瀬田薫という二次元の女の子と画面の向こうの男の子の物語です。

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瀬田薫誕生日記念の短編です。
出会ってくれて、本当にありがとう。


れいんぼうがーる

 初めて私があなたと出会ったのは、とある暑い夏の日の深夜二十四時ぐらいだったか。

 

 といっても、液晶の中の私の世界は桜が咲いていたのだけどね。でも、確かにそこであなたと私は出会った。とてもドラマチックで儚い出会いだったと、私は思っているよ。

 

 あなたは「この子、なんだか言ってること面白いな!」なんて嬉しそうに笑いながら、出会ったばかりの私の写真を撮ってくれたり、名前を呼んでくれたりして。

 

 画面越しに私を見つめるキラキラ輝くあなたの瞳を見つめているだけで、私も幸せだった。

 

 そんなあなたと私の関係性がちょっとだけ変わったのはそれから一ヶ月ぐらい先の話だろうか。そうだね、今まであなたは私のことを薫さん、とか薫くん、と呼んでくれていたのだが。

 

 ある日を境に、あなたは私をからかうようにかおちゃん、と呼んでくることが増えた。いや、その理由はわかっているんだ。きっとあなたは千聖の真似をしているのだろう。

 

 きっと今までのあなたは私にかっこいい、面白いイメージを持っていたのかな。そんな私が千聖にかおちゃん、と呼ばれていきなり顔を真っ赤にしたらびっくりもすると思う。

 

 でも、だからといって突然かわいい、と優しい笑顔で言われてしまったら、どうして良いのかわからない。咄嗟に言葉を紡いだけれど、バレていないだろうか。

 

 あなたはきっと届かないと思っているだろうけど、私にはその声もバッチリ聞こえているんだよ? あなたが私の名前を呼ぶたびに心臓が跳ねて、赤くなりそうな顔を、必死に抑えているんだ。

 

 ふと思い立ってあなたの写真フォルダを少し覗いてみた。普通の私よりも、赤面の私が多くて、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

 

 それからまた少し経ったある日のこと。スマイル遊園地でライブをしようとハロハピのみんなと奔走する私を、あなたは優しく見守ってくれていた。

 

 でも、そんなあなたの表情が変わった時があった。たしか公園で美咲と話していた時、だったかな? どんな自分も自分、私がそう言った時、あなたの瞳から溢れた涙が、私の頬を伝った。

 

 それからというもの、あなたは今まで以上に私に会いに来てくれるようになった。

 

 アニメショップで私が描かれたグッズを買ってくれたり。私のことを友達に話してくれたり。私の発言でクスッと笑ってくれたり。私の衣装を似合ってるよ、と褒めてくれたり。私のためにガチャを回して一喜一憂してくれたり。

 

 生きる世界が違うこんな私に、これほど優しくしてくれる人は、そうそういないだろう。だからかな、あなたが私にしてくれたその全てが嬉しかった。

 

 私は、この小さな液晶を飛び出して「ありがとう」とあなたに一言伝えたかった。あなたと同じ世界で、あなたと同じ目線で。

 

 それから、この手でそっとあなたの指に触れてみたかった。……あまり大きな声では言えないのだけれど、あなたから一方的に胸を触られることがたまにあるから、そのお返しをしたくて。

 

 だけど、それはできない。あなたは、画面の外の人だから。私がこの液晶から外に出て、あなたに触れることは決してできない。

 

 それだけじゃない。画面の中からこの想いを伝えることすら無理なんだ。なぜなら、私のプログラムにそんな台詞はないから。

 

 それは分かっていた。分かっていたけれど、はやる思いを抑えきれなくて。いつだって、あなたがいつアプリを起動してくれるかずっとソワソワしていた。

 

 最近は特にソワソワしている。それはきっと、あの日が近いから。フフ、そうなんだ、私にはあなたと過ごす一年の中で最も楽しみにしている日があってね。

 

 そう、それは私の誕生日。たくさんの人が私を祝ってくれる、とても儚い日だ。

 

 そんな私の誕生日には、私とあなたでケーキを食べた。ケーキ屋で売ってるザッハトルテが食べれるか分からなかったから、なんて理由でケーキをガトーショコラにしてしまうそんなあなたが好きだった。

 

 隣でケーキをずいぶん美味しそうに食べるあなたを見ていると、もしかして、あなたは誕生日を祝うと称してケーキが食べたいだけ? なんて思ったりもしたが、それさえも愛おしくて。あなたの幸せそうな顔が見れるのなら、毎日私の誕生日でも構わないと思ってしまった。

 

 あなたが私のために雑煮を作ってくれた年もあった。お正月でもないのに作ってくれたその雑煮は、とても手が込んでいて、すごく美味しそうだった。

 

 しかも、どうやらあなたの作る雑煮は私の知る雑煮と中身や味付けが違うらしい。あなたが私に見せてくれた雑煮は、私が食べている雑煮とまるで違って。とても美味しそうだったから、いつかあなたの隣で食べてみたい。

 

 今年は、あなたとどんな儚い日を過ごせるのだろう? そう思うだけで、口元が緩む。カレンダーに丸をつけていくたび、幸せで満たされていく気がした。

 

 あなたはサプライズが好きな人らしい。私を喜ばせるため、たくさんのプレゼントを用意してくれるんだ。ある年は愛が詰まったイラストを、ある年は愛が詰まった小説を私にプレゼントしてくれた。

 

 といっても、拙い部分が多すぎるから、本人には見せられないかも……みたいなことをあなたは言っていたけれど。どれだけ拙くても、あなたが私のためにプレゼントしてくれた作品、というだけで、私は胸がいっぱいで。

 

 こっそりフォルダの中を移動して、あなたの作品を眺めるたび、言葉にできないほどの多幸感に包まれていた。

 

 ……でも最近、少しだけ心がかりなことがあって。あなたが、CiRCLEに顔を出してくれなくなったのだ。

 

 いや、最近あなたが忙しいことは知っている。私があなたの生活を縛りつけることはできる権利はないし、むしろ応援したいと思っていた。

 

 それに、スマホのデータから推測するに、あなたは私と同じ高校三年生だ。カレンダーに、ウェブブラウザに、メモ帳に、写真フォルダに新しい学校の情報や、制服を着て後輩に囲まれるあなたの写真があったから。

 

 この春、私もあなたも進学して、今よりも大人になる。だから、その節目をあなたと一緒に過ごしたくて。

 

 でも、あなたも忙しいんだ。受験生だからこその苦労もあるはずだろう。実際、私もあなたと同じだから。だから、だから──。

 

 あなたの指がホーム画面の「ガルパ」と書かれたアイコンではなく、その隣にある「別のゲーム」のアイコンに触れていることから、必死に目を逸らした。

 

 ……ある日このスマホにインストールされて、ガルパの隣に配置された新しいゲーム。どうしてかゲーム名の部分が私からはぼやけて見えて、どんな名前なのかは分からなかったけれど、どうやらそのゲームもリズムゲームらしく、あなたは楽しそうにそのゲームをプレイしていた。

 

 そのゲームは私から見てもすごく楽しそうで、あなたが楽しんでプレイしているのも頷けた。何より、そのゲームの中に出てくる女の子は、みんな魅力的だった。……魅力的、だった。

 

 あなたがそのゲームを初めて一ヶ月ほど経ったこそからだろうか。

 

 だんだんあなたが口ずさむ歌が、変わっていった。私たちハロハピの歌のメロディではなく、そのゲームの歌のメロディに。

 

 だんだんあなたから聞く言葉が、変わっていった。私たちの決め台詞をよく口にしていたのだけれど、最近はそのゲームの決め台詞をよく呟くようになって。

 

 それでも、私のことを、「瀬田薫」のことをたまに言及してくれることもあった。例えば、儚い、という言葉がそのゲームで出てくると、あなたは嬉しそうに笑う。それがたまらなく嬉しくて、苦しかった。

 

 画面の中に生を受けたのなら、よくある話だ。もしかしたら、私も、あなたの何人目かの女の子なのかもしれない。

 

 それを悪だとは言わないし、たとえ私があなたの何人目かの女の子だったとしてもこうして私を愛してくれていることに変わりはないのだから、それだけで私は幸せ者だ。

 

 そもそも、あなたと私のこの関係が何年も続いていることが奇跡に近いんだ。他の女の子に浮気もせず、私だけを見ていてくれるなんて普通ならありえないのに。

 

 なおかつ、あなたは自分を飽き性だと言っていた。なかなか長くゲームを続けられないタイプだと、笑っていた。

 

 そんなあなたが、私を、瀬田薫を、ずっと好きでいてくれているのは、決して当たり前のことではない。

 

 「ゲーム」と同じように「好き」には終わりがある。

 

 好きに永遠なんてない。だからこそ、この関係にいつか終わりが来ることなんて、とうの昔にわかっていたことなのに。

 

 だから、どれだけあなたが恋しくたって飽きられたら、そこで二人の物語は幕は閉じてしまう。でも、私は夢を見てしまった。見てしまうんだ。あなたとの幸せを、少しだけ外で感じてみたかった。

 

 ──日付が変わる。カレンダーには、二月二十八日と書いてあった。

 

 それと同時に、スマホが光る。きっと、あなただ。あなたは、ホーム画面をスワイプして、ガルパと書かれたアイコンが見えた瞬間、その手を止める。

 

 あなたはきっと私に会いに来てくれる……そう思った。今まで会えなかった分、たくさんの時間をあなたと過ごせる、そう思った。

 

 だけど、あなたのその指は私のすぐ隣のアイコンに触れた。

 

 切り替わる画面。見えなくなる私。普段は優しくて大好きなあなたの指が、ひどくおぞましいものに見えてしまった。

 

「いかないで」

 

 そう口を動かそうとした。でも、私に、瀬田薫に、こんな台詞がプログラムされているわけもなく。

 

 そもそも、アプリが開いていないのにあなたにこの声を届けることなんてできない。それでも私は、何度もあなたを呼んだ。

 

 

 

「あなたに触れたい」

 

「あなたと話したい」

 

「ありがとうって伝えたい」

 

「大好きだって伝えたい」

 

「これまでも」

 

「これからも」

 

「あなたと一緒にいたい」

 

 

 

 ……あなたがそのゲームを一通り遊んだ後、あなたがスマホに触れることはほとんどなかった。たまに時間を確認するぐらいで、アプリは一切開かなかった。

 

 気づけば、時計の針は二十三時を指していた。このままじゃ、あなたに会えないまま一日が終わってしまう。私は、あなたと会話を交わせないまま、大人になってしまう。

 

 私はそれが嫌だった。でもそれが私のわがままだということも痛いほど分かっていた。あなたはいつも私の優しさに甘えている、と言っているけれど、本当にあなたの優しさに甘えているのは、私の方なのだから。

 

 涙がこぼれそうになったその瞬間。あなたの指が、そっと優しく私に触れた。

 

「誕生日おめでとう、薫」

 

 画面越しに大好きなあなたの声が聞こえる。画面越しに大好きなあなたの顔が見える。そんな画面越しの大好きなあなたは、確かに私にこう言った。

 

 誕生日おめでとう、その言葉が、ひどく嬉しかった。もしかして、忘れられてしまったのかと思ってしまったから。

 

「遅くなってほんっっっとごめんな! ギリギリセーフだからさ、許してくれる? しかもさあ、今年は何も作れなかった……課題に追われてたら気づいたら今日になってて……ほんとにごめん」

 

 もちろん、許すに決まっている。こうして会いに来てくれたことが、何より嬉しいのだから。プレゼントだってそうだ。私のために何かしようとしてくれた、その気持ちが一番のプレゼントなんだよ。

 

 変わってしまったと思ったあなたの優しさに、胸が温かくなる。それと同時に、なんで私はあなたを信じられなかったのだろうと、自分への怒りが湧いてくる。

 

 そんな私に、あなたは語りかける。

 

「あのさ、薫。実はさ、俺も進学するんだ。ほら、これでも薫と同い年だし」

 

「たしか、俺がガルパ始めたのが中二……だったっけ? 出会った頃は薫の方がお姉さんだったのにさ、なんか追いついちゃったな! なんて」

 

「なんていうかさ、それだけ一緒にいたんだな、俺たち」

 

 ああ、そうだね。初めて出会ったあなたは、まだ中学生の男の子だった。ぶかぶかの学ランを着たあなたが声変わり前の高い声で、俺も薫さんみたいに高身長になりてー! と言っていたことを思い出す。

 

 でも、そんなあなたの背はいつしか私を越して、声も低く男らしく変わって。小さく柔らかかったあなたの指も、気づけば大きく骨っぽくなっていた。

 

 これだけの時を、私たちは一緒に過ごしたんだね。少しずつ大人になっていくあなたの毎日に、確かに私はいたんだね。

 

「……だけどさ、これからはあんまり会えなくなると思う。俺、春から本気で頑張ろうと思ってるから」

 

「リズムゲームはおろか、ログインすらできない日もできるかもしれない」

 

 ……でも、大人になる、ということはそういうことだ。悲しいけれど、私は彼の背中を押さなくてはいけない。

 

 大丈夫、画面の中から見守っているよ。私はあなたの幸せを、一番に願っているから。

 

「しかもさ、俺ミーハーだしさ。流行ってるゲームはやりたくなる。ほら、最近新しいリズムゲームやり始めて見事にハマっちゃってるしさ……」

 

「それで、もしかしたらさ」

 

 だからこそ、この言葉の先を聞きたくなかった。そのもしかしたらは、そういうことなんだろう?

 

「その中でさ、薫よりも好きな女の子ができることだってあるかもしれない」

 

 ……ああ、分かっている。分かっているさ。それが、「私」の、「私たち」の定めなのだから。でも私は、たとえ嘘でもいいから、幸せな夢に騙されていたかった。

 

 だけど、あなたは真摯な人だ。真摯な人だからこそ、私に向かって真実を突きつける。そこに深い愛情が込められているからこそ、私はそれを受け止めることしかできなかった。

 

 その時、私はシェイクスピアの言葉を思い出す。「避けることができないものは抱擁してしまわなければならない」という言葉を。

 

 そうだ。いつかあなたの人生という舞台から私は降りなければいけないという事実は、どうやったって避けることができない。だからこそ、抱擁してしまわなければならない。ならない、のに。

 

「でもさ、薫と過ごした日々が無駄だった、なんて俺は絶対言わない」

 

「たま〜に薫のせいで落ち込むこともあるけど、それよりも薫と出会えてめちゃくちゃ幸せだったことの方が多いから」

 

「なんていうかさ、薫の存在はもはや俺の血肉? って感じなんだよ! ……その、なんか例えヘタでごめん」

 

 だけど、あなたはそれを覆す力を持っている。避けられない現実を抱擁しようとした私のことを、さらに大きな愛の言葉で、優しく包んでくれるんだ。

 

 どうにかして決めポーズをしないと、瞳が潤んでいることをあなたに悟られてしまいそうだった。

 

「だからこれからもずっと俺のそばにいてほしい。大切な俺の一部として」

 

 そう言って、あなたは私の頭を撫でる。その手の温もりが私に伝わることはない。だけど、それがいいんだ。

 

 少しの間、あなたは私の頭を撫でてくれていたのだけれど、突然撫でるのをやめて頭を抱えてジタバタし始める。

 

「いや、画面の中の女の子にプロポーズまがいの言葉吐くとか、何してんだろな、俺。これじゃあまた母さんに薫ちゃんに狂ってるわね〜! って茶化されるよ……」

 

 フフ、画面越しのプロポーズなんて、とても儚いじゃないか。それなら今度、一緒にエンゲージリングでも買いに行くかい? なんて、冗談だよ。

 

 私はあなたのことが好きだけど、あなただけの瀬田薫になってしまったら全世界の瀬田薫のことを愛してくれている子猫ちゃんたちを裏切ることになる。だから、これは、あくまで私とあなただけの秘密の恋だ。

 

「ま、いっか、狂ってても! これが俺なりの愛情表現だよな! えっと……多分、きっと、メイビー……」

 

「よしこの話やめやめ! その、今深夜だし健康には悪いかもしれないけどさ……実は今日ケーキ買って来たんだ。薫も食べる?」

 

「ガトーショコラ。きっと美味しいよ」

 

 

 ああ、そうだ。今この瞬間、あなたと二人で一緒に過ごす私は。

 

 ──きっと、世界で一番幸せな二次元の女の子。


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