百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
革命。横暴な為政者は、得てして民衆の行動に潰される。
「クソッ!クソックソックソーーーーーッ!!!」
黒炭オロチの血の混じったような怨嗟の声が雨に混じって響く。
金獅子海賊団は壊滅した。より正確に言うなら、頭であるシキがカイドウに敗れ。その下についていた海賊たちはカイドウが無視したのだが、大名並びに彼らの部下である侍たちに捕らえられる、或いはどうにか国の外へと逃れていた。
武力的後ろ盾が消えてしまえば、溜め込んだヘイトの結果オロチは城を追われる事になった。
派手な着物も泥まみれ。その姿は、正しく敗軍の将。
ワノ国に滅びを。オロチの計画は良い所まで行っていた。
だが、一瞬で瓦解してしまった。たった一人の男によって。
その男が、オロチの前に現れた。
「ッ、カイドウ……!!!」
雨の中で傘をさす素振りも見せず、金砕棒を肩に担いで自身を見下ろしてくる角のある偉丈夫を前にオロチの目は殺意に溺れた。
「お前さえ……!お前さえ現れなければ……!おれの計画は、上手くいっていたんだ!!!」
体が変貌し、人として大柄であるカイドウ以上の巨体、ヤマタノオロチへとその姿を変えた。
もっとも、それだけだ。如何に
案の定、食らいつかんとした頭部は金砕棒を振るう事無く左手一本で止められ、そのまま地面へと叩きつけられてしまう。
ヤマタノオロチ。巨体であろうとも、所詮は地を這う蛇でしかない。空を駆ける龍にはどれだけ鎌首をもたげようとも届く筈も無いのだ。
暴れようとも押さえ込まれ、欠片も抵抗の出来なくなったオロチには最早恨み言を吐いて泣く事しかできない。
情けなかろうとも、歪んだ思考を持とうとも、悔しさを抱かない訳では無いのだから。
そして、複数の足音が聞こえてくる。
「居たぞ!こちらだ!」
「黒炭め!!」
「おれ達の恨みを知れ!」
口々に憎悪が隠し切れない侍たち。
彼らだけではない。農具や剪定鋏など危険な仕事道具まで持ち出した人々までもが、黒炭オロチを
「チッ……」
舌打ちを零し、カイドウはオロチを追う者達へと覇王色の覇気を飛ばす。
如何に海軍であろうとも警戒する侍たちも、十億越えの賞金首には敵わない。それが戦う術の無い一般市民なら猶の事。
彼らが崩れ落ちたことを確認し、憤怒と屈辱の果てに涙を流して気絶し元の姿へと戻ったオロチをカイドウは見降ろした。
そして徐にその首根っこを掴むと肩へと担ぎ上げ、どこかへと歩き出すのだった。
上役と末端の意識の差というものは、どんな場所でも存在する。
これは、人間という個を持つ生物の集団であるから。どれだけ言葉を連ねようとも腹の底では何を考えているかなど誰にも、それこそ当人にだって分からない。
「ぬぅ……」
白舞の地を治める大名、霜月康イエは厳めしい顔つきを更に歪ませて頭を悩ませていた。
そもそも、大名家と城下の人々の認識の差異こそが今回の一件の引鉄であったと言えるだろう。
黒炭家の凋落。周囲を蹴り落すためにかなりあくどい事をやっており、その悪事が露見した結果黒炭家はとり潰しとなり、大名だった当主は切腹と相成った。
侍として、大名として、手打ちは終えたのだ。これで。少なくとも将軍家並びに大名たちの認識はそうであった。
だが、市井の人々は違った。
彼らにとって“黒炭”という苗字は、そのままストレスの捌け口、非国民といった要するに自分たちの鬱憤の晴らし先となったのだ。
現に、彼らは“黒炭”というだけで暴力を振りかざした。そして、それらの行為に対してお上は何も言って来ない上に、暴力を向けられた側である“黒炭”は何もやり返しては来なかった。
人というのは、ブレーキが無ければ只管に残酷に冷酷に無慈悲になれる。そしてそれらを押さえ込むのが、理性であり、規範性であり、政治である。
それらがこの一件では機能しなかった。
“黒炭”に対する、恐怖。確かにあるだろう。悪辣な手を使う輩は恐ろしいものだから。
だがしかし、彼らはこの抱いた恐怖を
思案に耽る康イエだが、不意に彼の耳が駆けこんでくる足音を聞き取った。
「失礼いたします!康イエ様!」
「何事だ」
「はっ!花の都へと参上せよとの命が、光月スキヤキ様の名で出されております!!」
「なんだと!?」
あり得ない、と座布団を蹴り飛ばして康イエは立ち上がる。
しばらく前に将軍であった光月スキヤキは病没している筈なのだ。その折に、黒炭オロチをスキヤキの息子である光月おでんが戻ってくるまでの繋ぎとして将軍の座に置く事になった。
結果、ワノ国は荒れてしまったのだが、その死んだはずのスキヤキからの招集令。驚くなという方が無理な話。
眉を怒らせる康イエに、報告に来た部下はしどろもどろとなるものの報告の続きを口にする。
「そ、それが、その……黒炭オロチによって城地下にて捕まっていたらしく……」
「~~~~ッ!直ぐに馬を回せ!城へと向かうぞ!」
外界から隔絶された環境であるワノ国には独特の文化が根付いている。
それは、食事であったり、衣服であったり、興行であったり。兎にも角にも差異がある。
その一つに、宗教観というものがあった。
常ならば、多くの人々であふれた花の都。
喧騒も文化と言わんばかりのこの場所は、しかし何故だか今はシンと静まり返っていた。
原因は、メインストリートを行く、一人の大男。
「…………」
左手で襟首をつかんだ黒炭オロチを肩に担ぎ上げ、右手には金砕棒を持ったカイドウその人だ。
最初こそ、歓声を上げそうになった人々。オロチを討った英雄だ、と。
だが、声を上げようとした瞬間ピンポイントの覇王色の覇気に襲われ、強制的に意識をぶっ飛ばされた。
加えて、睨みつけてくるのだ。その強面に尋常ではない怒りを滲ませながら。
恐ろしかった。人間として、いや同じ生物として圧倒的に格が違う存在。
町民も、商人も、ヤクザも、侍も。誰も触れる事も声を掛ける事も許さないと言わんばかりの覇気と存在感は容易く都を飲み込んで活気の炎を消してしまった。
そんな注目の的であるカイドウはというと、周りを無視して真っすぐに城へと向かっていた。
理由はある。落とし前を付けにいくのだ。
始まりはどうあれ、自分が始めた喧嘩だがだからといって自分が天誅を下す側の人間である、といった驕りは彼には無い。
何より、法を犯したのならばその国の法に依って裁かれるべきだと考えている。
今回の件で考えるならば、黒炭家を迫害した側にも問題があるが、その結果としてオロチ含めた黒炭家の生き残りが暴走した事もまた擁護できるものではない。
彼らは彼らで、迫害に関係の無かった者を虐げ、或いは奴隷としてワノ国から外へと売り飛ばしてもいたのだから。
ソレを今日、収めさせる。
果たして、カイドウの足が止まった。
辿り着いたのは大きな城門。出迎えるのは、槍や弓、刀を手にした侍たちだ。
「止まれ!!ここは、将軍様の城なるぞ!」
「……一度しか言わねぇ。退け」
槍や刀、薙刀など様々な武器を向けられながら、しかしカイドウは揺らがない。
そもそもこの場において圧倒的に優位なのは
同時に、取り囲んだ侍たちの中には、カイドウの戦いっぷりを直に見た者も少なからず居た。自然と冷や汗が伝い、同時にじっとりとした脂汗が滲む。
自然と恐怖は沸きあがって、歯の根が合わない者も居た。
そして、判決の時は訪れる。