オーケー。じゃあもう少し歩くか。
深夜の学校を徘徊するってくだりなのに、最初の一件目で目的を達成しちまうなんて若干勿体ねェもんな。雰囲気を味わうッてのも大事な要素の一つだしな。
次の場所は……中等部の二年E組教室だッてよ。
ここのは結構有名だぜ、聞いたことあるヤツもいるんじゃねェか?
練習やらで帰りが遅くなった生徒が良く噂してンだ。
教室の窓、その一部がうっすら青く色づいているンだッてよ。
あとはこの教室にはどうしてか鍵が掛からないッて噂も有名だな。
噂の時点で何か居ねェと説明付かねェ案件だよな。
超常現象に出くわすにはおあつらえ向きの舞台だぜ。
さアて、オレたちの理解を覆すほどの事態、ソコにあってくれるのかねェ?
……よォし、着いたぜ。
まずはちょっと確かめてみるか。本当に鍵掛かってねェかをよ。
掛かってたらどうすッか……おお、マジで鍵掛かってねェな。
セキュリティ意識どうなってンだろうな?
学園の設備に不安を感じたくねェぞオレは。
で。ココはどうだ、入ッてみるか?
それともやっぱ入ンの止めて、別の場所にすッか?
「よし。じゃア、開けるぜ」
ええ。シャカールの言に私は頷いた。
そして、明らかな異常に出会う。
「……なんだよ、アレ」
シャカールが眉を顰めるのも無理はない。
教室の扉に手をかけて、室内に目をやった瞬間に。
その異様さに、私は一歩。後ずさってしまったほどだ。
噂通りの青白い影。
それが窓辺に寄り添うように浮かんでいる。
嘘みたいな話だが、あの噂は本当だったのだ。
周りにいるみんなも二の足を踏んでいる。
「ほ、本当に入るの……?」
私はみんなに問いかけた。
けれど、問いかけに答えてくれる声はない、ように思えた。
「んぇ~? 別に何もないじゃないですかぁ、大丈夫ですよみなさん。行きましょ行きましょ、たのもーっ!」
そうだった、目の前の光景に意識を持っていかれていて忘れていた。
この子、フクキタルはスピリチュアルなことが好きなくせに霊感というものが全然ないんだった!
「ちょっ、フクキタ……!」
忘れていた私に彼女を制止するほどの早さなどなく。
がらり、大きな音を立てて教室のドアが開け放たれてしまった。
「あれ……?」
「どういうこと……?」
開かれたドアの先、夜の空気だけを吸い込んだ、闇色の机と椅子にロッカー群。
カーテンの引かれていない窓から差し込む、先ほどまでの緊張感など感じさせない月光。
喧しさの残り香すら感じさせない、しん、と静まり返った教室には。
何故だか何も、ちらりと覗いたときに居たはずのものですら、存在していなかった。
「気のせい……ってこと……?」
軽く目をつぶり、ほっと胸を撫でおろして。
再度息を吸い込むために目を開けたとき。
私は、稲妻に打たれたかのような怖気が全身に走るのを感じた。
思わず、叫んでしまいそうになったほどに。
飢えによってのものなのか、痩せさらばえて骸骨のようにこけた頬。
闇夜の中でも黒黒と光る、落ち窪み生気の感じられない瞳。
そして何より、明瞭に青白く光っている、首から上だけのヒトガタ。
一目見るだけでも生きていないと分かるのに。
異様に生々しい存在感を放っているそれが。
息も吹きかかりそうなほど間近な場所に。
私の頬のほんの数センチ横側に、意味もなくただ浮かんでいた。
「どうした、スズカ?」
「……いえ。あの……」
みんな、見えないの?
そう聞こうとした瞬間、青いヒトガタがじろりとこちらを向いた。
「なんでも……ない」
「もしかして、どうかしたんデスカ……?」
不安そうに訊ねるタイキの一言が救いだった。
喉元にせりあがってくる恐怖をなんとか呑み込んで、私は逃げのための一手を打つ。
「……分からない、私は……何も。とりあえず、あの部屋に戻りましょう。とにかく……早く。多分、ここでこうしていても答えなんて見つからない……」
少なくとも、ここにずっといるべきではない。
この存在に何かしらの反応を返すべきでもない。
具体的にどうなるかなんて何ひとつ分からないのに、そう直感する。
恐らくみんな私の様子を見て察してくれたのだろう。
私たちは重たい足取りで多目的室へと向かった。
……私のすぐ後ろで、ボンヤリと浮かぶ青いヒトガタが、何かを呟いているような気がした。
まて。
にげるな。
教室から完全に出るまで、その声は私を苛み続けた。
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…………………………。
とにかく歩いて、歩き去って。
後ろは振り向けなかったから、かわりに耳をそばだてる。
まだ。
いるよ。
……振り向かない。
……幻聴よ。
……私には何も聞こえない。
だから、そう多分、気のせい。
うん、気のせいよ。
大丈夫、気のせい。
さもなければ、夏の夢よ……