちゃった。私達で言う脚のコントロールだよ」
訂正しながら脚をポンポン叩く。私自身もまだまだ探求中の身だ。どうすればいいのか私もよく分かっていない。けど答えだけはなぜかわかる。
「疑問なのだけど、トレノさんもロータリーさんも全開走行をしないってことは限界領域を知る術がないように思えるの。どういうからくりなのかしら」
「それは感覚の問題だから何とも言えないんだけど、分かるもんだよ、案外」
時計を見るといい時間になっていた。そろそろトレーニングに行こうかな。そう思って席を立つとスマホが鳴る。
「ちょっと待ってね」
相手は件のロータリーさんだった。何々…?
『今コースにいる。ラヴズたちからトレーニングのこと聞かれてる。何とかしろ』
私マネージャーじゃないんだけど。自分で何とかしてよそれくらい。…いや、いい機会かもしれない。
『今からアイちゃんのトレーニングに行くのでみんなと併走してくれませんか?その後は私が引き受けますから』
『じゃあお前も走れ』
『途中で死にますよ』
『それでいいから』
『…了解』
はぁ~~…。怒られてもいいから無理しないようにしよ。
「アイちゃんグランちゃん。そろそろトレーニング行こうか。ロータリーさんが併せてくれることになったからその時に詳しい説明をするよ」
「お待たせしました~」
「おー来た来た。お前らさっさとスタート位置に付け」
私達の到着を確認したロータリーさんがラヴズちゃん、クロノちゃん、ブーケちゃん、マルシュちゃんをスタート位置へ誘導する。部屋を出る前にある程度準備はしていたのでアイちゃんとグランちゃんにもスタート位置に走っていく。ふと見ると東条さんがクリップホルダーを持って立っていた。
「お疲れ様です。どうしたんですか?」
「ロータリーに頼まれてね。計測は私が担当するわ。よろしくね」
「はい、お願いします」
挨拶を済ませてロータリーさんの傍らに立って話しかける。
「急でしたけど受けてくれてありがとうございます」
「気にすんな。相手は多い方が実戦に近くなるし、何より今回はお前がどれくらい走れるのか見たいって所もある」
「現役の頃と同じなんて思わないで下さいよ?走れるっと言ってもセーブして一日一本が限界なんですから」
「じゃ、それだけ見せて貰うよ。目標タイムは?」
どうしようかな。今日はマイル戦を意識してトレーニングをする予定だし、メンツも考えるとやっぱりマイルでお願いしようかな。
「1600メートル、右回りで1分36秒でお願いします」
「あいよ、それじゃやるか」
私含めスタートラインに立つ東条さんの号令で一斉に走り出す。目的はあくまで併せ。予定通り私とロータリーさんが先行して後ろから6人が追ってくる。さて、ロータリーさんの前に出て進路妨害しますか。
「うわーすげぇ斜行」
「あからさまなブロックライン…。どういう事かしら」
わざとペースを落とし、そのままのラインで走る。するとロータリーさんは外から一気に抜き去っていく。この時点で3コーナー直前。あれだけベースを落とさせた時点で私の役割は終わった。さて、私も普通に走るかな。コーナーに入ってロータリーさんのペースが上がる。それに合わせて私もペースを最低限上げる。ただこれではついていける訳が無いから後ろの子たちに手で合図をする。
(先行っていいよ。私ついていけない)
その合図でアイちゃん先頭に横に追い抜き始める。その瞬間、ロータリーさんが残像が出る勢いで加速した。ラヴズちゃん達は驚きを隠せない様子で無意識に声を出していた。
「何が起こったの?」
「あれほどの加速、見たこと無い!」
クロノちゃん、私も見たこと無いよ。私の知らない間にあんなこと出来るようになってたんだ。あっはは~、現役の時でも絶対勝てなーい。まぁ私は付いていく必要もないし、後ろから低みの見物としゃれこみますか。
…そう思ったはずだった。
「トレノさんが、並んだ!?離脱したはずじゃ!?」
体が勝手に動いた。今度は自覚できた。追わないと決めたはず。私の今後も考えれば全力で走ることは文字通り自殺行為だ。なのになぜスパートを掛けたのか。
多分、ロータリーさんに触発されたんだろう。ロータリーさんの事だ、いくらスパートを掛けていても結果的には目標タイムにビシッと合わせてくれるはず。そのタイムもレコードには程遠い。
(来いよ、トレノ)
…少しだけですからね。
「凄い、これがドリームトロフィーの時の熱戦の片鱗!いや、それよりも洗練されて?」
差が詰まてるわけじゃないけど、広がってる訳でもない。無理のない範囲でもう少しペースを上げてみようか。
「立ち上がりの加速が半端じゃないわね。あれと同じことが出来るようになるのかしら」
「マイル女王になるなら絶対に出来るようになってみせる!」
ストレートに入ってロータリーさんのペースが徐々に落ち着いてくる。タイムは既にクリアしているみたいだ。2バ身後ろでゴールして今日は終了かな。いやーきつかった。
…不意にロータリーさんが少しだけ振り返る。まるで2本目を期待しているようなそんな目だ。さっきも言ったじゃないですか、1日1本が限界だって。しかしその目が止むことなく浴びせられる。
「本当に、一本だけですよ?」
そのままの差で東条さんを通り過ぎ、180度ターンして2本に入る。出来る限りの事はやりますよ。