ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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ミューニッヒ戦争が難航中なので、前々から温めてあったゲオルゲ中戦車のwiki風解説を放出します。原文と比較するとやや齟齬が出ているので、そちらの方の修正も入っております。


wiki風解説part1 ゲオルゲ戦車編

T-3 ゲオルゲ中戦車(ティー・スリー ゲオルゲちゅうせんしゃ)

 

T-3中戦車/ゲオルゲ中戦車は、過去にダキア陸軍、およびその後継組織である大ドナウ連邦軍を始めとする欧州諸国が運用していた中戦車。

 

諸列強が多砲塔戦車や超重戦車など戦車開発で迷走を続けていた1910年代に燦然と輝く大戦型主力戦車の嚆矢であり、戦車という概念のデファクトスタンダードを築き上げた。その先進的な設計思想は欧州諸国に衝撃を与え、後年の恐竜的進化を招く一助となった。

 

全長:8.23m

車体長:6.2m

全幅:3.2m

全高:2.8m

重量:40〜45t

 

主兵装:

50口径75mm砲M1916(前期型)

60口径88mm砲M1925(後期型)

 

弾種:

M24 APC

M26 ABCBC-HE(被帽付徹甲榴弾)

M26 APCR(硬芯徹甲弾)

M26 HEAT

M27 APDS(装弾筒付徹甲弾)

M25 HE(榴弾)

総携行弾数60発

 

副武装:

車体同軸7.92mm機銃Wz.1920

車長用12.7mm機銃SR-14

砲塔同軸12.7mm機銃SR-14

 

装甲:

砲塔防楯120mm 傾斜10°

砲塔即背面80mm 傾斜20-30°

車体正面110mm 傾斜30°、後期型では同傾斜で120mm

側背面70mm 傾斜50°

天板並びに車体下部30mm

 

主機:

DAM T-3液冷V12ガソリンエンジン(540馬力)

ロールス・ロイス メテオライトV-12液冷ガソリンエンジン(830馬力)

 

 

 

開発経緯

 

統一歴1912年、ダキア大公国は他国に依存しない独自の装甲戦力の整備を企図し、プロイエシュティ油田の石油の専売権を用いて帝国から入手したIII号戦車の設計図を元に、ミハイ・フォン・ゼートゥーア*1宮廷軍事局長から開発要項が指示され、T-3計画が持ち上がった。当初の計画では重量25-27トン級の、やや重いながらも標準的な中戦車として計画され、、砲兵装は57mm、75mm、そして88mm短/長砲身砲のいずれかを搭載する戦車として計画された。

 

当時のダキア大公国は国を挙げての近代化計画の最中であり、陸軍の他部門ではKシリーズ加農砲、Hシリーズ榴弾砲、Wz.1916小銃やWz.1920汎用機関銃、空軍ではオリオン戦闘機、海軍では秋津洲海軍艦艇の買取と改修国産化が進行しており、ゲオルゲ戦車もその陸軍近代化の一環として開発された。同兵器は仮想敵である帝国の侵攻に対抗する為のキーテクノロジーと目され、開発環境は徹底的な防諜体制が敷かれた。

 

合州国、連合王国、そして協商連合のプランを擦り合わせ、一度はIV号戦車と同程度のサイズの25トン級の中戦車として決定したのだが、このプランでは正面装甲が砲塔70mmと車体50mmの垂直装甲であり、形状も帝国戦車の伝統である箱型からさほど進化していなかった。これでは帝国軍の使用する37mm Pak10対戦車砲にすら当たり所によっては耐えられず、57mmに至っては論外なことが判明したため、すぐに当時はまだ新しい概念だった傾斜装甲を取り入れた採用型の形状に改められた。

 

しかしそれでもなお57mm砲相手には不十分であり、88mm砲相手には簡単に貫徹されると評されたため、『自棄になった』技術開発廠の手により、最終的に当時の重戦車を軽く凌駕するサイズと装甲に仕上がった。最終的に採用された型は、500馬力級エンジン、のちの連合王国のセンチュリオン戦車をそのまま縮めたような車体形状、ベトンの軽いトーチカにも匹敵する100mm越えの正面傾斜装甲、設計当時としては規格外の威力を誇る50口径75mm砲を兼ね備えていた。

 

各種派生型やI、II両形式を含めたシリーズ総生産は、最終的に二万三千七百両に及び、うち七割が大戦や動乱を戦い抜き、無事に退役や無限軌道車両として民間転用を迎えている。これは帝国軍が生産したいかなる戦車よりも多く、連邦のT-26(T-34)(三万五千両)と合州国のM4シャーマン(二万六千両)に次ぐ生産記録である。

 

 

 

車台

 

前期型・後期型ともに連合王国のセンチュリオンとよく似た形状をしており、全般的に当時としては先進的な、しかし大戦後半から戦後初期の戦車においてはスタンダードとされる要素を兼ね備えている。破格の機関出力もさることながら、砲塔旋回用の補助発動機とモーターを搭載し、トーションバー式から派生したホルストマン式サスペンションを採用する、世界初の30トン超級中戦車となった。一号試作車(後述)を除くゲオルゲシリーズの全車両は一貫して無線手を兼任する車長、砲手、装填手、操縦手の四人乗りであり、通信設備と乗員用の咽頭マイクが標準装備され、車長や戦車隊指揮官の負担を可能な限り減らす設計となっていた。増圧に増圧を重ねた結果として車内スペースは外見に比して驚くほど狭くなったが、基本車体部分に乗り込むのは二人ほどだったため、特に問題は無かったようである。

 

主機

 

前期型では帝国ユンカース社製Jumo210エンジンをデッドコピーし、戦車用に改造したT-3ガソリンエンジンを搭載。世界初の航空機用エンジン改装型戦車エンジン*2であり、元来航空機用だった特性上、デチューンと静穏性改善のための小改造を経てなお、同時期の他国の戦車を圧倒する540馬力を発揮。重量出力比は約13.5t/hpであり、これはV号戦車より低く、V号戦車を上回るといった具合の数値である。当時の中戦車としては、平均的な速力の部類に入った。

 

また、本車両は頑なにガソリンエンジンを使用した車両としても有名であり、後期型生産であるゲオルゲII以降のモデルは、主砲の換装によって増えた38tの重量を補うために、連合王国製マーリンエンジンの戦車型であるメテオライトMk.IV A型(860馬力)をライセンス生産して搭載しており、増加した重量を補って余りある出力を活かし、軽戦車に並ぶ快速を誇った。パンターと同等の重量の車体にティーガーIIに匹敵する大馬力エンジンを搭載した影響である。

 

前期型、後期型ともに信頼性に優れるエンジンを搭載しており、トランスミッションもこの大出力と重量に耐えるべく堅牢かつシンプルに設計され、遊星歯車を使用した先進的かつエネルギーロスの少ない機構が使われている。帝国軍のV号、VI号戦車と比較すると、故障の確率は数段低かったとされている*3

 

しかし、航空機用のエンジンを半ば無理やり搭載した代償として、前期型の騒音はひどいものであった。咽頭式マイクと無線機なしでは車外との会話は一切ままならず、数回にわたる静穏性改良を試みた改造も、大した効果を上げることはなかった。

 

 

 

主砲塔

 

湾曲砲塔すら存在しない時代に設計・開発された砲塔ながら、ショットトラップを危惧する旨が設計段階から明確に提示されており、最終採用型は最大のライバルである帝国のティーガーII重戦車のヘンシェル砲塔に酷似したものとなった。前期型、後期型にかかわらず、三人乗りの大型砲塔(Mk.IからMK.IVまでの四種類、内実用化されたのは三種類)を搭載している。設計時の意図には諸説存在するが、最有力説においての決め手は、将来的な大口径対戦車砲の出現を見越して曲面装甲を試作、試射試験を行ったものの、簡単に耐えられると目されていた57mm砲徹甲榴弾を発射したときに、砲塔下部にぶち当たった砲弾が軌道を九十度変更、試作砲塔を載せていた一号試作車の車体天板を貫いて吹き飛ばしたため、急遽ただの傾斜装甲に改められたとされている。

 

帝国軍の8.8cmFlak18対空砲乃至自国開発の60口径88mm戦車砲を搭載するべく設計されたため、前期型の50口径75mm M1914戦車砲を搭載した時の見た目のアンバランスさが兵士に不評だったとも言われている。一方で、前期型特有の堅牢でありながら広々とした砲塔から来る乗員の快適性は、特に車長と砲手には大変好評だった。

 

 

 

兵装

 

前期型はフランソワ陸軍が開発したM1881 75mm野砲をベースに、原型がほぼ残らないほど改造された長砲身50口径75mm砲M1914を、後期型は帝国との関係破綻によりやむなく完全国産化された60口径88mm砲M1925を主砲としてそれぞれ搭載している。特に前期型の主砲は当時の戦車砲としてはライン戦線後期から登場するIV号戦車F2型のKwK24(43口径)や、連邦のT-26(T-34)の76.2mm ZiS-5(42.5口径)を凌駕する世界最長の部類であり、成形炸薬(HEAT)弾や徹甲榴(APHE)弾、そして切り札といえる硬芯徹甲(APCR)弾を用いれば、当時のライバルであったほぼすべての戦車はおろか、連邦のIS-1やVI号戦車であろうとも真正面から渡り合えた。

 

後期型となるゲオルゲIIではVI号重戦車ティーガーIに匹敵するカウンターウェイト付きの60口径88mm戦車砲を搭載し、そのともすればやや滑稽なフォルムに似つかわしくない強力な貫徹力を発揮。2キロ先から180mmの装甲を貫徹する火力と、その堅牢な防御〔後述〕により、見通しの悪く起伏の多い欧州の戦場で猛威を振るった。車載機銃として車体の同軸に7.92mm機関銃を、そして砲塔同軸と砲塔上の旋回機銃として12.7mm機銃を有しており、第三装甲師団の第六十二戦車中隊では、中隊全力の機銃掃射により、帝国軍のJu87急降下爆撃機を撃墜した例もある。携行弾数は60発と、他国のそれより大きく下回るが、『中戦車を性能で上回り、重戦車を数で上回る』という運用思想の下では大して問題視されることもなく、事実さして問題にはならなかった。

 

 

 

防御

 

車体全面110mm/60°・側面70mm、背面70mm/-30°・砲塔正面120mm/10°、側背面70mm/20°・天板30mmと、パンター以上ティーガー未満と言った具合の重戦車と同等の装甲を有しており、弱点となる車体と砲塔のマシンガンポートとハッチには30mmの追加装甲が、そして同世代の連邦軍戦車にも存在した弱点であるターレットリングは、砲塔そのものと一体化させる形で防護されている。これは開発当時のありとあらゆる戦車を上回る重装甲であり、これに抗し得る戦車はおろか、対戦車砲すらも存在しなかった。砲塔そのものも普段は追加のエンジンとモーターで動作するが、万が一には乗員が手動で旋回させられるという保険までついており、開戦時帝国軍の主力であった5cm Pak22では、背面装甲や砲塔の根元であっても、高低差なく垂直に直撃させなければ、距離200メートル以上からの撃破は困難であった。

 

大戦中期になって登場した7.5cm PaK24ならばある程度は対抗可能であり、ゲオルゲIIの主砲と同格以上の砲を備えるティーガー重戦車にはそれなりの距離から貫徹されたが、相変わらずパンター戦車相手には絶対的な撃破射程の有利を保持しており、IV号戦車はキューポラやマシンガンポートといった弱点に対する砲撃を強制され、反対にどこを射撃しても痛打を与えられるゲオルゲ側の的となることが多々あった。

 

ゲオルゲIIでは設計や能力的に最大のライバルとなるティーガーI・II両重戦車の登場を受け、さらに装甲が増圧されて車体正面が120mmになり、また最初から増加装甲として使いつぶされることを織り込んだうえで多めの予備履帯を各車に供給していた。これによって大戦後期から普及し始めた成形炸薬弾への耐性がさらに向上し、対戦車兵相手の防御力を大きく増加させた。

 

しかしながら、根本的に両戦車が防御兵器の域を出なかったのに対し、ゲオルゲ戦車は両形式ともに攻防ともに高い機動力と重装甲を生かして暴れられるオールラウンダーであり、この増圧は不要だったのではないかという意見も存在する。実際、ティーガーIはさておき『キング』とあだ名されたティーガーIIの主砲の前では多少の増圧では役に立たず、結果的に現場において機動力と数の差で側背面から囲む手法が好まれたのは、れっきとした事実であった。

 

また、本車は珍しく開発初期からグリセリン溶液で容器を満たした湿式弾薬庫を採用しており、義勇軍の兵装として欧州に派遣されるも、大抵側背面どころか真正面から弾薬庫までを貫いて仕留められたシャーマン戦車とは対照的である。砲塔や車体側面に取り付けられたシュルツェンの上からさらに履帯や鉄板を装着した個体は、成形炸薬弾を前にしても貫徹を許さず、無敵と言って差し支えないほどの防御を誇った。

 

 

 

生産と運用

 

欧州大戦全期間を通し、ダキア軍の主力戦車として欧州全土を戦った。確認されている最初の実戦はブールクレスト攻防戦の時であり、同市の統合参謀本部に保管されていた第一号試作車が引っ張り出され、ブールクレストに侵入していた帝国軍の第四十七歩兵師団所属の第百九十七歩兵連隊を撃退したとされており、実車がブールクレスト戦争博物館に展示されている。この時の車両はIV号戦車E型とほぼ同格の短砲身75mm砲であり、侵攻する帝国軍部隊に対して榴弾による対抗射撃を行っていたのを両軍が確認している。装甲も先に述べた通り、正面装甲70mmのままであった。

 

最初の大規模な実戦投入は1925年の秋、ダキア軍の大規模反攻作戦『黎明』並びに『払暁』である。戦略機動軍団の第一機甲師団に例をとれば、同師団配属された車両は、部隊の実戦経験不足にもかかわらず、一連の戦闘での損失車両が3個連隊300両中わずか12両という驚異的な生存率を記録し、車両そのものの稼働率も、トランスミッションやエンジン、シャーシに転輪配置に至るまで徹底的に信頼性の高い構造を追い求めたことが幸いし、全6個機甲師団1800両中、損耗のピークにおいても1680両が稼働状態にあり、かつ連合王国による全面バックアップがあったとはいえ、主力戦車型だけで1926年に月産210両という記録を叩き出し、同戦車の兵器として、また工業製品としての完成度の高さを示した。同作戦においてゲオルゲIは俗に言う『ゲオルゲ・ショック』と呼ばれるある種のトラウマを帝国軍の戦車兵に植え付け、相対した帝国兵の士気を大きく下げる事となった。

 

V号・VI号戦車の出現が確認された1925年の終わりから75mm砲型の生産は打ち切られ、M1925戦車砲を搭載したゲオルゲIIの生産が開始。帝国軍が運用した数多くの戦車とは異なり、M1925の生産体制が整うのを待って生産が開始されたため、月産が落ちることはほとんど無く、実際に本格的な機種転換の始まった1926年の3月ごろに、ゲオルゲの総生産はピークを迎え、以降終戦まで落ちることは無かった。

 

1925年の十二月より、初めは損傷車両の穴埋めとして届き始めた同車両は、先述の通り1926年6月には75mm型を本格的に置き換え始め、同年九月には全師団が機種転換を完了。余剰となった車両は六割方が予備役として1935年までモスボールされたが、比較的新品と言える残余はイルドア王国へと流され、1930年代後半まで秋津洲と並んで列強最弱だった同国の機甲戦力の根幹を担い、OF-40を経てアリエテまで続くイルドア軍主力戦車の先祖となった。

 

戦後はトゥラーン戦車の実用化に伴って急速に一線級部隊を退いたものの、自走砲型や工兵車両型は主機をディーゼルエンジンに換装した上で長く現役の座にとどまり、工兵車両型は今なお現役である。

 

また、本車の生産には連合王国が多分に関わっており、厚さ100mm越えのニッケル混合均質圧延鋼はチャーブル歩兵戦車を手掛けたベッドフォード・モーターズ社が、両形式ともに主砲は王立造兵廠が、そして主機はロールス・ロイスがそれぞれ製造機械を手掛け、また連合王国内で部品そのものの生産もされて、内海経由でダキアに届けられた。最終組み立て工場はすべてダキアに存在したが、各種部品の生産設備は実にその三分の一が連合王国に存在しており、連合王国そのものを『連合国の武器工廠』と見る向きは、ロンディニウム大学やブールクレスト大学の大戦研究者でも多い。

 

東欧動乱後に行われたテストでは、正面装甲は至近距離であってもT-26の76.2mm ZiS-5戦車砲では貫通不可能であり、85mm Zis-S-53砲でも、弱点部や側背面への狙撃を徹底しなければ貫徹できず、その基礎設計の優秀さを示した。ブダペスベルク中央大学やタリン大学等一部の研究では、たとえ主力戦車系列であるトゥラーンシリーズやその後継であるアルバトロスシリーズの開発を急がずとも、既存のゲオルゲ戦車の改造だけで東欧動乱を戦い抜けたであろうという意見も出ている。

 

 

 

逸話

・旧ダキア軍第五機甲師団、現大ドナウ軍第十八機甲師団に属するある車両は、背面からの攻撃によって履帯を破られて立ち往生するも、友軍の救援まで三時間以上乗員を守り抜き、更に修理の上で何事もなく戦線に復帰すると言う常識離れのエピソードを持っている。

 

・終戦になって連合王国内にあぶれた部品は多く、軽く一個機甲師団を編成できるほどの量が残っていた。それらの多くは、戦後に百五十個師団二百万人から、現在も続く四十五個師団七十万人体制へと大軍縮を行った大ドナウの厚意により、大戦期の協力に報いる意味もあって格安で売却され、無駄にされることなく組み立てられた。それら車両は1938年まで実戦部隊で使用されたのち、訓練車両や工兵車両、あるいは標的として過ごした。センチュリオン戦車からして、ほぼ砲を17ポンド砲に載せ替えかえただけの、ほぼゲオルゲI直系の子孫である。

 

・欧州大戦をメインに取り扱ったゲームにおいて、ゲオルゲ戦車は両型共にゲームバランスを破壊する厄介者として取り扱われている。特にゲオルゲIはその傾向が顕著であり、デビューした時代を考えれば分不相応な主砲と、大戦後期どころか第一世代主力戦車に並ぶ重装甲を兼ね備えた同車は、アップデートのたびにやれマッチング改定だのBR調整だのに巻き込まれている。戦後は退役後に各国に供与されたこともあり、シャーマン戦車並みの存在感を誇っているのも特徴である。

*1
当時はミハイ・エムロエイ・シュルフリンゲン

*2
似たような例に連合王国のセンチュリオンが存在する

*3
一説には半分以下だったとも、五分の一だったとも言われており、資料によってブレが大きい




この世界のIV号G型以降は史実の48口径砲ではなく、パンターなどに搭載されている70口径KwK26を無理やり搭載しているものが大半となっております。
そうでもしないと100mm越えの正面装甲なんてぶち抜けないからね、仕方ないね(砲手の負担激増)
こんな化け物と良くイーブンに持ってったよなぁ帝国も…(オイ作者)
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