「お嬢、いいか」
「ジャック?」
カイドウたちが遠征から帰還し、私に大量の心配と土産物が叩きつけられた翌日。
襖の向こう側から声をかけてきたのは、今回の遠征で大層活躍したと噂のジャックだった。
どうぞと声をかけたのがきちんと聞こえたのだろう。
ジャックは襖を開けて、それから一言「カイドウさんがお呼びだ」と。
「お父様が?」
昨日のカイドウは帰ってきて心配して激怒して宥められて部下を労う宴を開いてと大わらわではあったものの、私のそばには片時も離れずにへばりついていたので話す時間ならいくらでもあった筈だが……一体どうしたというのか。
「……わかった」
そう疑問こそ感じたが、まあ呼び出し自体は時々あるものだ。
私は読みかけの本──昨日カイドウから贈られた土産物の一つ──に栞を
それにしても、ジャックが部屋へ呼び出しに来るのはかなり珍しい。というか初めてではないだろうか。
いつもは大抵キングが来るか、そうでなければスマシで連絡が来るのだが、今回はジャックが来たということは……。
「ジャックも呼ばれてるの?」
「ああ。今回の遠征について少し話があるらしい」
ジャックの活躍について話すカイドウの傍ら、珍しくキングが「ズッコケジャックがやるようになったもんだ」とぶっきらぼうに褒めていたのを思い出しながら、少し緊張した面持ちのジャックを見やる。
きっと何か褒美でも与えるつもりなのだろうし、そう緊張する必要もないと思うのだけど。
……というか多分、どちらかというと緊張しなければならないのは私だ。
先日の、エースによる鬼ヶ島殴り込み。
昨日はずっと心配に心配を重ねて更にそれを心配で挟み込んで心配で包んだような対応をされたが、冷静に考えれば色々と不審に思われてもおかしくないところだらけなのだ。
その上カイドウのあまりの剣幕に焦って「きっちりやり返したし大丈夫、気にしないで」なんてエースを庇うような発言までしてしまったし、一日経った今不審に思われても何ら不思議ではない。
いかに今すぐ殴り込みに行ってもおかしくない剣幕だったとは言え、他の言い方の方が不審がられずに済んだはずだというのに、あれは悪手だった。
「気にしてるのか」
「……へ?」
反省していたせいで表情が暗くなっていたのだろう。
何か勘違いしているらしいジャックの言葉に、私は思わず目を丸くした。
「何の役にも立たなかった下っ端どもはともかく、一人で敵を追い返したお前に失望する人じゃねェ。そう落ち込むな」
「……そう、かなぁ……」
とりあえずジャックの勘違いに乗っかりながら、「たしかにそういう心配をしてもおかしくない場面なのか」と思考の隅でぼんやりと考える。
カイドウは、私に戦力としての価値を求めていない。むしろ『イヌイヌの実モデル“大口真神”』を食した娘に、時折戦いから遠ざけるような発言すら見せる。
だからたとえば私が今回敗北し大怪我を負っていたとしても、失望したり、要らないと判断したりするようなことは無かっただろう。断言できる。
……けれど、たまに分からなくなる。
カイドウは何故、私をここまで溺愛してくれるのだろうか。
“娘”だから?
従順だから?
懐く子どもが珍しいから?
“守り神”の実を食べたから?
裏切る心配がなさそうだから?
頭では分かっている。きっと大した理由などないのだ。
ただ当たり前に、普通の親が普通に子を愛するように、私のことを大切にしてくれているだけ。
けど、なら。
私が何を損なったら、カイドウはその愛を捨てるのだろう。
いつかの裏切りの日、カイドウにとって私は、一体。
「お嬢?」
「……もしお父様が怒ってたらジャックが庇ってね」
「お前がカイドウさんの機嫌を取れねェことなんざねェだろ」
「あるかもしれないよ?」
「ハッ。なら、そんなことがあればな」
そんな冗談交じりのやり取りで気を紛らわせながら、私は静かに微笑みを貼り付けた。
□■□
「……」
「……」
異様だ。
「ジャックです」「ああ、入れ」という入室時のやり取り以降、部屋にいるカイドウも、キングも、クイーンも、誰も何も発さない。
部屋を支配する重苦しい沈黙を破れるのはきっとカイドウだけなのに、そのカイドウはといえば、険しい表情でただじっと私を見つめるばかり。
可哀想に、隣のジャックなどあまりのプレッシャーに先程からずっと床と見つめ合ったままだ。
「…………ヤマト」
と、不意に破られた沈黙に思わず肩が跳ねた。
「体は、どうだ」
「え、あ、うん。もうほとんど傷も治ってるし、元気、だよ……?」
「……そうか」
「……」
「……」
この空気はなんだというのか。
分からない。何もわからないのに、嫌な予感だけがただ私の肌を鋭く突き刺していて。
「ヤマト」
カイドウが、再び私の名を呼んだ。
「どうしたの?」
努めて何の心当たりも無いような顔で、努めていつも通りに口角を上げながら、カイドウの目を見つめて問い返す。
「お前は、……いや、」
カイドウが言い淀むなんて少し珍しい気もするが、バクバクと跳ねるばかりの心臓が気になって冷静に考えることもできそうにない。
その内にカイドウは面倒になったように頭を掻いて、ギッと睨むような目でこちらを見た。
「ヤマト、正直に言え」
思わずぴんと背筋が伸びる。戦闘訓練の時ですら、カイドウがこんな目で私を見ることなんてなかったのに。
四皇の威圧に震えそうになる身体を、痛いくらいにてのひらを握りしめてどうにか誤魔化す。
ピリピリと痛む肌が痛むのは、きっとカイドウから漏れ出る殺気のせいだろう。
私は知らない。
カイドウの瞳にこんな色の感情が宿るところを、知らない。
だってこの目は、まるで。
「──お前、あの小僧の船に乗る気か」
排除すべき敵を、見るような。
□■□
カイドウは疲れていた。
久し振りの長期間の遠征。失敗できないものであるからと主要な部下は全員連れて行ったほど、本当に大層な遠征だった。──そう、主要な“部下”は。
「なァ、ヤマトはどうしてる頃だろうな」
「カイドウさんそれ言うの今日何回目すか……」
「黙れ。カイドウさんに文句をつけるつもりか」
「文句ではねェだろ別に!!」
ヤマトは部下ではない。
それに今回の遠征はそれなりに危険の伴うものだ。故に、ヤマトを連れてこないという選択が間違いだったとは思わないが……。
それにしたって可愛い娘を置いて遠征に出たことには違いない。その上、二枚看板を含めた幹部を誰一人傍に残さず来てしまったわけで。
心配で心配で堪らないまま遠征をこなし帰路につけば、
ヤマトに怪我はないだろうか。
体を壊していやしないだろうか。
早くヤマトに会いたい。
土産を見て喜ぶ姿に癒やされたい。
だがしかしそんな様々な感情渦巻く胸中で帰還したカイドウを待っていたのは、愛すべき娘の笑顔ではなく、ボロボロの鬼ヶ島であったわけである。
己の力の象徴である黄金の龍の像も含め、それはもう酷い有様だ。
まさに“惨状”と言うに相応しい鬼ヶ島を見たカイドウが最初に抱いた感情は、当然怒り……ではなく、心配だった。
一人残したヤマトに。愛しい娘に何かあったのではと一目散に向かった先で、しかしというかやはりというか、笑顔で自身を迎えた娘は戦闘によるものらしい手傷を負っていて。
それを目にしたカイドウの怒りようといえばもう、筆舌に尽くしがたいものであったのは言うまでもないだろう。怒り上戸など目ではない。
今すぐにでも新世界の、そして四皇の恐怖を知らぬ愚者に一生残る傷を残して──否、その場で一生を終わらせてやると怒り
「お父様は遠征で疲れてるでしょ?
今回のこれは私の未熟さによる傷だし、やられた分はきっちり返したから気にしないで」
──妙だ。
たしかにヤマトは好戦的な方ではない。
けれど何の親交もないどころか、鬼ヶ島に来て好き勝手暴れまわりヤマト本人に傷を負わせ、挙げ句の果てに父親の像を破壊したような海賊を庇い立てするほど能天気でもないはず。
遠征で疲れている自分のためと言えば聞こえは良いかもしれないが、これは自分を想っているというよりは、その海賊を庇っているように聞こえた。
もしや、と一瞬頭を掠めた可能性を、カイドウは即座に
いや。いやいやいや、まさか。
流石に疲れているのだ。考え過ぎだ。
だが、そう考えれば全てに納得がいく。
戦闘による負傷を気にしていないというのにも。
報復を止めるような発言にも、すべて。
被害を報告されたときに見た手配書と、部下から聞いた話を思い出す。
ウチの海賊団にはいないタイプの、明るく
……つまり、ヤマトは。
──いや、ヤマトは賢い子だ。
そんなまさか、そんなこと、あるわけが。
とそこで、昔同じ船に乗っていた女の発言がふと頭を
おれはスマシを手に取ると、まずキングとクイーンを部屋に呼んだ。
信じたいわけではない。
しかしこれは可能性として決して無視できるものではなくて。
確認すべきだろう、が……もし、もしもおれの疑念を肯定されてしまったら、おれは。
そこまで考えて、らしくもなく心が
……ヤマト。
お前、あいつの船に乗る気か?
そうだったとしても、何としてもヤマトを正気に戻すと決意して、カイドウはぽつりと呟いた。
「起こしてたまるか、ハリケーンなんぞ……!!」
かつて、同じ船に乗っていた女は言った。
──『恋はいつでもハリケーン』、と──
ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)
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