あの〜犬神じゃが……寝てたらなんか人類滅んどらんか?   作:黒葉 傘

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人類種存続活動記録

「行くの因幡?」

 

 蛇神は兎神に尋ねた。

 それは彼女のことを思っての発言だった。

 彼は彼女のことを友だと思っていたし、数少ない同士の1人だとも思っていた。

 だがら……死地に赴く彼女を引き止めずにはいられなかった。

 鹿神は死に、世界はおかしくなっていた。

 

「行くだろ、私は人間の味方なのだから」

 

 そんなことは分かっていた。

 彼女の行動原理などとうの昔に熟知している。

 だが蛇神はその末の友の未来を思うと憂鬱にならざるをえなかった。

 

「主神様と対立して生き残れるとでも?だいたい君はろくな戦闘能力だって持っていないだろう」

 

 兎神は主神と刃を交えに行く。

 人類絶滅へと舵を切った、かつての主に牙を剥くつもりなのだろう。

 人類を蝕む病と長年戦い続けてきた神らしい選択だと言える。

 彼女の持つ能力が病に対する治癒とその頭脳だけでなければ……蛇神は止めはしなかった。

 蛇神と同じように、兎神は武力を持たない。

 争いになれば、勝ち残る術を持たぬ神だ。

 彼女は話し合いをするつもりなのかもしれない。

 だがあの主神の態度を見るに…………話し合いで収まる事態だとは思えなかった。

 人類種の滅亡を決定しあの神々の集会から、主神は立場を明確にした。

 人類は抹殺対象、それに逆らうのであれば敵だと。

 

「大丈夫だよ。孤狼がいるから」

 

「あの仔犬が仲間に刃を向けるかなぁ?」

 

「ええ、彼女は切り捨てるでしょうね。あの子は私たちの仲間だけれど…………それ以前に人の守護者なのだから」

 

「…………そうは思えないけど」

 

 あの人懐っこい犬神が敵対したからといって仲間を切り捨てる、そんな光景は想像できなかった。

 鳥神と一緒によく彼女とつるんでいたけど、彼女から感じたのは子供らしい優しさだけだった。

 それとも、戦場での彼女は違うのだろうか?

 戦場に出ない自分には知りようもなかった。

 

「犬神が頼りになるとしても、その力を与えたのは主神だ。負け戦だと思うけどな」

 

 圧倒的な武力を持つ彼女とて、主人の前では首輪のついた子犬にすぎない。

 力を与えることができるのならば、それを奪うのも容易のはずだ。

 結局のところ主神が人類絶滅を掲げたのであれば……それを阻止できるのは限りなく不可能に近い。

 

「今までの日向様ならそうかもね。今のあれにそれができるとは思えない」

 

「…………どうかな」

 

「それができるなら、とうにやっているもの」

 

 確かに蛇神達の権能は奪われていない。

 自分に従わなければ取り上げればいいはずなのに。

 なぜか彼女は神同士で主神賛同派と人間守護派で対立させ、殺し合わせている。

 

「日向様は病にかかっている」

 

「神は病気にならないよ」

 

 神は肉体に依存していない。

 神性を傷つけられない限りは神は不滅だ。

 自分たちの中で最も神性が高い主神が病にかかるなど……馬鹿らしい話だった。

 兎神の話でなければ……鼻で笑っていただろう。

 

「今、人類は種子の病に蝕まれている。これは白楊が残した人への呪いだ」

 

 人類に寄生し、毒を振り撒く呪い。

 まだ小規模ではある。

 だがこの呪いが拡散すれば、いずれ人類を食い尽くすだろう。

 終末の兆し、鹿神の残した厄介な呪いだ。

 

「神は病みはしない……だけど君が神性を獲得した蛇であるのと同じように……日向様も神性により変異した人に過ぎない」

 

 だから人への呪いに毒されると?

 興味深い話だった。

 神の本質とは何か、それを考えさせられる。

 主神様は本質的には人だから、白楊の呪いが彼女を汚染したと?だから主神は狂ったと?

 

「私は治療をしに行くんだ。殺し合うわけじゃない」

 

 それでも、相手は彼女を殺しにかかるだろう。

 治療するだけだと言って丸腰で近づくには危険すぎる相手だ。

 

「やっぱり……僕も行こうか?」

 

「いや、君は残れ」

 

 蛇神の言葉は即座に否定された。

 そこには有無を言わせぬ頑なさがあった。

 

「君は私達が失敗した時の予防線だ」

 

「なんで僕が君の尻拭いをしなきゃいけないわけ?」

 

「すまないな……」

 

 謝りつつも兎神は飄々とした顔をしていた。

 反省の色はない。

 兎も蛇も自分たちの役割を分かり切っていた。

 世界を形作ってきた神が狂ったのだから、それを正すのもまた神。

 失敗すれば人の世は崩壊するだろう。

 

「これを残していく、使い方は自分で考えろ」

 

 そう言って兎神は蛇神にある物を手渡した。

 

「うわっ!生ものを直で手渡さないでよね」

 

 蛇神の手の上にのったそれは兎の前足だった。

 今さっき切り落としたかのようにその切り口からは血が滲み出している。

 真っ白なそれはどう見ても、友の前足だった。

 選別に送るものとしては物騒すぎるその肉片に蛇神は責めるように目を細める。

 

「ほら、兎の前足は幸運を運ぶって言うだろ」

 

「だからって自分の足切り落とす?」

 

「すまないな」

 

「はぁ?」

 

 再度の謝罪に蛇神は眉を上げる。

 

「もう行く」

 

「……そう」

 

 友の肉片をしかたがなく蛇神は懐に収める。

 手を振る、だが彼女が振り返ることはない。

 随分淡白な別れだった。

 神として共に歩んできた。

 その中でも薬神と知神とで神の頭脳として切磋琢磨し合ったた仲だった。

 それなのにあっけなく別れたのは結局のところ2匹にまだ驕りがあったからだ。

 数世紀の時を生きてきた驕りが。

 詰まるところ彼女を引き留めた蛇神ですら心の奥底では成功を疑っていなかった。

 神の世が揺らいだことなど今まだなかったのだから。

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

 兎神は帰ってこなかった。

 主神は相変わらず人類絶滅へと手を進めている。

 つまり彼女は失敗し、死んだということだ。

 現在兎神、犬神、鳥神は行方不明。

 おそらく主神一派に殺害されたと思われる。

 猫神も姿を消した。

 だがこちらは生きている可能性が高い、あちこちから猫の夢を見る人間が報告されているからだ。

 猫神は猫神で夢神として現状精一杯の対応に追われているのだろう……人を守るために。

 狐神は海の向こうで発見報告があった。

 あの女狐は人間と手を組んでこの島国以外にも手を出し始めた神々と戦争を始めているらしい。

 蛇神、猫神、狐神、その3匹が生き残った人間生存派の神だった。

 もうたったの3匹だ。

 兎神、犬神、鳥神、鹿神は死亡。

 猿神、鼠神、虎神、馬神、牛神は主神側についた。

 今や人類を巻き込んで神々が戦争する次代だ。

 神々がこうもバラバラになるとは思いもしなかった。

 どうやら事態は想像以上に深刻だということを認めざるをえない。

 

「人類種存続活動記録、第一回」

 

 アナログ式の録音機材に音声データを残す。

 

「現在人類はその総数を20%ほど減らしているものの依然生存中」

 

 蛇神がこのような記録を残すのは万が一自身も死ぬ可能性があるからだった。

 自分を信仰する人間達を都市に避難させ、種子の汚染から遠ざけてはいるが……このままでは人の絶滅は避けれないだろう。

 技術の粋を集めた大都市シェルターとの連絡が次々途絶えている。

 おそらく主神派の神の仕業だ。

 蛇神は奴らにとって殺害対象だろうから、保険は掛けるに越したことはない。

 

「現存の大都市シェルターは神々の襲撃を受け壊滅。電子的ハッキングにより位置がばれている模様」

 

 主神派の神にそんな知恵者はいなかったと思うが、おそらく雷神の異名をもつ虎神あたりの仕業だろう。

 あれは電子機器とやたらと相性がいいからな。

 とにかく電線で外部と繋がっている都市は危険だ、最悪ネット環境すら危うい。

 

「対応として現在人類の避難区として新たに第13都市を建造中」

 

 第13都市都市は外部との電子的繋がりを一切絶ったスタンドアローン式にした。

 これで虎神の侵入は心配しなくていいだろう。

 だが自分がいる以上、神性を嗅ぎつけて神が襲撃してくる危険性は払拭できない。

 この危険性の改善案は今なお模索中だ。

 

「第13都市の入植者も急ぎ選定中」

 

 全ての人類を平等に匿うことは難しい。

 大規模になればなるほど足がつきやすいからね。

 心苦しいが、救う人間は選定しなければならない。

 主神派の神々に見つかれば終わりだ。

 武力的な権能を持たない自分が他の神と対峙して勝利できるとは思えなかった。

 逃げて隠れるしかない。

 卑屈な考えが湧き出るが、これが理性的な判断だ。

 それに……希望もある。

 

「また、兎神が残した彼女の前足を解析したところ遺伝子情報に変異が見られた」

 

 この肉片について使い道は自分で考えろ、と兎神は言っていた。

 だから蛇神は色々な観点からその肉片をスキャンしてみた。

 知る、分からないなら調べる、それが蛇神の行動原理だったから。

 そうしたところ、神の肉片だとしても明らかにおかしい変異がふたつあった。

 まずひとつ、この前足は神性が外に漏れないように特別な加工が施されている。

 兎神の権能、とは言わずともその力の一部が前足に内在してた。

 全く見たことのない技術だ。

 そしてもうひとつ、DNA情報に変異が見られた。

 意図的にその構造が改変されている。

 彼女のDNAに直接、メッセージが残されていたのだ。

 なぜこんな回りくどい方法を?と思わないでもない。

 だがこんな解析方法まで辿り着けるのは神の中では自分くらいだろう。

 他の神に情報を読まれぬように、隠したのかもしれない。

 そう蛇神は解釈した。

 

「変異箇所の情報を解析したところ座標のようだった、調査隊を編成し直ちに調査に向かわせることにする」

 

 人間の精鋭で結成した調査隊を座標のポイントへと派遣した。

 蛇神が直接向かうことはできない。

 神々の動きが読めない、今は動かず身を潜めた方が得策だ。

 座標のポイントまでは距離が遠い。

 今の汚染されつつ大地を人間の足で往復するにはどれだけの年月がかかるのだろうか。

 自分の目で確認することができないのは歯がゆいが、ここは人間を信じるしかない。

 

「座標ポイントに何があるかは不明、だが彼女が残したヒントだ何かあるはず。これより人類種存続を目的とし、人類種存続機構を発足する」

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

「人類種存続活動記録、第十一回」

 

 蛇神はアナログ式の録音機材に音声データを残す。

 人類種存続機構を発足してからだいぶ時間が経った。

 

「第13都市の建設は順調、早くも移入者を受け入れ始めている」

 

 神々にバレないように密かに建設を続けていた都市も完成が近い。

 都市の地下にはラボを作り、そこで種子の病の研究を始めている。

 兎神の残した座標のデータが“薬”に関する情報であるならば自身で薬の開発をするのは二度手間かもしれないとも思うが、蛇神は隠れてばかりで暇だった。

 

「座標ポイントに向かわせた調査隊からは依然連絡なし」

 

 予定通りであれば彼らはとっくに都市へ帰還している時期だ。

 だがこの終末世界では不測の事態も多いだろう。

 そもそも、遠隔の連絡は虎神を警戒してとれないのだから帰還を待つしかない。

 

「帰還を待ちつつ、ワクチンの開発に着手する」

 

 ワクチンは暫定的に兎神の前足を材料に人間に変異が起こらない量の神性を与えるものになりそうだ。

 倫理観、と兎神から嘆かれそうだがかまいやしない。

 使い道は自分で考えろと言ったのは彼女自身だ。

 兎神の生前に聞いた神性を用いた万能薬。

 その理論ならば種子の呪いの進行を食い止めることができるだろう。

 鹿神の神性があれば完璧なのだがそんな贅沢は望めそうにない。

 あくまでも人間に変異が起きない量を見極めなければいけない。

 神性を取り込みすぎて人間が物の怪や神のような生物になるのは本意ではないのだから。

 だが……それもあくまで人類の総数を配慮して柔軟に対応する必要があるだろう。

 あまりにも汚染が深刻なら、人間を別種の生物へ進化させるのも厭わない。

 蛇神は自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

 人を導くのではなくその存在自体を変えるなど……

 これは…………神の高慢だろうか?

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

「人類種存続活動記録、第四十六回」

 

 第一回目の記録をつけてからから5年余りの年月が経った。

 

「第13都市の運営に問題はなし、人口は依然減少中だが想定内」

 

 都市は完成し、対種子の呪いのためのワクチン『除草剤』の普及も順調だ。

 都市外ではワクチンの貴重性から争いの種になったりしてはいるがそれも想定内だ。

 人類復興に最低限必要な優秀な遺伝子を持った人間は第13都市に隔離済みだ。

 都市外の人間が絶滅したとして最悪なんとかなる。

 選民的思想は好みではないが、全てを救うことはもう難しい。

 かつての友が横にいれば蛇神の計画を否定するかもしれない。

 だがもう横には誰もいない。

 1匹で足掻くしかないのだ。

 

「調査隊の行方は不明。暫定的に壊滅として調査隊の行方を追う調査隊を何度も派遣していたが……」

 

 調査隊が座標ポイントを目指してから3年程で帰還困難と予測し、新たな調査隊を編成した。

 そうして第二調査隊、第三調査隊と数を重ねて調べたのだが…………

 座標ポイントからは巨大なクレーターが発見された。

 そこからは多量の神性の残滓が観測され、座標ポイントが神の破壊活動の標的にされたことが判明。

 これで兎神が何を残したのか分からなくなってしまった。

 座標ポイントがいつ襲撃にあったかは不明。

 第一調査隊が行方不明のため、恐らく彼らがたどり着いた時期に神に襲撃されたと予測できる。

 破壊し尽くされたポイントからは何も回収できなかった。

 希望に縋るなら、第一調査隊がポイントから何か回収して逃げ延びてくれれば……それが唯一の希望として調査を続けた。

 

「その調査隊が都市外の集落で興味深い記録を発見した」

 

 種子感染者たちが寄り集まってできたような見窄らしい集落。

 もはや瓦解寸前のそこに記録が残されていた。

 何年か前に1人の感染者がその集落に流れ着いたという。

 その男はすでに感染末期だったが、感染者で形成されたコロニーは彼を快く受け入れたようだ。

 博識であり、医療知識があったとの記録が残っている。

 そして『第13都市』を探していたとも。

 彼はそこに帰りたがっていた。

 だが残念なことに、その集落の人間はその都市の存在すら知らなかった。

 だから彼はその集落でしばらく医者の真似事をして過ごし…………そして死んだ。

 この度調査隊はその男の残した遺留品を回収した。

 

「記録の男は第一調査隊の隊員だ。そして遺留品の中に座標ポイントの記述が残されていた」

 

 医療知識が記された彼の日記はその集落で丁重に保管されていた。

 行方が分からなくなった第一調査隊の調査記録、探し求めていた情報がついに手元に舞い込んだ。

 

「記述によると座標ポイントには兎神が残した医療ラボがあったようだ。そこには彼女が研究した病の治療法の数々が残されていたらしい」

 

 兎神の医療ラボ…………蛇神自身もその存在を知らなかった彼女の知の集大成。

 彼女とは知識を交換し合い、見識を深めた仲だったが……本当の意味でその兎が全てを明かすことはなかった。

 あるいは彼女は恐れていたのかもしれない、知神によって自分の立場が脅かされるのを。

 医療の領域に蛇神が立ち入るのを兎神は許してはくれなかった。

 だから、蛇神が彼女のラボに招待されることはなかったし、これからもない。

 兎神もそのラボも神々によって亡きものにされたのだから。

 日記には件の医療ラボを解析中に神々の襲撃にあったことが記されていた。

 意図的なのか、それとも偶然か、調査隊はそこで神の権能に晒された。

 そこからの記述は主観的な情報が入り混じり、正確性は定かではない。

 逃走途中で種子に感染したらしく、後半の記述は妄想と現実が入り混じりグチャグチャだった。

 だが無視できない記述がひとつ。

 

「第一調査隊は医療知識の積み込まれた機械端末を座標ポイントから回収したことが判明した」

 

 日記を残した彼は途中までその端末を回収した仲間と共に行動していた。

 神から逃げ、端末を持って都市へ帰還しようとしていたらしい。

 だが、種子に感染したことで仲間に見捨てられ、1人汚染した土地に取り残された。

 日記にはその絶望と怒りが書き殴られていた。

 まぁ、蛇神にとってはそんな私情は興味がない。

 問題はその機械端末だ。

 

「機械端末『Mo』は現在行方不明。端末を回収した調査隊も何らかの理由で都市までは帰還できなかった模様」

 

 種子ゾンビの襲撃にでもあったか。

 それとも旧時代の強化人間と接敵でもしたのか。

 第一調査隊は誰1人として帰ってきていない。

 その端末は都市に届かなかった。

 

「調査隊の調査対象を生存者から機械端末に変更」

 

 もはや第一調査隊の生存確認など些事だ。

 知識が残された機械端末さえ回収できればいい。

 その端末が手に入れば薬の完成が夢でなくなるのだから。

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

「人類種存続活動記録、四十七回」

 

 蛇神はアナログ式の録音機材に音声データを残す。

 今回は前回の記録からそれほど間が空いていない。

 だが緊急で記録を残す必要性出てきた。

 

「第13都市付近で神らしき飛行体の目撃例が報告された」

 

 恐れていた事態が起きた。

 神にこの都市を発見されるのはまずい。

 神対策として様々な措置をほどこしてきた。

 認知のズレを引き起こ電磁ドームによって遠距離からはこの都市は観測できない。

 神性も最低限漏れないようにしている。

 だがそれでも神は現れた。

 

「神は都市付近を探るように徘徊し、目撃情報が多発している」

 

 人を集めすぎただろうか?

 ワクチンの流通を辿られた?

 いや、世界規模で見ればこの都市の人口など些細なものだし、ワクチンの流通というのならばまず初めにカンパニーに目をつけるはずだ。

 …………神か?

 蛇神は自身の身体を見下ろした。

 主神は人間側についた神を敵対視している、兎神はそれで帰ってこなかった。

 人類を滅ぼすために鹿神の呪いを意図的に利用しているというのなら、兎神のラボを破壊されたのも道理だ。

 人類存続の芽は着々と摘み取られている。

 ついに自分の番が来たのだろうか?

 

「これを機と見て、蛇神は死のうと思う」

 

 これは無計画な自死ではない。

 ずっと考えてきたことだ。

 知神としてずっと研究してきた。

 なぜ生まれ、何処へ向かうのか。

 一般的な生命体であれば答えは明確だ。

 種の存続のため生まれ、子を成し、命を繋いでいく。

 そうやって生命は巡っていく、種を未来まで届けるために。

 だが神は単体で完結している。

 寿命はなく、子を成すことはできない。

 いったいこの半不死の命の行き着く先はなんだ?

 その生命的矛盾の理由の答えを求め続けてきた。

 そしてある結論に達した。

 これは命とは………………違うのかもしれない。

 神がこの島国、いや……この惑星にいる、それは正しいことなのか、蛇神はもう答えることができない。

 

「僕が死ねばその神性の大部分は霧散し、付近の生命体に吸収される、通常ならね。だから神性を閉じ込める技術を確立した。そうすれば神の本質である僕の神性を保存できる」

 

 神性は神が死ねば霧散する。

 だが消滅することはない、神は不死ではないが、神性は不滅の性質を持つ。

 つまり神が死ねば、その権能は空中に漏れ出てそれを吸い込んだ生物を新たな宿主とする。

 実質的に神がいなくなることはないのだ。

 神が死ねば、新たな神が誕生する…………それが神性を解析した判明した性質だ。

 以前、兎神、犬神、鳥神、は死んだと言ったが、それは正確ではない。

 鹿神、兎神、犬神、鳥神はその生命活動を終えた。

 だが4匹の権能は消滅などしていない、また別の生物に宿っているはずだ。

 理論上は……。

 4匹の権能を引き継いだ新しい神は見つかっていない。

 それがこの仮説の最大の矛盾だった。

 だが蛇神はこの仮説は正しいと確信していた、誰よりも神の生態を追求してきた者としてだ。

 主神は権能の持つこの性質を把握しているのだろうか。

 この性質を知られていれば最悪だ、権能は回収され敵対神が増えてしまう。

 

「蛇神の死はこの神性の性質に対する臨床実験も兼ねる」

 

 兎神が前足に施した神性を遺骸に封じ込める処置。

 それを神単体規模で再現する。

 生命活動の停止と共に神の持つ権能を閉じ込める。

 そうすることで神が生まれた歴史上初めて、神の放つ権能という現象を物質化させる。

 それは神という異端生命体への核心へと迫るアプローチになるだろう。

 

「神の研究のためその遺骸を分析、そしてその遺骸を複製する」

 

 目指すのは蛇神の死の偽装。

 いや、実際に死にはするのだが……蛇神の神性を明け渡すことはできない。

 だからこそ、本当の遺骸は渡すわけにはいかないのだ。

 蛇神が死んだと思わせて、神の追及を逸らす。

 これは賭けだ。

 神の死と、神性の不滅性の関係を主神が気づいていればこの偽装に意味はない。

 だが現状新たな神の顕現は観測されていない。

 その理由には皆目検討もつかないが……蛇神にとっては都合がいいとも言える。

 もしかしたら気づかれていない、そう信じるしかない。

 

「僕の死後、代理はこの機械人形に任せるとする」

 

 人の姿の蛇神を模したその機械は彼がコツコツと作ってきたものだった。

 いつからだろうか蛇神が自死を考え始めたのは。

 そのころから自身に替わって人間を導く存在が必要だと思うようになった。

 だから作った。

 これは蛇神の知識の結晶だ。

 機能はそれほど多くない。

 だが蛇神の頭脳を模すため、ありとあらゆる知識をインプットした。

 

「神性の封じ込めの有効期限が切れるまで、それがコイツの任務期間だ。僕の代わりに人類を導け」

 

 予測される、遺骸の保存期限。

 それが切れれば神性を保っておくことは難しい。

 それまでにこの機械にはなんとかワクチンを完成させて貰わなければいけない。

 もしそれが不可能だというなら…………

 

「……………………」

 

 まぁ、いいか。

 そんなことはこれから自死する蛇神には関係ないことだった。

 

「…………もう、疲れたよ」

 

 彼女は帰ってこなかった。

 気のいい友も、もう隣にいない。

 この不滅の命にどれだけの価値があるというのだろう?

 人類を存続させるため……その義務感から1匹で奮闘を続けてきた。

 だが、そうやって種を未来へ届けたところで…………その先に何がある。

 蛇神を労う仲間はもういなかった。

 ここ数年になって蛇神はようやく自覚した、自身が愛していたのは人間などではなく隣にいた仲間だったのだと。

 そうして友との再会を夢見るようになった。

 人間は絶滅させない、だがその責をこれ以上請け負う必要なんてないじゃないか。

 

「以降人類種存続業務は機械が引き継ぐ…………おやすみ、人類」

 

 そうして悠久の時を生きた大蛇は息を引き取った。

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

「人類種存続活動記録、五百六十一回」

 

 機械人形はアナログ式の録音機材に音声データを残す。

 

「未知の神性を感知。反応は二つ、記録にあった虎神、猿神の波形とは不一致」

 

 機械は都市へ近づく2匹の神を感知していた。

 それがこの都市をとうとう破壊しにきた神々なのか、それとも蛇神が出現を予言していた次代の神なのか、機械人形には分からなかった。

 だが、どちらでも良かった。

 作戦は失敗した。

 遺骸の保存期間はもう間近に迫っている。

 ワクチンは完成しなかった。

 『Mo』はその存在すらもう怪しく、呪いの根本に迫る鹿神の権能には手が届かない。

 計画は人間を変異させる段階へ移行しつつある。

 神の創造物であるというのに、期待に応えられなかった。

 知神が設計した完璧な機械であるはずのそれは何も成せなかった。

 

 だから機械人形は今日も自己嫌悪に浸り、自身の創造主の前で首を吊るのだった。

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