青年と少女たちの日常   作:アルツハイマー予備軍

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39 何かがある予感

 合同文化祭当日。羽丘女子学園と花咲川女子学園、二つの個性が混ざり合った校内は、文字通り「お祭り騒ぎ」という言葉が相応しい熱気に包まれていた。僕は、日菜の「るんっ」という直感から始まったこの巨大なイベントの円滑な運営を期すため、警備係のリーダーという重役を任されていた。左腕に巻かれた「警備」の腕章が、今の僕の立場を象徴している。浮き足立つ生徒たちの中で、僕は一人、冷静に状況を把握するために歩を進めた。

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 まず足を向けたのは、ハロー、ハッピーワールド!の面々が関わっている、お化け屋敷がコンセプトのカフェだった。

 

「あら、彗太! 見に来てくれたのね、嬉しいわ!」

 

 お化けの仮装——といっても、どこか華やかで楽しげな装いのこころが、僕の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。彼女の瞳はいつも以上にキラキラと輝いている。

 

「ああ、警備の巡回だよ。何かトラブルはないか?」

「トラブルなんてないわ! 世界中に笑顔を届けるカフェなのよ。ねえ、彗太も座っていかない? 最高の『驚き』と『美味しさ』を用意してあるのよ!」

 

 無邪気で上品な誘いに心が揺らぐが、僕は首を横に振った。

 

「悪い、今は仕事中なんだ。……また今度、ゆっくりお茶しよう。約束だ」

「本当!? やったわ! 最高の笑顔で待っているわね、彗太!」

 

 こころの向日葵のような笑顔を背に、僕は次の地点へと向かった。

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 次に通りかかったのは、窓を完全に遮光し、プラネタリウムを模した教室だった。中に入ると、満天の星空の下でアフターグロウの面々が静かに休憩していた。

 

「……あ、山崎さん。お疲れ様です」

 

 つぐみが声をかけてくれる。モカは椅子に深く腰掛け、「警備のお兄さんだ~、かっこい~」と眠たげに手を振った。蘭が少しだけ僕に歩み寄り、星空のプロジェクターに照らされた横顔で小さく呟いた。

 

「……山崎さん。あの時……進路の相談に乗ってくれたり、楽曲の助言をくれたり……ありがとう。おかげで、納得のいく詞が書けた」

「大したことはしてないよ。形にしたのは美竹、お前自身の力だ」

「……いつか、最高のライブを見せるから。アンタに『やっぱりこいつらだ』って思わせるような、そんなライブを。期待してて」

 

 その言葉には、青い炎のような確かな熱が宿っていた。僕は短く頷き、静寂の星空を後にした。

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 トラブルが起きたのは、リサと友希那のクラスが運営する「猫カフェ」だった。店員が猫耳をつけ、猫に扮してもてなすというコンセプトで大盛況だったが、その一角で空気が凍りついていた。

 

「いいじゃん、この後予定あるんだろ? 俺たちと遊びに行こうぜ。な、リサちゃん」

 

 数人の他校の男子生徒が、困惑するリサを囲んでいた。

 

「ごめんね、今日はこの後も仕事があるから……」

 

 リサが愛想よく断ろうとするが、男たちは引き下がらない。そこに友希那が割って入った。

 

「そこまでにしなさい。彼女は拒絶しているわ」

「お、なんだこの猫耳美人は。お前も一緒に来いよ。な、楽しいぜ?」

 

 男の一人が友希那の肩に無理やり手をかけようとしたその瞬間、僕は二人の間に割って入った。

 

「失礼。警備責任者の山崎です」

 

 僕は冷静に、しかし一切の隙を見せずに男と相対した。

 

「……あ? なんだよお前、部外者はすっこんでろよ」

 

 男が僕を恫喝するように睨みつけ、胸ぐらに手を伸ばそうとする。僕はその手を静かに制し、丁寧な敬語で、しかし氷のように冷たい声音で説得を始めた。

 

「本校の規約、および合同文化祭のガイドラインにより、来客による執拗な勧誘・接触行為は禁止されています。これ以上継続される場合は、警備員による強制退去、およびお引取りをお願いすることになります。貴方のご友人たちも見ていますよ。ここで騒ぎを起こして、本当に後悔しませんか?」

 

 僕の背後にある「経験」が醸し出す静かな圧に、男は一瞬気圧された。周囲の視線が集まっていることに気づくと、彼は「……チッ、しらけるぜ」と捨て台詞を残して去っていった。

 僕はリサと友希那に向き直った。

 

「怪我はないか? ……何かあったら、すぐに俺を呼べ。無線で連絡を回しておくから。無理はするなよ」

「……彗太、ありがとう。助かったよ……本当、かっこよかったよ」

「……感謝するわ、彗太さん。助けに来てくれるなんて……思わなかったから」

 

 リサが少し頬を赤らめ、友希那もどこか落ち着かない様子で視線を泳がせる。二人の高鳴る鼓動が伝わってくるようだったが、僕は「仕事に戻る」とだけ告げ、再び歩き出した。

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 夕方。校内放送が文化祭限定バンドの演奏開始を告げた。僕はライブホールの入り口で足を止めた。ステージの上では、モカ、リサ、つぐみ、花音、彩が、日菜が夢見た「るんっ」を形にしていた。異なるバンドから集まった彼女たちが、一つの旋律を紡ぐ。その音は、僕がかつて失った「音楽の純粋な喜び」そのものだった。

 

(……いい曲だ。本当に、いい……)

 

 胸の奥に、すとんと何かが落ちる感覚があった。満足感と共に、僕は校内の最終巡回へと戻った。

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 日が完全に落ち、片付けの指示を出していた頃。僕は機材の返却状況を確認するため、再びホールを覗いた。そこで、昼間の熱気とは対照的な、異様な光景を目にした。

 Poppin'Partyのメンバーが、客席の暗がりに集まっている。中心では、いつもマイペースなはずの花園たえが、顔を覆って泣いていた。香澄やりみが必死に彼女を落ち着かせようとしているが、その場の空気は重く、冷え切っている。

 

「おたえ、大丈夫だよ……。今は、ゆっくり休もう?」

 

 香澄の声も震えていた。声をかけようとした時、横から有咲が歩いてきた。彼女の顔は険しく、唇を強く噛み締めている。有咲は僕の姿に気づくと、立ち止まり、こちらを一瞥した。そこには怒りとも、悲しみともつかない、鋭い拒絶の色が混じっていた。有咲は何も言わずに、僕の横を通り過ぎて出ていった。

 背筋に、冷たいものが走った。単なる演奏の失敗や、祭りの終わりを惜しむ涙ではない。もっと決定的で、取り返しのつかない「何か」が起きている。そんな異様な予感が胸を締め付けた。

 

(……何があったんだ。ポピパに、一体……)

 

 指示に戻らなければならない時間だったが、僕の思考は一時停止していた。

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 夜。校庭の中央でキャンプファイアーの炎が大きく揺らめいている。全校生徒を前に、生徒会長としての燐子がマイクの前に立った。

 

「……皆さん、本日は……本当に、ありがとうございました。……皆さんの笑顔を見て……文化祭が終わるんだなと、今、実感しています……っ」

 

 たどたどしくも、誠実なスピーチに、大きな拍手が沸き起こる。

 火の粉が夜空に舞い上がる中、合同文化祭は大盛況のうちに幕を閉じた。けれど、僕の心には、先ほど見たたえの涙と、有咲のあの鋭い視線が、消えない棘のように刺さっていた。

 祭りの後の爽快感の中に、不気味に混じる違和感。この素晴らしい一日が終わった後、僕たちを待ち受けているのは、一体どんな「現実」なのだろうか。僕は燃え上がる炎を見つめながら、拭い去れない不安に立ち尽くしていた。

 

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