前回の話で更新再開を喜んでくれる方がたくさんいらっしゃって嬉しかったです。
今回も主役は村正()です。
楽しんでいただければ幸いです。
一見して高級と分かる車両に、通行人の好奇の視線が向けられる。
運転手は上下を黒のスーツで固め、サングラスを掛けた成人のウマ娘。何度か振り返っており、同乗者がいることは分かるが後部座席のガラスはスモーク仕様になっており、中を窺い知ることはできない。
その車両はある大使館に向かっていたのだが、事故による通行止めから一般道に誘導され、ものの見事に渋滞に嵌っていた。
しかも悪いことは更に重なる。加速性能の低下と異音。このまま走行して大丈夫か逡巡するが、大使館までなんとか持ってくれと祈りながら信号で停車。
すると、突然助手席側の窓がノックされた。自席側のサイドミラーを確認しつつ少しだけ開け、何事かと尋ねる。
「この車、恐らくだが冷却液が漏れてる。どこまで行くのか知らないが、無理に走ればエンジンブローする可能性がある。どこかに駐車してロードサービスを呼んだ方がいい」
こめかみ辺りの前髪だけが白髪の青年。身長がかなり高く、身を屈めていた。
見覚えのあるような顔だが、思い出すことはできなかった。
「水温はどれくらいになってる?」
「……高めですね。どこか止められそうなところはありますか?」
「300mほど行ったところにコンビニがある」
「分かりました。あの、失礼ですが一緒に確認していただいてもよろしいですか? あまり詳しくなくて」
「お安いご用だ」
・
駐車し、ボンネットを開く。
「どうですか」
「やはりクーラント液、冷却液が漏れてるな。ロードサービスには入ってるか?」
「恥ずかしながら……」
「そうか。まあここに呼んでから入会することもできるから、それまでは店員に事情を話してここで待たせてもらうといい」
「この後約束があるのですが、どうにかなりませんかね」
「応急処置はできるが、あくまで応急処置だ。さっきも言ったが下手をすればエンジンブローしてしまうぞ。ちなみに用事の内容は聞いても?」
「大使館に行く予定でして」
「……おいそれとズラせそうにない用事のようだな」
特殊な立場ゆえ軽々しい提案ができず、手詰まり感に形の良い眉を歪ませる。
すると後部座席のドアが開き、1人の少女が姿を現した。
「でしたら電車で行きます」
「……いやいや! いくらこの国が安全とは言え……。それに案内もなしに到着できるわけが」
「確かに日本の公共機関は一度も利用したことがありませんね。ああ、どこかに案内してくださる親切な方はいらっしゃらないでしょうか」
態とらしいシナを作り、態とらしいウィンクを寄越す少女。傲慢とも取れてしまう言動を、愛嬌と所作の美しさで完全に覆い尽くす彼女に思わず笑ってしまう。
「こちらは構わんが、流石に初対面の人間を信用しすぎじゃないか?」
「一度通り過ぎたのに、わざわざ戻って来て教えてくれるような人ですもの。信用するには十分だと思いますけど?」
そのことに全く気付いていなかった女性は、驚きながら男性に視線を向けた。
戯けるように肩をすくめながら答える。
「優れた観察眼をお持ちのようだ」
「ね?」
と、期待するような視線を向ける少女。
熟考し、やがて盛大な溜め息を吐く。
「そうなってはもう何と言っても聞いてはくれませんね」
クルリと体ごと向きを変える。
「薄々気付いてるかもしれませんが、お嬢様はやんごとなき立場の方です。そのことを承知した上での振る舞いを心掛けてください」
「心得た」
「あと一応ボディチェックをさせてもらいます」
両手を上げさせ、服の上から叩いていくと、その肉体が鋼のように鍛え上げられていることに驚く。業務遂行のため日々心身を鍛錬している身として、賞賛したくなるほどであった。
「隊長。もう十分では?」
「ハッ。……危険物はないようですね」
平静を装い、さもじっくりと検査していたと誤魔化せた、と思っているが、困った顔をした青年と少女の間でアイコンタクトが交わされたことを彼女は知らない。
・
「隊長がごめんね」
「邪なものはなかったからな。別になんともないさ」
「ふふ、良かった。私はファインモーション。少しの間だけどよろしくね?」
「千子村正だ。エスコートの相手としては頼りないかもしれんが、よろしく頼むよ」
「そう? すごく慣れてるように思えるけど。全然物怖じしてる雰囲気ないし」
「格上の存在と相対することには慣れてるのでね。ところで大使館には何の用事が?」
「日本に留学とか、親の転勤で来てる子供達との交流会」
「それは重大な仕事だな。母国はどちらなのだ?」
「アイルランド。あまり馴染みがないかもしれないね」
「アイルランドか。An dtuigeann tú mo fhuaimniú?(これで通じるかね?)」
目を見開き、驚きを露わにする。日本で聞くことはまずないと思っていた母国の言葉だからではない。母国でも衰退しつつある言語だからだ。
「Sin iontach! Cá bhfuair tú é sin?(すごい!どこで習ったの?)」
イギリス留学の時にスパルタ教育で詰め込まれたのだが、流石に歴史的背景を考えると馬鹿正直に言うことはできないので誤魔化しつつ説明することにした。
「昔、知り合いに習わされた。使う機会は少なかったが、意外と覚えているものだな」
スパルタ教育だったこと自体は鮮明過ぎるほどに覚えているが、肝心の授業内容は全く思い出せないし、思い出そうとするとやめろと心が警告するのはすぐに諦めた。
「異国の地で助けてくれた相手が、こちらの言葉を流暢に話せる……。もしかして運命の出会い?」
「君のような子が言うと意味深になってしまうぞ」
天啓を受けたように言うファインに思わず突っ込む士r村正。
「あはは。冗談だよ。でも嬉しいからさ。あ、そうだ。じゃあ村正も交流会に参加ね」
我ながらいい考え、と言わんばかりに手を打つファイン。今度は村正が驚きを露わにする。
「急に何を言い出すんだ。それに関係者に迷惑だし、場違いにも程があるだろう」
いざとなれば捻じ込めてしまう立場なのだろうが、それに振り回され胃を痛くする者達のことを思うと到底了承できなかった。シンプル且つ至極真っ当な意見なのだが、相手が納得するかはまた別の話。
「貴様〜。私のお願いが聞けないと申すのか」
しかも
「残念だがやんごとなき立場、という程度では言うことを聞かせるには不足だな」
「むう。じゃあ、終わるまで待ってて。折角エスコートしてくれたのに、お礼もなしにお別れしたくないし」
「まあそれなら大丈夫だ」
「本当に? 約束だよ? いなくなってたら怖いからね」
「承知したとも」
交流会の終了予定時刻を確認し、別れる。その際、勝手に帰っちゃダメだからねと再三の念押しをされ、職員から怪訝な目で見られる些細なトラブルに見舞われたが。
・
「あ、よかった。ちゃんといてくれた」
「約束は守るさ」
「ありがとう。じゃあ行こっか」
「どこに行くんだ。駅はこっちだぞ」
「折角だから少し歩いてこうよ」
「……黒服さんにはちゃんと連絡しておくんだぞ」
「! うん!」
・
油断するとすぐに脇に逸れようとするファインを制しつつ歩いていると、道沿いにある大きな公園が現れた。普段から家族連れでそれなりに賑わっているが、今日はそれ以上の賑わいを見せていた。何事かと入り口から覗いたファインを、巨大なキャラ物のバルーンが出迎えた。どうやらお祭りが開催されているようだった。
彼女の祖国でも人気なキャラクターなこともあり、歓声を上げながら身を乗り出していた。
「……ねえ村正〜」
「黒服さんへの言い訳は頼むぞ?」
「はーい!」
許可を貰うや否や一直線に巨大バルーンを目指して走るファイン。列を作っている客層を見て声をかけようとしたが、それよりも早く項垂れたファインがスゴスゴと戻って来た。
「年齢制限があった……」
「だろうな」
「村正〜〜」
「そう言えば何とかしてくれると思ってないか? 諦めろ。出店で何か買ってやるから機嫌を直すといい」
「仕方ないなぁ」
その途中、少し開けた場所で赤が目を引く車両の存在に気付く。
「消防車? もしもの時のために待機してるのかな」
「いやあれも出し物の1つだ。高所での消火活動に使われるもので、特別に乗れるんだ」
「へえぇ〜〜。……ちら」
「黒服さんが知ったら卒倒するんじゃないか?」
「村正が内緒にしててくれるなら大丈夫だよ」
もし本当に不測の事態で降りられなくなったり転落するようなことがあっても、村正ならば対処できるためそこまで強く制止することではなかった。
「君こそうっかり口を滑らせるなよ」
ちびっ子たちの列に並ぶファインと村正。すれ違えば目を追ってしまう美麗なウマ娘に、日本人離れした体躯の偉丈夫。とても目立つ2人組だったが、どちらもそう言った視線には慣れているため平時と何ら変わりなかった。
やがて2人の番になると、村正は列から捌けーーようとしたところでファインに手を掴まれる。
「いや私は」
「ホラホラつっかえて後ろに迷惑掛かっちゃうよ」
「……分かった分かった」
2人と消防士を乗せたバスケットがゆっくりと上昇を始める。
航空機に乗る機会の多いファインだが、こうした高さを実感できる高度に身を置く機会はなく、見慣れぬ景色に控え目な歓声を上げ、目を輝かせている。
村正はこの程度の高さには慣れており何ら思うことはないが、梯子車に乗った記憶はなくそういった意味ではこの体験を満喫できていた。
・
「あー楽しかったあ」
村正に買ってもらった綿飴を啄みながら言う。
「それは何よりだ。楽しんでいるところに水を差してしまうが、時間はいいのか? 既にだいぶここにいるが」
「ん? んーー……。そうだねえ、名残惜しいけどそろそろ行かないとね」
村正から渡されたウェットティッシュで口と手を拭い、公園を後にする。
時刻は午後3時を過ぎていた。中途半端な時間故か、通りを歩いている人影は少ない。
「私が王族ってこと話したっけ?」
「やんごとなき身分としか聞いてないな。しかしそうか王族か」
「ふふ、驚いちゃった?」
「いや、王族の割に普通だなと思っただけだ」
「ふ、普通? 初めて言われた……」
全く予想していなかったリアクションにショックを受けるが、暫し何かを考える素振りを見せる。促さず見守る。
「君はさ、王族が一時とは言えその役割を放棄して異国の地で競技にかまけることをどう思う? 君が知ってる王族なら何て言うかな」
「そうだな、私が知っている王なら……。いやダメだな、参考にできない極端なのしかいないな」
「そんなに?」
「この世の遍くは自分の物と本気で言う生きる天上天下唯我独尊に、文字通り自分の全てを民に捧げ、滅んでしまったら全部自分のせいだと言うようなのだ」
「そ、それは確かに強烈だね……」
引き気味に言うと、少しだけ気落ちした表情を浮かべる。今度は村正が考える素振りを見せた。
「……王族ではないが、自分の意思では辞めることも、終わらせることもできない立場にいる人間の所見で良いなら話すことはできる」
「……それって」
「オレのことだ。オレは本来こんな場所にいられるような存在ではなくてな。そんな立場の俺から言わせてもらうなら、休憩ぐらいとっても誰も文句は言わない、ということだ」
「休憩……」
立場から離れることを、自由になることをそんな風に考えたことは一度もなかった。
一挙一動にある義務を疑問に感じることはなかった。窮屈に感じることもなかった。離れたいと思ったこともない。それらは逃げだと思っていたからだ。
「君達のレースだって、どこかで息継ぎをするだろう。それと同じさ」
「でも、良いのかな。失望されたりしないかな」
「『今までいっぱい頑張ったんだから、少しぐらいサボったって良いでしょう』。オレがここで最初に会った者に言われた言葉だ。君の幸せを願う者なら、そう言ってくれるんじゃないか?」
・
「満喫されたようで」
「えへへ怒らないでよ。それよりも隊長。私ここで思いっきり走りたい。良いかな?」
「ーーーーお嬢様が決めたことならば、我々は反対しません」
「しっかり応援してね」
「我らSPの誇りをかけ、全身全霊でさせていただきます」
「うん、よろしくね」
スカートの裾を広げながらクルリと振り返る。そこにある笑顔は今日見た中で一番のものだった。
「村正も今日は本当にありがとうね、結局1日付き合ってもらっちゃって。私ここで楽しんで走るからさ、村正にも見てて欲しいな」
頑張る、とは言わなかった。それが意味することを分かっているのは2人だけ。
「ここでの生活が良きものとなることを祈ってるよファインモーション」
「うん、ありがとう。村正はこのあと時間あるかな。ここら辺で美味しいご飯屋さんを調べてもらったからお礼したいんだ。どこが良いか選んでよ」
ファインに促された隊長がタブレットを取り出し、候補を見せようとした時。
「お、お嬢様! いません!」
滅多に動揺しない隊長が血相を変えながらそう言った。彼女が指差すのは自身の背後。突然の言葉と行動に何も理解しないまま振り返ると、そこに村正の姿はなかった。
「村正……?」
呟かれた名前は誰にも受け止められず、漂い、消えていった。
・
「お、衛宮さんやっと戻ったんだ」
「あの時は驚かせたな、ナイスネイチャ。先日、外にいる時に突然戻り始めるから焦ったがね」
「偶には小さくなってみたら?」
「勘弁してくれ。それに再現性がないようだしな」
「タキオンが目瞑ったら作れないかしら」
「もっと酷いのができそう」
勝手知ったる我が家と言わんばかりに戸棚を漁り今日の甘味を厳選するスイープと、そんな彼女のために紅茶を用意する士郎。
すると廊下を駆け足で移動する音が聞こえ始めた。ここでは走ったり全力疾走したりチェイスしたりは日常茶飯事なので特に気に留めていなかったが、それがドアの前で止まったのであれば話は別。
「お客さんみたいね。どーぞー」
何故か士郎より先に対応するスイープ。
先制の入室許可が出ても、しっかりとノックして一言掛けてから開かれるドア。そこにいたのはファインであった。
昨日の今日なので少し驚くが、おくびにも出さない。
「突然変なことを聞くんだけど、幽霊のことに詳しいのってあなたのこと? シャカールに聞いたんだけど」
スイープとネイチャから怪訝な視線が刺さる。そしてそれはファインの疑問への答えでもあった。
「ねえお願い! この幽霊さんを探して欲しいの!」
詰め寄るファインが翳した携帯に写っていたのは、いつの間にか撮られていた村正の姿であった。何がどうなってここに至ったのかさっぱり分からず、頷くことしかできなかった。
「と、とりあえず彼が幽霊なのかどうかから調べてみるとしよう」
士郎のあだ名に「幽霊探偵」が増えた瞬間であった。