草神と行くテイワット   作:ぶれーくだうん

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9. 別れと、赤い誕生日

 今年の春の風花祭は諸事情により参加できなかったが、彼女が特別な処理をしたのか、一年越しの押し花は綺麗な色合いを保っていた。

 黎明のモンドの日差しが薄暗くも部屋を照らし、ベッドに転がる彼女の端整な顔立ちを色もなく彩る。

 

「んっ……」

 無防備に曝け出されたその口元、指の背を彼女の唇に押し当てた。

 フニフニとした柔らかく湿った感触が指をくすぐり、そして彼女をくすぐる。

 

 軽く左右に擦るように動かすと、彼女はキスを返すように指へ吸い付く。

 指の背を優しく愛撫する温かな唇はまるで乳を求める子の様で、しかし男女の触れ合いを求めるその仕草は、子供らしさからかけ離れていた。

 

「……あら、キスではなかったのね」

「おはよう、ナヒーダ」

 唇に悪戯されて目が覚めたらしい。

 

「それじゃ朝食を作ってくる」

「待ちなさい」

 食事を作りに行こうとしたが、彼女は俺を引き止めて自らの唇を指先で叩く。

 軽く応じて済ませるつもりだったものの、思いのほか気が乗ってしまい、ベッドへと押し倒してゆっくりと唇を絡めたために少しばかり朝食は遅れた。

 

 

 

「本当にアンバーに会わなくていいのか?」

「ああ。顔を合わせたら、別れを言いにくくなる」

「別に今生の別れという訳でもないだろうに」

「うるさい。私にとっては重要なんだよ」

 

 朝早くにコレイを連れてティナリたちが出発するので、それを見送りにモンド城門の橋までやってきている。

 俺は一応に彼女へ引き留めの言葉を掛けるが、その決意は硬いようで意に介さない。

 

「コレイ」

 

 ナヒーダが彼女の名を呼び、抱きしめる。

「これから先のあなたの人生が幸福であることを、わたくしの名において祈るわ」

「……もう過去の事はふっきれたから大丈夫だ。ありがとう」

 

 名を隠したのは、セノが居る手前か、神が嫌いだと何度か口から溢していたコレイに配慮したのか。

 なんにせよコレイは、出会った当初からは想像できないような、見違えた笑顔で答えた。

 

 なおナヒーダは先日に宣言した通り、へそ出しでお腹開きなトップスに太ももを見せつけるショートパンツだ。

 

 

 抱き合う彼女たちを横目に、俺はティナリとセノへ向けて別れを告げる。

「世話になったな」

 

「これしきのことなど何ともない」

「リサ女史とコネができただけでもありがたいよ。それにきみと彼女の元気な顔を見れたのは何よりも得難い返礼さ。……くれぐれも、彼女のことは頼むよ?」

 サラリと答えるセノと、謙遜しつつも念を押してくるティナリ。

 

 その後に皆で記念写真を撮ったが、これはアンバーが見たらハブられたことに怒るだろう。

 

 

 

 リサさんらが図書館の本を消毒するのを手伝っていると、昼頃にアンバーがやってきた。

「コレイ見なかった?」

「彼女はもうスメールへ向けて旅立った」

 ジンさんが告げたその言葉に、ショックを受けた様子を見せる。

 

「えぇ!? わたしに何も言わずに行っちゃったの!? ……あんた、何で引き止めなかったのよ!!」

「何故俺に文句を言うんだよ。そもそも俺は引き留めたぞ」

「嘘だ! あんたがそんな常識的な行動を取るわけないもん!」

 

 確かに俺はテイワットでの常識に欠けているが、むしろ非常識度ではこの赤ウサ耳のほうがヤバいのではなかろうか。

 

 そんな言い争う俺たちを見て、クスクスと笑いながらリサさんは一つの便箋を取り出した。

「あの子にこれを渡して欲しいと頼まれたわ」

「手紙?」

 

 ここ数日、コレイはリサさんに手紙の書き方を教えてもらっていて、ナヒーダも嬉々としてそれを手伝った。

 その際に聞こえてきた限りでは、これからの身の振り方と、アンバーへの感謝の言葉を綴ったようだ。

 

 大人しく手紙を読んだアンバーは、しゅんと気落ちした表情でそれを抱きしめる。

「この手紙に免じて、あんたの罪を許してあげる」

 

「罪ってなんだよ」

「コレイを引き留めなかったことに決まってるでしょ!」

「だから引き留めたつってるだろうが!」

 気落ちしていたかと思えば次の瞬間には沸騰したりと、騒がしい奴だった。

 

 

 

 リサさんが消毒作業に飽きたらしく、今日の作業は早めにお開きとなる。

 

 そもそもこの作業は本来、図書館の蔵書リストと実際の書籍を比較して、本が盗まれたり破損していないかを確認するためのものだ。

 当然、収められている本の全てを確認して正しく並べなおすには時間が掛かり、一日二日では終わらないので最初から気長に進めている。

 

 時刻はおやつ時で酒にはまだ早いが、今回の事件が片付いた記念にエンジェルズシェアへ行きたいとナヒーダが言い出した。

「……いらっしゃい」

 出迎えたのは以前にも見た、憮然とした表情の赤毛のバーテンダー。

 昼間かつ飯時ではないので他の客は見当たらない。

 

「ワインを二杯、お願いするわ」

「……すまないが子供には出せない」

「あら、上手く逃げおおせたのね。仮面さん?」

「………」

 

 どうやら魔人を封印した後、あの場に参入した仮面男が彼であるらしい。

 つまり事件の真犯人がコレイであることを考えれば、このバーテンダーは彼女の罪を代わりに被ったということになる。

 

「あなたが罪を被ってくれたおかげで、彼女が新たな門出を迎えることができた。だからお礼を言いたかったの」

「……知らん。そいつが勝手に助かっただけで、僕には関係ない」

「そういうことにしておくわね」

 

 会話はそれっきりだった。

 しかし口止め料なのか、ワインは二人分出して貰えた。

 ガイアとの会談でここを利用した関係で、彼はナヒーダが人間ではなく草神だと知っているからだろう。

 

 そして子供ではないと認められたのが嬉しいのか、彼女は自慢げな表情を浮かべながら小さくピースサインを向けてくる。

 その姿が面白く可愛かったので、写真として残しておく。

 

 

 

「今日のアルイクシルよ」

 エンジェルズシェアで軽食を取ってから、蔵書点検で出た埃を落とすために入浴を済ませて、今はソファで寛いでいる。

 そこへ彼女は、高い位置に結わいていた髪を降ろし、片肩から前へと垂らすルーズサイドテールにした姿で例の薬酒を運んできた。

 

 ふと、"アル"は冠詞として使われる語句であることを思い出す。

 アルイクシル、訛ればアリクシル、最後が"ir"の音だとすればアリクサーとも発音できるはず。

 

「……エリクサー」

「ええ。そうとも呼ばれるわ」

 その名前であれば、流石の俺ですら知っていた。

 

「試作だと言っていたが、完成した場合の効能は?」

「……あなたは永遠を共にしてくれると言った」

「で、効能は?」

「永遠を誓ってくれたもの」

 

 目を合わせず、こちらの言葉を聞き入れず、ひたすらに自分の主張を繰り返す。

 

「俺の記憶では、約束する前から飲まされてたと思うが」

「でも永遠を誓った」

「ナヒーダ、後から辻褄を合わせれば良い訳ではない。きみのそれは詐欺の類いだ」

「でも永遠を誓ったもの。約束は守りなさい」

 

 彼女は変な所で行動力があるというか、すると決めたことは何があっても押し通そうとするきらいがある。

 つまりは既に俺たちの関係に対する未来図を描いていて、それを実現させるためには現実上での"些事"を無視するのが彼女だ。

 

 その反応を見る限りこれを悪いことだと彼女自身は理解しているようだが、それでも態度は一切変えようとしない。

 別に彼女の希望に沿うこと自体には不満は無いが、こちらとしての姿勢を示すためにも怒って見せるべきだと判断した。

 俺は自らの膝を叩きながら彼女を呼び寄せる。

 

「ナヒーダ、尻を出せ。飲まされた回数、叩くから」

 確か以前に冗談で『尻を叩く』と言ったことがあったはずだが。

 彼女が交渉もせず独断で押し通そうとするのならば、これはもう叩いて叱ってしまってもいいだろう。

 

 その言葉に従ったナヒーダは膝にお腹を載せてワンピース服を捲り上げると、下着を降ろしてその丸く大きな尻を曝け出した。

「……下着まで脱がなくていいんだけど」

 意表を突かれてたじろいだ俺の目を、彼女はじっと見てくる。

 

「お尻が好きなの?」

「覚悟しろよ?」

 彼女の台詞で遠慮は要らないと判断した。

 ベチンと、打撃音と振動音がアルペジオを奏で、ヒャンヒャンと子犬の如く鳴き声を上げるその尻を俺はしばらく叩き続ける。

 

 

 

 軽く赤くなった肌。

 

 痛みのない程度には加減したが、何度も叩けばそこには赤みが差してくる。

「んっ……、ふっ!」

 そっと指先で悪戯するようにその赤みを撫でると、彼女はくすぐったさに尻を振った。

 

「責任はとってね?」

「俺でよければ責任は取るよ。そもそもきみの唇の初めてを奪ったのも俺であるし」

「……奪った唇はわたくしのものだけではないはずだけど?」

 赤い帽子を思い出し、スッと顔を背ける。

 

「わたくし、気づいたの。無能な働き者よりも、無能な怠け者のほうが良いんだって」

 彼女は体を立てて、下着を元に戻しながらこちらへ向き直る。

 

「それは……」

「だからもう、あなたを飼わせてくれないかしら?」

 手を首筋へと伸ばし、そこを撫でながら真剣な眼差しで彼女は言った。

 

 彼女は根に持つわりに、状況に応じて怒りを引っ込めてみせることができる。

 だがそれは怒りが収まったように見えても根に持っていることを意味し、つまり先日のことも含めまだ許されてはいない。

 

「それだときみが飽きるまでの関係になるが、それでいいのか?」

「あら、あなたはペットを飼った経験があるのでしょう? 飽きたら捨てるの?」

 考えてみれば反論不能だったので、別の糸口を探す。

「……俺はきみと対等な、きみの隣に立てるような存在になりたいんだ」

 

「ふふっ、嬉しいわ。……でも」

 彼女は俺の頬に手を添え、言い聞かせるように語る。

「その努力のせいでわたくしを捨てるのならば、わたくしはあなたに"首輪"を付ける」

 

 真っすぐで迷いのない、しかし俺ではなくその奥を見つめる眼差し。

 これは本気で、更なる枷を計画しているのだろう。

 彼女は他者が"社会性"とでもいうべき箱庭の中に収まる限りは寛容だが、その箱から出たり、箱自体を壊しかねない場合にはとてつもなく頑固となる。

 

「首輪なんて無くてもきみを捨てたりはしない」

「逃げてはだめよ?」

「逃げないって」

 

 正しい努力をするという意味での"逃げない"と、彼女を捨てないという意味での"逃げない"。

 その両方に向けて答えを返した。

 

 

「ただ、そもそも老化を形質の崩壊だとすれば、肉体的なエントロピーを保った所で、精神的なエントロピーは削れていくんじゃないか?」

 

 肉体とは精神の入れ物に過ぎず、例え入れ物が不変でも、初心、即ちその中身が変質していくはずだ。

 永遠と言えば聞こえがいいが、むしろ諸行無常と考える俺にとってはそれを信じることができず、何らかの形で死を迎えるのではないかと勘ぐってしまう。

 

「……それでも、わたくしの隣にはあなたが居て欲しいと決めたの」

「きみの願いには沿えるよう努力するが、万が一に死んだ場合には俺の死を乗り越えてくれよ」

「………どうしてあなたは、永遠の命に興味がないの?」

 

 まるで小説の悪役のような言葉だった。

 まあ実際にも、勝手に寿命を延ばそうとするのは悪役の所業だろうが。

 

「俺にとって死とは、別れではなく"無"であるからだ。死後に苦痛など無い。ただ眠りだけがある」

 その返答を聞いた彼女は、内容を吟味するために考え込む。

 だが死の受容など理解はできないだろうし、俺も他人を納得させられる気はしない。

 

 その後も問答は続いたが、当然ながら中身は平行線であった。

 

 

 

 夕方頃になると赤く小さな爆弾が部屋を訪ねてきた。

「やっとお仕事が終わったの!」

 

 いつも高いテンションが、今日は一際に高い。

 何か良いことでもあったのだろうか……。

「今日はクレーの誕生日だよ!」

 その言葉を聞いてサーっと血の気が引いていく。

 

「プレゼントを取りに行ってくるわね」

 ナヒーダは別室へと向かう。

 彼女は以前にプレゼントを自作すると言ってその包装用品を購入していた。

 だから用意を忘れたのは俺だけだ。

 

「あれー。黒いお兄ちゃん、プレゼントを忘れたの?」

 意外に洞察力があり目聡いそいつは、贈り物を用意せず狼狽えている俺の様子を見て事態を見抜いた。

 代わりに言い訳を用意しようと試みたが、その前に状況が動く。

 

「じゃあ、仕方ないね」

 小さな太陽が膝の上に乗ってくる。

「お兄ちゃんが悪いんだよ?」

 

 首に回された暖かな両腕に、僅かな時間ながら意識を逸らしてしまった。

 その行動の意図に思い当たるものがあり止めようとしたが、そこは既に彼女の射程圏内であり、引き剥がすにもワンテンポ遅い。

 

 頭一つ分座高の低い彼女が膝に乗れば、互いの顔はすぐ目前にあり。

 気づけば最初からそこに距離などなかったかのように、その顔が視界の全てを占めていた。

 

 力づくで唇を奪われる……。

 

 

 ……その寸前にどうにか手を滑り込ませた。

 

 手のひらに感じる、温かく柔らかいクレーの感触。

 彼女は目を閉じたまま、まるで犬がキスするかのように、グリグリと唇を押し付け続けている。

 

 体の部位の中でも手というのは神経が多いため、嫌でもその唇の動きを克明に感じてしまい、ムズムズとした耐え難いくすぐったさが襲う。

 胸板には彼女の胸元が密着し、口元の動きと連動して形を変えた。

 

 しばらくして目を開くと漸くそれに気づいたようで、赤い爆弾魔は文句を口にする。

「……あれー!? それはズルだよ、お兄ちゃん!」

「ズルじゃねえよ!」

 彼女はポフンともう一度、手のひらを唇で貫通しようとするかのように、顔を押し付けてきた。

 

 そんな争いをする内に、パタパタと足音が聞こえる。

「お待たせ。クレー、誕生日おめでとう」

「ありがとう! ナヒーダお姉ちゃん!」

 

 ナヒーダの姿が見えると同時にクレーは飛び退いて、彼女へ向かって駆け寄っていく。

 先の一瞬の攻防によるスリルゆえか、嫌にドクドクと高鳴る心臓だけが残された。

 

 

 

 どうやら誕生日会をクレーの家でこれから行うらしく、彼女は俺たちを招待してから、準備があると言い先に帰っていった。

 ナヒーダのプレゼントも今は受け取らずに後で受け取りたいとのこと。

 当日の土壇場で『これからパーティーだ』と告げるあたりがクレーらしいが、せめて前日ぐらいに伝えて欲しい。

 

 今から誕生日会までの間でプレゼントを買う予定だが、秋月春風に気を取られて等閑に選んでしまえば、意外に繊細な爆弾娘は軽視されてると受け取って傷づく可能性がある。

 少なくとも義理を果たす程度にはきちんとしたものを用意しなくてはならない。

 

「なんだか態度がぎこちないけれど、どうしたの?」

 半ば現実逃避気味に考え事をしていると、ソファの隣に座った彼女が首を傾げて声を掛けてくる。

 逃げるわけにも行かないだろう。

 

「……先ほど、下手したらクレーとキスする所だった」

 一瞬で笑みが消える。地雷を踏みぬいた。

 

「いらっしゃい?」

 ポンポンと彼女は自らの膝を叩き、ニコニコとした作り笑いを張り直してこちらを見つめる。

 ……俺はその意図を察する。

「それだけは勘弁してくれないか?」

「嫌」

 

 

 

『気分はいかがかしら?』

『……今、それを聞くのか?』

『ええ。とっても気になるもの』

 

 







次章「風神の帰還」。吟遊詩人の来訪や二回目の花神誕日など
次々章は「さよならテイワット」
それら二章を挟んでから原作開始となる予定


面白い七神小説が増えて嬉しい限りです
陰ながら応援しています
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