ありふれた錬成師とハイリヒ王女   作:エヒトルジュエの箱庭

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10 幸福なる終焉

 覚醒した勇者の快進撃は凄まじかったという。

 尽きることのない魔力で大魔法を連発し、敵である魔物と魔人族を片っ端から殺し続けた。敵国の農村も街も軍事施設も徹底的に破壊し、魔人族の足跡を全て焼却していった。後始末は他の人間に任せ、鏖殺を続けていく。

 強くなった勇者の侵攻を誰も止めることはできなかった。

 最強と呼ばれる使役魔物が三枚に卸された。魔人族の英傑と呼ばれるような将軍が魔法によって蒸発した。頑強な砦が一つの魔法で全壊した。彼が歩む道は血で染まっていた。

 

 それが勇者の在り方だ。戦争に勝利するために召喚された存在。まさしく彼は召喚された理由を体現していた。彼は孤高であり苛烈であり、そして勝利の光だった。

 たった三日。それだけの時間で広大な魔国ガーランドはどこもかしこも火の手が上がり、たとえ取り零した命があっても王国軍や神殿騎士によって殺されていった。そして勇者はガーランドの首都に着き、魔人族を率いるフリードに出会う。

 

「ご苦労、フリード。よく練習相手を整えてくれた。貴様には私の眷属になる名誉を与えよう」

 

「は。ありがたき幸せ」

 

 勇者とフリードのやり取りなど誰にも聞かれなかった。勇者はそのまま城内にいた適当な魔人族の首を斬り落とし、それを魔人族の首領だと偽って宣言をした。魔王たる人物によるフリードの洗脳も終わっており、魔人族の生き残りはこの二人だけとなった。

 

「魔人族の首魁たる国王を討ち取った!これにて人間種の勝ちだ!私を導いてくださったエヒト神へ最大の敬意を胸に宣言する!──我々の勝利だ!」

 

「うおおおおお!勇者万歳!」

 

「勇者様ー!」

 

「エヒト神、感謝致します!」

 

「戦争の終わりだー!」

 

 この宣言はすぐにトータス中に知れ渡る。

 勇者が一人で先行し、その上で多大なる戦果を挙げてほぼ一人でガーランドを滅ぼしたこと。勇者一行である降霊術師が死亡したこと。文字通りの壊滅をさせたことで農地などはほとんど残っていないこと。

 それを知った王国は喜び、帝国は反対に沈んだ表情をしていた。ガハルドとトレイシーが顔を突き合わせて語り合う。

 

「バカな……。あの勇者のガキにそこまでの力は存在しなかったはずだ。それに皆殺しだと?あんな甘ったれがどんな反動で国民を皆殺しになんてできる……?」

 

「降霊術師の少女が死んだことが関係あるかもしれませんわ。もしかして親しい仲だった可能性も」

 

「女が死んだからってそこまで変わるかぁ?……変な光の柱のことも結局分からずじまいだ。それに土地のほとんどを破壊したから植民地としての価値も下がった。そもそも働かせるような奴隷が残ってないときた。賠償金だって確実に王城から簒奪するもんだろう。……戦争じゃなく野盗の類だな」

 

 帝国は先日フェアベルゲンに戦争を仕掛けて勝利した。その上で皆殺しにせず土地も破壊しきらず、隷属を言い渡した。壊滅させてしまっては利用できる旨味が一切残らない。その辺りの塩梅を見切るのも終戦後の措置だが、勇者はそんなこと関係ないとばかりに虐殺をした。

 一応法に則って虐殺はしないと締結させた帝国とフェアベルゲンの終わり方とは違いすぎた。文書にて曲がりなりにも終戦させたためにフェアベルゲンも帝国によって守られているが魔国ガーランドはそうではない。

 

 確かに根深い宗教戦争ではあったが、これでは戦費の回収などできないだろう。

 戦争を行うのだから費用が嵩む。そして活躍した者には賞与を与えなければならない。その賞与のアテが敵国の物資であることがほとんどだ。

 このままでは王国は英傑達に満足な褒賞も与えられないだろう。

 

 帝国とフェアベルゲンの戦争が儲けるための戦争であったのなら、今回の王国と魔国の戦争は宗教戦争なために趣旨が異なるだろうが、それでも褒美はいる。名誉だけを貰っても満足するような心の構造を普通の人間はしていない。

 神殿騎士なら勝ったという事実だけで大丈夫だろう。だが騎士団や徴兵された兵ではそうもいかない。王国はこの後苦労するなと思ったが、それ以上口にはしなかった。

 

「しかし、こっちも一応戦争に参加したってことを示すために一軍を派遣したわけだ。そうなれば得られる物はオレ達帝国にも幾らかはあるはずだったが……」

 

「期待薄ですわね。何も残っていないでしょう。それに我が軍はあくまで防衛を担っていたわけで、攻めたわけではありませんから」

 

「クソが。こうもうまくいかねえとはな。下手に王国や教会を突いて勇者を仕向けられるのも御免蒙る。最低限の主張だけするか、王国と正式に同盟を組むしかねえか……?」

 

「王国の出方次第ですわね。少しだけ下手に出るべきでしょう」

 

 帝国ではそんな風に話し合われ。

 そしてトータスに呼び出された勇者一行という名のクラスメイト達は戦争に参加していなかった全員が集まって貸切の食堂で話し合っていた。畑山だけは王国や教会と話し合うために参加が遅れるらしい。

 

「結局、地球に帰れるのは天乃河一人だけかよ」

 

「戦争で活躍した結果とするとそりゃそうだとしか言えないんだけど……。そっちが呼び出したくせに勝手だよなー」

 

「谷口とかも戦場に出たのにダメだったんだろ?それに天乃河も俺達に何も言うことなくもう帰ったって言うしよ」

 

「それで王国と教会が慌ててるね。世界を救った勇者がいなくなったんだから、司令塔を失ったっぽいし。それにイシュタル教皇が亡くなったっていうのも不審だよね」

 

「だよなー南雲。あの爺さん戦争中に老衰らしいけど、んな都合良いことあるか?俺らと口約束した人間が戦争が終わる前に死ぬとかさ」

 

 ここ最近の出来事を話し合っていた。

 勇者は一人で地球に帰ったようで、その時に誰にも声を掛けずに王都で勝利宣言をした後どこかに行って数日後に神山から戦争中にも見た光の柱が現れて、それで帰ったのだろうという推測が出ている。

 イシュタル教皇もいつの間にか死んでおり、そのことに気付いたのは勇者の勝利宣言時に勇者の演説の近くにイシュタル教皇がいなかったからだ。他の教会関係者はいたもののイシュタルがいないことを訝しむ者が多かった。それが後日になって死んでいたと知らされる。

 

 戦勝という慶事に合わせて訃報を流す意味もなかったということもあるのだろうが、クラスメイトからすればおかしいと思わざるを得ない。

 男子はそんな話をしているが、女子は今回の戦争で亡くなった中村のことを労ったり、八重樫のように色々と問題のあった女性を慰めたりしている。

 

「これから私達、一体どうなるのかしら……」

 

「日本に帰るのは無理そうだし、このままこの世界に住むしかないと思う。戦勝国だから悪いことにはならなそうだけどね……」

 

「んー、でも私達の存在意義って何?戦争に勝つために呼び出されたわけだけど、その戦争も終わっちゃったわよ?」

 

「それこそハジメ君や私のように手に職をつけるとか?」

 

「天職を活かせるかどうかも大事よね……。ほとんどの人は冒険者とか騎士団勤めになりそう。それかやりたい職業を探すか」

 

「いっそ戦える皆は畑山先生の護衛に回る?まだ仕事はあるっぽいし……」

 

「その話し合いのために先生も王宮に行ってるみたいだものね」

 

 そんな将来の話をしている最中に女子は他の話題を出す、お年頃だから仕方がないが、恋愛話に発展する。

 

「そう言えば白崎さん、南雲君とはどうなったの?」

 

「ハジメ君とはご飯に行ったりはするけど、その……」

 

「ウチのクラスで付き合ってるの、辻さんと野村君しかいないし……。他の人のそういう話って聞く?」

 

「辻さん、野村君ってどう?」

 

「優しいよ。いつも気遣ってくれるし。こういう世界だから嬉しいよ」

 

「惚気きたー!」

 

 唯一のカップルの片割れたる辻に聞けば想定通りの言葉を返してきたので黄色い声が上がる。そのままクラスメイトの誰が良いかとか、他の誰が良いなんて話が出る。貴族の誰々がとか神殿騎士の誰がイケメンだったとかなど。

 オルクス迷宮の後に接触してきた貴族や神殿騎士の誰それが良かったなど。ただし戦線離脱した後はご無沙汰になっており、男にあまり会えないので長く一緒にいるクラスメイトへ目を向ける。

 

「誰か良さそうな人……?クラスメイトで?」

 

「遠藤君とか?影は薄いけど、ベヒモスとの戦いで凄くカッコ良かったって聞くし」

 

「ねー。後は永山君も年の割には落ち着いてるよね」

 

「クラスメイト相手ってちょっと身近で探しすぎじゃない?」

 

「でも地球に帰れないんだからこっちで探すしかないわよ」

 

「だよね。あーあ、良い人いないかなぁ」

 

 そんなことを思いながら食事を進めていくと畑山がようやくやってきた。その顔は疲れていて何やら困っていることがありそうだったが、クラスメイト達は食事やお酒を進めていた。クラスメイトもお酒を飲んでいる。

 ハジメはとある失敗談からお酒は自重していた。周りの人が勧めても工房の人と飲んだ時に弱いことがわかったからと断っていた。

 ある程度畑山がご飯を食べた後に全員へ話を振ることになる。

 

「えっと、皆さん。わたし達は地球に帰ることは叶わなくなりました。そこで王国と話し合ったのですが……。わたしの護衛をまたしてくれないでしょうか?」

 

「愛ちゃん先生、それってまた農地の開拓を行うってこと?」

 

「そうなります。魔国ガーランドの元領地は酷い状態らしくて……。そこを活性化させれば王国の領土も増えてわたし達も王国から報酬をいただけます。……地球に帰還できないとわかった以上、わたし達はこのトータスで生きていくしかありません。そこでわたしは最低限の仕事を皆さんに提示します。もちろん他にやりたい仕事が見付かればそちらをしていただいて結構です。先生は、皆さんの選択を尊重します」

 

 勇者が荒らしまくった土地の再生となればあまり良い顔はできないが、それでもれっきとした王国の後ろ盾のある仕事だ。戦勝国となった王国の承認があるのは大きい。

 しかもその仕事以外だと自分で探すしかないだろう。冒険者となるか、またクラスメイトで固まるか。どっちが安心できるかということ。

 地球に帰れない以上、このトータスで生きていくことを受け入れなければならなかった。

 

 結局クラスメイトのほとんどは畑山の護衛を受け入れた。何人かはもう武器を持ちたくないからとご飯屋を営んだり魔法の研究職を選んだりもしたが、大半は畑山についていくことになる。

 ハジメは今回の戦争でまた義足や義手が必要になったのでその制作に当たることになる。ハジメの仕事は元ガーランドにはなく、王都に残ることになった。

 

・・・・・・・

 

 エヒトは次の世界に向かう前に、この世界で清算すべきことがあった。正確にはこの体がやらかしたことの清算だ。

 それはオルクス大迷宮六十五階層。戦争に勝利した勇者が三度も負けたバケモノ退治。

 これを為してから世界を去ろうとしていた。

 護衛には真の神の使徒と呼ばれるような者が複数いたが、手出しをさせる気は無かった。エヒトは自身の力だけでベヒモスを倒すつもりだった。

 ベヒモスも侵入者に気付く。全員が自分に匹敵するような強者だったために笑みを深めた。

 

「こい、イレギュラー。貴様を滅ぼして私は異なる世界に進出する」

 

 そこからの激闘は割愛する。

 結局のところ怪物は勇者に敗れる定めだったのだ。

 怪物からすれば望む相手ではなかったことが不服だったが、それでも神に手傷を負わせたことは誇るべきだ。

 それほどの偉業を為し、ベヒモスは己の無事な片角と魔石だけを残して消滅した。

 

「凱旋だ。教会を通してベヒモスのことを伝えろ。我々はすぐにでも他の世界に向かうぞ」

 

「は。地球ですか?」

 

「いや。あの世界の人間は脆弱だ。技術は素晴らしいがそれだけ。知識を手に入れた以上あの世界に価値はない。他の世界に行くぞ。目星はある」

 

 エヒトは教会に角と魔石を渡し、魔法技術が発展している世界へ移動する。そこを蹂躙し、魔法を手に入れて。

 彼は完全無欠の存在になろうと突き進んだ。

 

・・・・・・・

 

 魔国ガーランドの復興にはかなりの時間がかかった。土地がボロボロだということもあるが人材も物資も何もかもが足りず、領主もいなかったためにどう再生すれば良いのかという問題に発展したのだ。

 王国だけではどうにもならなかったのでアンカジ公国やヘルシャー帝国にもある程度は分譲し、元神の使徒の働きもあって人間が住むには十分な土地になっていた。

 王国が領主として元ガーランドに派遣したのはリリアーナだった。

 

 ある程度の格があり、王国の次世代でもあり、手が空いている人物は彼女しかいなかったということもある。ランデルは時期国王としての教育が必須で、リリアーナは帝国へ嫁に出すくらいにしか使い道がなかったのだ。

 それならとリリアーナはガーランドを治めることを選んだ。彼女には心に決めた人がいたからだ。

 彼女の治世はすごく上手くいった。彼女に続いたのが元神の使徒達で、彼女に恩があったクラスメイト達は様々な手段でリリアーナを支えた。重税を課すようなこともせず、穏当な治世を心掛けたために領民からもすこぶる評判が良かった。

 

 戦争が終わって五年が経って。ようやくその時を迎えた。

 リリアーナが結婚をするというのだ。今まで散々見合い話や婚約を断っていたというのに、突然降って湧いてきた結婚に誰もが驚いたが、相手を知って誰もが納得していた。

 ガーランド領を治めることに対して成果を挙げた人間には貴族位が与えられた。これは戦争での活躍や国民への貢献度なども相まって一代限りの貴族位を一旦与えられ、それ以降の功績で恒久的な上位の貴族位を与えられるという制度だった。

 

 元神の使徒も複数の貴族位が与えられている。畑山に至っては侯爵という王族の血筋以外で最高位の称号まで与えられた。

 リリアーナの結婚相手も、侯爵だった。

 その人物は錬成師として数々の品を開発し、人類の営みに発展してきた。侯爵まで与えられたのは彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 錬成を極めて神代魔法である生成魔法を習得し、この魔法を用いることでアーティファクトを作成したことに飽き足らず、生成魔法の習得方法も確立させて使い手も増やしたのだ。これには王国も侯爵位を与えざるを得なかった。

 そしてその成果を持ってして、彼はリリアーナにプロポーズ。めでたく結婚となったわけだ。

 この結婚は数多くの人に祝福された。リリアーナやその男性を狙っていた人物は悔しそうにしていたが、祝福される結婚であったことは事実。

 

 

 

 

 その結婚式は盛大に執り行われ、その後の生活でもひたすらにラブラブだったという。

 子宝にも恵まれて、二人は老後まで幸せに過ごしたようだ。

 

 

 

 

 

 神のいない世界で、健やかな幸せを──。

 




急ぎ足でしたが完結になります。

ぶっちゃけた話、エヒト大勝利ルート。その上でリリアーナとのカップリングを考えた今作はこのくらいの短編で終わらせるつもりでした。

ではまた、機会があれば筆を取ろうと思います。

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