結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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大変お待たせしました。
増田さん視点のパート3です。


閑話 我が友と二体目のアンドロイド3

ゆかちゃんがここへ来て三日目の朝日が顔を出す時間になる。

相変わらず彼女にゾッコンな我が友には危うさを覚えるが、塞ぎ込んでいた今までに比べれば非常に健全だと自身を納得させる。

やりたいことに全力で取り組む我が友の姿は眼福なので、そこに関しての文句は一切ない。

…正直なところ、テンションが高い我が友がどんな言動を取るのか分からないのが一番恐ろしいんだよね。

周囲への影響はどうでもいいけど、我が友が望まない結末になるのだけは避けたいところだ。

 

そんなことを考えていると、部屋の扉が開き、ゆかちゃんが入ってきた。

昨日までとは打って変わり、薄紫の髪には光沢があり、歩くたびにさらりと流れるように揺れ動いている。

相変わらずの腕前だ。そう言えば髪質についても色々語っていたな。全く興味が無かったから覚えてないけど。

しかし、いくら嬉しくても触り過ぎた。髪を痛めると注意すれば勢いよく手を引っ込めた。

まあ、どれだけ痛んでも丹念に手入れをするだろう。我が友は随分とゆかちゃんを気に入っているようだからね。

 

そんなゆかちゃんがどういった考えを持っているのかも含めて、混浴に誘った件を聞いてみる。

…男という枠組みではなくあくまで個を見る、か。『(ましろ)』もそうだったし、この辺りはアンドロイドの共通認識のようだ。

彼女の思考は認識できたが、必死に劣情を抑えている我が友をあまり煽らないでやってくれ。

…うん、あまり分かってなさそうだし、何ならゆかちゃんもまんざらでもなさそうだ。色々と頑張れ我が友よ。

心の中で我が友にエールを送りながら、ゆかちゃんが飲み干したカップにおかわりを注ぐ。

 

少なくとも、ゆかちゃんに害意が無いことはこの時間でも十分に理解できた。

特に外界から隔離されていた経緯から、室外の景色や物に一際強い興味を示している。

裏の畑、ひいては僕の羊たちに興味を持ってくれるかな。そう考え、畑に植えた作物がそろそろ収穫できることを思い出す。

思わず口に出してしまい、さらにゆかちゃんにも聞かれてしまったが、まあ問題は無いだろう。

我が友が認識阻害を掛けているのだ、多少違和感を覚えても騒ぐようなことにはなるまい。

そう思いながら、ゆかちゃんを連れて裏庭に続く扉を開ける。

 

予想通り、この空間に違和感を覚えてはいるようだが、意識を向けさせなければ問題無い程度に抑えられているようだ。

そして、初めて僕が手伝いをお願いしたためか、収穫も非常に真剣に取り組んでくれた。

我が友の口に入る食材のため、乱雑に扱うようであれば注意しようと思っていたが、杞憂だったようだ。

っと、確か初日に熱暴走で倒れてたね。長時間の作業で倒れられては困ると思い、しっかりと冷水を用意しておく。

トマトを報酬に渡して残りの野菜を保管しに席を外す。戻った時には羊たちの声を聞いてそちらの方へ移動するゆかちゃんの背中が見えた。ふっ、計画通り。

 

自慢の羊たちに見惚れているであろうゆかちゃんに声を掛ける。

我が友以外とこの子達について語らうなど何年ぶりだろうかと嬉しさを噛み締めながら、それは表に出さずに淡々と話す。

本当に、本当に大変な思いをしたのだ。このくらいの自慢は当然だろう。

そう思いながら、当時の我が友との会話を思い出す。

 

 

『少し頼みたいことがあるんだけど、いいかな?』

『おや珍しい、増田さんが俺におねだりなんて。何をご所望ですか?』

 

不届き者を家に招いた一件から、我が友の防犯意識は一気に高まった。

【宇宙創造の神】の神体内部に住居を移すと聞いたときは、遂に狂ったかと思ったほどだ。

誰に言っても同じ言葉が返ってくるだろうし、【無貌の神】が聞いたら抱腹絶倒でそのまま死にかねないような行動である。

極端に行き過ぎとも思うが、【全にして一の神】ですら容易に接続できないこの空間であれば、不届き者が入ってくることも無いだろう。

 

そして、神体内部に住居を構えてから地球時間で1ヶ月が経とうとしている。

最初こそ住居を覆う空間の一歩外に不可避の消滅が渦巻いている状況に尻込みしていたが、それが当たり前になるとそんな感情は霧散してしまった。

人間で言えば適応・順応したといったところか。今の環境に慣れたので、これを機に少し無理なお願いを我が友にしてみよう、そう思ったのだ。

 

『羊を飼いたいんだけど、空間を用意できるかい?』

『おっ、元羊飼いの神の血が騒ぎましたか。では早速畜舎のデザインを決めて__』

『いや、できれば完全な放牧のスタイルにしてほしいのだが』

『…それは、屋根や壁がほとんどない状況で、大量の羊を放し飼いにしたいということですか?』

『ああ、難しいかな?』

『ええ、大変難しい要望になります』

 

即答だった。考える時間すら全くない返答速度に思わず固まってしまう。

普段通りの我が友の笑顔。だがその裏には、申し訳なさとそれでも僕の要望を二つ返事で聞きたくないという思考が読み取れる。

ただ、これについては僕も引き下がるつもりはない。

 

『どう難しいのか、説明をしてくれても?』

『もちろん。まずは現在の状況についてですが__』

 

『この空間は、当然ですが魂を持った生命体が活動できるような空間ではありません。普通であればその魂諸共消滅してしまいます。

なので、家の壁、床、天井の6方向から、面で魂を観測し、その魂の存在証明を行うことで消滅を回避しています。

逆を言えば、面が1つ減るたびに観測精度が指数関数的に下がっていきます。

今回の増田さんのご要望は屋根や壁が無い、つまり地面1方向からのみの観測になりますが、そうなると放牧できる数が激減します。場所を用意してもご期待に添えない結果になるかと』

 

なるほど、確かにその事情なら僕の要望を叶えるのは難しいように聞こえる。

なーんて言うとでも思ったかい?甘いよ我が友。

君の言葉の通りなら、確かに満足できる数の羊を放牧できない。でも、それだけならあんな顔はしないよね。

何か方法があってそれを隠してるんだろ?ほら全部吐きたまえよ。

 

『あー、やっぱ気付きますよね。ちなみに気付いてないフリして諦めてくれたりは?』

『悪いね、今回ばかりは譲れないな』

『全く、羊が関わると強情なんですから。まあ、羊に本気になる増田さんも好きですよ。

お察しの通り、できないわけではありません。そうですね、家のリソースをこっちに割けば、ざっと60匹程度の放牧は可能かと』

『60かぁ…せめて3桁まで増やせないかな?』

『増やせますよ。110匹まで可能ですが、その場合増田さんは勝手に出入りできなくなります』

 

どうやら、僕がいつでも移動できるように調整してくれていたらしい。逆に、羊を優先したら僕は我が友が認識できるタイミングでしか移動できなくなるのか。

これは悩ましいが…それで羊の数が増えるというのなら、多少の不便も我慢できる。

 

『なるほどね。それで、君の懸念点は?』

『雑多な魂の情報が大量に入ってくるので落ち着かないんですよ。誰にも分からない感覚なので詳しくは言いませんが』

 

むぅ…やはり我が友に負荷が掛かることは避けられないか…。

できるだけ我が友の負荷は減らしたいとは考えているが…正直、僕も我慢が出来ないんだ。情けない主神を許してほしい。

そう思っていると、我が友が子供の我が儘を聞く父親のような優しい目をして軽く溜息を吐いた。

 

『まあ、増田さんには今まで色々と世話を焼いてもらってますから。その代わり、少しだけ俺の無理も聞いていただけますか?』

『勿論、無理を聞いてもらえるんだ、対価は惜しまないよ。それで、君の無理っていうのは?』

『俺のお嫁さんになって下さい』

 

………っとぉ、おっかしいなぁ、振動受容器官が狂ったかなぁ?とんでもない空気の振動に変換されたぞぉ。

 

『すまない、今日は振動受容器官の調子が悪いみたいだ。もう一回言ってくれないか?』

『一回どころか何度でも言いますよ。【俺のお嫁さんになって下さい】』

 

聞き間違いではなかったようだ。おまけに2回目に至ってはご丁寧に念話で言ってきた。

…いやいやいや待て待て待て、なんでそうなる!?どういう思考でそうなった!?

 

『いやぁ、前々から思ってたんですよね、いっそ増田さんをお嫁さんにできたらって。

今まではさすがに無理だと思って諦めてましたが、無理の対価としてなら要求しても問題無いですよね。

羊の飼育は増田さんが満足するまで永久、俺のお嫁さんの期間も俺が満足するまで。

どうです?悪い条件では無いと思いますが』

『…もし断ったら?』

『別にそれでも構いませんよ。でも、無理を通したいんでしょう?』

 

この鬼!悪魔!邪神!僕は君をそんな下衆な子に育てた覚えはないよ!

いつもの3割増しでニヤニヤしてる我が友の顔が非常にムカつく。足元を見るとはなるほどこういうことを言うのかと逆に冷静になる。

長考の末、僕は首を縦に振ってしまった。

 

『はい契約成立ですね。子供は何人作りましょうか』

 

あ、ヤバい、完全にやらかしたぞこれ。

我が儘を通しただけなのに、何でこうなったのか。

その後のことは…僕の沽券に関わるので思い返すのは控えさせてもらう__

 

 

 

あの時は大変だった。本当に大変だった。僕の神としての色々なものが失われた期間と言っても過言じゃないほどに。

まあ、我が友も楽しそうだったし。結局その夫婦生活も数千年程度で[何か違うな]ってことで終わったけどさ。

偽の青空を仰ぎながら当時を思い出す…思い…出…__

 

『あぁ、念のため言っておきますが、僕の認識外のタイミングで外に出ないで下さいね?

魂の観測が出来ないとそのまま神体の内部空間に放り込まれて消滅してしまいますので。

一応危なくなったら羊を犠牲にして増田さんは助けますが、それも確定で出来るわけではないので』

 

…マズい、またやらかしてしまった。

ダメだと分かっていても、羊が絡むとどうしてもそちらに意識を持っていかれてしまう。

新参者(ゆかちゃん)に動揺を悟られないよう、平常心を保って家の中へ戻る。が__

 

「やあ、おはようございます二人とも」

 

ヤバい、割と本気で怒ってる時の笑顔だ。

下手に言い訳しても無意味なので、大人しく我が友に叱られる。

ゆかちゃんにあまり見せたくない姿ではあるが、命に関わる件なので仕方がない。

 

『さて、一つ貸し…の件はまた後ほど。増田さんには別にやってほしいことがあるんですよね』

『まあ、今回は完全に僕の過失だから拒否はしないけど…』

『そう身構えないで下さい。実は今、地球侵略に向かっている連中がいまして、これを増田さんに退けてほしいんですよね』

 

なるほど、今回()()()()()は求めてないってことね。

僕に任せるってことは、外套を外しても僕の元に駆け付けないって事前通知か。

面倒だが仕方ない、たまには僕も暴れさせてもらうとしよう。

我が友がわざとらしく予定を聞いてくるので別行動する旨を伝え、僕は単身宇宙空間に出ていく。

 

 

あれが我が友の言っていた船団か。装備と規模から考えてかなり下位の連中だな。これだから粗暴な田舎者は困る。

とりあえず帰るよう警告するけど…あぁダメだね、こっちに砲身向けてきた。話し合いすらしようとしないなんて、文明レベルが知れるよ。

残念だけど、ここで潰させてもらうよ。理不尽とは言うまいね?だって先に弓を引いたのは君たちだ。

外套とマスクを外す。今の僕は増田に非ず。我は神、貴様らの歩みと息の根を止める者。

我が信者の安寧を乱す不届き者を始末するため、神の力を行使する。

 

 

結論から言えば、片手間で潰せる程度の連中だった。仮に地球侵略を開始しても、すぐ人間に技術を解析されて返り討ちにされてただろう。

人類の文明レベルを上げるチャンスなんだけど…なるほど、これは戦闘用アンドロイドの存在を肯定する一件にもなるね。

うん、僕も色々と分かってきたぞ。…別に分かりたくも無いけど。

溜息を吐きながら家に戻ると、我が友がゆかちゃんに抱き着いていた。おっと、邪魔をしたかな?そう思っていたが、少し事情が違うようだ。

 

話を聞いても何もなかったと我が友ははぐらかすが、そんな有様で何もないわけがないでしょ。

我が友のメンタルが振れたら冗談抜きで宇宙消滅に繋がるんだよ。もっと自覚してほしいね。

話を聞くと、ゆかちゃんの再起動が遅くて不安になったとのこと。全く、三日でそんなザマになってる君も大概チョロい性格してるよ。

呆れながら叱ったら、完全に素のテンションになって畳をテシテシ叩く我が友。

ずっとその姿を眺めていたいところだが、まだ我が友はゆかちゃんにこの姿を見せたくないだろうと思い一喝しておく。

 

午後からはいつもの格ゲー対戦で盛り上がっている。

流石はアンドロイド、手加減されているとはいえ、もう我が友の動きを見切り始めたのか。

我が友からの抱き着きも、ここ数日で耐性が出来たのだろう、そのままコンボを完遂した。

 

「しかし、これほどの早さで黒星が付くとは。成長速度は増田さん以上だな」

「何だと?許せん」

 

新参者に負けていると言われるのは看過できないね、ちょっとわからせが必要かな?

…そう言えば、今までアンドロイドと本気で対戦したことは無かったね。

(ましろ)』は徹底的に接待プレイをしていたし、我が友にそれを指摘されると、寧ろ接待の巧妙さに拍車がかかったほどだ。

どんなにボコボコにされても我が友を立てる姿は流石はアンドロイドと思ったけど、配信という場とは相性が悪かった。

(ましろ)』と比べると、煽りに対して反応が良いゆかちゃんは配信向きの性格をしているね。

 

今日のお八つはクレープにしてみた。

ゆかちゃんに色々な味を楽しんでもらいたい…という建前の元、材料だけ用意すれば勝手に完成形を作ってくれる、所謂手抜き料理だ。

そう思ったが、予想に反してゆかちゃんの反応が悪い。なるほど、出掛けた際に食べてきたのか。

だけど、凡百の店の一品を食べた程度で申し訳ない顔をされるのは心外だね。

こだわりの素材に我が友の腕前を加えた至高の逸品を心ゆくまで堪能するといい。

 

クレープを頬張るゆかちゃんを横目に、テレビのニュース番組の音を拾う。

デパート近くで爆発事故…我が友の仕業だな。ゲーム会社社長が逮捕…我が友がやったやつだな。

ゆかちゃんも不思議そうに聞いているけど、流石に我が友の仕業とは思わないよね。

自分で作ったクレープに納得してないゆかちゃんに、我が友が配分を変えて提供する。

ゆったりとした時間のまま、ゆかちゃんが来て3日目の日が沈んでいく。

 

 

4日目の朝日が昇る時間、起きてきたゆかちゃんは必死に何かの動画を見漁っていた。

他の動画投稿者が作ったキャラ評価を見ているようだ。凡百の動画をどれだけ見ても我が友には勝てんだろう。

我が友の凄さを改めてゆかちゃんに語りながら、精神面の脆弱性を嘆く。

 

「増田さん、私がマスターにしてあげられる事はありませんか?」

 

してやれること、か。我が友の事を想い我が友の心に寄り添ってくれるのが一番だが、今のゆかちゃんにはまだ難しいか。

ならばと、マッサージの返礼を提案する。我が友は奉仕することには慣れているが、されることには慣れていないから丁度いい。

僕の言葉でやる気になったゆかちゃんを横目に、彼女が食べ終わった皿を洗う。

 

そこから少し時間が経ち、我が友が起きてきたが…今日はナイーブな日か。ゆかちゃんにそっと抱き着く我が友の姿はとても痛々しい。

ゆかちゃんの視線がこちらを向いた。「抱き返してやってくれ」という僕の思考は通じたようて、彼女も我が友に抱擁をしてくれる。

 

「もう辛いの嫌だ…嫌だよぉ…」

 

我が友の涙声が振動受容器官を揺らす。何とかしてやりたい。でも僕の力では我が友の生を終わらせてあげることはできない。

信者一人の願い一つ叶えられない自分自身の無力さに思わず俯いてしまう。

誰も何も発言しない、我が友のすすり泣く声だけが響く時間が1時間ほど続いた。

 

ようやく落ち着きを取り戻した我が友が、ゆかちゃんの洋服に涙を垂らしたことを謝り倒している。

このままでは話が進まないので、ゆかちゃんの願いを聞くよう誘導し、マッサージを受けられるようにアシストする。

我が友は先の言動を[やらかし]と思っているので拒否するけど、ゆかちゃんと共に詰めたおかげで根負けしてくれた。

後は問題ないだろう。我が友のことはゆかちゃんに任せ、僕は買い出しの為に外出する。

 

帰ってみると、ゆかちゃんが目に見えて落ち込んでいるのが見える。我が友はぐっすり眠っているようだが、何かダメだったのだろうか。

コーヒーとケーキを目の前に置いてみるが、全く手が動かない。余程のことがあったのだろうと僕がいない間のやり取りを聞き出す。

…力になれない無力さか。その気持ちは僕も痛いほど分かる。だけど、僕にもどうすることもできないのだ。

寧ろ、我が友に安眠を提供してくれている時点で、十二分に我が友の役に立っている。

それだけでは満足できないのか、他に何か無いかと真剣な表情で聞いてくるゆかちゃん。

 

「ならば、決してコイツを裏切るな。これ以上のトラウマを増やすな」

「そんなのは当然です」

 

当然、か。神としてその言葉に二言は無いか聞きたいところだが、今の僕はただの人間だ。

そんなに信用無いかと不満げな顔をしてるゆかちゃんに、こちらも熟考する。

ゆかちゃんにはそろそろ僕達の考えを少し共有してもいいかもしれない。

僕はゆかちゃんを信用していないことと、何故信用できないのかを話す。すると、ゆかちゃんは啞然とした顔をして弁解を始めた。

 

…なる、ほど…命令では無いから遠慮もするし、マスターの注意も受け流せると…。

いや、それは…どうなのだ?命令では無いから聞かなくてもいいというのは、アリなのか?

分からん、『(ましろ)』の時は…そもそもそれを聞かない、ということが無かったな。

まあ、何はともあれ誤解は解けた。命令ならちゃんと従うと言うのであれば、警戒度を下げても良いだろう。

そのことを呟いたら文句を言われた。まだ3日目だぞ、完全に我が友を任せるには早すぎる。

 

そんな話をしていたら我が友が起きてきて、そのままゆかちゃんとイチャイチャし始めた。

我が友が楽しんでいるようで何よりだ。ゆかちゃんも騒いでこそいるが、口角が上がっているところを見ると迷惑とは思っていないようだ。

困った顔でこちらに助けを求められるが、本気で拒否すれば良いだけのこと。そうしないのであれば諦めてその状況を続けることだね。

仲睦まじい二人の事は放っておいて、僕はそのままキッチンへ向かう。

 

 

一息つき、改めて裏の畑の収穫を二人に要請する。

気合十分なゆかちゃんに我が友が春夏秋冬の畑の説明をすると、首を傾げて考え始めるゆかちゃん。

やはり我が友の近くに居るせいで認識阻害が薄れているな。ゆかちゃんが部屋を出るのを見送って我が友に話しかける。

 

「もう少し出力を上げた方が良いんじゃない?」

「いえ、あれ以上は普通の認識に影響します」

「認識阻害が切れたら色々と混乱するんじゃない?大丈夫?」

「…何とかしますよ。それを抜きにしてもあと1週間は持つ計算です」

 

それは普通の人間相手の計算じゃないのか?アンドロイド相手にも同じ時間間隔で大丈夫なのか?

…まあ、我が友が何とかするというのなら、僕から特に何か言うことは無い。

ゆかちゃんに対する考えは断ち切り、収穫について思考を割くことにした。

 

収穫中の二人の姿は、それはもう仲睦まじいものであった。

あらゆる物事が初めてなゆかちゃんに色々と教える我が友はとても楽しそうで、その笑顔がとても輝いて見える。

やはり、純粋なゆかちゃんの言動は我が友にとっての癒しだな。裏表が無い言動は僕の目線でも安心できる。

収穫も随分と頑張ってくれたし、少し奮発して収穫したフルーツでケーキを作ると言ったらご機嫌で返事が返ってきた。相変わらずの健啖家だな。

 

 

完食されたケーキの皿を洗いながら、夕方の配信に勤しむ二人の声に耳を傾ける。

ゲームが始まって少しすると、何故かゆかちゃんの悲鳴が聞こえてくる。

はて、今日の内容で悲鳴を上げるような作品はあっただろうか。

疑問には思うが、我が友がついているなら問題無いだろうと、夕食の仕込みに意識を向ける。

 

盛り付けを終えて、抱き合って雑談している二人を呼ぶ。

仲睦まじいのは結構だが、我が友はいい加減に自分の悪癖を理解してほしいよ。

とりあえずゆかちゃんから引っぺがして叱っておく。

不貞腐れた顔をしているが、僕にそうするように教えたのは君だろうに。

全く、と呆れながら我が友に着席を促し、料理を配膳していく。

 

夕食が済んだら特段やることもなく、テレビを見るなりスマホを見るなりして、ただ時計の針が進むのを感じる時間。

僕としてはこの時間は嫌いではない。各々が好き勝手に動く時間は個人の趣向が見えるし、それを観察するのは中々面白い。

ゆかちゃんはスマホこそ持ってはいるが、我が友と居る時は対話に専念している。

我が友とのコミュニケーションを最優先する姿には好感が持てるね。

 

いい塩梅の時間になり、二人が入浴に行くのを見送ると同時に、僕も肩の力を抜く。

ゆかちゃんは基本的に入浴後は自室に戻るため、堅苦しい口調の[増田]も業務終了だ。

規則正しい生活をしてくれるゆかちゃんは行動が読みやすくて助かるよ。本人の前では言わないけどね。

 

それから少しして、入浴を終えた我が友が戻ってくるが、普段とは雰囲気が違う。

ゆかちゃんに全身マッサージをした喜びではなく、スッキリしたような、達観したような何とも言えない表情。

全部話した…わけではないよね。とりあえず話を聞きたいのでコーヒーにミルクと角砂糖を入れて我が友の前に出す。

 

「俺の味覚のことをゆかちゃんに伝えたんですよ」

「…それで、ゆかちゃんの様子は?」

「あんまりだ、と泣かれました」

 

その姿が容易に脳裏に浮かぶ。

何でも美味しいと食べるゆかちゃんにとって、我が友の現状がどれほど悲惨か嫌でも理解できたのだろう。

それを思うと同時に、その時の自分の油断が今の惨状を引き起こしてしまったのだと思い、僕の気分まで滅入ってしまう。

 

「増田さんまでそんな顔しないで下さいよ。悪いのは見極められなかった俺の責任なんですから」

 

苦笑しながら我が友はそう言うが、料理担当の僕が調理場を明け渡したのが原因だ。

元凶はあの屑人間だが、魂を抹消された今となっては、こうやって恨み節を吐くくらいしかできない。

「増田さんもあまり気負わないで下さい」と言って寝室に向かう我が友の背中を、僕はずっと見ていた。

 

 

時間が経ち、日の出の時間にゆかちゃんが起きてくる。

しかし、いつもと様子が違って中々リビングに入ってこない。

僕が話しかけてようやく部屋に入るゆかちゃん。恐らく彼女も、我が友について思い悩んでいるのだろう。

僕もその気持ちは痛いほど分かる。当時の後悔をゆかちゃんに共有するのは同族意識の表れか。

…僕も、たった数日で随分とゆかちゃんを信用したらしい。

 

そんなことを考えていると、ゆかちゃんから我が友が人を殺したらどうする、と質問を受ける。

我が友が何か言ったのだろうな。僕にとっては我が友が人間を殺すなんて今更だ。何を考え何を行おうと、僕は我が友の味方であり続ける。

アンドロイドはどう判断するのかと質問したら、好感度に応じて行動がかなり変わるとのことだ。

ゆかちゃんの好感度を思えば、恐らく変なことにはならないだろうと思い、僕は一旦そこで会話を切り上げた。

 

そこから2時間ほど経って我が友が起きてきた。顔色を見る限り、今日は比較的寝起きが良いようだ。

普段通りの朝食…だが、ゆかちゃんは昨日の我が友との会話を引きずっているらしい。

それに気付いた我が友がゆかちゃんの頬を揉みしだいて場の雰囲気を変える。

お返しにゆかちゃんから膝枕を提案され、遠慮した我が友が頬を揉み返されている。

 

「私にもっと無遠慮に来いと言ったのに、マスターは私に遠慮しまくりじゃないですか」

 

そうだそうだもっと言ってやれ。我が友はこういうところで遠慮するからダメなんだ。

強引なゆかちゃんのおかげでスムーズに膝枕を受ける我が友を横目に、三ツ星シェフが教えるレシピの番組に記憶容量を割く。

ゆかちゃんの膝枕なら、我が友も安心して眠ることができるだろうし、お昼の予定を__

 

「そこまで無警戒になれとは言ってねぇ!」

 

大声を出して飛び起きる我が友、ゆかちゃんも驚いて短い悲鳴を上げている。

我が友がここまで焦ることか…最近ならあの人間たちに関連することか。

我が友の貴重な睡眠時間を削ってまで対処しなければならないほどのことか?

 

「せっかくの睡眠時間だぞ全く」

 

いくら死なないからといっても、とりあえず自分を犠牲にする思考は何とかしたいものだ。

我が友に直接言いたかった僕の文句の言葉は、そのまま虚空の中に消えていった。

 

 

「随分と動いてたみたいだね」

「まあ、俺が下手に魔術を使ったせいで起きた騒動だったので」

 

その夜の話し合いで、昼前の出来事を我が友から聞き取りする。

確かに、自分の不手際なら積極的に動くのも仕方は無いか。

 

「そうだとしても、君は時空間も好き勝手できるんだから、一度眠ってからでも良かったんじゃないの?」

「この空間の時間間隔を地球と同じにしてるんで、そこを歪めると他の諸々に影響が出るんですよ」

「うーん…確かに、僕は時空間に干渉できるほどの力は無いから君の苦労は分からないけど…」

「それに、このくらいなら全然許容できますよ、何千億年のたった一日なんですから」

 

そう言って、その一日が一ヶ月に増え一年に増えるんでしょ?

早いうちにブレーキを掛けるに越したことはないよ。

そうやってギロリと睨んでやると、バツが悪そうに苦笑してコーヒーを飲み干された。

今日の話は終わりだね、そう思いながら空のコーヒーカップを片付ける。

 

 

一夜明けて、新しい一日が始まる。

ゆかちゃんがソファに座って、何やら真剣に悩んでいた。

どうやら次の配信で対戦する内容をゆかちゃんに決めさせるらしく、色々なジャンルのゲームを検索しているようだ。

そのうち本気の我が友に追いつく勢いなのだから、アンドロイドとは恐ろしい。

他愛の無い雑談をゆかちゃんと交わし、我が友が起きてくるのを待っていると__

 

(…これは…どうなんだ…マズいか…?)

 

空間全体の気配が変わった。非常に夢見が悪かったようだ。

癇癪で僕達が消滅していないので最悪ではないが、その後の対応を間違えたらどうなるか分からない。

今ここでゆかちゃんを消滅させるわけにはいかない。我が友の精神にあまりによろしくない。

どうするか考えている間に、我が友がリビングに入ってくる。

 

やはり、夢見が悪かったのかかなり苛立っている。

最高神三柱分の神気が漏れ出る姿は何度見ても委縮してしまう。

そんな中でも、神気を感じ取りにくい機械であるゆかちゃんが我が友に果敢に話し掛けている。

 

「マスター、昨日お話ししてたゲーム決めましたよ」

 

普段通りの声色で話し掛けたゆかちゃんに返したのは、冷笑だった。

どうせ何もかも消えてしまうのだから、どうせ何も残らないのだから、そういった負の感情がにじみ出ている。

ゆかちゃんの言葉でダメなら、もう何を言っても無駄だろう。ゆかちゃんの前であるが、この状態になった時点で避けられない。

我が友の心臓に刻印した僕のシンボルに、僕の魔力を送り込む。

 

血と臓物をまき散らして絶命した我が友の姿はゆかちゃんにとってショッキングな光景だろうが、受け入れてもらうしかない。

早いかもしれない、開示が足りないかもしれない。けれど、もう隠すことはしないのだろう、我が友が諦観の表情でゆかちゃんに話しかける。

 

「ゆかちゃん、お風呂に入ってきませんか?戻ってきたら、全て話しますから」

 

内心では今にも取り乱してしまいたいほどの荒れた心境を、持ち前のポーカーフェイスで一切悟らせずに言い切った。

未だ混乱しているゆかちゃんが言われた通りに浴室に向かうと同時に、我が友が頭を抱えて寄りかかってくる。

 

「…怖い…」

 

ただ一言、だがそれは我が友にとって何よりも重い言葉であった。

呼吸が浅くなって回数も増え、遂には嘔吐する我が友。外套にモロに掛かったが、そんなことはどうでもいい。

大丈夫とも容易に言えない。慰めの言葉を掛けることもできず、ただ我が友が落ち着くまでその背中をさすり続けるしかなかった。

だが、いつまでもそのままにはできない。ゆかちゃんが帰ってくるまでに、せめて会話ができる程度には回復してもらわないといけない。

そう思い、我が友の頭を叩き潰した。

 

「落ち着いた?」

「…はい、まだまだ本調子ではありませんが」

 

さもありなん。恐らくゆかちゃんとの会話中にも何度も我が友を殺さなければ、建設的な会話も難しいだろう。

床に散らばった吐しゃ物を片付けさせ、そのままソファに座らせる。

震えが止まらない我が友の左手に、僕は右手を重ねてそっと包む。

 

「少しはマシになるかな?」

「…ありがとうございます、増田さん。甘えさせてもらいます」

 

 

リビングのドアが開く音に、我が友の心拍数が跳ね上がった。

風呂から上がったゆかちゃんに我が友が着席を促し、ゆかちゃんも素直にそれに従う。

…今にも逃げ出しそうな我が友とは対照的に、ゆかちゃんはかなり落ち着いているようだ。

この落ち着き様は、彼女の中では既に何らかの答えを得ているのであろう。

 

「マスターは、何者ですか?」

「神の力を持たされた人間、というのが正解でしょうか。この包帯の下は三柱の神の身体が付いています。見てみます?」

 

いくら質問に全て答えるとはいえ、いきなり神体まで見せるのか。

精神保護を行った辺り、ある程度冷静さを保ってはいるようだが、左目の封を解くのは今の我が友には毒ではないか。

だが、あくまでも僕は傍観者だ。僕にできることは、その成り行きを見守ることだけ。

そう思いながら二人の問答を聞いていると、ゆかちゃんから核心を突いた問いが発せられた。

 

「マスターの事を裏切らず、マスターを第一に考える、そんな都合の良い人間を創ろうとはしなかったのですか?」

 

そんなゆかちゃんの言葉に、思わず笑い声を上げてしまう。

あぁ、全くもってその通りだ。そうすれば我が友はここまで苦しむことは無いだろうに。

君が創った世界で、君だけに都合が良い存在を近くに置いて、一体何が悪いのか。

そんな問答の果てに、また振動受容器官が信じられない音を受け取る。

 

「ゆかちゃんが望むなら、僕はマスターの登録を解除しようと思っています」

 

正気か…?本気か…?あれだけ入れ込んで、あれだけ心血を注いだゆかちゃんを手放すと言うのか!?

だが、この言葉を発した時点で、その決定権はゆかちゃんにある。ゆかちゃんが我が友を否定すれば、涙を呑んで首を縦に振るだろう。

体内が冷たくなるのを感じながらゆかちゃんの返答を待つが、その彼女の眉が段々と険しくなっていく。

 

「何故、アンドロイドである私に、マスターの今後を決めさせようとしてるんですか。

どうして自らトラウマを増やすようなことをするんですか!どうして私にその願望を打ち明けてくれないんですか!」

 

それは、ゆかちゃんの心からの叫びだった。

アンドロイドとはかくあるべし、組織から完全に独立してなお、彼女はそれを守り我が友に訴えたのだ。

我が友の全てを見て、聞いて、それでもその言葉が出たのなら、彼女は信頼に値する。彼女なら我が友を任せても大丈夫。

そう思いながら、二人が手を取り合う姿を僕は満足気に眺めていた。

 

 

 

 

それから数日経ったある日の夜。

 

「マスターに夜這いを掛けたいと思います」

「……」

 

急に何を言い出すんだろうね、この小動物は。

我が友に夜這い?本気で言ってるのかい?

 

「マスターも色々と溜め込んでるでしょうし、やはり定期的な処理は必要だと思うんです。

あ、経験については問題ありません。これでも過去に数十人のマスターに色々されてきた実績はありますから」

 

ふんふんと鼻息を荒くしながら胸を張るゆかちゃん。

うん、そっちの心配は全くしてないんだけどね。

というか、ゆかちゃんは気付かないのだろうか。いや気付いてないんだろうね。だからそんな事をのたまえるんだろうね。

我が友は世界を好きに創ることができる。ということは、『そういう趣旨の世界』だって幾らでも創れるということだ。

そして、そういった世界を創りまくってなお、我が友は人並みの性欲が残ってる。その意味が分からないんだろうね。

 

意気揚々と我が友の部屋(虎穴)に向かっていったゆかちゃん(小動物)の背中をそっと見送る。

止めるなんて無粋なことはしないよ。ゆかちゃんの言う通り、定期的な処理は必要だと思うし。

さてどれだけ持つかな。30分くらいかな。そう思いながら、朝食の仕込みを手早く行っていく。

 

 

-翌朝-

 

 

少し遅い時間になって、やっと二人が起きてきた。

いや、起きてきたという言葉には語弊があるかもしれないね。

肌がツヤツヤでスッキリと満足気な顔をしている我が友と__

 

「フーッ…フーッ…!…んぎゅっ、ふっ…はっ…!」

 

我が友に貪り食われて、生まれたての小鹿の様に足を笑わせている哀れな小動物が一匹。

我が友が手を貸さないとまともに歩くこともできないようだけど、触れることすら反応してしまうほど戻ってこられないらしい。

 

「楽しそうだねぇ」

「ぜん、ぜ…たのし…あり、ま…せっ…!

ます…さ…、こん…きい…て、な…!」

「言わなかったし聞かれなかったからねぇ」

 

無量大数を優に超える年月を生きてる我が友だよ、ゆかちゃんの経験人数なんて端数のさらに切れ端みたいなもんさ。

まあ、頼み込んだら手加減はしてくれるかもしれないね。

今後も大変だろうけど、我が友の相手は任せるよ。

こちらを睨んでくるゆかちゃんに見えるように、僕は大きくサムズアップで返した。




駆け足でしたか何とかパート3で終了しました。
次回からはゆかちゃん視点に戻ります。


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