少女と花嫁   作:吉月和玖

175 / 177
いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は修学旅行編、本格始動回です。

新幹線での“あの空気”を引きずったまま京都へ。
そして今回は、四葉にとって一つ大きな節目となるエピソードでもあります。

過去との向き合い。
それぞれの恋心の揺れ。
少しずつ動き出す想い。

タイトル通り、
「さよなら」の先にあるものを描けたらと思い書きました。

少し長めですが、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは本編へ。




175.さよならの先で、想いは動き出す

よく分からない修羅場の空気を乗せたまま──

新幹線は無事に京都駅へと到着した。

扉が開いた瞬間、流れ込んでくる人の波と独特のざわめき。

観光客の話し声、キャリーケースが転がる音、どこか浮き足立った空気。

修学旅行という“非日常”の始まりを、嫌でも実感させられる。

──つい先ほどまでの、妙な空気を引きずったまま。

そのまま全員で駅前に集合し、整列する。

 

「大きな荷物は我々教師陣で運んでおく。自由行動で必要な物だけ持っておく様に!」

 

主任の声が、騒がしい駅前にしっかりと響く。

その表情は厳格そのものだが、どこか慣れた余裕も感じられた。

 

「自由行動とは言え、節度ある行動を取るように!周りの人達の迷惑をかけ、旭高校の品格を下げる行動は絶対にあってはならない!……よし、解散!」

 

その言葉を合図に、生徒達は蜘蛛の子を散らすように動き出した。

 

グループごとに笑いながら走り出す者。

地図を広げて相談する者。

既に予定が決まっているのか、迷いなく歩き出す者。

それぞれの“修学旅行”が、今、動き出す。

 

「では、先生方は各担当クラスの大きな荷物をバスに運ぶのをお願いします。終わりましたら、その都度ホテルに向かって結構です。その後の流れは、またホテルでお話しましょう」

 

主任の指示を受け、僕は一組の荷物が置いてある場所へと向かった。

隣には、同じ担当の芹菜がいる。

 

「正直……吉浦先生が同じクラス担当で助かりました。こんな量、大変ですよ」

 

目の前には山積みのスーツケース。

確かに、一人では骨が折れる量だ。

 

「ですね。立川先生はなるべく軽そうな物から運んでください。重いのは僕が運びますので」

「ありがとうございます♡」

 

にこりと笑う芹菜。

流石に周囲に他の教師やバスの運転手がいる手前、新幹線の時のような距離感はない。

だが──

 

……目が分かりやすいな

 

視線だけは隠しきれていない。

まるでこちらにハートでも飛ばしているかのようだ。

そんなことを思っていると──

 

「……吉浦先生……!」

 

背後から、控えめな声がかかった。

振り返ると、そこには三玖が立っていた。

どこか緊張した面持ちで、手に何かを抱えている。

 

「先に進めておきますね」

 

芹菜が空気を読んで、その場を離れてくれた。

 

「どうした?」

「その……これ……」

 

差し出されたのは、茶色の紙袋。

受け取ると、ほんのりと温もりが伝わってくる。

 

「これは?」

「……パン……わたしが焼いた……」

 

視線を逸らしながら、ぽつりと答える三玖。

 

「え!?本当だ!くれるの?」

「うん……その……本当は一緒に食べたかったけど……先生といつ会えるか分からなかったから……」

 

その言葉に、少しだけ胸が締め付けられた。

 

「そっか。ありがとね、三玖」

 

袋を開けると、中には綺麗な焼き色のクロワッサン。

丁寧に作られているのが一目で分かる。

 

「あむっ……」

 

一口齧る。

外はサクッと。

中はふんわりとした食感。

バターの香りが口いっぱいに広がる。

 

「うん!美味しいよ!凄いじゃん三玖!」

「本当!?」

「ああ!三玖の努力の結晶だね。ありがとう。残りはお昼にいただくよ」

 

気づけば一つをあっという間に食べてしまっていた。

そのまま、自然と三玖の頭に手を伸ばす。

 

「よく頑張ったな」

 

ぽんぽん、と優しく撫でる。

 

その瞬間──

三玖の肩が、びくりと震えた。

 

「……え?」

 

次の瞬間、両手で口元を覆い──

涙が、ぽろぽろと零れ始めた。

 

「ど、どうした三玖!?」

「ご……ごめんなさい……嬉しくって……すんっ……」

 

声にならない声。

それでも必死に言葉を紡ぐ。

 

……ああ、そうか

 

どれだけ頑張ってきたのか。

どれだけ認めてほしかったのか。

どれだけ、この瞬間を夢見ていたのか。

その全部が、今ここで溢れている。

 

「じゃあ──」

 

そのまま頭を撫でながら、僕は口を開いた。

 

「そんな三玖に、別邸主として一つ命令しよう」

「めい……れい……?」

 

涙で濡れた目が、まっすぐこちらを見る。

 

「来年からの吉浦家の食卓のパンは、三玖が作ること」

 

一瞬、時間が止まる。

 

「えぇぇ~~!?」

 

驚きの声。

 

「ふふふ……命令だからね。ちゃんと頑張るんだよ」

 

にこりと微笑む。

三玖の目が、ゆっくりと見開かれていく。

 

「……あ……」

 

その意味を理解した瞬間──

涙は止まり、代わりに強い光が宿る。

 

「うん……!わかった……任せて……!」

 

力強く、頷いた。

 

「よし。じゃあ自由行動、楽しんできな」

「うん……♪」

 

今度は、しっかりとした笑顔。

 

振り返ることなく駆けていく背中は、さっきまでとはまるで違っていた。

 


 

~風太郎side~

 

「たくっ!なんだってんだ!」

 

修学旅行初日、自由行動。

なぜか一人で待たされる羽目になり、納得いかないまま、その場に立ち尽くしていた。

場所は京都駅近くの大階段。

人の行き来はあるが、騒がしいほどではない。

どこか落ち着いた空気が流れている。

 

「……そういえば」

 

ふと、思い出す。

 

「ここだったな、あいつと会ったのも……」

 

小学生の頃の修学旅行。

その時と同じ場所を見上げた瞬間──

 

「なっ……!!」

 

階段の上から、一人の女性が降りてきた。

 

白いワンピース。

白のキャペリン。

腰まで伸びたロングストレート。

そして──

どこか、見覚えのあるその雰囲気。

 

「な!なんでお前がここに!!」

 

思わず声が出る。

 

「久しぶりだね。風太郎君」

 

微笑むその顔。

 

「何故ここにいると言っている、零奈!」

「零奈……?」

 

くすっと笑う。

 

(……なるほど、五(・)月(・)らしいな)

 

そう思った、その時。

この女性は四葉。前回、五月に変装を頼んだのだ。

 

「私は零奈じゃないよ」

 

一歩、近づく。

 

「もう分かってるんだよね、風太郎君」

「……っ!」

 

(五つ子の、誰か……!)

 

「懐かしいよねぇ~♪ ここで、風太郎君を助けたんだよね」

「あ……ああ……」

 

(この場所での出来事を知っている……じゃあ、やっぱり……)

 

「どうかした?」

「い、いや!あの時はホントに助かったぜ」

「ふふん♪もっと感謝してもいいんだよ♪」

「調子に乗るな」

「あははは!ねえ、少し歩かない?」

 

その提案に乗り、二人で歩き出す。

他愛のない会話。

軽口の応酬。

だが、不思議と心地いい。

 

(……なんだ、この感じ)

 

懐かしさ。

それだけじゃない。

今の五つ子達と一緒にいても感じるような、妙な安心感。

それなのに、目の前のこいつだけが、少し違って見える。

 

「わたしね、今日は君に報告があって会いに来たの」

「報告?」

 

四葉が立ち止まり、空を見上げる。

風太郎も、つられて空を見る。

 

「……わたしね、あの頃から風太郎君のことずっと好きだったの。今でもそう」

「──っ!!」

 

息が詰まる。

 

「ずっと約束を覚えていてくれてありがとね。でも、わたしは約束果たせなかったよ。それがあって、正体を晒す勇気が出なかった」

 

視線が、落ちる。

 

「そんな事気にすんな」

「風太郎君は気にしてないの?」

「まあ……」

 

頭をかきながら、視線を逸らす。

 

「昔のことより大切なのは今だろ」

「──っ……うん」

 

その言葉に、四葉は笑った。

けれど、その笑顔はいつもの明るさだけではない。

どこか、張り詰めたものが混ざっている。

 

「だからこれで最後。わたしはもう、思い出に頼らない」

 

一歩、前へ。

 

「自分で、自分の価値を見つける」

 

そして──

 

「それを、もう見つけた」

 

風太郎の視線を外し、手すりの向こうを見る。

そこには──

バスへと荷物を運ぶ和彦の姿。

 

「今でも風太郎君のこと好き」

 

一度だけ、振り返る。

 

「だけど、それ以上に好きになった人を見つけたの」

 

その声は、まっすぐで。

 

「わたしにしか出来ないこと。これからもずっと支えてあげたいって思える人。それをくれた人」

「それって……」

 

風太郎の言葉は、最後まで続かなかった。

もう、分かってしまったからだ。

 

「だから、今度こそさよなら」

 

ほんのわずかに──

その声が震えた。

 

「お互い、前に進もうね♪」

 

笑顔。

けれど、その奥にあるものを、風太郎は完全には読み取れない。

 

コツッ……コツッ……

 

風太郎に背を向け歩き出す四葉。

 

「四葉……」

 

呼び止める。

 

だが──

振り返らない。

それが、答えだった。

 

風が吹く。

二人の間にあった思い出を、静かに攫っていくように。

 

「……なんなんだよ、あいつ」

 

小さく呟く。

 

胸の奥に、妙な違和感だけが残る。

 

「……置いていかれた気がするな」

 

その言葉は、誰にも届くことなく──

雑踏の中へと消えていった。

 


 

~一花・二乃・三玖・五月・ことりside~

 

そんな二人の様子を、残りの五つ子の姉妹とことりが物陰から見ていた。

 

「……行っちゃったね」

 

静かに見守っていた中で、一花がぽつりと呟く。

その声はいつもよりずっと小さく、茶化す色もない。

 

「まさか修学旅行初日に答えを出すとは思わなかったわ」

 

二乃が腕を組んだまま、視線を外さずに言う。

だがその声音には、呆れよりも感嘆が混じっていた。

 

「ううん。答えは最初から出してたんだよ」

 

ことりが、四葉の歩いていった方向を真っ直ぐ見つめたまま口を開く。

 

「だから私たちにこの時間をお願いしてきた。この思い出の場所で、思い出を断ち切る為に」

 

その言葉に、誰もすぐには返せなかった。

風太郎の前に立った時の四葉の表情。

振り返らなかった背中。

あれは勢いではない。

覚悟を決めた人間の顔だった。

 

「……そうですね」

 

五月が静かに頷く。

 

「四葉らしいと言えば、四葉らしいですが。立派でした」

「……うん」

 

三玖も、小さく同意する。

 

「四葉は……やっぱり強いよ……」

 

その言葉には、羨望と尊敬が滲んでいた。

 

「……振り向かなかったね」

 

ぽつりと、三玖が続ける。

その一言に、場の空気が少しだけ重くなる。

誰もが分かっていた。

あれが──答えだということくらい。

けれど、それを言葉にしてしまうと、何かが完全に終わってしまう気がして。

だからこそ、その重みが皆の胸に沈んでいた。

 

「そうだね」

 

一花が、小さく笑う。

 

「最後のフータロー君の呼びかけに振り向いてたら、もしかしたら何か変わってたのかもしれない。でも──」

 

そこで言葉を切る。

 

「あそこで振り向かなかったから、四葉は前に進めたんだろうね」

「……ええ」

 

五月が目を伏せる。

 

「分かっています」

 

小さく息を吐いてから、ゆっくりと顔を上げた。

 

「四葉も、迎え入れます」

 

その言葉は柔らかい。

だが、その本質は“優しさ”だけではない。

それは許可ではなく──

覚悟だった。

二乃と三玖を受け入れたように。

これから先、四葉が本当に和彦へ想いを向けるのなら、その時もまた受け入れる。

正妻として、揺るがぬ立場のまま。

 

「はぁぁ~~……四葉、やってくれたなぁ~~」

 

二乃が髪をかき上げながら、深く息を吐く。

 

「よりにもよって“あの形”で終わらせるとか」

 

ギリ、と奥歯を噛む。

 

「あんなの見せられて、割り込めるわけないじゃない」

「……だねぇ」

 

ことりが苦笑する。

 

「フータロー君の方、完全に持ってかれたもん」

「かもね♪四葉なりの最後の当てつけだったりして♪」

 

一花が肩を竦めると、ことりもくすっと笑った。

風太郎を想う一花とことり。

二人とも、この修学旅行で少しでも距離を縮めようと考えていたのだ。

だが、今のやり取りを見せられては、迂闊に踏み込めない。

 

「それにしても……」

 

二乃が今度は和彦の方へ視線を移す。

 

「こんなの見せつけられたら、和彦と二人っきりの時間を作ってあげないとって思っちゃうじゃない!」

「……天然な策士……」

 

三玖がぼそりと呟く。

 

「あははは……」

 

五月も苦笑するしかない。

四葉は風太郎との過去に区切りをつけた。

その一方で、和彦への想いは、今この瞬間によりはっきりと形になったのだろう。

それが分かるからこそ、軽々しく茶化せない。

 

「五月。あんたは、この後和彦に呼ばれてるんでしょ?」

 

二乃の問いに、五月が頷く。

 

「ええ。何でも二人で行きたい場所があるとかで」

「むぅぅ……妻の特権……」

「あんたも既に二人の時間作ったじゃない」

 

すかさず二乃に返す三玖。

 

「……パンは……別……」

「別じゃないわよ。十分すぎるくらい特別よ」

 

二乃が唇を尖らせる。

 

「わたしだけ何もないのおかしくない!?」

「それは……まあ……」

「二乃は……直球過ぎる……」

 

五月と三玖は、同情半分、呆れ半分の目を向ける。

 

「直球の何が悪いのよ!」

「悪くはないけど、カズヒコさんは変なところで鈍いから……」

「余計たちが悪いわね……」

 

二乃が大きくため息をつく。

その様子に、一花が笑いを漏らした。

 

「でもさ、こういうの見ると、ほんと四葉ってすごいよね」

「うん」

 

ことりも頷く。

 

「ちゃんと終わらせに行くって、なかなか出来ないよ」

「……そうね」

 

一花が遠くを見るような目で呟く。

 

「負けたとか、順番とか、そういう話じゃないんだろうね。あれは……“四葉が四葉のために決めたこと”なんだと思う」

 

その言葉に、誰も否定しなかった。

 

「そいえば、芹菜さんもセンセと二人で見回りだもんね」

 

一花がふと話題を変える。

 

「芹菜さん、一度火が付くと止まらないからねぇ」

「……それは否定できないわね」

 

ことりの言葉に二乃が眉をひそめる。

 

「ただでさえ同じ立ち位置なんだから、あの人はあの人で牽制しとかないと」

「でも」

 

五月が穏やかに微笑む。

 

「順番も線引きも、守ってもらいますから」

 

その一言に、二乃と三玖は顔を見合わせ、すぐに頷いた。

 

「はいはい、分かってるわよ」

「……うん」

 

ことりがそのやり取りを見て、感心したように肩を竦める。

 

「いやぁ、こうして見るとほんと複雑だよね、この関係」

「今さらでしょ」

「でも、嫌いじゃないんだよねぇ、こういうの」

 

一花がくすっと笑う。

 

「賑やかで」

「賑やかで済む話かしら……」

「済ませるしかないでしょ、わたしたちは」

 

そう返した二乃の言葉に、皆が少しだけ笑った。

重かった空気が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

「ま、まだまだ修学旅行は始まったばかり」

 

一花が手を叩く。

 

「まずはみんなで楽しむことを考えよっか。あのままフータロー君をポツンとさせとく訳にもいかないしね」

「だね。智子たちと合流して、今日は思いっきり楽しんじゃお♪」

 

ことりの明るい声に、残りの三人も頷いた。

 

「ええ」

「……うん」

「そうですね」

 

それぞれの想いは、確かに複雑だ。

けれど、それでも前に進むしかない。

四葉がそうしたように。

自分たちもまた、それぞれの形で進んでいくのだ。

京都の空は高く、どこまでも澄んでいた。

その下で、修学旅行はまだ始まったばかり。

けれど──

それぞれの想いは、もう確かに動き出していた。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回は四葉にとって、一つの区切りとなる回でした。

過去への想いに答えを出し、その上で前に進むことを選んだ四葉。
彼女らしい不器用で真っ直ぐな「さよなら」が書けていれば嬉しいです。

そして、その一歩は四葉だけではなく、風太郎、五つ子、そして周囲の想いにも少しずつ波紋を広げていくことになります。

タイトル通り──
“さよならの先で”、想いは動き出しました。

修学旅行編はまだ始まったばかり。
ここからそれぞれの恋や関係性も、少しずつ揺れ動いていく予定です。

もし四葉の決断や今回のエピソードを気に入っていただけましたら、感想・評価・お気に入りで応援いただけるととても励みになります。

次回もどうぞお付き合いいただければ幸いです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。