「ぼっちちゃんの事、どう思ってるの?」
それは、告白の次に今聞きたくない言葉だった。
右手首あたりの袖は背後に居る彼女に握られていた。その感触から、俺は意味もなく2人で出かけた水族館を思い出す。喧嘩したこと、楽しかったこと、幻想的なクラゲ、三角関係のペンギン。
あの時と今との違いはといえば、暗がりの中で俺たちの半身を照らすクリスマスツリーが仰々しく煌めいている事と、1年間で1番浮ついているであろうこの街の喧騒が騒がしくて、気温自体は低いくせに妙に暖かいところであった。
「どうって、友達ですよ」
宙を舞う雪が鼻先に落ちる。
自身の体温でそれはすぐに溶けて湿り気を感じた。
絞り出した俺の声は、今日の気温と同様に冷たいモノだ。
「……そう言うよね」
彼女の発したセリフと声音からは、俺のリアクションが予想通りとも期待外れともとれた。
うまく誤魔化せたのだろうか、それとも彼女を失望させてしまったのだろうか、俺にもよくわからない。ただこの選択はこの場をやり過ごす上では悪手ではないと思っていた。
だけれども、彼女は俺が思うよりもとても強い人だった。
彼女は握った俺の右手首の袖をぐいっと引っ張る。
俺は後ろに引かれるような形になって一歩だけ後退する。
「じゃあさ、私は」
彼女の声が、音が近づいた。
ふわりと暖かくて、後ろからぎゅっと優しく包み込まれる感触。
彼女は両腕は俺の体の前に回されていた。
背後からこちらの肩口にその顔を埋めていた。
俺はマフラーの横に彼女の熱を感じた。
「私は」
右耳のすぐ横から声が聞こえてきてくすぐったい。
苦しいくらいに胸が熱くなる。
「ただの友達?」
こんな辛い気持ちになるのなら、誰かを好きになんてならなければよかったのに。
大切な結束バンドのメンバー。ひとりと、虹夏先輩。
今ここで何をすれば正解なのかは分からなかった。
でも、1番に選ばなければならないのは、結束バンドを大切にするという事だった。
だからこそ俺は決意する。
全て正直に話すことを、そして彼女達を──虹夏先輩を信用することを。
「虹夏先輩のことは友達以上に大切です」
「──ぅん」
「ちなみに今から俺、結構最低なこと言いますよ」
と、言うよりかは。
バカでコミュ障で陰キャでどうしようもない俺は、無駄に考えるよりも本音でぶち当たるしか誠実になれる方法がわからなかった。
「……うん?」
「全部ちゃんと本音を言いますし、わがまま言います」
「な、なに……怖いんだけど」
背後から抱きしめる腕に力が入る。
柔軟剤とシャンプーの香りがほのかに漂い鼻腔をくすぐる。
「虹夏先輩は俺のこと好きですか」
「え、今それ聞く?」
「許してください……コミュ障なんで聞かなきゃ確信できないモノなんですよ……」
「……そこはさ、察して」
「は、ひゃい」
突然の低い声と背後から感じる恐ろしいオーラに身を引き締める。
ひゃいってなんだよ。この後に及んで恥ずかしいリアクションをしてしまった。
「……俺も、正直に言って虹夏先輩のことは好きです。それはもちろん異性としてですし、付き合いたいくらいにです」
「じゃあ──」
「でも俺さっき、嘘つきました。ひとりのことをただの友達って言ったんですけど──」
先ほどは誤魔化すようにして隠匿した本音の話だ。
それは今日の今日で自覚した、自分でも驚きの事実。
「──本当は彼女のことが好きです」
「っ!」
「だからそんな気持ちで先輩と付き合うことはできません」
虹夏先輩の表情は突然見えない。ただ、回された腕は解かれることは無かった。
今1番辛いのは俺を抱きしめている彼女のはずなのに、その言葉を口にすることは俺にとってもどうしても辛かった。
だけれども。
「──でも俺はひとりにこの気持ちを伝える気も、付き合う気もありません」
「……え」
先輩の声は震えていた。
表情は当然見えない。
この時ばかりは自分が今までコミュ障を言い訳に人間付き合いから逃げていたせいで、人の気持ちをうまく汲み取れなくなってしまった自分を恨んだ。
「今は結束バンドのメンバーとして、みんなと一緒にいることが1番好きです。だからこの関係を壊す気は無いです」
「……」
先輩は沈黙する。
それもそうだろう。
俺は相当に都合のいいことを言っているのだから。
「だから今は誰とも付き合う気も──」
「やだ」
「え?」
俺は予想外の言葉にあわてて振り返る。彼女も俺を抱きしめる手を緩めて、今度は向かい合う形になる。
虹夏先輩の頬には雪が舞い降りていて、溶けたそれが一筋に溢れた。
彼女の顔がいつの間にか目前にまで迫る。
そして──
「っ!?」
唇に柔らかい感触。
今日のひとりとのアレが事故であるのだとすれば、これは事故なんかじゃなかった。
本物のキス。
……1日に2人、違う人とキスをするだなんて。俺は最低な野郎だ。
「私ね、欲張りなの」
「せ、先輩、いま」
「結束バンドも大事だし、ひとりちゃんも大事。だから、結束バンドでデビューしてみんなで大きな舞台にも立つよ。それに」
彼女の目元は赤らんでいた。
だが、その瞳はしっかりと俺を捉えて離さない。
目の前にいるのは誰よりも強く誰よりも魅力的な女の子だった。
「──それに、譲にとっての1番になるから」
あーあ。
やめてくれ。
好きになっちまうだろ、そんな事言われたら。
何も言えずにあたふたしている俺を見て、彼女は微笑んだ。
ぼすっ、と胸元に優しく拳をぶつけられる。
「だから今日のところはこれで納得してあげる。でも、私は譲と付き合いたいし、結束バンドも続けたい──その気持ちに嘘はないから!」
そう言うと虹夏先輩は気恥ずかしそうに駆け足で俺から距離を取る。
そして、振り返ってもう一言。
「私のこと、好きでたまらなくさせてやる」
彼女は最後にそれだけを残して、その場を去っていく。
後ろ姿は健気なヒロインなんかじゃなくて、俺なんかよりも相当格好のいい主人公の姿にしか見えなかった。
……ただ、さっきのセリフを言った後に、恥ずかしかったのか変な顔してたな。
俺はその場から動けずに去っていく彼女の背中をぼうっと眺めていた。
その姿が見えなくなってからどれくらいたっただろうか。
ついさっき、初恋を感じたばかりだと言うのに。今やもう揺らぎ始めている。
ずるいんだよ。
だって、2人とも俺には勿体無いくらいに魅力的だから。
自分でももうわからないくらいにぐちゃぐちゃになった感情。一言じゃ言い表せないほどに、いくつも絡まって最早解けないほどになる。
俺はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。
「……ずりーよ、あの人」
今日このクリスマスイブは多分一生忘れることのない日になるだろうと、そんなことを考えた。
・
「おねーちゃぁぁぁん」
帰り道で待つ姉の姿を見つけて、色々我慢していた堤防が決壊してしまった。
彼も本心を全部ぶちまけて、だから私も全力でわがままを言った。
「……頑張ったな」
「うん」
お姉ちゃんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。そんな優しさのせいで、先程まで我慢していた涙が溢れて止まらない。
「だめだった」
「そうか」
「でもまだチャンスあるみたい……」
「は?」
「だから頑張るぅぅ」
「んん?」
彼は私と付き合えないとはっきり告げた。
ぼっちちゃんのことが好きだとも言った。
──だけれども、今は誰とも付き合わないともはっきり言ったのだ。
だから精一杯の強がりでの宣戦布告だ。
「なに、あいつクズなの? よし殺そう」
「そこまでしなくて良いよぉ」
それに、最後に見た彼の表情。
あれは少なくとも私に揺らいでいる──そう思った。……そう思いたい。
「私のこと、好きにさせてやるって言ったの」
「お、おお……大胆だな」
「満更でもなさそうだったよぉぉ」
「まあ虹夏にそんなこと言われたら当然だ」
珍しくツンデレのお姉ちゃんが、今日は私にデレデレだった。
「とりあえず帰るぞ。こんな寒い中で泣いてたら風邪ひくだろ」
「う"ん」
「あ、こら鼻水垂れてる」
「おねーちゃぁぁぁん」
「まったく……面倒くさいことしてるなほんと」
ほんと、面倒なことにしてしまった。
でも後悔はない。
だって初めてこんなに人を好きになれたから。
「あーゆータイプの男は押せば落ちる」
「ほんと?」
「ほんとだ」
「……じゃあ頑張る」
「いざとなったら私がぶん殴りに行く」
「そこまでしなくていいよぉ!」
お姉ちゃんは、やっぱり優しい。
虹夏ちゃんかわいいよ虹夏ちゃん