TSして容姿にも才能にも恵まれたけど、漫然と生きる転生者。 作:フル圧
千年前の人と魔物の存亡をかけた戦い。
人魔討滅大戦なんて、騎士学校の教科書には書かれていたけれど。
その戦いの最後で、“黒姫”クリスノートは消息を絶ってしまう。
彼女が最後に戦った魔物の悪あがき、つまり自爆を防ぐために。
最後の瞬間、マルセナは意識をうしなってその状況を見ていないそうだ。
だから果たしてクリスが跡形もなく消えてしまったのか。
それともどこか遠くへ飛ばされて、記憶を失ってしまったのか。
この世界とは違う場所へ飛ばされて帰れなくなったのか。
それすらもわからないのだという。
それから千年だ。
マルセナは神から“フォクセシア”を名乗ることを許されて、人々からSランク冒険者の称号を贈られた。
しかしそれらを全て辞退して、Bランク冒険者として身分を隠しあちこちを旅するようになる。
消えてしまったクリスの痕跡を追いかけながら。
それから、千年だ。
マルセナが、私にクリスを重ねていることは知っていた。
しかし、クリスの子孫は私ではなく閃姫である
まぁ、クリスの直接の子孫ではないのだけど。
話に聞く限りでは、クリスは私ではなく閃姫に人間性は近いようだし。
一体何で私なんだ? とも思ったが。
ここまでくればはっきりしている。
マルセナにとって、私はどこかへ行ってしまいそうな存在なんだろう。
クリスノートと同様に、自分の知らないところで、いつのまにかどこかへ。
そんな相手に、私はどんな言葉をかければいいんだろうな?
マルセナがクリスと歩んできた時間。
クリスを探してさまよってきた時間。
それは、とても私みたいな適当な人間じゃ、埋めることのできないもので。
少なくとも、私なんかがそれらしいことを言って許されるものではなかったんだ。
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「マルセナ、君は生真面目すぎだ」
消えゆく幻月老狐――かつてのマルセナに呼びかける。
果たしてこれは本物のマルセナも聞いているだろうか。
もう幻術は解けかけているから、もしかしたら聞こえているかもしれない。
そう思いながら、自分の言葉をまとめるために私は続けた。
「クリスノートがいなくなった後、君はクリスノートを探すために旅を続けた。……その時、君は英雄マルセナ・プロリエではいられない」
「…………」
「だから、自分を変えた。厳格で生真面目な幻月老狐ではなく……“ちょっとえっちな優しいお姉さん”に」
時折、マルセナが自称していたりもするそのフレーズ。
というより今のマルセナの生き方は、マルセナが必死に考えてそう振る舞っている生き方だ。
この世界を放浪する者として、若き新芽を支えるものとして。
親しみやすい誰かになろうと考えて、そしてこうなった。
「いや、真面目すぎかよ」
だってそうだろう?
気合い入れすぎだ。
いくら何でもキャラが違いすぎるのに、マルセナが全力かつ真面目にそう振る舞うものだからある程度はそれっぽく振る舞えている。
かつての自分が聞けば、何だそれは破廉恥なと反応を返すにも関わらず。
なんていうかなぁ、もっと肩の力を抜いてもいいと思うんだ。
私がマルセナの素を見たのは一度だけ。
私が秘蹟に挑戦するため、Aランクになろうとしていると明かした時だ。
アレ以外は、基本的に今のマルセナの口調を保っているし保てている。
それくらい、本気でマルセナはちょっとえっちで優しいお姉さんになろうとしているということだ。
いやでも、なんか私をやらしい目で見てくるのは素だと思うが。
絶対クリスにも内心あんな感じだったよね?
そこに関してだけは演技ではなく本性を表しただけですよね?
話を戻そう。
「私としては、真面目すぎる君が千年もクリスを探し続けるのは違和感がある」
「…………何を、言っている?」
そこで、ようやく幻の中の模倣されたマルセナが口を開いた。
「クリスは、妾の前から消えてしまった。いなくなってしまったんだ。それを見つけたいと思うのはそんなにおかしなことか?」
「
私の言葉に、マルセナは苦虫を噛み潰したように視線をそらす。
図星だ。
「自分のためじゃなくて、誰かのためだな? それもクリスを守れなかったことに対する罪滅ぼしだけが理由じゃない」
「何を言う。誰かのためだとしたら、罪滅ぼし以外に何の理由があるという……」
普通に考えれば、自分のためでなかったとしたらそれはクリスのためだ。
罪滅ぼし、罪悪感。
そういう言葉から、マルセナがこの千年の彷徨を、罰として受け入れていたことは否めない。
でも、それだけではないと私は思う。
「探し続けていたんだ。それはクリスだけじゃない」
「……」
それは、あまりにも単純な話だ。
「自分の死に場所。マルセナ・プロリエとしてもう一度、命を捨てるための場所を探していたんだ」
自己犠牲。
自分を捨てることで誰かを救う。
そのために、マルセナが生きてきたのだとしたら。
「であれば、妾は――」
――空間が、はっきりと崩れ落ちていくのが解る。
ディアクラが非活性状態に入り――守護者は魔力さえあれば何度でも復活する――幻月老狐のマルセナが消えていく。
そうして残るのは、
マルセナ・プロリエのいた場所に残るのは――
「妾は、どうすればよかったんでしょうねぇ? ――アンナちゃん」
呆然と、道を見失って立ち尽くす。
マルセナ・フォクセシアの姿だけだった。
<>
色々と考えたけど、結局答えは一つしかなかった。
どこか物憂げに、恥ずかしそうに、マルセナはこちらの言葉を待っている。
守護者の去った静かな部屋の中、マルセナの呼吸と心音が聞こえてきそうなほど。
今、この部屋は沈黙が満ちている。
とても、とても重く永い沈黙が、降りてきている。
私は……少しだけためらって、けれども。
もはやそれ以上に言葉がないから――
はっきりとマルセナに伝えた。
「わからないや、ごめんね」
「えっ」
端的に、答えた。
「色々考えたんだけど、なんにもいい感じのこと言えなくてね」
「……えっ」
「なのでごめんなさい。私にはマルセナを救うのは無理そうだ」
「えっえっえっ」
当たり前といえば当たり前だけど。
マルセナの抱えてるものに、幾らマルセナがクリスノートと私を重ねてるからって。
私が答えを出すのは無理な話だ。
なので、素直にそう答えることにした。
「待って待って待って!? さっきまでの真面目な雰囲気はなんだったんですか!?」
「いやぁ、特に何も考えてなかったよ。かつてのマルセナがあまりにも自分をごまかすものだから、それを否定していただけ」
だって否定しないと、そもそもこういう話もできないからだ。
伊達にマルセナは千年間も自分の本音を偽ってきた訳では無い。
私がマルセナの事情を聞いた時だって、こういう話ははぐらかされてしまったんだから。
「少なくとも、あのマルセナがあそこまで話さなかったら、マルセナはまたこの話をごまかすだろ?」
「それで帰ってくる答えが“わからない”ならわざわざ掘り返さなくてもいいじゃないですか!」
「一理ある」
「今そう思ったみたいに言わないでください!」
とはいえなぁ、親しい友人がそんな風に曇った顔してたら話を聞かないわけにいかないし。
かと言ってそれで何かいい感じに答えを返せるわけでもなし。
私にできることと言ったらせいぜい――
「でも、少しはスッキリしないかな? 話せることを話したらさ」
「……話したのは、妾じゃないですけどね」
「それでもだよ。いやむしろだからこそ、マルセナは冷静に話を聞けたはずだ」
――せいぜい、マルセナの話を聞くことくらい。
聞いて、それは大変だったねと答えることくらい。
それくらいしか、私にはできないんだ。
「…………けど、それはアンナちゃんの話じゃありません! 妾の迷いは、アンナちゃんにも無関係じゃないんですよ!?」
「私がどこかへ行ってしまいそうだって? そうかなぁ」
マルセナは、納得はいかないながらもこちらの言いたいことを理解したのか話を変える。
しかし、私がどこかへ行きそうだっていうのはあまりピンとこない。
私は私だ、自分のしたいことを、したいなりにやる。
今に満足はしていないけど、漫然とはしている。
そんな行き方を二十年、いや前世を含めればその倍以上続けてきて。
今更、どうにかなることなんて無いと思うけど。
マルセナはそう思わないみたいだ。
「アンナちゃんは、自分のことだからわからないんです! アンナちゃんがふわふわしてるっていうのは妾じゃなくたってそう思うはずですから!」
「マジか」
初めてしった。
私そんなに主体性が無いように見えるか?
これでも、そこそこ信条……ってほどではないけどある程度方向性を持ってやってきたはずなんだけど。
「でもね、大丈夫だよマルセナ」
「何がですか……」
とはいえ、そういうことならきちんと言葉にしないと行けないな。
当たり前のことなんだから、わざわざ口に出すまでもないと思っていたけれど。
「
「……なんですか、それ?」
どうやらピンと来ていないようだ。
文字通りのことなんだけど、主語が抜けていた。
私は、なんてことはないことを改めて確認するように、それを口にする。
「――誰かを庇って死んだりしない」
だって、死にたくないから。
「――誰かの代わりに重荷を背負ったりしない」
だって、背負えるほど私は大人じゃないから。
「――誰かに呪いを残して消えたりしない」
だって、死なないから。
「だから私は、どこにもいかないし、勝手に死なない。当然だろ?」
そんな、世界の命運を握れるほど私はたいそうな人間ではない。
それに命を賭けれるほど、崇高な使命感を持ち合わせていない。
「……根拠は?」
訝しむようなマルセナの視線。
心配性な彼女らしいそれに、けれども私は何だかおかしくなってしまって、笑いが溢れる。
「あはは、
そんなものは元から無い。
というか、用意する予定もない。
「じゃあ、意味ないじゃないですか!」
「あるに決まってるじゃないか。だって私自身がそう言ってるんだよ?」
「それが意味ないって言ってるんじゃ――!」
確かに、私は基本的に適当な生き方をしているけれど。
漫然と流れるままに流されているけれど。
「自分を信じられなくて、何を信じられるっていうのさ」
そこだけは、多分ずっと昔から。
ずっとずっと昔から。
一度死んでも変わらない、私の生き方なんだろう。
「――――」
マルセナは、沈黙した。
納得した様子はない。
受け入れた様子もない。
ただ、少しだけ目を白黒させて。
「……ふふ、あはは」
笑みを浮かべた。
「笑うなよ、真剣なんだこっちは」
「解ってます……解ってしまいました」
その笑みに、どれほどの感情が込められているのか。
私にはさっぱりわからない。
けれど、そうやって笑みを浮かべるマルセナに、私が安堵しているのは解る。
答えなんて、何一つ出していないけれど。
「アンナちゃんって人がどういう人か、妾とっても解っちゃいました」
その言葉は間違いではないと、私はそう思うんだ。