堕落系クズがぼっちちゃんに歪んだ憧れを向ける話   作:靉靆 

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 ぼざろ6巻発売日間近でモチベが上がりました。




欠けた爪で夢をなぞる

 

 

 

 私は、本当に美しいものを見た。

 

 尊い星の描いた音楽が、耳を愛撫する。

 胸に染み入る感動と共につま先から髪の毛先まで迫り上がる“ぞわり”とした感覚を、私は永劫忘れることはないだろう。

 

『──ついてこれますか?』

 

 貴女の後塵を拝することに感じる喜びが溢れて止まらない。

 どきどき、どきどきと鼓動が早鐘を打つ。

 まるで醒めぬ恋を患った乙女の気持ち。 

 

 幸福とは今この時の事を指し示すのだと迷いなく理解できる。

 私の人生はこの刹那の享受のためにあったのだと思うほど尊い体験に、脳が爛れた快感を覚えて未だに蕩けたままだ。

 

「──愛してる

 

 愛を、呟いた。

 今度は憧れに聞こえないように、噛み締めるようにしてこの胸に燃える想いを吐露する。

 

「初めてライブ観たけどすっごいカッコ良かったです!」

「本番も頑張ってください!」

「あっ、え……えへへへ」

 

 ひとりさんは今、自分の音楽を見つけてくれた新しいファンの誕生に舞い上がっていた。

 その光景に零れ落ちる涙を止める術を、私は持ち合わせていなかった。

 

 なんて素晴らしいのだろう、美しいのだろうか。

 

 後藤ひとりの存在が知られていく。

 彼女の努力が、偉大さが、本気の尊さがこうしていつかの私のように誰かの心を動かしたと言う現実にまた、涙が溢れた。

 

「──ありがとうございます、廣井さん」

 

 隣で今も酔いしれる先人に、感謝を伝える。

 この感動的な光景の立役者に対しての惜しみない賛美、憧れたヒーローが再び英雄譚を刻み込むことができた契機とも言えるこの人には、いくら言葉を捻り出しても足りない程だ。

 

「んー。良いよお礼なんて。私がやりたくてやったんだから……ひっく」

 

 一升瓶をぐびぐびと煽り、礼は不要だと告げる……それはそれとしていい加減禁酒しませんか廣井さん? マジで肝臓ぶっ壊れますよアンタ。

 

「それにしても驚いたなぁ」

 

 呑みほして空になったはずの瓶を未練がましく振りながら、廣井さんはぐるぐるとした不思議な瞳で私を見つめた。

 

「くーちゃんがあんなに情熱的な告白をするなんて思わなかったよ」

ン゛ン゛ッ゛

 

 やめてくれ廣井さん。そのイジリは私に効く。

 

 憧れの人に直接信仰心(アイ)を囁くなんて黒歴史確定の愚行を思い起こしながら胸を抑える。

 

『──私は、貴女を崇拝(アイ)してる』

 

 いやもう死ね私。愛してるじゃねえんだよ愛してるじゃ……いや実際崇拝(アイ)しているけども。

 

 でも仕方ないじゃないですか。あんなにカッコいいヒーローの一面を間近で魅せられて何も言わない方が無理ですよ……。

 

「──でもねくーちゃん。やっぱその生き方をしてたらキミはいつか壊れちゃうよ」

 

 新たな黒歴史の誕生に悶々とする私に、廣井さんがいつかの様に真面目な気概で私に対して言葉を紡いだ。

 

「その歪んだ生き方に惹かれて共感しちゃった私がこんな事言うのもアレだけどさ、それでも──」

「十二分に理解してるよ、私は破綻者だ」

 

 口惜しさを滲ませた先人の警告を遮り、私は己が異常性を自認する。

 

 ──あぁ、やっぱり貴女は優しい人だ。

 

 崇拝を捧げるヒーローと似た一面を見せる貴女に対しての尊敬が、また薪を焚べた炎の如く燃え盛る。

 

 こんな塵屑のような人生を生きてきた私を真面目に諭そうとする廣井さんの優しさに温もりを感じると共に、だからこそそんな()()はできないとかつての脆弱な己を是正するように喝破を轟かせた。

 

「人は誰しも私のように、彼女のように心を燃やせないなんてことも分かってるさ」

 

 痛いのは嫌だ。

 辛いのは嫌だ。

 苦しいのは嫌だ

 

 知ってるよ。人は誰しもが強く在れない事なんて。

 堕落の蜜を貪っていたかつての塵屑(わたし)には、よく分かる。

 

「この布教も、伝導も、余計なお世話でしかないことも塵屑(わたし)は骨身に染みてる」

 

 努力を毛嫌う人間の惰弱を理解していながら、それでも人間の可能性に瞳を灼かれた亡者──私のこれが破綻した理想論だなんて既に熟慮済みだ。

 

「──だが、それがどうした?」

「っ」

 

 あぁ、そうだ。()()()()()()()

 

「求められれば施すのか? 拒絶されれば潔く身を引くのか? 嗚呼、()()()()()()()()()()()

 

 必要か、不要か。そんな尺度はクソ喰らえだ。

 誰かにとっての幸福が誰かにとっての不幸であるように、揺れ動く天秤のようなこの煩瑣な現実をそれでも私は是正しよう。

 

「決めたからこそ、果てなく征こう──この確かな意志さえあればそれで良い。一人悶えて満足してやる」

 

 故に、これは単なる自己満足。

 恥も悔いも捨てた自己中心的な渇望の成就を願う獣畜生の喚きに他ならない。

 

 何処までも煌めく未来(あす)を求めて、希望の光は努力と本気と想いの力で灯せるのだと証明してやる──それが、私の生きる理由だ。

 

「……その生き方に、後悔はないのかい?」

「──後悔はない。ないんだよ廣井さん。私の人生は、“今”こそが最も煌めいてる」

 

 暗い押し入れの中に広がる無限の可能性を見たあの瞬間から、私の生き方に後悔が芽生えるはずなんてないんだ。

 努力を続ける限り、可能性を追い求める限り煌めく“今”と果てなき“未来”こそが私にとっての最盛期に他ならない。

 

「……私じゃ、君を止められない」

 

 心底悔しいと言わんばかりに唇を噛み締めながら、廣井さんが潤んだ瞳を私に向ける。

 

「──あぁ、ごめんね。くーちゃん」

「ええ。ありがとうございます、廣井さん」

 

 それから私たちの間には、ひとりさんがチケットが売れたことを報告に来るまで長い沈黙が続いていた。

 

 

 

 █

 

 

 

 

 それから紆余曲折を経てチケットも完売し、廣井さんと別れた後に私とひとりさんも同じ帰り道ということで共に歩みを進める。

 

「……」

「……」

 

 気まずい。その一言に尽きた。

 

 な、なにか話すべきだろうか? と言うかひとりさんは私の事をどう思ってるのだろう……あれ、てかひとりさんからしたら私ってほぼ初対面の目つきが悪い不審者では?

 

「──あ、花火」

 

 そんな沈黙と不安を打ち破るような轟轟とした空に響く快音と共に、火花が散った。

 

 人集りを避けるようにして帰路に着く最中で、そう言えば今日が花火大会の日だったことを思い出す。

 

 隣には憧れの人、後藤ひとり。

 空には絢爛に咲く火花。

 

 花火の轟音に負けない程に鳴る心臓の音が、自覚できた。

 

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい──!

 無理! 無理無理無理無理むりっ! 尊すぎて心臓が破裂する!

 そ、そうだ! 確かこんな状況にピッタリな気取ったセリフがあったはず……!

 

「──綺麗だ」

「うぇ!?」

「……花火」

「あっ。そうですね」

 

 無理だった。私に歯の浮くようなキザなセリフを吐く勇気なんてあるはずもなく、バカみたいな無理のある逸らししかできない己のボギャ貧っぷりに絶望すら覚える。

 

「えっと、さっきの事なんですけど」

 

 新たな黒歴史の創世に悶々とする私を横目に、ひとりさんもしどろもどろとした態度ながらも言葉を発する。

 

「あ、アイしてるって……」

「あっ。すいません舌噛み切って死にます」

「なんで!?!?!?」

 

 やばい。ライブチケット完売で浮かれて忘れてくれてるかと思ったけど甘かった。

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!

 い、いや。此処まで来たら伝えるべきだろう宵宮黒羽。

 共にギターを奏でた間柄の今なら、私にもひとりさんに想いの丈を伝えることができるはず──!

 

「──い、いえ。なんというかその、ひとりさんの音楽を愛しているというかなんというか……」

「あっ。そ、そう言う意味だったんですね」

 

 もうマジで死ね私。ここまで来てヘタれるなよ……。

 

 かつての堕落した自分に対してと比肩するほどの自己嫌悪を悶々と掛け巡らせていると、やがて自宅の前に到着する。

 

「そ、それじゃあ私はこれで──」

「あっ。あの!」

 

 逃げるようにして敷地に引き篭ろうとする私を、ひとりさんは呼び止める。

 夜空に咲く絢爛な花火が、朽ちぬ憧れを茜色に照らした。

 

「──いつも視てくれてありがとうございます。()()()()()

「……ぇ」

 

 自分の中の、時が止まった。

 空に打ち上がる花火を背に私を見つめるひとりさんの蒼い瞳に見惚れて、ただこの世の全ての流れが停滞したかのような錯覚を覚える。

 

「きょ、今日はありがとうございました。ライブもよかったら来てください!」

 

 真っ赤に頬を紅潮させて、ひとりさんがお隣の家に早足で帰っていく。

 

 なにも、考えられなかった。

 真っ白になった頭の中。それでも、焦がれ続けた英雄の雄々しい姿だけは今も瞼の裏を駆け巡る。

 

「あ……ただい、ま」

 

 ゆらゆらと、覚束ない足取りで家に帰る。

 私以外は誰もいない伽藍堂な実家、帰りを迎える父も母もいない空虚なはずのひと時。それでも、私の胸には詰まるほどの多幸感で満ち溢れていた。

 

 マスクを着け、外套を羽織り直す。

 暗闇と静寂が支配する自室に引き篭もり、もはやこの身に刻まれた本能とでも言うべき衝動に身を任せ配信のスイッチを入れ、ギターの弦を掻き鳴らした。

 

 

・おはカラス

・おはカラス

・急に通知来てびびったわ

・ちゃんと配信開始ツイートして♡

・ゲリラ配信久しぶりだな

・今はツイートじゃなくて“ポスト”な

 

 

「──あはっ」

 

 掻き鳴らす。

 掻き鳴らす。

 掻き鳴らす。

 

 欠けた爪で憧れに抱いた夢をなぞり音階を奏でる。

 この血走った瞳孔で見収めたヒーローの姿を脳裏に焼き付け音階を奏でる。

 命を削り、心を削り、人間性を削る。それでも満ち満ちたこの多幸感に身を任せて私は音階を奏でた。

 

「ふふ、あは。アハハハハハハ!」

 

 

・え、なに怖い

・無言で配信開始したと思ったら呵呵大笑しながらギターを弾く黒髪美少女。ホラーかな?

・助けて古参民(新参並感)

・いつもの……いつものかこれ?

・2年くらい追ってるけど意味分かんねえよ

・桜田麩祀った神棚崇め始めるよりはマシだろ

・そうかな……そうかも……

 

 

 

『──いつも視てくれてありがとうございます。カラスさん』

 

 貴女がその名を読んでくれたその瞬間、英雄譚にて滅ぼされるべき悪竜(わたし)の存在意義が確立される──それは、なんて素晴らしい運命なのだろう。

 

 ヒーローは、私を視てくれていた。

 私の努力を、生き様を、覚悟をあの人は見届けてくれたんだ。

 今日だけで幾度流したか分からない涙をまた溢しながら、私はギターを掻き鳴らす。

 

 ありがとう、私を見てくれて。

 ありがとう、私に素晴らしい生き方を教えてくれて。

 ありがとう、こんな塵屑(わたし)と一緒に音楽を奏でてくれて。

 

 

「──崇拝(アイ)してるよ、私のヒーロー」

 

 

 あぁ、10日後が待ち遠しい。

 

 

 

 

 





 ちなみにカラスちゃんはぼっちちゃんと二人っきりだと禁酒した廣井さん並みにキャラ変してクソザコヘタレ隠キャになります。
 間に結束バンドメンバーか廣井さんを挟まない限り空回りしまくるヘタレです。
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