少しでも望む未来へ   作:ノラン

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スバルの言葉が少ないのは敢えてです。近いうちに爆発させます。今はそのためのチャージ時間。

このお話で、準備が整います。
次回から二週目も佳境。





しんじゃえ

 

 

パックは基本、感情の起伏が他よりも少なく普段から飄々として、いかなる状況においても、目に映る光景を達観して捉えがちだ。

 

目の前で起こった事に対して私情の介入が少ない、と表現してもいい。彼が心を乱すことなど滅多に起こらず、感情に一直線とは程遠い存在と言える。

 

薄情であると言いたいのではない。彼の中には揺らがぬ優先順位があって、その頂点に置かれた存在が害されない限り、感情の荒波が立たないというだけの話。

 

 ——だからこそ、ロズワールの背筋は戦慄に凍りついていた。

 

 

「終焉の獣……」

 

 

口にしてから気づき、ロズワールは色白な頰を強く固め、右手の指先が魔法を構えようと無意識に動く。その頃には既に、その名がつけられた存在によって空間が支配されていた。

 

空間に満ちる空気が瞬きの間に冷え切り、突き刺さるような痛みが全身に襲いかかる。吸い込むだけで体の芯から震え上がる冷気が空間全体に充満し、床に広がる血の海が音を鳴らして凍りつく。

 

それは敵味方関係のない無差別攻撃、耐性があるのは相対したことのあるロズワールくらいだ。

 

 

「ーーーー」

 

 

気を鎮めろ、とは口にしなかった。その言葉すら、今のロズワールの頭には思い浮かんでいなかった。

 

扉があった場所、部屋の入り口に立つロズワール、その視界に広がる光景——手前、足元に死したテンと、彼を抱いて泣き崩れるエミリア、彼女を見つめるパック。

 

その奥にレムとラムがいて、彼女らの数歩先にハヤトとベアトリスの姿。そして二人に庇われたスバル。

 

全てを見渡せる場所に、ロズワールはいる。

ただ一人、状況を俯瞰して見れる場所にいる。

 

庇う背に隠れ、不安に表情を強張らせるスバル。

覚悟と決意に溢れた目のベアトリス。

変に思えるくらい平然に見えるハヤト。

 

彼らと対峙するレムとラムの後ろ姿からは濃密な殺意しか伝わってこず、ラムに至っては別の存在の気配すら感じる。

 

抱いた体を身に寄せるエミリアには、テンが死んだ事実以外が頭にないのだろう。啜り泣き続けていた。パックは説明するまでもない。

 

そして——なにも言わないテン。

 

これら全ての情報が視界に展開されておきながら、気を鎮める選択肢なんて、あるはずがない。例えこちらに影響があろうとも、パックの怒りを止めることはできないのだ。

 

ただ、様々な意味合いで粒揃いのエミリア陣営と言うべきか。この状況下に晒されながら、予兆無き終焉の獣の殺意を浴び、動揺する者は一人としていなかった。

 

あるいは、単純に気にする余裕がないだけかもしれない———と。妙に現状を達観してしまい、ロズワールは心の中で嘲笑した。

 

 

「……これほど怒りに昂るのは、本当にいつぶりだろうか」

 

 

皆が目先の事で精一杯の中、自分だけが冷静に物事を捉えている。そのことに不思議と僅かな苛立ちを覚えたロズワールが、低い声を発しながら口を開く。

 

生じた苛立ちに声色はささくれ立ち、明確な怒気を孕んでいた。俯き、テンを見下ろす表情が陰り、道化で取り繕われたモノの一端が、こぼれ出て。

 

怒っているに、決まっている。

怒っていない、わけがないだろう。

 

怒りの表現方法は千差万別。激烈に爆発させる者もいれば、静かに爆発させる者もいる。

 

冷静に、非情に、怒っているのだ。怒っている、だなんて言葉では足りないくらいに。

 

約半年とはいえど、その短期間で積み重ねられるものではない関係性を築き上げた教え子が、無惨な姿で殺されているのだから。

 

 

「ハヤト君やテン君と過ごしていると、懐かしい感情を抱くことが多い。おかげで毎日飽きない生活を送っていたが、それがこうして裏目に出るとは思わなかった」

 

 

出入り口に立っていたロズワールが、言いながら動く。緩慢な動き、自分が動いていることを場の全員に見せつけるように、声を出して注目を集めながら。

 

そうして行き着いたのは、壁にぽっかりと空いた大穴の手前だった。隣の部屋と開通しているそれは、ベアトリスが部屋に駆けつけた際に開けられたものだ。

 

扉渡りで隣の部屋に飛んできたとき、最短でハヤトの下に行くため、壁を破壊する荒突撃によって生まれた大穴——窓でも、出入り口でもない、ハヤトとベアトリスの意識になかった第三の脱出口。

 

 

 ーーやっべ、塞がれた

 

 ーー塞がれたかしら

 

 

ロズワールに封じられてから気付き、二人が同時に同じことを思う。正真正銘、八方塞がりに立たされた彼らをロズワールはじっと見つめ、

 

 

「世界に二人しかいない教え子の言葉を信じた結果、皮肉にも、もう一人の教え子が殺されるとはねぇ。どうやらテン君は死神に呪われているらしい。あの戦いで辛うじて生き延び、時間をかけて回復したかと思えば、すぐにこれか」

 

 

ゆるゆると首を横に振り、教え子の身に起きた災厄に嘆息。悲惨すぎて目も当てられないと語る右手が額に当てられ、歪む表情を隠した。

 

それからロズワールは「そして」と前置きしてから額に当てた手をハヤトに向け、人差し指を一直線に伸ばし、

 

 

「その死神を彼の下に連れてきたのが、彼の親友であるハヤト君、と。……本当に、本当に皮肉な話だよ。このような形で君たち二人が別たれるだなんて」

 

 

主たる要因だと告げるロズワールのオッドアイに睨まれ、ハヤトは言葉が出ない。向けられた人差し指から目を逸らすことができず、沸騰する想いに耐えるため静かに拳を握りしめた。

 

常に感情の一切を読ませない双眸の奥に、殺意の炎が燃えたぎっているのが分かる。人間味の欠片もない男の表情に、メイクでは到底隠しきれない量の怒りが宿っているのが分かる。

 

その双眸で、その表情で、ロズワールはハヤトを鋭く睨みつけ、

 

 

「前々から君は随分とその客人に肩入れしているようだが、この期に及んでまだ肩入れするつもりかい? 我々と対峙することになろうとも、その意志を変えるつもりはないと」

 

「ねぇよ。変えるわけねぇ」

 

 

最悪で最低の構図が着々と完成しつつあり、ど真ん中に立たされるハヤト。物言わぬ彼の心に呼びかけるようにロズワールは問うが、ハヤトから返されたのは力強い即答だった。

 

それだけは絶対に揺らがない、揺らいではならないもの。スバルを守る、その一心で折れかける心を何度も何度も立て直し、ハヤトは絶望的な現実と対峙し続ける。

 

大前提を否定してしまえば簡単に折れることを、察している。誰がなんと言おうが、自分だけはそれを捨てるわけにはいかなかった。

 

 

「親友を殺した女を庇ってまでかい。君にとって唯一の親友をこの世から消した存在を、辛い思いをしてまで庇う必要がどこにある」

 

「スバルはテンを殺しちゃいねぇ。だから庇う。そんだけだ」

 

「その説明には無理がある。おそらく、いや、絶対に。そう思えるのは君一人だろう。我々は君がなにを言おうが、そこの客人がテン君を殺したと疑って()まない」

 

 

一貫して庇う理由を変えないハヤトの強情な態度に両腕を広げ、ロズワールは顔ぶれを示す。示されたとて、ハヤトはわざわざ彼らの様子を確認することはしなかった。

 

確認したところで、現状を再認識するだけだ。レムとラム、パックとロズワールに敵意を向けられているという、最悪で最低一歩手前な構図の。

 

彼らは等しく、スバルがテンを殺した犯人だと断定しているのだろうとハヤトは思う。しかし、それはあまりにもひどい話ではないか。だって、

 

 

「そんな証拠どこにもねぇだろ。証拠がねぇくせに罪のない人を殺すのか?」

 

「証拠云々の話に重きを置ける事態ではないことくらい、君も理解しているはずだ。我々はその客人に初めから不信感を抱いている、もはやその時点で話し合いの余地は無い」

 

「疑わしきは罰せよ。証拠など不必要です。レムの恋人を殺したのですから」

 

 

真っ当な正論を理不尽な暴論で跳ね返すロズワールに続き、レムの追撃が横から重ねられる。覚悟を固めた彼女の声色からは温かみが消え失せ、言葉には思いやりがない。

 

それは初めて見るレム——原作二章でスバルを拷問したときのレムに、そっくりだった。

 

原作と状況が全く同じだ。呪術にレムが殺されてスバルが疑われたように、魔女にテンが殺されて疑われている。

 

証拠の有無など関係ない。殺した疑いがあるのならば殺す。これほど殺意の矛先がスバルに定められてしまったとなれば、この理不尽を覆すのは無理に等しい。

 

同じ空間にいたハヤトが疑われていないのは、偏に彼らとの信頼関係があるから。ハヤトはテンを殺すわけがない前提があるから、信頼度がゼロを下回るスバルが真っ先に咎められているのだろう。

 

分かってはいた。

分かってはいたはずだ。

分かった上でどうにかする、はずだった。

 

スバルはエミリア陣営に受け入れられていない。謂わば招かれざる客。これは、そんな彼女を無理やり招いたことの代償。

 

だとしても、スバルが殺される理由にしていいはずがない。証拠も無しに人が罰せられるなんて理不尽、ハヤトは認めるわけにはいかない。

 

 

「証拠は不必要、か。狂ってんぞ、お前ら」

 

「こう言っちゃアレだけど、ボクからしたらハヤトの方が狂ってると思うよ。その子を庇う君は、君を知る者からすれば違和感そのものじゃない?」

 

 

狂っていると、言葉の刃物を貫通させるパックにレムとラム、ロズワールまでもが躊躇なく無言で首肯。

 

こちらを見る彼らの目が自分ではない誰かを見ているような気がして、目を見開き、ハヤトは反射的にベアトリスを見た。なぜ見たのかは、自分でも分からない。

 

不安を限界まで押し込めた顔を向けられ、大気を伝って伝播したそれに下唇を噛み締めるベアトリス。彼女は心に浮上した言葉を掻き消し、彼に寄り添えるような、そんな言葉をかけようと、

 

 

「ハヤ……」

 

「まさか、その客人に惚れ込みでもしたか? ああ、それこそ皮肉な話だーぁね。やはりいつの時代も、いつの世も、恋情とは人間の心を惑わせ、狂わせるもの、ってーぇことかい。実におもしろい」

 

「ーー!! ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」

 

「ふざけているのは君の方だろうッ!!」

 

 

 ——激発は、突然だった。

 

手を叩き、戯けた口調で煽るロズワールに憤慨し、喉元まで込み上げた感情の一部を吐き出してしまったハヤト。彼は怒号の上から桁違いの怒号を重ねられ、押し黙らされた。

 

握り拳を壁に叩きつけ、感情を露わにするロズワール。ついさっきラムと同類の問答をしたにも関わらず、それより色濃く反応を示したハヤトに、彼は殴るように畳み掛ける。

 

 

「私の知る君ならば、この状況において最も平常心を保っていられるはずがない。この世界で唯一と言える親友(存在)を失った君は心に深い傷を負い、嘆き悲しむに決まっている」

 

 

「違うかい?」と。

 

牙を剥いた熊のように獰猛な目つきで睨んでくるハヤトに早口で捲し立て、小首を傾げながらロズワールはエミリア陣営共通の『カンザキ・ハヤト』を語る。

 

間違っていない。『カンザキ・ハヤト』は身内が呆れるほど感情に実直で、馬鹿馬鹿しいくらいに真っ直ぐで、死というものに対しての耐性が著しく乏しい人間。

 

その『カンザキ・ハヤト』の姿に、ハヤトは心の中で強く同意した。

 

テンが死んだんだ。普通でいられる方がおかしい。嘆いてもいるし、悲しんでもいる。今だって嘆き悲しんで、そうに決まって———。

 

 

「にも関わらず今の君はどうだろうか? それとは真逆だ」

 

 

 ——そう思っていた心が、投げかけられた発言に、ひび割れる。

 

耳を疑い、感情を言葉にする機能が停止したハヤト。彼に向かって、ロズワールが弾劾するように手を向けていた。

 

 

「こうして冷静に言葉を交わすことができる。私にはそれが、あり得ないことに思えて仕方がない。今の君が、君でない別の誰かじゃないのかと疑うほどにね。いや、この例えは過剰だったか」

 

 

 ーーなにを、言ってやがる

 

 

「優先すべきことが、今の君にはあるんじゃないのか。客人を庇うよりも先に、しなければならないことが、その目には映っていないのか。見えて、いないのか」

 

 

 ーーお前はいったい、なにを言ってる

 

 

「テン君……君の親友、ソラノ・テンが死んだんだ。どうして平然でいられる? 君自身や彼を慕う者たちに怒りを向けられ、どうしてそんな顔でいられる? 誰よりも情に厚い君が、どうして」

 

 

 ーーちがう、俺は、スバルを守ろうと

 

 

「テン君の死よりも、我々の想いよりも、その客人の方が君の中では優先されている。なんて言われたら、流石の私も本気で君の正気を疑いざるを得ないよ」

 

 

 ーーその気持ちに、蓋をしただけで

 

 

言葉に殴打されるのを、呆然としたまま、ハヤトは聞くことしかできなかった。力の抜けた拳から、握った短剣が落ちたことにも気付かず。

 

共通認識の『カンザキ・ハヤト』に対する不信感、レムやラム、絶対なる味方であるベアトリスも心に抱いたそれを初めて突きつけられ、理解を拒絶している。

 

親友の死、心を許した仲間たちとの敵対。その中で精神を抉る言葉の数々に耐えるため、ぐちゃぐちゃな感情を表に出さないよう、折れる心を死に物狂いで立て直し、我慢してきた。

 

テンの死亡に悲嘆したい気持ちも。

レムの絶叫に泣き出したくなる気持ちも。

ラムの涙に諦観したくなる気持ちも。

エミリアの憔悴に逃げ出したくなる気持ちも。

 

全部、押し込めて、閉じ込めて、我慢したんだ。

全て、スバルを守りたくて。

 

その努力が、周りの人間には、そんな風に見えているのか。

レムにも、ラムにも、エミリアにも、パックにも、ロズワールにも。——ベアトリスにも。

 

今の俺は、狂っているのか。

今の俺は、そんな、風に———。

 

 

「客人に妙な魔術でもかけられたかい? 私としてはそっちの方が嬉しいんだがね。君が異常なまでにその客人に固執する理由、それが魔術による洗脳ならば心置きなくその客人を始末できる。今すぐにでもその呪縛から解放しよう」

 

「この男は魔術になんてかけられてないのよ」

 

 

一歩、こちらに踏み出したロズワールに手を構え、ベアトリスが毅然とした態度で歩みを静止させる。

 

固まったハヤトを庇うように彼の前に仁王立ち、ロズワールを見上げ、

 

 

「冗談は顔と態度だけにするかしら、ロズワール。大体、この男が魔術にかけられていたらとっくに解呪してるのよ。ベティーがそんなこと許さないかしら」

 

「ほんと、ベアトリスはハヤト君だけには優しいね。ならば彼がなぜ平然としているのか、君はどう説明してくれる」

 

「前提から間違ってるかしら。お前たちはそこに倒れてる男の死でなにも見えていない。この男は……ハヤトはずっと」

 

「俺が」

 

 

ベアトリスだけが、最初から気づいていたハヤトの内心。平然という名のボロボロの仮面で取り繕っていた、裏の顔。崩壊寸前で耐えていたそれを口にする直前で、ハヤトの声が覆いかぶせられた。

 

地底から反響したような、恐ろしく低い唸り声。一瞬、ハヤトのものなのか疑う声音に、ベアトリスは声の方向に顔を向ける。

 

後方、俯くハヤトの体が、荒い呼吸に激しく上下していた。握りしめられた拳から血が滴り、小刻みに震えていた。頰を伝う雫が、顎の先から床に落ちかけていた。

 

それは、全て、ハヤトが我慢してきたもの———。

 

 

「俺が……」

 

 

べりべり、べりべり、なにか剥がれる音がする。

ぼろぼろ、ぼろぼろ、なにか崩壊する音がする。

 

ハヤトにしか聞こえない音、セロハンテープが剥がれるような、軽い音。

ハヤトにしか聞こえない音、心が崩壊するような、重い音。

 

 

「俺が……っ!」

 

 

剥がれそうになって、剥がれないようにして、崩壊を止める。また剥がれそうになって、また剥がれないようにして、また崩壊を止める。

 

同じテープを何度も貼り直すと粘着性が消えるように、少しずつ、少しずつ、セロハンテープは強度を失って、いずれは崩壊も止められなくなって。

 

 

「俺がーーッ!」

 

 

最後には、セロハンテープが、外れて。

 

 

「なにも思ってねぇわけねぇだろーーッ!!」

 

 

ついに、ハヤトの心は崩壊した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「コイツは、俺の、たった一人の親友なんだよ! 辛くねぇわけねぇだろうがッ!!」

 

 

耐え切れず、堪え切れず、爆発した灼熱の感情が、そのまま声となって吐き出される。許容量を遥かに超えて堰き止められていた膨大な想いが、理不尽な現実に叩きつけられようとしている。

 

親友の死に、仲間たちの悲痛な声に、感情のさざなみ一つ立たないと決めつけられたことが、引き金となり。

 

予兆なんて、いくらでもあった。

きっかけなんて、どれでもよかった。

 

地団駄を踏み、ハヤトはロズワールだけを睨みつける。一度でも吐き出してしまえば、出し切るまでは止まらないと分かっていても、

 

 

「この世界じゃ俺は、屋敷の人間(お前たち)やアーラム村の人間がいなけりゃ天涯孤独だ! 当たり前だ、別の世界から来たんだからな!」

 

 

深い眠りの最中に意味も分からずこの世界に飛ばされ、目が覚めたかと思えば一筋の光もない鬱蒼とした森に囲まれていた状態からのスタート。

 

文字通り、お先真っ暗から始まったのがハヤトだった。

 

物音ひとつ聞こえない世界で一人、混乱する心は孤独であることだけは無駄に理解して。底知れない恐怖と不安に襲われ、気が狂っても不思議じゃなかった。

 

 

「だけど、テンがいるから孤独じゃなかった! テンは俺にとって同じ世界から来た同郷、俺のことを一番に理解(わか)ってくれる唯一なんだ!」

 

 

 ソラノ・テン。

 

その存在がどれだけハヤトの精神的支柱となっているか、テンはきっと知らないだろう。知ったとしても「そんなことないよ」と謙遜し、「むしろ自分の方が助けられている」と言い返される。

 

「俺の方がお前に助けられている」と、ハヤトは自信を持って反論しよう。

 

逆だ、逆なんだ。テンがハヤトに救われているよりもずっと、ハヤトはテンに救われている。この世界に存在してること自体が、ハヤトにとっては奇跡みたいなものなのだ。

 

 

「前の世界じゃ四年以上の付き合いになる! もっと長く付き合ってきたヤツは他にもいたが、そいつらよりもずっと仲良くなったのがテンだ!」

 

 

ずっと前の記憶、テンと思い出話に花を咲かせると必ず登場する瞬間。二人のファーストコンタクト。

 

高校一年の春、入学したばかりの教室でクラス全員と仲良くなるべく、手始めに男子からさりげなく声を駆け回っていたとき、超塩対応のテンにイラッときたこと。

 

 

「なんだコイツは、って初めは思った! 俺と性格真逆で、こんなヤツもいるんだなって変に思ってた! けど話してみりゃ意外と分かり合えるヤツで、一緒にいて楽しいって思えるヤツだった!」

 

 

話していると無限に会話が終わらない友達ができたのは、初めてだった。胸を張って『一番の親友』だと言える友人ができて、純粋に嬉しかった。

 

そんな親友がいるから、辛くても立ち向かえた。

そんな親友がいるから、怖くても笑えた。

そんな親友がいるから、乗り越えられた。

 

 

「テンがいたから、俺はこの世界でも頑張ってこれたんだ! バカみてぇな話しして、げらげら笑い合って……それがあったから、不安なことがあっても笑って乗り切れたんだ!」

 

 

日常生活に溢れた何気ない会話こそが、ハヤトの心を癒す最大の治癒魔法。テンとはその何気ない会話を、息をするように交わすことができたから。

 

ハヤトから見たソラノ・テンとは、もはや親友を飛び越えて家族だ。レムとラムのような関係性と比喩しても決して過言ではない。

 

人間関係を示す言葉が全て当てはまる。唯一、当てはまらないのは恋人くらいだろう。

 

 

「そんな存在が死んで、俺が悲しんでねぇとでも本気で思ってんのか!? っざけんじゃねぇよ! 俺が一番悲しいに決まってんだろうがッ!! 俺以上に悲しいヤツなんざいねぇよ!」

 

 

何度経験しても、その度に再起不能にまで精神的に追い込まれる。二度と立ち上がれず、周りのことがどうでもよくなってしまうくらい。

 

それほどまでにソラノ・テンはハヤトにとって、かけがえのない存在になってしまった。彼が死んだ今、こうして立っているだけでも精一杯なのだ。

 

 

「その上からお前たちの言葉(それ)だ! 今にも自殺しちまいてぇくらいに辛ぇよ!」

 

 

感情という感情が溢れ出て止まらず、激流のような勢いで流れ出る怒号に釣られて、目端に浮かんだ大粒の涙が次から次へと頰を伝って滴り落ちていく。

 

酸欠でぐらつく意識を無視し、足りない酸素を補給しようとひどく喘ぎながらも、ハヤトは作られ続ける想いのありったけをぶつけた。

 

 

「だが! それでも! ここで踏ん張らなきゃ誰がスバルの無実を証明する!? 打ちのめされてる暇なんざねぇ!」

 

 

悲しみに打ちのめされようとも、例えそれに蓋をすることになろうとも、膝を折ることだけは絶対に許されない。なにがあろうとも、目を背けることは許さない。

 

これは、自分が始めた物語だ。

 

ナツキ・スバルを屋敷に連れ帰り、その居場所を作ってみせる——テンにすら否定された物語を強引に始め、その横暴さが招いた結果ならば、最後まで向き合わなければならない。

 

そう、心に言い聞かせ、ハヤトは何度でも主張した。

 

 

「スバルはテンを殺しちゃいねぇ! 俺はそれを知ってる! だから庇う! それ以上でもそれ以下でもねぇ!!」

 

「であれば誰がテン君を殺したと? 最もらしい言い訳があれば是非とも聞かせてもらおう。我々を納得させ、この場を収めてみたまえ」

 

「そりゃぁ……っ!」

 

 

癇癪を起こした子どものように、泣きながら同じ言葉を繰り返すハヤト。想いのまま言葉を尽くした彼にレムとラムの表情が悲痛に歪む横で、ロズワールが悠然と問いかける。

 

出るべき言葉は、続かない。あれほど饒舌に想いを連ねていたハヤトの口は、その問いかけで勢いを弱められてしまう。

 

それだけは言うことができなかった。テンが死んだ理由を口にすること、それはつまり禁忌に触れることを意味し、ペナルティーをこの身に受けることに直結する。

 

言ってしまいたい。ぶちまけてしまいたい。胸の中にあるものを吐き出して楽になりたい。

 

現実から目を逸らしたがる弱気な自分と一緒に、ハヤトはその弱音に蓋をして、

 

 

「違う、違う。違ぇんだ……よぉ。分かって、くれ」

 

 

真実を語れないハヤトには、その言葉を連呼するしか選択肢が与えられていなかった。敵意を持って向けられた四つの視線に顔を下に向け、根拠なくそれを否定する。

 

心が崩壊し、意気消沈と弱まる声色。ただ情に訴えかけるだけの説得には微塵の効力もなく、無常に時が過ぎていく。

 

感情一筋で動くハヤトだからこそ、相手は応えるように心を強く突き動かされる。しかし、それを受け入れられない状態になってしまえば、彼の言葉は二度と届かない。

 

 

「もういいわ。退()きなさい、ハヤト」

 

 

ぽたぽた垂れる涙でぼやける視界、上げた顔を腕で拭って世界の輪郭を正しく捉えたとき、ハヤトの目にこちらに杖を向けるラムの姿が映る。

 

肌に触れる空気よりも冷たい目をした彼女は、体に薄く風を纏い、

 

 

「ここから先の問答は無用よ、その女を殺す。不本意だけど、邪魔するならハヤトだとしても容赦しない」

 

「本当に俺と殺り合うのか?」

 

「殺しはしない。——ハヤトは」

 

 

言い、ラムの目が僅かに動き、視線がハヤトからずれる。直後、ハヤトの背中でスバルの息を飲む音が小さく弾けて、ハヤトには背中越しに彼女の身が固まるのが感覚的に分かった。

 

邪魔する人間はハヤトでも容赦しない。殺さずとも、それなりの傷を与える覚悟はできている。

 

ラムが纏う風にはそんな意志が宿っており、やるせない気持ちにハヤトはぎりっと歯を食いしばる。

 

 

「私からも願おう。そこを退きたまえ、ハヤト君。できることなら君とは戦いたくない。君もテン君と同じく私の可愛い教え子だ。無意味に傷つけたくはない」

 

 

戦闘開始の空気を発し始めたラムに便乗するように、ロズワールは彼女の言葉を継ぐ。途端、夥しい量のマナがロズワールの体から漏れ出し、全身を覆うように漂い出す。

 

それがなんの前動作であるか、ハヤトはよく知っている。模擬戦でテンと二人がかりで挑むとき、魔法を解禁したロズワールが規格外な魔法を放つ直前、今のようにマナが外に漏れ出すのだ。

 

彼もまたラムと同じく標的はスバル、この膨大なマナの力をハヤトにぶつけたいとは思っていない。その言葉に嘘偽りが無かったとしても、今ので噴き上がる魔力を鎮める道は断たれた。

 

 

「ごめんね、二人とも。ボクもこっち側につく。テンはエミリアにとって大切な人……死んじゃいけない人だったんだ。それに、本気で怒ってるのはボクも同じだから」

 

「にーちゃ……」

 

「悲しい顔しないで、ベティー。大丈夫。ボクが怒っているのはスバル(その子)だからさ。二人のことは絶対に傷つけないよ」

 

 

穏やかに、それでいて冷酷に、自分もスバルを殺すのだと宣言するパック。テンの胸に顔を埋めたまま動かないエミリアから離れ、ラムの横に浮遊する彼は、ベアトリスに柔らかく笑いかけている。

 

その笑み裏に隠れた悍ましい化け物の気配を、ベアトリスは察知していた。否、絶望したエミリアが啜り泣いた瞬間から、薄々だが感じ取っていた。

 

スバルを守る者と、スバルを殺す者、二つの感情が交わることはなく、平行線。ハヤトの味方になるのならば、ベアトリスはこの気配と対峙しなければならないことになる。

 

 それでも、

 

 

「ベティーの答えは変わらないのよ」

 

 

 もう、覚悟は決めた。

 

ふっと、ベアトリスの纏う空気感がこれまでのものとは別物に変化する。次の瞬間、息を潜めていた大精霊としての風格が幼女の体に宿り、周囲を漂うマナが猛烈に捻じ曲げられた。

 

己の身から放出するマナが触れるマナを歪に曲げ、空間そのものが湾曲しているようにも見える力の奔流。その中心に立つ彼女には、迷いなどない。

 

自分だけはハヤトの味方で在ろうと、揺るがない信念の下、ベアトリスは限りある魔力を全開放させた。殺意に引き出された本気の三者を相手に、真正面から衝突するのだと。

 

 

「そうか、やはりベアトリスはハヤト君の味方をするかい」

 

 

まるで、初めからそうであると分かっていたように話すロズワール。「ふぅ」とため息をつく彼は、「いいだろう」と、

 

 

「ベアトリスが敵対するのなら、私も相応の手を打たせてもらおう」

 

 

指が鳴らされ、呼応した魔法がロズワールの正面に六つの輝きとして現れる。皮膚を焼くほどの熱波を伴ったそれが、六属性に由来するものだと理解するのに時間はかからなかった。

 

火、水、地、風、陽、陰——各属性の力が込められた色とりどりの光球が浮かび上がり、ロズワールが片手の平を天井に翳すと、それらが吸い寄せられるように収束し、融合していく。

 

火、水、地、と順番に混ざり合っていき、風が融合した途端、光球は閃光を乱舞させながらその姿を純白の輝きへと変貌させる。次いで陽、陰が飛び込むと、虹色に煌めかせた。

 

六属性を使い熟し、人並外れて魔法に精通したロズワールだからこそ可能とする離れ業。見ているだけで眼球が焼かれる輝きにベアトリスは「ふんっ」と形のいい鼻を鳴らし、

 

 

「相変わらず、器用な真似かしら。他者よりも才能と血筋に恵まれて、その上で少し努力した。それだけでベティーとタメ張れると思ったら大間違えなのよ」

 

「君こそ、相変わらず手厳しいねぇ。もっとも、ハヤト君に似てきた口調以外ではなにも進歩のない、時間の止まった世界で過ごす君と、時を刻み続ける私との間にどれほどの差があるか、魔術師として興味はあるが」

 

 

挑発するロズワールが好戦的に笑みを見せ、その手の平の上で、六属性が束ねられ虹色の輝きを発する光球が、主人の突撃命令を今か今かと待っているように揺れ動く。

 

光球の数は一つだが、凝縮された魔法力は規格外と呼ぶに相応しい。アレが放たれた被害に見当はつかないが、少なくともこの部屋が吹き飛ぶことは容易に想像できる。

 

卓越した技量を見せつけたロズワール。彼の力を前にしたハヤトは悔しげに「ちっ」と舌打ちするが、ベアトリスは依然として冷静だ。それどころか余裕そうに「ふっ」と息をこぼし、

 

 

「ロズワール。お前は一つ、大きな勘違いをしてるかしら」

 

「勘違い?」

 

 

悠然と言い切るベアトリスに、ロズワールは頭の上に疑問符を生やす。

 

絶大なる破壊の力を宿された絶技。そんなものなど眼中にないとばかりに彼女は「そうかしら」と、不敵に口角を釣り上げた。

 

一瞬だけハヤトのことを横目にして、それから自信満々に腕を組み、ロズワールを見据えると、

 

 

「ベティーの時間が止まってると思っているなら、その舐めた認識を改めさせてやるのよ」

 

 

顎を突き出して挑発し返すと、瞠目し、息が詰まる仕草をロズワールは弱く見せる。呆気に取られたとも受け取れる反応に、ベアトリスは不信感を抱かされた。

 

本音を交えて挑発し返しただけなのだが、なにかがロズワールの心に触れたらしい。教え子の死に守りが緩んでいるのかもしれない。

 

などと適当なことを考えるベアトリスに、ロズワールは詰まった息を深々と吐き、

 

 

「君の時間は、既に動いていると」

 

「そうかしら」

 

 

曇りのない眼で即答され、ロズワールが「そうか」と呟く。真っ直ぐにベアトリスを見つめる彼は「ふっ」と笑みを溢し、

 

 

「それはよかった」

 

「ーーっ」

 

 

 ——それはよかった。

 

 

優しい声音で口にされた、その一言を聞いた瞬間、今度はベアトリスが瞠目させられた。返答に対してではない、ロズワールそのものに対してだ。

 

テンの死を悔やみ、彼を殺した女を恨み、殺してやると殺意一色のロズワール。その姿が、突如として全く異なる存在に見えた。

 

遠い記憶。見覚えのある青年の姿。藍色の長髪に長身の若い青年。

 

前にも一度、ここにいるロズワールの姿がその姿に見えたことがある。あのときは確か、テンとハヤトが死にかけて———。

 

 

「——姉様の言う通り、御託は結構です」

 

 

思い至ろうとした寸前で、ベアトリスの思考は遮られる。意識が逸れ、脳裏に過った青年の姿が消えてしまい、取り戻そうと目をロズワールに向けるも、そこに青年はいなかった。

 

気にしても仕方がない。さっと切り替えるベアトリスが警戒する正面、額を白光りさせるレムが、いつの間にか天井から鉄球を引き抜き、手元に戻した状態で構えている。

 

 

「我慢の限界です。一刻も早く、その女を始末しましょう。生き地獄を味合わせた上で、殺してさしあげます」

 

 

じゃらじゃらと鎖を鳴らし、スバルだけを見ながら、レムは獲物の持ち手を握りしめる。他の三人のようにどちら側につくか直接宣言せずとも、その言動で事足りた。

 

上限を超えて鬼の力を発揮するレム。

鬼神の覇気が身に宿るラム。

終焉の獣の気配を漂わせるパック。

六属性を束ねた虹の魔法を構えるロズワール。

 

この四者を、ハヤトとベアトリスはたった二人で、相手にする——はっきり言って絶望的だ。

 

けれどやるしかない。引けない状況なのだから。

 

 

「ーーーー」

 

 

役者が揃い、邪魔者が消えた中、不意に、スバルのみを捉えていたレムの目が、別のものを捉える。

 

振り返った彼女はテンを、そして、彼を宝物のように抱き抱えるエミリアを見た。

 

エミリアのテンを呼ぶ声が聞こえたような気がして、なんとなく振り返っただけだ。そして、その行為が自身の感情を再び爆発させるきっかけとなることを、レムは数秒後に身を以て知る。

 

 

「ーーーー」

 

 

血だらけで、瞼を重たく閉じたテンを、啜り泣きながら抱きしめるエミリア。レムにはその悲劇的な絵面が、過去の記憶と重なって見えていた。

 

今から約一ヶ月前、テンが死にかけた日。レムは月光に照らされた下で倒れる彼を、大泣きして抱き寄せたことがある。このまま死んでしまうのではないかと、不安でいっぱいになったことがある。

 

どうして、テンだけが苦しい思いをしなければならない。彼がなにをしたと言うのか。彼をこんな目に遭わせたのは誰だ。

 

 ——魔女だ。

 

テンを傷つけたのは魔女だ。同時に、レムが不幸に絶望するとき、そこにはいつも魔女教徒の姿がある。

 

いつも、必ず。

 

 

「どうして……なんですか?」

 

 

振り返りながら問いかけ、レムはスバルを見つめる。積年の怒りと行き場のない悲しみが込められたその声は、込み上げる涙に震えていた。

 

 

「どうして魔女教徒は、レムから大切なものを奪うんですか……?」

 

 

解消されることのない嫌悪感、ドス黒く煮え沸る憎悪、二つが混ざってどろどろに溶け合い、新たな怒りとなってふつふつと湧き上がる。

 

 

「レムの故郷を焼き」

 

 

ベアトリスに抑えられ、一度は形を潜めていた鬼が、その怒りに触発されて力を高めていく。

 

 

「レムの姉様からツノを奪い……!」

 

 

高められる限界を越えても尚、自分の怒りはこの程度では済まされないと暴走し、

 

 

「築き上げられたレムの日常を壊し!」

 

 

ある境界線を越えた瞬間、レムを形成する全てが鬼に支配され、

 

 

「挙げ句の果てにはレムの……、レムの生きる意味さえもレムから奪うのかーーッ!」

 

 

 鬼が、今一度、高らかに吠えた。

 

 

「やっぱり、あのとき殺しておくべきだったんですよッ!」

 

 

 レムの声が、轟く。

 

生きとし生ける者の全てに宿る真っ黒な感情を集約したような、憎悪に満ちた怒声。世界に遠く響き渡る、負感情に支配された慟哭。

 

爪が皮膚にめり込むほど強く拳を握り、獰猛に尖る青色の双眸から涙を流し、剥き出しの牙をぎりぎり食いしばるレム。

 

少し背中を押されるだけで簡単に取り乱すほど、今のレムは情緒不安定だ。その背中を鬼が思い切り押したとなれば、心は復讐を果たすまで止まらない。

 

 

「ハヤト君の優しさが! ハヤト君の甘さが!! この事態を招いたんです!!!」

 

 

叩きつけられる羅列は全部、ハヤトが自分たちに齎した不幸。

 

その優しさが、なにを招いたのか。

その甘さが、なにを引き起こしたのか。

 

全て知っておきながら、それでも自分の忠告を無視した果てに、取り返しのつかない未来になってしまったのだと、レムは叫んだ。

 

 

「レム、俺はただ——」

 

「うるさい!」

 

 

弁解の余地が取り上げられたハヤトの言葉を、それでも言い訳する傲慢さを、レムは聞く価値もないと一蹴した。

 

もういい、うんざりだ、なにも聞きたくない——そう言わんばかりに、首を横に振る。恋人に可愛く思われたくて整えた青髪が、ぼさぼさになることを気にも留めず。

 

テンの好きな髪型を聞き出してくれたのは、他でもないハヤトだった。たくさんのことを相談した、良き友人だった。

 

 それなのに、

 

 

「どうしてハヤト君はその女を庇うのですか! ハヤト君だってレムと同じはずです! その女はレムのテンくんを……ハヤト君の親友を……!」

 

「ちがっ……。だから、スバルは関係な——」

 

「関係ないわけないーーッ!」

 

 

話す権利などないと言うように、レムは弱々しく紡がれるハヤトの抵抗を弾き飛ばす。

 

なにを言っても、なにをしても、彼の言葉はなにも変わらない。だからこれは、無駄なことだ。姉の言う通り、自分も言った通り、言葉を交わすことは無意味だ。

 

 

「早く、そこをどいてください!」

 

 

前屈みになり、前方に飛び出す予備動作。モーニングスターを振り回す両腕に力を込め、レムは攻撃の準備を刹那で整える。

 

準ずる面々が、それを起点に一斉に動いて、

 

 

「その女を——」

 

 

暴風を纏うラムが杖を振り翳し、ハヤトが短剣を拾い上げて構える。

 

 

「魔女教の関係者を——」

 

 

ロズワールが虹の魔法に最大のマナを注ぎ込み、パックが揃えた拳の間に水色の光を灯し、ベアトリスが解放した魔力の塊を頭上に掲げた。

 

 

「レムから最愛の人を奪ったお前を、八つ裂きにしてやるーーッ!!」

 

 

ほぼ同時に戦闘準備が整えられ、歯止めの効かない鬼の力を爆発させたレムの突撃を火種に、『四 対 二』の戦いが遂に幕を開け———。

 

 

「——そう、なんだ」

 

 

 寸前。

 

不意に世界に反響した声に、場の全員が動きを中断する。咆哮するレムの声、負感情に支配された鬼の声よりも明らかに劣る声量の一言に、六人は自らの意思に反して身動きを封じられた。

 

金縛りのように、体がぴくりとも動かない。

身の毛がよだつ、恐ろしい声だった。

 

この世のものとは思えない声。けれどそれはハヤトとスバルには聞き覚えがあって、自然とテンが死んだ瞬間に聞こえた『声』を彷彿とさせられる。

 

 

「スバルが、テンを……」

 

 

たった一言で混沌とする場を黙らせた存在——エミリアが、だらりと垂れた両腕を、ぶらぁりぶらぁり揺らしながら立ち上がった。

 

一歩、一歩、一歩。屍人のように無気力に、不安定な足取りで、俯いた状態で前傾姿勢になりながら、歩みを進めている。

 

 

「テンを、こんな風にしたんだ」

 

 

レムたちの横を通り過ぎ、戦場の最前線に立つエミリア。一触即発な空気を破壊した彼女から生気(せいき)は欠片も感じられず、眼前にしたハヤトたちは己の目を疑った。

 

エミリアではない誰かを見ているような錯覚——レムとラムにさせられたものと同じだ。

 

 

「スバル。私ね、テンのことが大好きなの」

 

 

文脈のない告白をし、睨み合う四人と二人の中間あたりで、エミリアは足を止める。緊張する世界が静まり返る中、彼女は無音で顔を上げ、

 

 

「大大大っ、だぁいすきなの」

 

 

視界に映り込んだ紫紺の瞳を見た途端、ハヤトとベアトリス、二人の中で警報音が甲高く鳴り響き、彼らは『四 対 二』の戦いが『五 対 二』であると瞬時に悟った。

 

 なぜなら、

 

 

「——しんじゃえ」

 

 

涙が枯れ切ったエミリアの——『氷結の魔女』の瞳には、一縷の輝きもなかったのだから。

 

 

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