癒えない傷はなく、消えない思い出もない。
いつかは必ず、消え失せる。
それは祝福か、はたまた。
未だ消え切ることなく、裏側に残る。

1 / 1
再来週が待ちきれませんよ実際…。


アオのハコ#98 SideB

 「――これ運ぶの、手伝ってくれない?」

 匡くんの声で我に返り、そこでようやく自分が唇を噛んでいた事に気が付いた。

 ああ、そうか。私は悔しかったんだな、千夏先輩が大喜と一緒にいるのが。

 でもそれは、()()()()()()()。僅かに走った胸の痛みも、雑談に紛れて消えていく。二人が何をしていたのか、なんて特に気にしてさえいない。

 そんな自分に、内心驚いてしまう。あんなにも泣いた夜から、まだそこまで経ってもいないはずだけど。

 日にち薬、とはよく言ったものだ。傷口が盛り上がって塞がるように、私の心は癒えていく。望もうが望むまいが、摂理として。

 

 分かっていた事だ、その筈だったんだ。大喜は千夏先輩が好きで、私をそういう目では見てくれない。告白してようやく意識を向けさせる事は出来たけど、そこからは進みようがない。ああ、それなのに。私はその停滞を、楽しんでしまった。どうせ千夏先輩は再来年にはいなくなる、なんて甘いことさえ考えていた。それがどれだけ不毛か、大喜が気付かない訳が無いじゃないか。

 あの日大喜の言うことを受け入れられず、声を荒げて抵抗した。まだ返事なんかしないで、私を好きになってからで良い、なんて。来ることがない「その日」を待ち望むだけの私に、そんな事を言う資格なんか無いのに。

 本当に悲劇に酔っていたんだな、あの頃の私は。

 体育館にいるのさえ辛くて、着ぐるみの頭を被って泣いた日もあった。いっそ新体操自体、これで辞めてしまおうかとも思ったくらいだ。どうせ親の肩書きを守るためのものなんだ、辞めたって私は構わない。そんな捨て鉢なまま、日々だけが過ぎていた。

 でも薄皮を重ねるように私は少しずつ、前を向けるようになっていく。大喜とも今は普通に話せるし、クリスマスイブには遊びに誘うことさえ出来た。まあ部活があるからって断られたけど。それを哀しんで泣いたりはしない、じゃあ良いやと背中を向けただけ。

 大喜の事を考える時間はどんどん短くなって、日常が戻ってくる。

 それが良い変化なのかどうなのかは、まだ分からないけど。

 

 今でも私は、大喜が好きだ。あの激しい恋を、この目はまだ覚えている。瞼を閉じれば想いに浸れるくらい、泣きたくなるほど熱く。

 だけどもう、この気持ちを伝えたりはしない。今は鮮やかに焼き付いている思い出も、そのうち色褪せてしまう。少しずつ少しずつこの気持ちは薄れて、他の誰かを好きになる日も来る。まだ想像もできないけど、いつかはそうなるんだろう。一生に一度しか恋が出来ないわけじゃない、人の心なんてそういう風に出来ているのだから。

 でもきっと、それでも私は忘れない。あの日の拒絶が教えてくれた、大喜の優しさを。素敵な人に大切な恋をしたと、胸を張って言える。

 ――ああ、全く私と来たら。何処まで大喜の事を引き摺るつもりなのかな。

 自分の未練がましさに呆れつつ、私は頼まれた通りに箱を運搬中。これくらい一人でやれよバド部、と毒づいたりなんかしてみたり。匡とも長い付き合いだけど、異性を意識しない普通の「友達」だ。向こうがどう考えているかは知らないけど、私はそうとしか思ってない。

 大喜とはこんな風な関係に、もう戻れないのかな。戻れたら良いんだけど、そこまで都合よくはいかないよね。それが分かってて告白なんかしたんじゃないか、私は本当に卑怯未練の臆病者だよ。

 暮れの冷たい風を感じながら、ふと見上げた空は鈍色の雲が立ち込めている。全くどうにも辛気臭い感じで嫌だな、なにかと考えすぎるし億劫になっていけないや。こんなんじゃ向かうところ敵無しで通してきた蝶野雛の名が廃る、不死身の身体と不屈の闘志がウリなんだからさ。

 そうだ、また菖蒲とかにいなちゃんを誘って遊びにいこうかな。どうせ冬休みだ、ハメ外したってバチは当たるまい。あと菖蒲にはあれから迷惑かけっぱなしだし、色々謝らないと。  

 したい事もするべき事も山ほどある、さぁてどうしようかな。

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。