思うところはあるけれど、それもまた人生。
裏も表も纏めて全部、どうにかするさ。
大人ですもの。
初詣、か。若い時分はワイワイ盛り上がりながら皆で行ったものだけど、最近は寒さが堪えて御無沙汰だ。まあ夜明け前に初詣するのは近代に入ってからで、江戸時代には夜が明けてから詣でてたそうだし、無理に行かなくなって縁起的には問題ないだろう。
友達だか先輩だかに呼ばれてバタバタと出ていく愚息を見送り、私はアクビを一つ。
人数が欠けるとどうにも空気が変わると言うか、揃って起きてても仕方ないかなーという感じがしてきてしまう。このまま点けっぱなしで寝ちゃおうかな、新年だしそれでもいいか。子供がいると親としての立場があるけど、今はいないんだし。
……今はいない、か。そうなんだよね、本当は――
そう思ってしまう自分に、少し驚いた。いつの間にか私は、千夏ちゃんを自分の娘みたいに思い始めていたんだな。
事の始まりは、もう一年くらい前。
お互い結婚して子供も出来て、なんとなく疎遠になっていた元チームメイトから久しぶりに来た電話が、全ての始まりだった。
夫の仕事の都合で日本を離れる事になった、と言われた時は背筋に冷たいものが走ったけれど、考えてみたらもう何年顔を見ていないだろう。会えばすぐにでも高校時代に戻れる間柄ではあるからこそ、敢えて会いに行くような事は無くなっていた。それでもまだ親友だと思っているつもりだけど、このまま会わなくなっても大人同士の事だし仕方無いと諦めも付く。
しかし別れの挨拶が電話越しとは薄情なやつめ、と内心呆れていた私はでも、次に続く言葉で我に返った。
『千夏……うちの子の事で、頼みたいことがあるの。今度会えないかな、出来れば急ぎで』
中学からの付き合いだけど、コイツのこんな真剣な声は生まれてはじめて聞いたと思う。何があったかと聞き返すのももどかしく、今からでいいよ昔よく練習サボって行ったあの喫茶店に来て、と一方的に約束して私は財布とスマホだけ持って駆け出した。どんな理由であれどういういきさつであれ、あのバカがああも真面目なトーンで私にものを頼むなんて異常事態にも程がある。
これは私が、どうにかしなければいけない話だ。私でなければ、ダメな話なんだ。
そしてその想いは確信へと変わることになる。
千夏ちゃんは家族と海外へ渡る話を拒絶し、一人でも日本に残る気でいる。まだ高校生の娘に独り暮らしなんかさせられないし、預けられる親族も身近にはいない。でも娘の意思を踏みにじるような事はしたくない、出来ない。
「こんな事頼めた義理じゃないけど、さ。由紀子のところで千夏を預かってほしいの。――他にはもう、頼る先なんかないのよ……」
人に借りを作るのが大嫌いで考えるのも得意じゃない我が親友、これが深々と頭を下げて懇願する姿なんか見たことがなかった。それほどに切羽詰まり、追い詰められているのだ。
ここで首を横に振れるほど私は人でなしではない、だけど即応できるほど聖人でもない。
なにしろうちには大喜がいる、思春期まっさかり担いだ金太郎な男子が。うちの人に似て色恋に縁がなく私に似てバカな子だけど、それでも男の子だ。万が一億が一
そんな迷いを覚えながらも、私は――ゆっくりと頷いていた。
過ちなんか犯させない、何があろうと私たちで食い止める。そう決意を込めて。
……まあ、大喜が何かやらかすような事は無かった。それより問題なのは、千夏ちゃんが母親に似ないで真面目かつ真っ直ぐ
私たちには預かった他所様の子をしっかりと護り、悔いのない時間を過ごしてもらう義務がある。だけどそれを、千夏ちゃんが意識する必要はない。なのに千夏ちゃんは思ってしまっていた、ここで幸福に過ごすのは義務なのだと。だから悩みも顔に出さず、良い子であり続けた。
――
そんな張り積めきった千夏ちゃんの様子が変わり出したのは、八月も終わり際。誕生日に大喜たちと出掛け、土砂崩れで一泊して帰ってきた辺りからか。何処か雰囲気は穏和になり、少しずつ少しずつ険が取れていくのが見てとれた。どうやらうちの愚息も、なんかの役には立てたようだ。
……なんて思っていたけど、うん。
最近の千夏ちゃんは、大喜をどうも気にしすぎている気がしなくもない。夏休みが開けて一旦うちを離れる時はそうでもなかったのに、この間年末年始を群馬のおじいさんの所で過ごすとなった時は目に見えてオロオロしてたし。あれは大喜が側にいなくなるのが抵抗あるから、だよね多分。そりゃ股を痛めて産んだ子だし、気に入ってくれるのは嬉しいけど。
このまま「卒業したらお嫁に来ます」とか言い出したらどうしよう、いやさすがに無いだろうけどね。とは言えそれはそれで悪くはないか、私も女の子が欲しかったし。もうちょっとダンナが頑張ってくれてたらなぁ……ってまあ授かり物だし、いやなに考えてんだ私は。良い歳して、いやそんな歳でも……あー……うん。
……なんだか思考が纏まらないな、深夜だし。昼間から大掃除とか御節作りとかでバタバタしてたのもあって、どうやら睡魔に頭がやられてきているみたいだ。こんなバカな事を考えるなんて、そうとしか思えない。やっぱりこのまま寝ておこうかな、どうせ大喜も初詣から帰ったらすぐ部屋上がって寝ちゃうでしょ。
コタツの天板に置いたクッションに、もふんと顔を埋めて私は寝る姿勢に入った。
今年もきっと、良い年だ。去年もそうだったし、来年もそうなる。
だって生きてるんだから、どうにかなるさ。