将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
鯉夏の身請けから数日が経った祝言当日の朝、諸々の準備のために一宮の両親が空屋敷を訪ねてきた。
鯉夏とはこれが初めての顔合わせになる。義理の両親となる相手だからかとても緊張した面持ちでいた鯉夏に対し、父上殿と母上殿は傍目に見ても浮かれていた。
「いきなり所帯を持つことにしたと聞いたときは驚いたが…いい嫁さんを見つけたな、あおい」
そう言いながらお茶を啜るのは、数年前の俺の求婚の流れを言葉巧みに聞き出し盛大にむせ込んだ父上殿だ。感慨深そうな顔をしているが、少し前まで爆笑していたのを俺は忘れていない。
母上殿はそんな父上殿を横目におっとりと「準備をしましょうか」と鯉夏と共に別室に移動していった。
紅葉と美鶴殿も準備のために早々に席を外している。
「それにしても、てっきり結婚はしないものだと思っていたが」
「そうですね。俺もしないものだと思っていました」
特に深く考えることもなく素直にそう答えれば、父上殿がにやにやと笑いながらこちらを見ていた。
「…なんです」
「いや?お前も変わったなと思っただけだよ」
いい変化だ。彼女のおかげかな。
そう言って今度は満足そうに笑う父上殿に釣られ、俺の表情も緩んでいく。せっかくのハレの日なのだから、いつまでも無愛想でいてはいけないだろう。
居住まいを正し、穏やかな心のまま口を開く。
「──父上殿」
「ん?」
「改めまして、俺を息子として迎え入れてくれたこと、鬼殺隊士として鍛え上げてくれたこと、心より感謝申し上げます」
「…なんだ、いきなり」
「いえ、常々思ってはいましたがきちんと言葉にしたことはなかったので。こういう事は、声に出して言わないとちゃんと伝わりませんから」
「…少なくとも、お前の
眉間に皺を寄せて視線を逸らす父上殿に笑みを深めた。一見不機嫌そうに感じられるが、その実ただの照れ隠しだと俺は知っている。
「ほら、そろそろ支度をするぞ。新郎が遅刻なんて目も当てられない」
一気にお茶を飲み干し腰を上げる父上殿に、笑いながら俺も立ち上がる。
通常、祝言は夜に行うものだが、俺たちは鬼殺隊だ。このあと討伐や見回りといった任務がある者も少なからずいるから、日没前には終わらせる予定となっている。
少し慌ただしくなるが、こればかりは仕方がない。準備を一手に引き受けてくれた紅葉と美鶴殿には後で改めて礼をしなければ。
そんなことを考えながら着替えが準備されている一室に父上殿と入り──思いもよらぬ光景に目を見張った。
一宮家の紋が五つ染め抜きされた黒の羽織。これはいい。そうではなく、その隣の衣桁に掛けられているこの長着の紋は、どう見ても一宮家のものではなかった。
「これは…」
「神籬家から送られてきたものだ」
呆然と呟く俺の声を拾った父上殿がなんの気なしにそう答える。
「お前が祝言をあげると連絡を入れたときに、『もし良ければ』とこちらから進言した。籍を外れたとはいえ、お前の中に流れているのは神籬の血だ。肉親が祝うことに何の問題がある」
お前は確かに一宮の子になったが、神籬の家もお前の大事な実家だろう。
そう言ってぐしゃりと俺の髪を乱す無骨な手に、似ても似つかない両親の掌を思い出した。
「…お心遣い、ありがとうございます」
そう告げた俺の声は、果たして震えてはいなかっただろうか。
✽✽✽✽✽
女は色々と準備に時間がかかるからと、一足先にあおい様のお義母様と連れ立って居間を出た。
緊張からつい表情が固くなってしまったけど、身支度用のお部屋に着くまでの間に色々とお話をさせてもらって、身体の強張りも大分解れたと思う。
「私ね、娘も欲しかったんです。だから"お義母さま"って呼んでくれたら嬉しいわ」
そう言って楽しげにふふ、と笑う様子に、歓迎されているんだなと安心できたのも大きかった。…笑ったお顔があおい様と同じだったことも、きっと安心できた要素のひとつだ。
「よく気の利く子ではあるのだけど、たまに抜けているところがあるから…もし今後なにかあったら、遠慮なく言ってくださいね。がつんと叱ってやりますから」
「ふふ、ありがとうございます」
むん、と力瘤を作る様子が可愛らしくて、自然と顔が緩んでいった。そんな私を見てお義母さまも安心したみたいに笑ってくださるから、なんだか嬉しくてずっとにこにこしてしまう。
手早く着付けが行われ、帯も締め終わり細かい部分を整えていた頃、穏やかな声がぽつりと室内に溢された。
「…あの子は、鬼殺隊に入るために私たちの養子になったんです。あの子には生家を出てまで果たしたい目的があったから正直諦めていたのだけど…。いつか、こう言えればいいなと思っていました」
そっと両手を握られて優しく包まれる。
「あおいを選んでくれてありがとう。あの子と一緒に、幸せになってくださいな」
「──はい、ありがとうございます」
どうしよう。今日はずっと泣きそうになるのを我慢する日だわ。
嬉しくて幸せで、胸の辺りがぽかぽかと暖かい。
「鯉夏さん、こちらを。受け取ってくれると嬉しいわ」
そう言って見せてくれたのは、花嫁道具としても知られる物たちだった。
「刀鍛冶の里といって、鬼殺隊に刀を提供してくれる里があるの。この懐剣は里長様が鍛えてくださったと聞いているわ。この筥迫は私から。私の嫁入り道具でもあったから少し古いのだけど…」
「よろしいのですか」
「もちろん。貴女に身に着けてほしくて持ってきたんですから」
「──ありがとうございます」
ふわりと微笑まれ告げられた真っ直ぐな言葉に胸がいっぱいになる。
きっと、この筥迫には大事な思い出が詰まっている。それを当然のように持ってきてくれたことが、何よりも嬉しかった。
ずっと憧れていたのだ。母から子へ受け継がれていく、無償の愛の証のようで。私にはもう帰る実家がないから、余計に。
言葉少なに差し出された懐剣と筥迫に手を添える私を温かく見守りながら、お義母さまは再度口を開いた。
「それからこの簪と末広は、あおいのご実家のお母様から」
「あおい様のご実家のお母様…」
「ええ。あおいにも長着が贈られていたのだけど、花嫁となられる方にも是非にと、手紙には書かれていたわ」
その言葉に、少なくとも今日は直接顔を合わせられないのだと悟る。ご挨拶もしたいし感謝の言葉も伝えたいけれど、いつかこの願いが叶う日はくるのだろうか。
「あおい様は、ご実家の方々とは、その…」
聞いてもいいものかわからなくてしどろもどろになってしまったけれど、お義母さまは気にせず教えてくれた。
「今でもお互い大事に想っているのは間違いないのだけど、直接的なやり取りはもうずっとしてないと思うわ。今回の祝言についても、主人から連絡を取りましたから」
「そうなんですね…」
「だからね、鯉夏さん。写真を撮ってあおいのご実家に贈ろうかと思うのだけど、鯉夏さんも写ってくれるかしら?」
小物類を私の帯や襟に差し込んだお母義さまがお茶目な表情で告げてくる内容に、私も晴れやかな笑顔で頷いたのだった。
✽✽✽✽✽
「それじゃあ…我らがあおいさんと鯉夏さんの結婚を祝して!乾杯!!」
もう既に出来上がっているのかと疑いたくなるほど声高に乾杯の音頭をとったのは何を隠そう、俺の最初の継子である天元だ。
おかしいな。酒を飲んだのは俺と鯉夏と一宮の両親、それから親戚として耀哉とあまねくらいなんだが。
音頭をとった天元はもちろん、意外とノリが良い煉獄とその継子であった甘露寺。甘露寺に引っ張られた伊黒と、その伊黒に引っ張られた不死川。先の任務に共にあたった真菰に、ときと屋で鯉夏と仲良くなった須磨殿、旦那と同様賑やかしいことが大好きなまきを殿までもが「乾杯!」と盃を掲げていた。もっとも、食事に重きを置いている甘露寺とこういった場での飲食を控えている伊黒は呑まないのだろうが。
一方で悲鳴嶼やしのぶ嬢、冨岡は通常通りだし──つまりは泣いているか、にこにこしているか、すんとしているかだ──雛鶴殿は須磨殿が動く度に膳に乗った食事がひっくり返らないかそわそわしながら見ている。竈門と我妻は嘴平を真ん中に三人でわいわいやっているし、無一郎と有一郎は我関せずと言わんばかりに紅葉と美鶴殿と食事を進めていて平和そうだ。とはいえそのうち天元に絡まれるだろうからその平和はきっと一時的なものだろう。
ちなみに、一宮の両親と妹夫婦は飲み会に移行した段階で既に帰宅している。「私たちがいると羽目を外せない子もいるからね」とは耀哉の言葉だ。双方から今度遊びにおいでと声をかけられているから、近い内に二人で改めて挨拶に行く予定である。
「それにしても丸く収まってくれてよかった」
「なんだ宇髄!拗れると思っていたのか?」
「いやだってよぉ…。関係者でもなんでもない、鬼の存在なんか知らなかったカタギが相手だぜ?お前が女ならどうよ、煉獄」
「む…そこを突かれると痛いな!」
「言いたい放題だな、お前たち」
欠片も酔った様子を見せない天元と、ほんのり顔を赤くしている煉獄が同時にわははと笑う。それに俺も軽い調子で返すが、まあ確かになと心の内で同意を示した。
「まあ、俺たちが相手を探すとしたら関係者が妥当だろうからなァ」
「そもそも一般人をこちら側に巻き込むなど普通はしない」
いつもは刀片手に血走った目をしている不死川も、ねちねちと容赦のない物言いをする伊黒も、今日はどこか穏やかな顔をしていた。余計なお世話だとは思うが、いっときでも鬼殺から意識が離れられているようで安心してしまう。
と、そこに音もなく席を外していた天元が両手に双子を捕まえて戻ってきた。
「宇髄さん、苦しい」
「僕も。離して」
「この程度の拘束で苦しむとか、お前たちにそんな可愛げがあるとは思ってない」
「え、ひどい。傷ついた」
「ね。これは叫ぶしかないかも」
「な」
天元の腕が首に回ってはいるがうまく気道を確保しているのだろう、まったく苦しがっている様子のない無一郎と有一郎が互いに顔を見合わせてひとつ頷く。
「「きゃー、人攫いー!」」
「人聞き悪いこといってんじゃねぇ!しのぶがこっち見てんだろうが!」
俺の元継子たちが今日も仲良さげで俺は嬉しい。とはいえ、本当にしのぶ嬢ににこにこ見つめられている天元からしたら"人攫い"という言葉を向けられるのは気が気ではないのだろう。
「きゃー!素敵だわ!」
三人のやり取りを肴に酒を呑んでいた俺たちの耳に、感情が爆発したかのような色めきだった声が飛び込んできた。言わずもがな甘露寺である。
「あちらはあちらで、何やら盛り上がっているな!」
「女が三人寄れば姦しいっていうからなァ」
盛り上がっている一角には、しのぶ嬢や甘露寺を始めとする女性陣が集まっており、その中心には鯉夏がいた。
頬を紅く染めながら、ぱたぱたと小さく腕を動かし何事かを話していく。その度に甘露寺は瞳を輝かせながら両手を頬に当て身悶えて…──いや、甘露寺だけじゃないな。よく見れば他の面々も同じように瞳を輝かせて頬を染めている。柱になってからは感情的にならないように努めているしのぶ嬢でさえ、いつもの微笑みではなく年相応の少女のような顔をしていた。
「…へぇ?」
「なんだ、天元」
「いんや?あおいさんも隅に置けねぇなぁって思っただけだぜ」
あちらの会話が聞こえたのだろう天元が、にやにやとこちらを見て笑っている。
これだから耳がいい奴は。
そう思いつつ表情に出すことはせずに酒を煽る。何やら我妻が形容しがたい表情で俺を見ているが気にしない。鯉夏を身請けしたのが俺だと知った時に散々絡んできたんだからそれで満足してくれ。
「気にならないの?あおいさん」
「ん?…無一郎、飲むならそれじゃなくてこっちにしなさい」
「それお茶」
「お前に酒は早い」
天元の拘束から逃れた無一郎が俺の右脇からひょこりと顔を出し、側にあった徳利に興味を示す。14の子どもが呑むものではないと制すればむ、とむくれてみせたものの、頭を撫でてやれば満更でもない様子でお茶の入った湯呑みを受け取った。
「ほら、有一郎。あー」
「あー」
左脇から顔を覗かせた有一郎が俺の膳に残っていた天ぷらをじっと見つめていたので口元まで運んでやる。さくりと音を立てて噛み付いた有一郎は満足げな顔をしていた。
「地味に誤魔化したな」
「ああ、誤魔化した」
「随分雑な誤魔化しだなァ」
「仲いいなお前たち」
にやにやと揶揄う気満々の顔を見て過剰に反応するわけないじゃないか。そもそも彼女たちの様子から俺と鯉夏の話題なのは聞かなくてもわかる。
そもそも。
「"女子会"は男子禁制なんだ。聞き耳立ててるのがバレたら絞められるぞ」
同じ部屋だとか、自然と耳に入ってくるとか、そんな事情は関係ない。特に
そんな俺の言葉に「そりゃ怖い」とそれぞれが顔を見合わせて大きく笑った。
「そうだ煉獄。今度、自宅に伺ってもいいだろうか」
そう何気なく問えば、ただでさえ大きな目がさらに大きく見開かれこちらを凝視し始めた。その視線になんだか気まずくなり、つい目を逸らしたくなる。
「結婚報告をしたいんだ。愼寿郎殿と瑠火殿を鯉夏に紹介させてほしい。年は離れているが、千寿郎ともきっと仲良くやれると思う。…それから随分と遅くなってしまったが、見舞いに来てくれたことへの礼も改めてしたい」
気まずさからか、普段よりもずっと早口になっているのが自分でもわかった。一度言葉を切り、ふ、と息をひとつ吐いて気持ちを落ち着かせる。
「…」
「煉獄…?」
呆然と俺を見つめたままの煉獄が心配になり声をかければ、硬直が解けたのか慌てて大きく頷いてくれた。
「すまない、つい驚いてしまった!」
「いや、俺もいきなり悪かった」
「そんなことはない!…一宮さん、こちらとしてはいつでも訪ねてもらって大丈夫だ。貴方を拒む理由など、俺たちにはない。父上も、きっとそう言います」
「…そうか。ありがとう。近い内に必ず伺おう」
いつになく静かに笑った煉獄は、俺の言葉に心底嬉しそうな顔をしてくれた。
「先代炎柱に挨拶するっていうんなら、こっちの師匠にも報告に来るって思っていいのかァ?」
「ああ、もちろん。古風殿のところにも行くつもりだ」
「ん。このあと寄る予定だから、ついでに伝えておく」
「助かる、ありがとう」
お猪口を片手に満足気な顔をする不死川は、普段の様子とはかけ離れてどこか幼気だ。少し酔ってきているのだろう。そろそろやめておかないと任務に響くな。…まあ、非戦闘員を除いて酒を入れた奴はこのあと漏れなく蝶屋敷印の酔い覚ましを飲まされるんだが。
輝かんばかりの笑顔と「結婚祝いです!」と言っていた胡蝶を思い出す。あれほど彼女の笑顔を恐ろしいと感じたことはない。だって、その酔い覚ましの実験台となった蝶屋敷付きの隠を俺は知っている。しこたま酔ったあとに服用した結果、白だか青だか土気色だか、とにかくよくわからない顔色になりながら四半刻ほど眠りにつき──あれはもはや気絶だと思う──目が覚めたときには完全に素面に戻っていたという、効果覿面がすぎると言っても過言ではない代物が出来上がっていたのだ。な?怖いだろ?
渡されたのは改良版らしいから気絶することはないと信じたいが、果たしてどうだろうか。
このあとそれを飲む事実に寒気を感じながら、見て見ぬ振りをして手元の酒器を煽る。俺は三献の儀で既に酒を入れたからな。どうせ酔い覚ましを飲むならとことん呑んでからにしようと最初から決めていた。
ちなみに他の奴らは酔い覚ましの存在をそもそも知らないから遠慮なく呑んでいる。わざと言わなかったわけじゃない。祝いの席で水を差したくなかっただけだ。死なば諸共だなんてそんなそんな、思っているわけがないだろう。
「そういやあおいさん。あっちの方はどうなんだ?」
酒にも薬にも耐性がついているからどちらも効きが悪いのに強制的に飲まされる未来が決まっている哀れな天元が、そういえばと声をかけてきた。
「あっち?」
「今夜は初夜だろ」
にやにやとしながら声を潜めて呟いた可愛い元継子に、俺はにっこりと笑みを返したのだった。
✽✽✽✽✽
あおい様との祝言は和やかな雰囲気の中、恙無く進んでいった。
色々なことへの緊張は、お義母さまとのやり取りと、あと何よりも広間に入ってすぐにあおい様と目が合ったことですっと消えていったのだから、私もなかなか単純なのだと思う。でもあおい様のあの、目が合ったことが心底嬉しいというような表情を見てしまったら、嬉しいとか幸せ以外の感情が吹き飛んでも仕方がないと思うのだ。
三婚の義を済ませ、沢山の方からお祝いの言葉を贈られる。お館様である耀哉様とその奥様でありあおい様の妹君でもあるあまね様とも、短い時間ではあったけれどお話しすることができた。
「近い内に屋敷に遊びにおいで」
帰る間際にかけられた言葉に、あおい様と揃って頷いた。今日は会えなかったけれど五つ子ちゃんたちにもご挨拶がしたいし、あまね様とも仲良くできればと思う。
「ぅ、うう…鯉夏ちゃん綺麗ですぅ」
「ありがとう、須磨ちゃん。でもそろそろ泣きやんで?かわいいお目目がとけちゃうわ」
「うわぁんっ、やさしいぃ…!こんなに可愛くて綺麗で優しいお嫁さん貰うなんて、一宮さんずるいですぅ…!」
でも一宮さんくらいの優良物件じゃないと鯉夏ちゃんとは釣り合わないし…!
そんなことを言いながら尚もぽろぽろと涙を零すのは、ときと屋で仲良くなった須磨ちゃんだ。無事だとは聞いていたけれど、またこうして元気な姿を見られて本当によかった。
「須磨!いい加減泣き止みな!」
「そうよ。お祝いの席なんだから笑顔でいましょうよ」
私と同じように須磨ちゃんを宥めるのはまきをさんと雛鶴さん。二人とも須磨ちゃんと同じように吉原に潜入して情報収集にあたっていたらしい。隊員ではないけれど関係者──音柱様のお嫁さんなのだとか。お妾さんとかそういうのではなく対等な関係なのだと聞いたときは正直驚いたけれど、音柱様も交えてご挨拶させてもらったときに理解した。色恋ももちろんあるのだろうけれど、彼女たちを表現するなら"夫婦"よりも"家族"の方が私はしっくりくる。
「私たちもご一緒していいですか?」
そんな声がかけられたのは、須磨ちゃんがやっと泣き止んで私の大好きな笑顔を見せてくれたときだった。
「蟲柱様」
「もし良ければ、私のことは"しのぶ"と呼んでください」
「私も!"蜜璃"って呼んでくれたら嬉しいわ」
「私のことも気軽に"真菰"って呼んでください」
「では、遠慮なく。しのぶさん、蜜璃さん、真菰さん」
にこにこと可愛らしい笑顔で話しかけてくる三人に、私も嬉しくなって笑顔で返す。数少ない女性隊士だとあおい様から紹介された彼女たちとは是非とも仲良くしたいところだ。お友達になれたらいいなぁと期待を滲ませつつ、会話に花を咲かせていく。
「鯉夏さん。環境が変わってお疲れではないですか?些細なことでも構わないので、なにかありましたら遠慮せず蝶屋敷に来てくださいね」
「しのぶちゃんはお医者様でもあるの。私もよくお邪魔してるんだけど、お薬もよく効くのよ。肌荒れとかもすぐに治っちゃう!」
「傷跡もなるべく目立たないようにしてくれるし、本当に蝶屋敷の人たちには助かってます」
「私たちもよくお世話になってるんですよ」
「そうなんですね。ご迷惑でなければ是非頼りにさせてください」
鬼殺隊員でない私がお世話になってもいいのか心配したけど、雛鶴さんたちも大きく頷いているからいいのだろう。何よりしのぶさんが嫌がっていないことは表情や雰囲気でも十分伝わってくる。
「そういえば、鯉夏さん」
「はい」
「あの夜、ちゃんと眠れましたか?」
真菰さんが心配そうに聞いてきた内容に一瞬きょとんとしてしまったが、すぐになんのことか分かった。あの夜とはつまり、私が初めて鬼という存在を知った日のことだろう。
「ええ。あおい様が側にいてくださったので、とてもよく眠れました」
そう伝えれば、ほっと息を吐いた真菰さんが「よかったぁ」と破顔した。
「事後処理の途中で同性の方が安心できたかなって思ったんですけど、でも一宮さんが送っていってたし初対面の私よりも安心できるかなって思い至って…」
「ふふ、心配してくれてありがとうございます。私も気づいたら寝てしまっていて、結局朝までぐっすりだったんですよ」
「私たちも後から聞いたけれど、いきなり部屋に上弦の鬼が現れたんでしょう?頑張ったわね、鯉夏さん…!」
膝に置いていた私の両手を掬い上げるように握った蜜璃さんに、なんだか少し照れてしまった。
「事前に大まかな説明もありましたし…。それに本当にびっくりしただけだったんです。今思い返してみてもそこまで怖さは感じていなくって」
あの夜のことは数日経った今でも鮮明に思い出すことができる。
じわじわと迫ってくる狂気と威圧感も、こちらに伸ばされる無数の帯も、真っ赤な口から発せられる苛烈で残虐な言葉の数々も、すべて。
その瞬間は確かに恐ろしかった。吉原という狭い世界で生きてきた私にとって、"鬼"というものは未知の存在であったから。
けれど。
「あおい様が来てくださると、わかっていたので」
鬼が来てすぐのことだった。
私を守るように腰に回された力強い腕に、安心させてくれる体温。私の僅かな怯えも見逃すことなく、宥めるようにかけてくれた言葉の数々。夜闇の中、僅かな光源を反射する綺麗な刀に、それを手に身を翻すあおい様のお姿。
全部全部、私の脳裏に焼き付いて離れない。それこそ、私の中から当時の恐怖心が綺麗さっぱりなくなる程度には。
「きゃー!素敵だわ!」
私が話し終えてから一拍置いて、蜜璃さんが黄色い悲鳴を上げた。赤く染まった頬を両手で抑えて、一目で興奮しているのがわかる。
「鯉夏さん、本当に一宮さんのことを信頼しているのね、素敵!」
「み、蜜璃さん…?」
「それに一宮さんのことを話しているときの鯉夏さんの顔!もう"恋してます"って書いてあるもの!きゅんきゅんしちゃう!」
「蜜璃さん…!」
確かにお慕いしていますけども!そうはっきり言われるととても恥ずかしいわ…!
意味もなく手を上下に動かす。顔が熱い。他の方たちから向けられる視線も生暖かいというか、微笑ましそうというか、とにかくなんだかそわそわする。
「あの一宮さんが結婚すると聞いたときは何かの間違いかと思いましたが…なんだか理由が分かってしまいましたね」
「ですねぇ。あ〜、私も恋したいなぁ」
「鯉夏ちゃん、落ち着いたらちゃんと女子会しましょう!お泊りで!」
「素敵!私も参加したいわ!」
「もちろんです!是非!」
きゃあきゃあと色めきだった声が四方からあがるのがなんだか恥ずかしくて。それでも私の表情はずっと締まりなく緩んでいた。
「ちょっ、あお、あおいさん!!冗談だって!!」
いきなり上がった大声に何事かと全員の視線がそちらに向く。ちょうど会話が途切れたときだったから、余計にその騒ぎは耳に入ってきた。
「俺を揶揄うなんて随分偉くなったな、天元。どれ、久しぶりに稽古でもつけてやろうか」
「いやそんな祝言で、ぐえっ」
「いいから。ほら行くぞ」
有無を言わさぬ様子で音柱様を引き摺っていったのは言わずもがなあおい様で。その光景に呆気に取られてついそのまま見送ってしまった。
だって、音柱様はあんなに筋肉盛り盛りなのに。背丈だってあおい様より少し高かったはず。それなのにいとも容易く引き摺っていくだなんて。凄いわ。
「天元様…」
「一宮さんに挑むなんて、命知らずにも程があります」
「こればっかりは須磨に同意だわ」
ご主人が首根っこを掴まれていったのに慌てる様子もなく、むしろ「あーあ」と言いたげな雛鶴さんと須磨ちゃんとまきをさんはどこか慣れた様子だ。
「まったく…何をやらかしたんだか」
「ふふ、いつも仲良しでいいわね。きゅんきゅんしちゃうわ」
「確かに。あのお二方って独特の信頼関係がありますよね」
しのぶさんは呆れたような表情しているが、蜜璃さんと真菰さんはなんだか楽しそうだ。よく見れば周りの事情を知っているだろう方たちも同じような表情をしていた。
挨拶のときに"師匠と弟子の関係"だと言っていたから、昔から変わらぬ関係なのだろうと一人納得したところで──。
「雉も鳴かずば撃たれまいに」
ぽつりと呟かれた水柱様の言葉に、その場がどっと笑い声で溢れたのだった。
✽✽✽✽✽
天元を引き摺りながら広間を後にしたものの、筋肉達磨なだけあって流石に重い。故に早々に手を離し、自分で歩いてもらうことにした。
広間の騒ぎが遠くに聞こえる中、廊下には二人分の足音が響く。といっても天元は元忍だ。その足音はひどく小さいから、響いているのは俺の足音と言っていい。
不意に、天元が継子だった頃のことを思い出した。この屋敷に住むようになって暫く経ってからも天元は俺の後ろを付いて歩いていたが、あれが俺に対する警戒の現れなのか忍時代の癖なのか、はたまた別の理由からなのかは今になっても判断はつかない。とはいえ、最終的には隣どころか俺を先導して歩くようになったし、なんなら俺の肩に腕を置くようにまでなったのだから理由はあまり気にしていなかったりする。
そんな天元と師弟関係を結んで早7年。もうそんなに経つのかと、なんだか感慨深い。本当によく、大きな怪我もなくここまで育って──生き残ってくれた。
「あおいさん、本当に道場に向かうのか?」
「んー…」
困惑したような声が背後から聞こえるが、考え事をしていたからか随分と気のない返事になってしまった。そんな俺の様子に答える気がないと判断したのだろう。天元はそれ以降何も言うことなく静かに後ろを歩いている。
廊下を抜け、私室の前にある縁側から庭に出てさらに歩みを進める。向かう先は道場──ではなく、俺の柱就任時に耀哉から贈られた藤棚だ。本来の時期でないにも関わらず、見事な花を咲かせる藤からは甘やかな匂いが香ってくる。
「先程の問いだが…稽古というのはただの建前だよ」
藤の花を見上げたままそう告げれば、天元は無言のまま俺の隣に並び同じように藤の花に視線をやった。
「お前が望むならつけてやってもいいが」
「派手に遠慮するぜ」
「だろうな」
食い気味に返された言葉に思わず笑う。そんなに拒否しなくてもいいのに、顔を見上げれば心底嫌そうにしているから更に面白い。
継子時代にも何度か見た表情だなと、また懐かしい記憶が刺激された。
「あおいさん」
「ん?」
いつもより硬い声に、張り詰めた空気。緊張しているなとすぐにわかった。
隣を見上げ、真剣な表情をした天元と目を合わせながら目元と口元をゆるりと緩める。
「どうした、天元」
穏やかな声を意識して応えれば、僅かな沈黙のあとに「はあぁ…」と大きく息を吐かれた。
「あおいさん…地味に気づいてるな?」
「さあ、なんのことやら」
不貞腐れたような天元の表情はどこか幼くて、なんだか笑いが込み上げてくる。その衝動を隠すことなく表に出しながら「それで?話があるんだろう」と先を促せば、気持ちを切り替えるためにか一度大きく呼吸をしてから天元は口を開いた。
「引退することにした」
そう宣言する天元は、先程とは打って変わってどこか吹っ切れたような顔をしている。…うん。さっきの硬い表情よりずっといい。いつもの見慣れた、俺の可愛い元継子の顔だ。
「うん──うん、そうか」
意識しなくても自然と顔が綻ぶのがわかる。自分でも驚くくらい、俺の心は穏やかだった。
思うところがないわけではない。
むしろ初めての継子だったから他の隊士よりも気にかけていた自覚はあるし、言いようのない寂しさや優秀な隊士を手放すことを惜しむ気持ちもある。
けれどそれ以上に、安堵のほうが強かった。元忍の天元が
「おつかれ、天元」
「おう」
さわさわと藤の花が風に揺られる中、ふ、と天元が小さく笑ったのが見えた。どうかしたかと首を傾げれば、「いや」と目を細めながら答えてくれる。
「予想通りだったなと思って」
「うん?」
「あおいさんなら、何も言わずに"おつかれ"って言ってくれるんだろうと思ってたんだ」
他の連中だったら「なんでどうして」って絶対に聞いてくるぞ。
そう言ってからりと笑った天元の表情は晴れやかで。つい、思っていたことが口をついて出てきてしまった。
「お前は俺の初めての継子だ。教えること自体初めてだったから色々と手際も悪かったし不便に思うことも多かっただろう。それでもお前は立派な鬼殺隊士に、柱になってくれた。──胸を張れ、天元。お前は俺の誇りだよ」
途端、ぐっと眉間に皺を寄せた天元が唸るような声を出す。赤い瞳が揺らぎ、誤魔化すように目を瞑るのを黙って見つめた。
「ここでそういうこと言うのは反則だろ…」
「ははっ、悪いな。俺も言うつもりはなかったんだが、つい」
「くっそ…」
小さく悪態をついてから閉じていた瞼を開けて俺を見下ろす天元の目元は少し赤い。が、流石にそれを指摘するつもりはないので見なかったことにした。
真剣な表情で俺をじっと見下ろす天元にならい、俺も視線を返す。
「俺は隊士を引退するけど、何かあったら遠慮なく言ってくれ。俺も俺の嫁たちも協力は惜しまない」
「ああ、ありがとう」
本当は、「引退したんだから気にするな」と言うべきなのだろうが、鬼殺隊は万年人手不足だからな…。天元からの申し出は正直ありがたい。
素直に礼をいう俺にひとつ頷いて、天元は姿勢を正す。そのまま静かな動作で頭を下げられた。腰から折られた、綺麗な礼だ。
「──今まで、本当に世話になりました」
その姿と言葉に俺の目頭が熱くなったのは、きっとただの気のせいだろう。
・ついにお嫁さんをもらった人(27)
鬼に対する恐怖心がほとんど残っていない鯉夏の様子に、肝が据わっているなと改めて思った。
生家からの贈り物に関しては本当に驚いたし、こんなに親不孝でいるのに"息子"として扱ってくれることがとても嬉しい。お礼の手紙を書こうかとも思ったけれど、一度立てた誓いを反故にするのは違うと思い直し直接やり取りはしないことにした。要所要所で大量に撮られた写真の一部がどこに行くのかは察している。料金は全額払うつもりが受け取ってもらえなかったので無理矢理半額支払った。
天元がなにか話したそうに様子を伺っていたのはわかっていた。内容も「もしかして?」くらいには見当がついていたからそんなに驚いてはない。沢山考えて、悩んだ末に選んだ選択だと分かっているから非難するつもりも問い質すつもりもない。贈るのは心からの労りのみ。
柱全員からの結婚祝いとして少し長めの休暇をもらった。
・ついにお嫁さんになれた人(19)
色んな人からお祝いの言葉をかけられた。オリ主の周囲の人間に受け入れられていることがとても嬉しい。
年の近い女性陣(しのぶ、蜜璃、真菰)とはすぐにお互いちゃん付けで呼び合うようになるし、元々不定期で開催されていた女子会にも参加することになる。場所は蝶屋敷だったり音屋敷だったり空屋敷だったり。産屋敷邸で開催されることもあるかも。
鬼への恐怖心よりオリ主へのトキメキが勝ったため、特にトラウマとかはない。
・お師匠のことを実はサトリかなんかじゃないかと疑い始めた元継子(23)
そんなに顔に出てたか…?と自分の顔をペタペタ触ってオリ主に笑われた。お師匠はサトリではなくてただ勘がいいだけの人間です。
オリ主がこのあと暫く休暇に入るので、それが終わり次第引退することにしてる。
話し終わって広間に戻ったらにっこにこ笑顔の毒使いの同僚にお薬(音柱用)を渡されぶっ倒れる未来が待ってる。
・宴会で酒を入れた面々(非戦闘員除く)
気持ちよく酔ったあとに蝶屋敷印のお薬を服用し、穏やかな流れの川と綺麗な花畑が広がる場所に立つ夢を見る未来が待っている。つまり死にかけた。
ーーーーーーーーーー
以下補足&あとがき
いつものことながら大変お待たせいたしました!祝言編でございます!今回も例に違わず難産でした…。
身請けにあたって、あおいに大門まで迎えに行かせるのか、それとも近くの藤の花の家紋の家で合流してそこから人力車なり馬車なりで移動するのか。迎えに行った場合花魁道中はするのか。などなど、とっても迷いに迷って書いたシーンになります。
その結果なぜか鯉夏目線になったのは本当に謎です。おかしいな。あおい視点だけの予定だったんだけどな。
まあでも、書いてみたらこっちのほうが自然だったので結果オーライとそのまま突き進むことにしました。よくあることです。
それはそれとして、"鯉夏"って明らかに源氏名なんだけど、本名わからないし別で名前を付けようものならそれこそ本当に貴女だれ?状態になってしまうので、本シリーズではこのまま"鯉夏"で通させていただきます。悪しからず。
さて、今回身請けの話を書くにあたって当時の遊女(花魁)の社会的地位についてネットで軽く調べてみたんですけど、文明開化を境に大きく変化があったようですね。というより、女性そのものの社会的地位に変化があって、それが遊女たちにも影響していったというべきでしょうか。
まあ、私は専門家ではないし、ここは二次創作を楽しむ場なので深く掘り下げるつもりはないのですが。
とにかく、かつては教養があり芸事にも優れ流行の先端を担っていた花魁は、文明開化とともに外から入ってきた価値観その他諸々の影響で、エリートであったとしても哀れみや蔑みの対象となっていった、らしいです。
だからせめてこのシリーズの中では、たくさん苦労してきたであろう鯉夏花魁には優しい人たちに囲まれて平凡な幸せを手にしてほしいなと、そういう願いのもと話を進めてみました。
題材が題材なだけに流石に想像だけでは書けないとネットで調べまくったくせに、結局うまく書けなくてぼかしまくるという暴挙に出たのは私です。せっかくブライダル関係のサイトや某動画配信サイトで祝言についてとか花嫁衣装の着付けとか諸々調べたのに…楽しかったからいいんだけど…。
そしてこのままあおいと鯉夏の話だけで終わるはずが、気づけばぬるっと天元が出張ってきたっていうね。書きながら困惑していた作者です。
でもこう、なんていうの?×までいかない+の関係。決して恋愛感情は抱かないけどお互いのことわかってて、「あいつならこう動くしこう言う」って予測できるだけの信頼関係が築けてる、そんな関係が私は好きです(いきなりの告白)。書けてるかはわからないけど!書けてたら、いいな…!
さて、次は新婚旅行もどき〜刀鍛冶の里編かなぁと思ってはいますが、いつものごとく予定は未定です。
ここまで付き合ってくださっている奇特な皆様、どうか気長にお待ちくださいませ。
ではでは!
長々とお付き合いくださりありがとうございました。また近い内にお会いできればと思います。