戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
ドドドドドドドドドドドド…
月遺跡の一室で、何やら滝から水が落ちるような重い音が響き続けていた。
そこはナナシ達が月遺跡の真相を知った部屋であり、入り口と出口が一カ所ずつしか無かったはずのその部屋には、更に数か所壁に大穴が空けられていた。出入り口と大穴は塞がれないように“障壁”で覆われている。
そう…あれからそれなりに時間が経過しているが、ナナシと了子は一歩たりとも部屋の外へは出ていなかった。
それにも関わらず…ナナシ達は既に、月遺跡を三割近く『侵略』していた。
(いや~、順調、順調!流石の神様も、まさか空気も水もない月面で『水攻め』を受けるだなんて夢にも思わなかっただろうな!)
(『水攻め』、ねぇ…)
“以心伝心”でそんな感想を伝えてくるナナシに、了子が何とも言えない表情で視線を向ける。だが了子の視線の先にはナナシの姿は見えず、そこにはとても奇妙な光景が広がっていた。
部屋の天井付近の虚空に、何やら鉄製の大きな人形のような物がぶら下がっている。恐らくは“障壁”で空中に固定されているだろうその人形の底と側面に伸びた管からは、ダムの放水のような勢いで夥しい量の血液が流れ出ていた。血液はそのまま部屋の出入り口と壁の穴から流れ出て、月遺跡の内部に凄まじい勢いで広がり続けている。
(流石は血液採取特化に設計したメイデン七号!心なしか使う度に出血量が増えている気がするな!!)
(それはナナシちゃんが力を使い続けたから再生能力が鍛えられたとかじゃないの?…いやでも、神の血を浴びた道具に力が宿る伝承はいくつかあるから或いは…)
血飛沫を浴びない程度に離れた場所で空中の“障壁”に腰かけていた了子がナナシの冗談を最初は苦笑しながら流そうとして、途中であり得なくは無いのではと考え込んでしまった。そう考えると現在ナナシを飲み込んで血を絞り続けるアイアンメイデンの瞳が赤く輝いている気も…いや、気のせいだ。きっと部屋の照明の反射に違いないと、それらしい光源が見当たらないのに何故か一定の明るさを保つ月遺跡の特徴を無視して了子はその考えを誤魔化した。
そんなふざけたやり取りをしている間も、ナナシの体から溢れ出た血液はドンドン月遺跡の内部へと流れ込んでいく。その広がる速度は、ナナシ達が歩いて月遺跡を進んでいた時とは比べ物にならない。しかし、ただ月遺跡を血で汚すだけでは遺跡を攻略したとは言えないはずだが…
(やっぱり日々の積み重ねって大事だよな?試行錯誤、自分の可能性を広げる素晴らしい言葉だ。座右の銘にしようかな?)
一都市を改造して行った広範囲に及ぶ血液の操作、“千変万化”を覚えてからの、自分の体を様々な形に変えて特訓する日々…そう言った経験によって見つけ出した、ナナシの新たな可能性。
元々ナナシには、自分の肉体の一部がある場所を朧気に探知する力があった。そしてナナシの能力は“血流操作”や“千変万化”の傾向を見る限り、ナナシ本人と接触する事でその力を十全に発揮出来る傾向にある。では、探知可能な血液がナナシ本体から絶え間なく放出され、広範囲に広がり続けた場合には?
(俺の血液が流れる通路、部屋、遺跡の形状を正確に読み取る事が出来る…自動マッピングシステムの爆誕って訳だ!)
ナナシの頭の中には、自分の血液が通った道筋がくっきりと浮かび上がっていた。そしてそのイメージを、“以心伝心”によって了子もリアルタイムで共有している。
(ん?ナナシちゃん、ここの流れが途切れているわ)
(うーん?どれどれ…)
了子に不自然な箇所の指摘を受けるが、ナナシは血液の状態が分かるだけで現場が見える訳では無い。それをどうやって確認するか…それもまた、ナナシは過去の経験から手段を得ていた。
以前感覚器官を沢山増やした時、全てが機能する事を知ってナナシは正直驚いていた。体の表面に耳や目を増やすイメージをしただけなのに、その一つ一つが律儀に脳へと神経を伸ばしているとは思わなかったからだ。
だがその疑念は、エルザを翻弄するためにテール・パチモンという疑似肉体を生み出した事で確信に至った。アレは操作性に難があり集中しなければ上手く動かせなかったが、逆に言えば集中さえすれば指先一本に至るまで自在に動かす事が出来る。ほとんど人間一人分の体を生み出していながら、細い尻尾を通して機能を損なうことなく全ての神経が脳に繋がっているなど考えられない。
つまり、増設した肉体を機能させているのはナナシの体に宿るご都合主義パワーであり…恐らく、生物学的な繋がりは一切関係ない。
(ああ、見えた見えた。これは多分、橋が架かっていたのを落としたんだろうな?深い溝の向こう側に通路が見える)
故にナナシは、事前に抉り取って“収納”していた自分の眼球を指摘箇所の血液を起点に取り出して、怪しい場所を
状況を把握したナナシは、流れるままだった血液を能力で操り途切れた道に血液の橋を架け、再びナナシの血液が遺跡を流れ始めた。
(よっしゃ!)
(ナナシちゃん、今度はこっちよ)
(おっと、またか。どれどれ…うおっ!?)
再び流れの途切れた箇所にナナシが眼球を取り出して視認した瞬間、一瞬赤く光ったかと思うと視界が途切れてしまった。ナナシは先程より少し離れた地点に別の眼球を取り出し、その原因を理解した。
(なるほど、質量には物量で対抗って訳か)
ナナシの視線の先では、南極で戦った棺の量産機が大量に立ち並んで赤い光線を放ち、迫るナナシの血液を凍らせてその進行を妨げていた。
それを知ったナナシは、月遺跡に広がっている血液を全体から少しずつ“収納”すると…量産機が立ち並ぶ箇所付近で、一気に解放した。
突如爆発的に膨れ上がった血液の波は、量産機の放つ光線で処理可能な限界を超えて一気に量産機へと迫ると、遂にその足元まで流れ込んで…
(ほい、“収納”)
…その血液に触れた瞬間、量産機は一瞬で消えてしまった。
(流石に使い捨ての末端にまで力を注いではいないみたいだな?やっぱり南極の亀野郎は特別製って事か)
量産機に神の力が宿っていないのならば、本体と繋がるナナシの血液に触れるだけで簡単に無力化出来る。これではもう、量産機はナナシ達の足止めすら務まらない。
(さて神様、次はどうする?)
アッサリと月遺跡の防衛を突破したナナシが余裕綽々で構えていると、再び了子から連絡が届いた。
(あー…ナナシちゃん、流れが一斉に止まったわ。どうやらこの部屋に繋がる通路、全部封鎖されたみたい)
血液の流れが止められた事で、マッピングも止まってしまう。完全に閉じ込められたと知ったナナシは…
(そっか)
…ただその一言だけを残し、対策らしい動きを見せないままにナナシは血液の供給を続けた。当然、密閉された状態でそんな事を続けていれば、徐々にナナシの血液は嵩を増して部屋を圧迫していく。了子の周りに“障壁”が球体状に展開し直され、遂に密閉空間全てがナナシの血液に埋め尽くされて…それでも尚、ナナシは血液を供給し続けた。勢いを衰えさせる事無く、ただ愚直に血液を供給して、供給して、供給して…
ミシミシミシ…ドバァアアアアアアアアアン!!!
…遂に、ナナシの血液を塞き止めていた月遺跡の壁が圧力に耐えられなくなった。押し留められていた血液は瓦礫を巻き込みながら凄まじい勢いで月遺跡内部へと流れ込み、いくつかの壁を突き抜けながら広範囲に撒き散らされる事となり、自然に広がるよりもかえって被害が大きくなってしまったようだ。
(まさかこんな方法で、ここまで順調に侵略が進むなんて…)
(月に向かう前にほとんどレイアに渡しちゃったけど、“収納”に残っていた血液で開幕ブーストかけたからな。しかも神様は俺達がこの部屋に辿り着くまでの攻略方法を参考に、ここから先を対人仕様の罠で固めていたみたいだから、その辺をほとんど素通り出来たのも大きい)
部屋の先は落とし穴に落下する天井、レーザーの横切る通路に迫る鉄球など、映画に出てきそうな罠が満載だった。もちろん映画と違って脱出方法や回避可能な隙間など皆無な殺意の高い罠ばかりで、不死身のナナシ達でもまともに攻略していてはそれなりに手間取っただろうが…まさか部屋から一歩も進む事無く、全ての罠を血液で押し流されるとは月遺跡の神も思っていなかっただろう。
(ククク、準備万端で待ち構えていたのに、初手で遺跡の一割近くを侵略されて呆然自失になったのが充分伝わってきたぜ)
(そりゃあ突然侵入者が持参した拷問器具に閉じ籠るなんて奇行に走った直後に比喩でなく血の海が広がったら、幾らあの御方でも驚くわよ…)
(ウチの連中ならこの程度の想定外を前にしても何らかの対策に動こうとはするぞ?)
(ナナシちゃんの奇行に慣れ切った猛者達を基準にするのはやめてあげて!)
そんなふざけたやり取りをしてしまうくらい順調に月遺跡の侵略を進めるナナシ達だが…ナナシには少しだけ気になる事があった。
(しっかし、これだけハッキリ神様の感情が伝わってくるのに…全然居場所を絞り込めないのは何でだ?)
そもそも、だ…ナナシとしては、こうもハッキリと神の感情が伝わってくるのは少々妙な事だ。
例えば、双眼鏡などを使って遠距離から監視された場合なら、ナナシは見られている事を知覚可能だ。距離次第では監視者の居場所も何となく分かる。これは道具を使っていたとしても、相手がナナシに直接意識を向けているからだ。
対して、監視カメラなどを使って監視された場合などは、ナナシが監視を察知するのは難しい。この場合、相手の意識が向かっているのはあくまでナナシを映した画面などであるからだ。
神が月遺跡の機能を使って間接的に自分達を監視しているなら、ここまで感情がハッキリ伝わってくるのはおかしい。しかし何らかの方法で直接監視しているにしては、感情の出処が探れないのはおかしい。
(仮説としては二つ。一つは前々から予想していた、俺の感じ取っている感情が神様の偽造である可能性…でも、恐らくこれは無い)
その考えに根拠は無い。あくまでもナナシの“妄想”だ。強いて理由を挙げるのならば…これもまた、ナナシの培った経験による判断だ。
(これまで何度も感じてきた、世界がどうとか規模の大きい事を隠れ蓑にして、都合の悪い真実を隠そうとする奴ら特有の、極めて稚拙で利己的な
そして、ナナシが考えているもう一つの仮説と言うのが…
(バラルの呪詛…ネットワークジャマー・バラルの仕組みが、実は神自身の何らかの能力によるもので、月遺跡はその力を強化するための巨大な装置である可能性…)
元々ナナシがバラルの呪詛を神の祝福だと考えた理由が、月から降り注ぐその力に全ての人類へ向けた『守りたい』という感情と、その中に紛れた『逢いたい』という想いが籠められていたから…バラルの呪詛に何者かの意志を感じ取ったからだ。
(バラルの呪詛が神様の能力なら、その力に神様の感情が宿っている理由に説明がつく。今も絶え間なくバラルの呪詛は地球に降り注いでいて、月遺跡周辺はその力で飽和状態だから、月遺跡の機能で俺達を監視している神様の感情も伝わってくる上に正確な位置が分からない。この仮説なら、俺の感じた違和感のほとんどに辻褄が合う…はずなんだが…)
特に矛盾の見つからないその“妄想”に…ナナシ自身は何処か腑に落ちない様子だった。
(何と言うか、大いなる存在の力が月遺跡全体を包み込んでいるって言うより…
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
そんな風にナナシが違和感の正体を探っていると、突如ナナシ達の周囲から凄まじい轟音が響き渡ってきた。
(まさか…!)
(見て、ナナシちゃん!どうやら部屋全体が激しく揺れ動いている!!これはもしかして…!)
ナナシ達は“障壁”で空中に留まっているために気付くのが一瞬遅れたが、部屋全体が小刻みに震えている。その光景はまるで、かつてフロンティアの内部へと侵入した際にウェル博士によって部屋ごと宇宙へと飛ばされた時を彷彿とさせた。
(間違いない!あの御方はこの部屋ごと、私達を宇宙に放り出そうとしている!!)
(まさか、こんな事が…!)
ナナシ達のいる部屋を中心に、広範囲をくり抜くように月遺跡の一部が切り離されて徐々に上昇していく。それが月遺跡にとってどれほどの被害かは分からないが、月遺跡の神は被害を被ってでもナナシ達を排除すべき脅威と認めたようだ。神が打って出た、身を削るような起死回生の一手は…
(まさか、こんな…こんな思い通りに事が進むなんて!罠じゃないならチョロ過ぎるぞ神様!!)
…最悪手だった。
神が切り離したのは月遺跡のざっくり一割程。流石に侵略された三割以上の範囲を全て切り離すのは損失が大き過ぎたようだ。しかしそれでも、神は半身を失う覚悟でその損失を受け入れるべきだった。
(固まれ!!)
ナナシが広範囲に広げていた血液を全て硬化させる。これで切り離されようとする月遺跡の一部は月に根を張るように押し留められた。しかしそれではあくまで時間稼ぎにしかならず、ナナシ達のいる場所は徐々に上昇し続けていた。
ナナシがアイアンメイデンを“収納”して床に降り立つと、自身の血液に触れて“血流操作”を行使する。一部の血液が切り離された月遺跡の断面に入り込み、今まさに飛び立とうとする月遺跡の一角と月遺跡本体を完全に分離させた。そして…
(“収納”!)
バチンッ!
…ナナシが切り離された月遺跡に対して“収納”を行使するが、ナナシの力は月遺跡に宿る神の力に弾かれてしまったようだ。
しかし…
「あっはははは!まだまだまだまだぁあああああ!!」
バチンバチンバチンバチンバチンバチン!!!
それでもナナシは諦める事無く、立て続けに能力を起動して月遺跡の一部を“収納”しようと試みた。
(弾かれる、反発される…だが能力自体は発動している!だったら抵抗を捻じ伏せるだけの力があれば、“収納”は可能なはずだ!!本物の神様の力の切れ端と、“紛い物”の俺のフルパワー!どっちが上か比べてみようぜ!!)
バチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!!
「あっははははははははは!!!」
体中に空いた無数の穴から血を流し、月遺跡からの反発によって発生した紫電がその身を焦がし、力の連続使用によって血涙や鼻血を垂れ流して…死に体であるにも関わらず、生き生きと笑ってナナシは抗う。望む未来のためならば、身を削り苦痛に蝕まれる事さえ笑い飛ばすナナシの狂気じみた執念は…
バチバチバチバチ………シュン!!
…遂に神の力の一端さえも打ち破り、月遺跡の一角を“収納”してみせた。
ナナシの成し遂げたその結果に意表を突かれたのか、月面に漂うナナシと了子に追撃の一手が襲い掛かる様子は無く…その隙はそのまま、神の致命傷を押し広げる事となった。
(集まれぇえええええ!!!)
ナナシが月遺跡内部に広がる血液を操り、自分の元へと収束させる。血液は月遺跡に出来た空白を埋め尽くすに留まらず、集まった血液は月面に根付いた植物のように上へ上へと伸びていき…まるで樹木のような形へと変貌した。
ピトッ…ピトピトッ…ピトピトピトピトピトッ…
樹木の上部より、花弁や木の葉のような物が月遺跡の外壁へと降り注いでいく。それは樹木の中心で、ナナシが再びアイアンメイデンに籠る事で樹木内部の管を通り、枝の先で放出された…ナナシの血液であった。
樹木の根本ではナナシの血液の流出が開始され、再び月遺跡内部に血液が流れ込んでいく。それに加えて今度は外部からもナナシの血液による月遺跡の侵略が進められ、妨害しようにも既にナナシ達は月遺跡内部に食い込む形で自分達の安全領域を築いてしまった。これでは月遺跡の機能もナナシ達に届く事は無くなり、神がナナシ達を月遺跡の領域から追い出すのは極めて困難となった。
(月面って環境に胡坐をかいて、水害や緑化による家屋被害への対策を怠ったな、神様?機会があったら、その辺に詳しい日本の建築について学ぶ事をお勧めするよ!あははははは!!)
もはや月遺跡の侵略は時間の問題である。ナナシの高笑いする声を聞きながら、了子は自分の想い人が月遺跡の何処かで頭を抱えている姿を思い浮かべて苦笑してしまった。
(まさかあのナナシちゃんが、あの御方さえ手を焼く程に成長するなんてね…)
かつてはその身に宿る力に利用価値を見出して、弦十郎にナナシの保護を促した了子だったが、ナナシが制御不能と判断するまでに急成長を遂げてしまった事でその選択は失敗だったと悔やみもした。だが今は…その選択が自分の過ごした数千年の年月の中で最も英断であったと確信している。
(だけど、このままアッサリ片が付くとは思えない。最後の決着、そしてその先に向けて…私も覚悟を決めないと)
久々に登場したかと思ったら、SFモノで母船を侵食するエネミーのような振る舞いをする主人公w
次回から地球視点に戻るので残念ながらまたしばらく出番は無さそうですw