そんなある日、僕はひょんなことから「ヤクザ」とカラオケに来ていた。
※クロスオーバーのタグをつけていますが、ストーリーを参考にした程度でキャラクターがクロスするわけではありません。
『僕』はクラスメイトの少女、小野寺小咲に恋をしている。
けれど……どうやら彼女には、他に好きな男子がいるようだ。
そのことに気づいたのは、本当に突然のことだった。
確証はない。
同じクラスにいて、彼女の姿をそれとなく目で追っていた時、不意に
それは彼女の瞳が、僕と同じで好きな人に向ける、好意に満ちた輝きを放っていることに気づいたからかもしれない。
僕が小野寺さんのことを意識するきっかけになったのは、凡高生が参加した音楽コンクールでのことだった。
その時は、僕がクラスの代表に選ばれたことで、ソロのパートを担当し皆の前で歌を披露したのだ。
それが評価されたのかは分からないけど、僕らのクラスが一位で表彰された。
コンクールが終わったあとで、小野寺さんが僕の所に来てこう言ってくれた。
『歌声、とっても綺麗だったよ。心が洗われるって、ああいいうことを言うんだね。また聴きたいな』
ただの社交辞令だったのかもしれない。
けれど、その時の彼女の言葉と柔らかな笑顔に、僕は一発でやられてしまったのだ。
人に言ったことはないけれど、これでも実は歌には自信がある僕。
カラオケなんかに行けば、百点を取ることもそう難しいことじゃない。
だから、「また僕の歌を聴きたい」と言った小野寺さんの言葉がウソじゃないなら、いつか彼女を誘ってカラオケに行きたいなぁ……なんて考えたり。
たぶん……いや絶対、小野寺さんはそういったことをお世辞や、まして冗談で言うような人じゃないとは思うんだ。
思うんだけれど、僕にはそれを本人に確認するだけの勇気が、この時はまだなかった。
そうして僕は今、小野寺さんの代わりに、一人の「ヤクザのオジサン」とカラオケに来ている……。
なんでこんなことに……?
それはコンクールが終わって、数日が立った時に
「お前にどうしても聞いてほしい頼みがあるんだ!」
そう言って僕に頭を下てきたのが、クラスメイトの一条楽。
なにかと噂に絶えない話題の人物である。
「ここじゃなんだから、ちょっとついて来ちゃくれねえか?」
一条君に同行して向かった先は、一件のカラオケ店。
通された個室の中で、僕は
「こいつは竜。ウチの組のもんで、こいつに歌の手ほどきをしてほしいんだ」
組とは学校のクラスのことではない。
一条君は集英組というヤクザの家柄で、このオジサンもその関係者だそうで。
「頼む! お前の歌声を見込んでのことなんだ!」
「お願いしやすぜ、先生!」
一条君には少しだけ……
なによりヤクザのお願いを断るとか怖いし。
こうして僕は、竜さんに歌の個人レッスンを行うことになってしまったのだ。
「~~♪ ~~♪」
僕の指導の元、徐々にだが竜さんの歌唱力は上がっていった。
とはいえまだまだ素人同然のレベルなので、あくまで僕の個人的な感想だけど。
竜さんの選曲を見て、一つ気になることがあった。
それは彼が三~四十代の年齢に見合わず、選ぶ歌が全部僕ら世代の、若者向けのラブソングであることだ。
別にそれがキモイとか言う訳じゃない。ただ、なにか彼に合ってない気がするのだ。
僕はおずおずと、そのことを質問してみた。
「いやぁ、実は……ワシ今、好きな人がおるんじゃ」
照れくさそうにオジサンは打ち明けてくれた。
その相手とはカラオケで意気投合した人で、まだ二十代とのこと。
竜さんが歌が上手くなりたい理由も、その女性にラブソングで想いを伝えたいとの気持ちがあったからなのだ。
僕はオジサンの気持ちを聞いて、小野寺さんのことを思い出した。
いつか僕も、歌を通して小野寺さんに自分の想いを伝えられたら……。
僕たちは今、どこかしら似たような境遇にあったのだ。
この事実で竜さんに強いシンパシーを感じた僕は、より親身になって一層ボイストレーニングに励んだ。
僕たちの歌唱訓練は数日に渡り、竜さんの歌声も素人を一歩抜きんでるレベルにまで跳ね上がった。
そして、ついに
「ありがとうごぜえやす、先生。これで全力でワシの気持ちを伝えられやさぁ!」
そう。この日竜さんは、ついに相手の女性に告白しに行こうというのだ。
そして、それは僕も同じだった。
竜さんに感化された僕は、互いに同じ日に意中の相手に告白しようと(勝手に)決め、今日小野寺さんを呼び出してしまったのだ。
もう後には引けない。例えフラれたとしても、その覚悟はしているんだ。
僕と竜さんは互いの成功を祈り、握手を交わして別れた。
そして、それぞれの相手の待つ場所へと向かったのだ。
決戦の日から後日……僕と竜さんは再び、いつものカラオケ店で顔を合わせた。
僕は彼に、告白の結果を尋ねてみた。
「いやぁ~、ダメじゃったわ! やっぱり、歳の差がありすぎたんかいのお!」
竜さんはカラッと笑って、そう答えた。
フラれてしまったというのに、その表情はとてもサッパリしている。
「先生の方は、どうじゃった?」
僕は黙って、首を横に振った。
そう、僕の方でも結果は敗北。
やはり小野寺さんには他に意中の相手がいるようで、やんわりと断られてしまった。
……そして、その相手は多分だけど、一条君だと僕は思っている。
小野寺さんから直接聞いたわけじゃないけど、なんというか……恋する者の直感というか。
そう思って振り返れば、なるほど小野寺さんは、よく一条君のことを気にかけている様子が思い出された。
……残念だ。とても残念だ。
確かにこうなる覚悟はしていたけど、やっぱりそれが現実となると、ショックは隠しきれない。
「互いにツライのぅ……」
竜さんはそう言って、慰めるように僕の肩をポンポンと叩いた。
僕は思う。
僕も一条君のようなヤクザ者になれば、あるいはもっと男らしくなって、小野寺さんの気も惹けたのではないかと……。
けれど竜さんはそれを、言葉を選びながら否定した。
「確かに楽坊ちゃんは、ワシらの頭に相応しい男らしく優しいお方じゃ。しかし、先生にも同じ道が務まるとは、ワシには思えん」
人にはそれぞれの生き方があるのだと、竜さんは教師がするように優しく僕を諭す。
「それに、なんだかんだでワシらは、世間から見たら日陰者じゃからのぅ。先生みたいな子供には、お天道様の元でまっとうに生きていって欲しいんじゃ」
憂いを帯びたようなオジサンの瞳が、僕の目と重なった。
それでも、今の自分の生き方も性に合って楽しんどるがな、と竜さんは明るく笑う。
そうだ、僕は僕の生き方をすればいい。
そうすれば、きっとまたいつか、新しい恋に恵まれるだろう。
二人ともにフラれたばかりだが、今はとても爽やかな気分だ。
僕たちは互いの健闘を称え、この日は大いに歌い明かしたのだった。