音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
そこから数日の間、ダンブルドアと話をする機会は訪れなかった。ヴォルデモートの復活が明らかになってから、それを訴え続けていた校長先生はずいぶん忙しくなってしまったようで、そもそも校内で見かけることすらなかった。
僕は学校の敷地外へと向かおうとするたび、どこからともなく先生方が現れることに気づいてからは、城内で大人しくO.W.L.を受けることにしていた。
学期最終日の前日、僕は最後に残った『闇の魔術に対する防衛術』の追試を終えた。医務室で目を覚ました日に受けられなかった試験だ。
その直後、自室に飛んできていたメモに従って校長室へ向かうと、そこには先客がいた。
ダンブルドアの机の前に並べられた椅子に、ファッジと、魔法法執行部部長のアメリア・ボーンズが座っていた。マダム・ボーンズは膝に書類を置き、落ち着いた様子でこちらを見ている。一方、ファッジは山高帽を両手で持ち、その縁をしきりに撫でていた。何やら二人と話していたらしいダンブルドアは、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべている。
三人とも、僕が来るのを待っていたらしかった。
「ドラコ、もう身体は大丈夫なのかね? 魔法省で会ったとき、本当に君の顔色は悪かった……」
挨拶するより先に、ファッジが声をかけてきた。
「……ええ。もう、すっかり。お気遣いありがとうございます」
それ以上、何を言えばいいか分からなかった。
この人は一年間、僕に踊らされてきたのだ。この度、間違いなく失脚するであろう大臣は、その原因を作った張本人を前にして、なぜこちらの身体を心配するのか。
返答に詰まっていると、ファッジは少し声を落とした。
「話はダンブルドアから聞いた。ルシウスに従わされていたのだろう。……君にとっては父親なのだから、逆らえなかったとしても無理はない」
僕は彼の顔を見つめた。ファッジは申し訳なさそうに眉を下げた。
「私も、彼を信頼しきっていた。君があれだけそばにいてくれたのに、何も気づいてやれなかった……悪かったね、ドラコ」
ああ。そういう話になったのか。思わずダンブルドアに厳しい目線を向けてしまった。
反吐が出そうだ。父に言われて仕方なく動いていた? 冗談じゃない。ファッジをどう扱うか考え、何を吹き込むか決めていたのは僕だ。父はむしろ僕がこんな真似をしてヴォルデモートの懐に潜り込むことを、良く思っていなかった。
しかし、ファッジにとってはその説明が、都合がいいのだろう。自分が見込んだ少年はやはり善良で優秀だったが、ただ、悪い父親に従わされていただけ。そう考えれば、僕について自分の目が節穴だったと認めずに済む。
「……お気遣い、ありがとうございます。もう大丈夫です」
僕は努めて穏やかに答えた。
……ファッジにはまだ利用価値がある。好意が残っているなら、今それを捨てる必要はない。彼は僕の返答に少し安心したようで、ようやく帽子の縁から指を離した。
再び、ダンブルドアへ目を向ける。
彼は何も言わなかった。僕が何を考えて魔法省へ通っていたのか知っているくせに、訂正するつもりはないらしい。
新聞では伏せられていても、僕が隠蔽にどう関わっていたのかという噂は流れていた。それでも表立って追及されずに済んでいるのは、ダンブルドアが庇ってくれているからだと聞いている。その説明がどんなものだったのか、今ようやく分かった。
しかし、反論したところで父の罪が軽くなるわけではない。むしろ僕まで身動きが取れなくなる方が、よほどまずいだろう。今後も魔法省に働きかけられるなら、父の立場をどうにかする道も残る。
不本意ではあるが、今は従うしかなかった。
僕は口を開かないまま、示された椅子へ腰を下ろした。
僕が座るのを待って、ダンブルドアが口を開いた。
「まず、今後の魔法省の動きについてじゃが──わしは次の魔法大臣として、アメリアを推薦するつもりじゃ。今のわしの発言力を考えるならば、彼女がその任に就くことになるじゃろう」
僕はマダム・ボーンズへ目を向けた。
……率直に言って、いい人選だと思う。魔法法執行部の長である彼女は、以前から次期大臣の有力候補だ。この一年、僕も何度か取り込みにかかったが、小手先の小細工はまったく通用しなかった。注意深く、公正で、自分が納得しない話には簡単に頷かない。
闇側にとっては面倒なことになるだろう。しかし、魔法界を安定させつつヴォルデモートに備えるなら、この人よりいい候補は思いつかなかった。
僕の頷きに対し、ダンブルドアは鷹揚に笑った。
「そして、君の今後についてじゃが……二つの選択肢を用意した」
ダンブルドアは机の上で指を組んだ。
「一つは、ヴォルデモートとの共謀を疑われる要注意人物として、わしの監視下に入ること」
「……はあ」
「もう一つは、奴の毒牙にかかり、今なお狙われておる被害者として、わしの保護下に入ることじゃ」
僕はしばらくダンブルドアの顔を眺めた。彼は穏やかな表情のまま、こちらの返事を待っている。
「……それは、実質一つしか選択肢がないのでは?」
無茶苦茶なことをする。どちらを選んでも、僕がこの人の手元に置かれることに変わりはないではないか。
まあ、僕もよくやる手ではあるが、自分がされると、実に面倒な手法だった。
しかし、ダンブルドアは微笑みを浮かべたまま、かぶりを振った。
「いいや、違いは大きい。後者であれば、君はアメリアへの協力を続けられる」
「協力?」
話の向かう先が分からず、思わず眉を顰める。ダンブルドアは気にする様子もなく、にっこりと笑った。
「君はその知見を活かし、魔法界にこれ以上の犠牲を生まぬための策を提案し続けることができる。彼女にも、異存はないそうじゃ」
僕は信じられない思いで、マダム・ボーンズへと向き直った。
「……この条件に同意されたのですか?」
「ええ」
彼女はあっさりと頷いた。
「ダンブルドアには、今年の魔法省の振る舞いを水に流し、今後の対策に協力していただけることになりました。我々も、いつまでも対立しているわけにはいかない」
……なるほど? ダンブルドアは魔法省への協力と引き換えに、僕の処遇を提案したということか。こちらとしては願ってもいないことだが、吊り下げられた人参の意図が読めない。
マダム・ボーンズは膝の書類を軽く揃え、こちらをしっかりと見た。
「もっとも、君については私自身の判断もある。この一年、君が魔法省を出入りしていたことはよく知っています。……率直に言えば、私は君のことをあまり好ましく思ってはいなかった」
「そうでしょうね」
まともな人間で、魔法大臣に大ボラを吹き込み続けるガキを好む奴はいないだろう。大ボラだとわかってなかったとしても、小姓を侍らせているようで非常に外聞が良くなかったであろうことは簡単に察しがつく。
「……しかし、教育委員会を設立した仕事は、賞賛に値するものだった」
予想していなかった言葉に、僕は少し眉を上げたが、彼女の口調に皮肉はなかった。
「大臣に直接意見を聞いてもらえるなら、それで満足することもできたでしょう。だが、君は複数の立場から検討し、現場の意見を受けて改善する手続きを作った。誰か一人の意向だけでは、教育を左右できないようにしたわけだ」
「それは……長く使うつもりの制度なら、当然そうするべきでしょう」
「その判断を、私はある程度評価している」
彼女はきっぱりと言った。
「君の能力は、今後も大いに使えると考えている。少なくとも、あの仕事は君の考えが一定の信頼に値するものだと証明した」
褒められているらしいが、どういう方向へ話が進んでいるのか、いまひとつ分からない。僕が返事を控えていると、マダム・ボーンズは続けた。
「ただし、君が危険人物として扱われる道を選ぶなら、話は別だ。その立場の人間の進言を、魔法省の方針に採り入れるわけにはいかない。協力を望むなら、こちらも君を協力者として扱いうる立場に置く必要がある」
「しかし……ちょっと強引すぎるのではないかね? どちらにせよ、ダンブルドアの監視下にいるということになるだろう?」
ファッジがわずかに身を乗り出した。
「それでは、この子に選ぶ余地などないだろう。もう少し、本人の意思を尊重しても……いいのではないかね」
少し尻すぼみなセリフだったが、僕は思わずファッジを見た。この場で僕を庇うのがこの人になるとは、考えてもいなかった。
「必要な措置じゃよ、コーネリウス」
しかし、ダンブルドアはまったく動じなかった。
「ヴォルデモートはこの子に目をつけておる。今後も狙われると分かっていながら、何の手も打たずに送り出すわけにはいかぬ」
「それは、そうだろうが……」
ファッジは言い淀んだ。それに代わる案があるわけではないらしい。
僕は小さく息を吐いた。
「ありがとうございます、大臣。お気持ちは嬉しいです」
ファッジがこちらを向いたところで、僕は頭を下げた。それからダンブルドアへ向き直る。
「では、保護していただく方を選びます」
どうせ、自分でどうこうできる話ではない。新魔法大臣とのつながりを残せるなら、それを使わせてもらうまでだ。
魔法界へ働きかける手段があれば、ヴォルデモート卿にとっても、僕はまだ役に立つ。ダンブルドアはそこまで含めて、この条件を用意したのだろう。
ファッジは何か言いたそうにしたが、結局口を閉じた。少し申し訳なさそうな顔で、膝の上の帽子を握り直す。
ダンブルドアは頷いた。
「では、そのように進めよう」
「提案は、書面で私の執務室へ送りなさい」
マダム・ボーンズが話を引き取った。
「内容を確認し、必要な部署や委員会へ回す。追加で説明を求めることもあるだろうが、そのときはこちらから連絡します」
「わかりました」
当たり前だが、ファッジのときのように大臣のそばへ通い詰める形にはしないらしい。それでまったく構わなかった。少なくとも、送ったものに目を通してもらえるなら、今の僕には十分だ。
用件が済むと、マダム・ボーンズは書類を抱えて立ち上がった。ファッジもそれに続き、二人は暖炉へ向かう。
帰り際までこちらを気にしているファッジに、僕はもう一度礼を言った。彼は小さく頷き、緑色の炎の中へ足を踏み入れた。
暖炉の緑色の炎が収まると、ダンブルドアは僕へ向き直った。
「さてと。君の聞きたがっているであろう、お母上のことも話しておこう。ナルシッサは、今後も屋敷に留まるつもりじゃ」
「……母からも、そう聞きました。魔法省の捜査が続く間は大丈夫だと。しかし、その後は?」
「その点については、わしからアメリアに話をしようと思っておる」
ダンブルドアの言葉に、僕は少し身を乗り出した。
「ルシウスの捜査や裁判には、まだ時間がかかる。それに関連して、法執行部の者が屋敷へ出入りする状態を、できる限り維持するつもりじゃ。魔法省の目があるうちは、ヴォルデモートの側も迂闊には動けまい」
「母を屋敷から移すのではなく?」
「お母上までわしの保護下へ入れば、君たち一家が揃って離反したと受け取られかねぬ。それは、アズカバンにいるルシウスにとっても危険じゃろう」
そこまで考えてくれていたのか。母を連れ出すと言われていたら、話し合いが必要なところだった。
僕はダンブルドアのせいで帰れないということにできそうだが、それに母まで倣えば、流石に都合がよすぎるだろう。母が屋敷に留まったまま安全を確保できるなら、それが一番ありがたかった。
「無期限に安全を約束することはできぬ。しかし、少なくともこの夏の間は、相応の抑止力になるはずじゃ」
「……ありがとうございます。ちょうど、母のことをお願いしようと思っていました」
ひとまず、それで十分だ。先ほどの二人の様子を見る限り、マダム・ボーンズはダンブルドアの意見に耳を貸してくれるだろう。その間に、もっと確実な方法を考えればいい。
「ルシウスについても、伝えておこう」
続いた言葉に、僕は顔を上げた。
「セブルスは、君の望みどおりの報告をヴォルデモートにしておる。君は忠誠を失っておらず、すぐにでも参上しようとした。しかし、教師たちに阻まれ、ホグワーツに留め置かれている、と」
気絶こそさせられてしまったものの、どうにかあの頼みは聞き届けてもらえたらしい。スネイプ教授には、改めて礼を言っておかなければならない。
「……それで、闇の帝王は?」
「どう受け取ったかまでは、読み切れぬ。ただ、直ちにルシウスへ報復しようとする動きはないそうじゃ。お父上は、しばらくはアズカバンで無事に過ごせるじゃろう」
ダンブルドアはそこで一度言葉を切った。
「今後もずっと、とは約束できぬが」
「分かっています」
ヴォルデモートの気がいつ変わるかなど、本人にも分からないだろう。こちらの弁明を聞いてもらえたなら、不安でも今はそれ以上を望むべきではない。
しかし、少なくとも、何もできないまま僕のせいで父が殺されるという、最悪の事態は免れたらしい。
「その間に、君にはアメリアを通じて働きかける道がある」
ダンブルドアが続けた。
「君の提案が採用されれば、ここにいながら魔法界へ影響を及ぼすことができよう。それは、ヴォルデモートにとっても、君を生かしておく理由になるはずじゃ」
「しかし、僕の提案だと分からなければ、何の意味もないでしょう。どうやって闇の帝王へ伝えるのですか」
「当面は、セブルスが仲介する」
あまりにも簡単に答えられ、僕は思わずダンブルドアの顔を見た。
「君がアメリアへ送った提案のうち、実際に成果へつながったものについては、セブルスからヴォルデモートへ報告させよう。魔法省で制度が実施されれば、向こうも結果そのものは確認できる」
「僕が闇の帝王へ実績を報告するところまで、手伝ってくださるのですか」
「君が別の連絡手段を求めて、再びホグワーツから出ていこうとするよりは、ましじゃろう」
返す言葉がなかった。どうやら、マクゴナガル教授からしっかりと話が行ってしまっているらしい。こちらの動きをすべて封じるのではなく、監視できる経路を一つだけ残しておくのが吉ということなのだろう。
「それから、アメリアへ提案を送る前には、わしとも話し合ってもらう」
「……検閲ですか?」
「話し合い、と言ったのじゃよ」
ダンブルドアは、何でもないことのように続けた。
「来学期からは、定期的に時間を設けよう。表向きは、拷問を受けた君のカウンセリングということにしておく」
「随分と都合のよい名目ですね」
「名目だけとも言い切れまい」
否定しづらいことを言われ、僕は黙った。
「会議の内容は、できる限り伏せるつもりじゃ。しかし、わしと定期的に会っていることをヴォルデモートに問われたなら、神秘部での一件を受け、校長からカウンセリングを受けていると答えなさい。それ自体は偽りではない」
「わかりました」
要するに、僕が魔法大臣へ余計なものを送りつけないよう、事前に確認するつもりなのだろう。しかし、提案を一緒に検討し、通すかどうかの判断に加わるというなら、後から何も知らなかったという顔もできなくなる。僕を監視するだけにしては、随分と面倒な役目を引き受けたものだ。
それでも、僕にとってはありがたかった。スネイプ教授を通じて成果を伝えられるなら、少なくとも今すぐヴォルデモートのもとへ戻る必要はない。
「……ありがとうございます。僕に、まだできることを残してくださって」
今までのように、復活を否定する魔法省の陰で動くことはできない。ヴォルデモートの存在がここまで明らかになった以上、こちらの提案が彼の意向と無関係だと装うのも、ずっと難しくなるだろう。
「どこまでできるかは分かりませんが……できるだけ犠牲を出さずに、少しでも多くの人が罪を犯さずに済むよう、できることはしてみます」
ダンブルドアはしばらく僕を見ていたが、やがて静かに頷いた。
「……それで、僕の保護というのは、具体的に何をなさるつもりなのですか」
差し当たっての心配が片付いたところで、僕は尋ねた。
「母からも、安全に滞在できる場所を用意してくださるとは聞きましたが……僕は、あと一年ほどで成人します。その後まで、あなたの下に留め置くことはできないでしょう」
「そのとおりじゃ」
随分とあっさり認められてしまった。何か別の理屈でも用意しているのかと思い、続きを待つ。
「しかし、一年は守ることができる。まだ、決まっておらぬこともあるが、この夏の預け先については、すでに話をつけてある」
「どちらですか?」
「シリウスのもとじゃ」
僕は眉間に皺がよるのを抑えられなかった。
「……せめてアンドロメダ伯母上でしょう」
考えるより先に、言葉が口から出てしまう。ダンブルドアは僕の返事を聞いても、少しも意外そうな顔をしなかった。
「シリウスはブラック家の末裔として、古よりの一族の邸宅や、そこに施された保護の魔法を使うことができる。君を安全に預かるうえで、利用せぬ手はなかろう」
「……伯母上も、ブラック家の生まれですが」
「家を出て、トンクス家へ嫁いだアンドロメダと、シリウスとでは、扱えるものが同じではないのじゃよ」
絶縁されたうえで他家に嫁いだ伯母上では駄目だということか。まあ、シリウスも絶縁されていたはずだが……そのあたり、一族の魔法はどういう区別をしているのだろう。ひどく釈然としなかった。
ダンブルドアは説明を終えたという顔をしている。どうやら、こちらにも選択肢はないらしい。
……しかし、よりによって、シリウス・ブラックと夏休みを過ごすのか。話の通じなさと言うのだろうか? あの人はスネイプ教授と同じベクトルで、あまり得意ではないんだよなあ……
この夏の二ヶ月ちょっとを思い、僕の心中には暗雲が立ち込め始めていた。
これにて、第五巻完結です。約二年もの期間お休みをいただきつつも、お付き合いいただき誠にありがとうございます。
小説を公開するには「この作品は面白いのだ」という自信が必要だと常々身に染みて感じているのですが、日々皆様のお褒めの言葉やここすき、評価などでその気持ちを養っていただいていました。本当にありがとうございます。
五巻はアンブリッジを早々に早々に剪定してしまったために、初めて原作から大きく流れを変えました。(結末は言うほど変わりませんでしたが……)現実で就職したというのもあったのですが、それゆえに中々筆が進まなかったという側面もあります。しかし、これから先のやりたいことは大まかに決まっているので、今のところは現在の更新頻度で行きたいと考えています。ドラマが始まるくらいに完結できたら最高ですね。
ぜひ、これまで読んでいて面白かったこと等を感想にお寄せいただければ幸いです。何よりの小説公開の推進力になります。
また、ハーメルンの規約にて感想に投稿できないご意見等ありましたらマシュマロ(https://marshmallow-qa.com/50ay8s00xo882je?t=AMgORw&utm_medium=url_text&utm_source=promotion)までお送りください。
改めて、ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。今後も何卒よろしくお願いいたします。