二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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黒意侵略

「はぁっ!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「ちぃッ!?」

 

 高速で迫った二人の攻撃をフリュネが間一髪、大戦斧で防ぐもLv.4相当、Lv.5相当の二撃を殺し切ることが出来ず、背後へと大きく弾き飛ばされる。

 彼女に掴み上げられていた春姫がふわりと宙を舞い、手を伸ばす二人だったが、すんでのところで横から走った影が彼女を攫う。

 

「アイシャさん……」

 

「【麗傑(アンティアネイラ)】……!」

 

「……やってくれるじゃないか」

 

 黒い長髪を翻すアイシャは気絶した春姫を抱え、鋭い眼差しで二人を見ていたかと思うと、ほんのわずか口元を綻ばせる。

 ベルと命が一瞬呆気にとられた中、彼女が真後ろへ跳んで間合いを離すと、立ち上がった戦闘娼婦(バーベラ)達が再び包囲の輪を生み出した。

 

「これだけの数の意識を刈り切れなかった……あの人ならこんなことには……」

 

 アマゾネス達を見たベルが何事かを呟くが、その思考を振り払うように頭を振る。

 隣に立つ命を視界の端に収めながら、包囲網の先にいるアイシャの姿を見た。

 

「…………」

 

 彼女は待っている。

 儀式を完遂せず、包囲網を抜けてベル達、あるいはどちらか一人が自分の元に来ることを。

 命もそれに気付いたのか包囲網を越えてアイシャを見つめ、静かに目を細める。

 

「……ベル殿、彼女と一騎打ちをさせていただけませんか?」

 

「…………」

 

「自分の『技』がどれほど通じるのかはわかりません。ですが、春姫殿は自分にこの光を託してくれました。その想いに応えたい……そして」

 

 ────彼女の想いにも。

 

 アイシャのみを見据え、言い切った命をしばらく見つめたベルは、笑みを浮かべて頷いた。

 もしかしたら彼女は自分が来ることを望んでいるのかもしれない、とベルの頭に一瞬走った思考は頷きと共にどこかへと霧散する。

 たとえそうだったとしても、この状況でベルとアイシャが戦うのは違うだろう。

 救いを求めた春姫が力を託したのは、命なのだから。

 

「わかりました。命さんはあの人との戦いに集中してください。他の人達……特にフリュネさんはボクが相手取ります」

 

「恩に着ます、ベル殿」

 

 じわりと狭まる包囲網と向かい合うベルと命。

 道を切り開き、少女を進ませようと少年が足に力を溜めた次の瞬間。

 

「き、傷ぅ……!? アタイの美しい顔に、傷だとォ!?」

 

 遠方より、怨嗟の声が轟く。

 ベルと命、アマゾネス達ですら声の方向に振り返ると、二人の攻撃の衝撃を防ぎ切れずに斧で自分の頬を切ってしまったフリュネが立っていた。

 

「こ、の……糞ガキどもがアアアアアアアアッッ!?」

 

 血が流れる己の頬を太い指で触れていたフリュネの全身が震えだす。

 次には、逆上の咆哮を上げ、砲弾のようにベルと命へと突撃した。

 

「どけぇえええええええええええええええええええええええええええええッッ!?」

 

「命さんっ!!」

 

「ご武運をっ!!」

 

 大砲弾となって一直線に突き進み、包囲網を組んでいた味方を蹴散らしながらフリュネが迫る。

 彼女によって生まれた穴。それを逃さず、二人は迫るフリュネに臆さずに前進、加速。

 一歩前に出ていたベルが振り下ろされる大戦斧の一撃を受け止め、凄まじい火花と爆音が発生する中、命がフリュネの股下を通過し、祭壇で待つアイシャへと迫った。

 

「くっ……」

 

「アタイの一撃を受け止めるゥ? だからっ、生意気なんだよアンタはあああああああッ!!」

 

 強引に押し込んでくるフリュネの力にベルの体が一瞬沈む。

 怒り狂っていてもそれを見逃さないのが第一級冒険者。

 

「目をかけてやったが、もう許さねェ!? 死んで償いなああああああああああああああッ!!」

 

 我を忘れるフリュネは黒剣を押し切った大戦斧を地面を削りながら振り上げる。

 ベルが剣で防ぐもその怪力で少年をその場から弾き飛ばした。

 空中庭園の隅に飛ばされる彼に対し、フリュネが豪速の追撃を仕掛ける。

 

「完全に頭に血が昇ってるね、あれは。まあ好都合だ」

 

 激しい剣戟音を発しながら移動を重ね、庭園から空中廊下、宮殿へとベルを追いやるフリュネに呆れながらも、彼女は二人を追う真似はしなかった。

 追い付いても怒り狂ったフリュネの攻撃に巻き込まれる危険性があるなど、様々な理由があったが、二人を追わない最も大きな理由は目の前に立った光と雷を纏う少女にある。

 

「アイ、シ、ャ……」

 

 フリュネの突撃に巻き込まれなかった十数名のアマゾネス達が彼女の周囲に伏していた。

 傷一つ受けず、一分も経たずに圧倒した命にアイシャは笑みを浮かべる。

 

「あの坊やが来なかったのは残念だが……アンタも負けず劣らずいい顔をするじゃないか」

 

「春姫殿を、返してもらいます」

 

「そうはいかないよ。まだアンタの力を見てないからねぇ」

 

 大朴刀を構えるアイシャ。

 鏡合わせのように灰剣を構える命。

 

 一瞬後、激闘が始まる……筈だった。

 次の瞬間、二人の戦いを邪魔するように、爆音が轟いた。

 

「……えっ?」

 

「爆発……!?」

 

 戦おうとしていた二人が揃って振り向く。

 音が響いてきた方向は、歓楽街の方向だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 遡ること少し。

 

【イシュタル・ファミリア】本拠(ホーム)、『女主の神娼殿(べーレト・バビリ)』の最上階より極大の炎柱が上がる光景をオラリオの多くの者が目にしていた。

 一部の察しの良い者はそれが【イシュタル・ファミリア】が放ったものではなく、部外者……彼女達の敵対者が放ったものであると気が付き、動き出そうとしていた。

 

 夜のギルド内部が慌ただしく事態の究明に動こうとする中、本部に残っていた半妖精(ハーフエルフ)の少女は妙な胸騒ぎを覚え、歓楽街の方向を見つめる。

 

 都市最大派閥もまた、推定【イシュタル・ファミリア】襲撃の光景と報を受け、眠っていた者も皆起き上がってくるほどに騒がしくなっていた。

 その主な理由は襲撃の件ではない。天高く突き立った極大の炎柱……【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴのものと見られる魔法が放たれたことについてである。

 外に出たエルフを中心にリヴェリア、レフィーヤの姿をホーム内に確認した団員達はではあれは一体何なのか、と疑問を浮かべた瞬間、思い当たる節に気付いた者は皆、歓楽街の方向を見た。

 

 その魔法を誰が撃ったのか……それに真っ先に気付いたリヴェリアとアイズは杖と剣を携え、ホームを飛び出そうとする。

 

 少年少女の仲間である二人と彼等の主神はその炎を目にした次の瞬間にはホームを飛び出していた。同郷の少女を救うべく、少女と話をしに来た武神とその眷属も全てを察して三人に続き、歓楽街へと走ろうとする。

 無謀以外の何物でもないが、【ヘスティア・ファミリア】は帰りを待つのをやめ、【タケミカヅチ・ファミリア】と共に二人を……三人を迎えに行くべく、歓楽街の方向を見据えた。

 

 オラリオにいるほぼ全ての者の視線が歓楽街、【イシュタル・ファミリア】に集中する。

 正にその時だった。

 

 ドンッ、と爆音が轟いたのは。

 それは歓楽街の奥、いや()()()()()()()から発生している。

 一発だけでは収まらない爆音が悲鳴と共に鳴り響き始めていた。

 

 そして、オラリオは目撃する。

 

 収まらぬ爆発と共に、炎と黒煙が月夜へと舞い上がっていくその光景を。

 月の光を受けて輝く、戦乙女の徽章を。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「何が起きている!?」

 

 逃げたベルを追っていたイシュタルが次々と響く爆発音に声を荒げる。

 従者(タンムズ)のいない彼女が叫び散らすと、通路の奥から慌てて駆けつけてきた団員が膝をついた。

 

「な、何者かが歓楽街を襲撃しているようです……!?」

 

「襲撃……!?」

 

 団員の報告に驚愕する彼女は通路を駆け抜け、その先にある歓楽街を一望できるバルコニーに出る。外に出たイシュタルの肌を撫でたのは、熱気だった。

 自派閥の領域(テリトリー)……月が見下ろす『夜の街』の至るところで発生する音、光、悲鳴、爆発。

 炎が弾け火の粉を伴った熱気が頬を叩く中、歓楽街第三区画を蹂躙していく複数の人影にイシュタルは言葉を失った。

 

「どっ、どこの馬の骨が……!?」

 

 かろうじて言葉を絞り出しながら、バルコニーの手すりを掴んだ彼女は何度も首を振り、目の前の光景が夢なのではないかと疑う。

 しかし、現実は変わらず、目の前に広がるのは赤い色に染まる歓楽街。

 

 砕けそうなほどに奥歯を噛み締めたイシュタルは淫都の王たる自分に刃向かうのは一体どこの誰なのかと、思考を巡らせたところで、すぐにその可能性に思い至った。

 

「まさか……」

 

 都市屈指の大派閥に、宣告もなしに、暴虐的なまでに、理不尽なまでに喧嘩を売ってくる体面を委細気にしていない馬鹿な相手など、彼女が知る限り一柱(ひとり)しかいない。

 もう一度バルコニーから『夜の街』を注意深く見渡した彼女はついにそれに気付いた。

 

 掲げられた派閥の徽章(エンブレム)。それを見た彼女はその顔を蒼白に染め上げた。

 

 

「ま、まさか……」

 

 大混乱に陥るギルドの中で、緑玉色(エメラルド)の瞳を震わせて、騒ぐ胸を抑えたエイナは呟いた。

 

「まさか……」

 

 本拠(ホーム)を飛び出そうとしていたリヴェリアは思わず立ち止まり、怪訝な顔をするアイズを尻目に目を見開き、歓楽街を見つめた。

 

「まさか……」

 

 ベル達の元へと向かおうとしていたヘスティア、タケミカヅチ連合は先にどこかの派閥が始めた抗争に数秒、唖然とするも、ついてきていた二人の神の呟きに疾走を再開した。

 

「まさか……」

 

 オラリオに住む神々もまた、激しく燃える南東の空を見上げていた。

 ある者は己のホームから、ある者は高い建物の屋上に出て。

 繁華街から、工業区から、交易所から、老若男女を問わず多くの神々がその光景を視認し、皆口を揃えて同じことを呟いた。

 

「まさか……フレイヤか?」

 

 本拠(ホーム)へ戻り、次の戦いとその前準備に向けて策を練っていた【ロキ・ファミリア】主神、ロキは騒々しくなった団員達を眼下に、南東を凝視する。

 そして、一柱(ひとり)の女神の名を呟き、舌打ちと共に眉を全力で顰めた。

 

「あンの馬鹿……動きおった……!」

 

 

 こつこつ、と。

 周囲から悲鳴が途切れない中、場違いな細い靴の足音が響く。

 火の手が上がり、周囲にアマゾネス達が倒れているというのに、彼女の進路上には何もない。

 戦士達がありとあらゆる障害と危険を排除し、堂々と歓楽街を横断していく。

 

「歓楽街は既に包囲しました」

 

「オッタル様達は既に敵本陣に」

 

 男女二名の団員のみを連れる女神、フレイヤ。

 この事態の引鉄を引いた彼女は何も悪びれることなく、ともすれば不遜に、あるいは一切を顧みもしない絶対の神意を掲げ、第三区画を北上していく。

 

「そう……貴方達も向かいなさい。あの子は、あそこにいる」

 

 銀の瞳が見据えるのは前方、金に輝く大宮殿である。

 先程、空中庭園より上がった大炎柱は当然彼女も目にしている。居場所を知った彼女は無表情の中に誰にも気付かれない程度の焦燥を浮かべながら、少年の元へと向かっていた。

 

「しかし、護衛は……」

 

「要らないわ。邪魔する子は全て蹴散らしなさい」

 

 団員の声を遮って、フレイヤは告げる。

 何としてでも少年を見つけ、保護せよ、と絶対の神意をもって言い渡す。

 

 かしこまりました、と一礼し、団員達が散る中、フレイヤは歩みを重ねていった。

 悠然と通りの真ん中を進み抜き、やがて大宮殿の正面へと出る。

 

 開けた前庭から正面玄関にかけて焼け焦げ、融解している光景を認めた彼女は、不意に頭上を仰いだ。

 その銀の双眸がバルコニーよりこちらを見下ろす褐色の女神を捉える。

 彼女を見つけた美神(フレイヤ)は、艶然と目を細め────笑みを浮かべた。見る者全てを凍えさせる、絶対零度の笑みを。

 視線の先で、同じ美の女神は顔を真っ青にさせていた。

 

 

【フレイヤ・ファミリア】強襲の数分前。

 大宮殿の下で四つ子の小人族(パルゥム)白妖精(ホワイトエルフ)黒妖精(ダークエルフ)の青年、猫人(キャットピープル)の青年、そして猪人(ボアズ)の武人がたたずんでいた。

 

「はっきりさせておくぞ、オッタル」

 

「あの方の寵愛を独占しているベル・クラネルは好かん」

 

「敵を排除するという神意には従おう」

 

「だが、我々は奴を助けない」

 

「……好きにしろ」

 

 団長である筈のオッタルに四つ子の小人族(パルゥム)が物怖じすることなく告げる。黒妖精(ダークエルフ)の青年、猫人(キャットピープル)の青年も言うまでもなく同じ意見のようだ。

 白妖精(ホワイトエルフ)の青年のみは推測の域は出ない、と理由を語ろうとはしないが、オッタルと同じく少年の救出に意欲を見せていた。

 我意の強い団員達に、表情を変えないオッタルは許可した上で指示を出す。

 

「ただし、神イシュタルは逃がすな。女神の退路を絶て」

 

「邪魔する輩は?」

 

「────根絶やしだ」

 

 冷然と言い放ち、オッタルは七名の団員と共に宮殿と向かい合う。

 外壁へと武人が大剣を振り抜く。それが全体の強襲開始の合図。

 爆音が響く中、都市最強、第一級冒険者のパーティは、女主の神娼殿(べーレト・バビリ)へと侵攻を始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「歓楽街が……」

 

 空中庭園から見渡す戦場の景色に、アマゾネスの少女は力なく呟いた。

 伝令役としてアイシャの元までやってきた少女は空中庭園に広がる光景を見た衝撃が収まる暇もなく、自分達の領域(テリトリー)が蹂躙されていく光景を見てしまい、呆然自失といったように立ち尽くす。

 

「ど、どうしよう……アイシャ」

 

 長い髪を結わえた少女が今にも泣き出しそうな声を漏らした。

 アイシャは何も言わず、ただ眼下の光景を見つめている。

 

「今から、イシュタル様の所に行っても……きっとやられちゃう……」

 

「……【フレイヤ・ファミリア】の連中が攻め込んできてるんだってね。この様だと……主神自ら侵入してることもあり得るか」

 

 悲愴に震える少女の声に瞳を閉じたまま、アイシャは語る。

 燃え盛る歓楽街を見下ろすのをやめた彼女は、側で立ち尽くす少女の背を軽く叩いた。

 

「……もう【イシュタル・ファミリア】は終わりだよ。レナ、あんたはここに転がってる連中を叩き起こして逃げな」

 

 完璧な準備は整っていない。

 たとえこの場で整っていたとしても先に攻め込まれた以上、自分達の負け。

 

 そのように告げるアイシャにレナ、と呼ばれた少女は項垂れた。

 

「アイシャは、どうするの?」

 

 項垂れた顔を上げて、自分達を逃がそうとするアイシャにレナは詰め寄った。

 肩に触れる少女の手をそっと剥がした彼女は、何も言わず、自分を待つ少女と対峙する。

 

「私は、ここで戦うよ」

 

 大朴刀を命に向け、アイシャは祭壇の方へと目を向けた。

 祭壇に寝かされ、意識を失っている春姫を見つめる。

 

「けじめをつけなきゃいけない相手がいるんだ」

 

 紅に染まる夜空の下、満ちた月に見下ろされる空中庭園。

 光と雷を纏う少女を見つめ、アイシャは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 激しい剣戟の音が鳴り響く。

 屋根を、外壁を、足場を壊しながら移動する二つの影は得物を掲げ、何度も交差した。

 振り下ろされ、振り上げられる大戦斧と黒剣が獰猛な火花を散らす。

 

「せぁッ!」」

 

「ぬらぁッ!」

 

 女主の神娼殿(べーレト・バビリ)最上階、歓楽街で最も空に近い宮殿の屋上でベルとフリュネは交戦していた。

 植栽と人工の泉によって、正に神の庭と呼ぶにふさわしい景色は二人によって破壊しつくされ、縦横無尽に駆け巡った雷と大戦斧の跡が彩る戦場と化していた。

 

 迫りくる大戦斧とベルは敢然と打ち合い、強化された速さでフリュネの懐へと何度も攻め込む。

 それをフリュネが一瞬で叩き落し、懐から追い出し、更なる攻撃を重ね、ベルが防ぎ切る。

 

 激しい攻防が続くも両者にはかすり傷しか見えず、一騎打ちとなってからの戦いは全くの互角でここまで進んでいた。

 

「ゲゲゲゲゲゲッ、やるじゃないかぁ!?」

 

 頬に走った傷ごと顔を歪めながら、フリュネは血走った目玉をぎょろぎょろと動かす。

 未だ収まることのない憤激に染まる両眼は殺意と愉悦をもってベルを射抜いていた。

 彼女の眼に油断や慢心は微塵もない。あるのは膨れ上がった殺気と憤怒。

 

 それが一度敗北したベルと互角の戦いを演じる要因の一つであった。

 

「春姫も馬鹿だねぇ、あの妖術(ちから)をお前に使いさえすればアタイを倒す可能性があったのにさああ~~~~~ッ!?」

 

 油断と慢心が消えたフリュネは強かった。

 スキル(つき)魔法(いかづち)によって強化されていなければ劣勢は免れないと少年自身が認めるほどに。

 

「いぃや、その体じゃあどの道無理かああぁ~~~~~~!?」

 

「っ!」

 

 ベルの左方より、鋭い大戦斧の一撃が迫る。

 一拍遅れながらも黒剣がそれを防ぐが、不安定な体勢は軽々と崩され、フリュネの巨脚がベルの胸を強かに打ち抜いた。

 

「ぐっ……ファイアボ────」

 

「させないよぉッ!」

 

 とてつもない衝撃に間合いを開かされたベルは剣を突き出し、炎雷を撃ち出そうとするが、巨体に見合わない速さで迫ったフリュネに詠唱を潰される。

 狙われるのは当然、動かない左腕がある左半身。一度目の戦いで少年の左腕が全く動かないことを見抜いたフリュネは徹底的に少年の左半身を狙っていた。

 彼女の徹底して弱点を狙う攻勢の効果は高く、ここまでは互角と見られる戦いを演じつつも、戦況は徐々にフリュネの方へと傾きつつある。

 

「おらァッ!!」

 

「がっ……!」

 

 威力を殺し切れなかった大戦斧の一撃が受け止めた黒剣を超えてベルを襲い、遥か後方、屋上の壁面まで飛ばされる。

 危うく砕けた壁面から地上へ落ちそうになりながらも立ち上がったベルは額に浮かぶ血混じりの汗を右腕で力任せに拭った。

 

「偉そうにしておいてこの程度かぁ、英雄様はさぁ~~?」

 

(強い……!)

 

 大戦斧を肩に置いて笑うフリュネをベルは睨み付ける。

 尊敬に値する人物ではないが、その実力は本物。認めたくないが認めざるを得ない事実。

 このままでは負ける……一抹の雑音(ノイズ)がベルの脳裏を掠める。

 

「ゲゲゲゲゲッ、あっちはどうなってるだろうねぇ? 春姫の妖術(ちから)の凄まじさを感じてる頃かもしれないねぇ?」

 

 憤激はそのままに、余裕綽々といった様子でフリュネが饒舌に語り出す。

 その視線は先ほどまで二人もいた、空中庭園へと向けられている。

 

「美貌も実力もアタイには劣るがぁ、アイシャはアタイに次ぐ実力を持っている。あの女程度の実力じゃあ、本来なら十秒も保たないだろうが……あの『力』があるなら話は別だぁ」

 

「……春姫さんの、魔法」

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ! あの『力』さえあれば、Lv.6だろうが関係なァいッ!! あの【剣姫】とかいう小娘もねェ!?」

 

 斧を地面に叩きつけながら、饒舌に語るフリュネ。

 凄まじい怨嗟が混じる笑みを浮かべ、目を血走らせながら喋り続ける。

 

 感情が昂った彼女は気付かない。

 決して踏んではいけない兎の尾がすぐそばにあることを。

 

「あんな人形女が最強で、美しいだってェ!? 冗談じゃないよォ!?」

 

「…………………………………………」

 

「つくづく腹が立つよォ、お前の戦い方はァ!? アタイの目を誤魔化そうったってそうはいかなァい!! お前の戦い方に、あの女の姿が一々ちらついて見えやがるッ!!」

 

 美神(フレイヤ)を妬む主神(イシュタル)のように、彼女もまた最強の一角と謳われる女剣士に敵愾心を抱いていた。

 女神の如き金髪金眼の美貌、自分を追い抜きLv.6に至った少女に憎悪の炎を燃やしている。

 既にベルの戦い方は彼独自のものになっているというのに、たった二度の戦いで彼の戦い方の全ての元に少女の面影があることを見抜いたフリュネは、憎悪を剥き出しにしていた。

 

「あの力さえあれば、あんな不細工どうってことないんだよおおおおおおおおおおおおォ!!」

 

 フリュネが渾身の力を以て、ベルとその中に見えるアイズを叩き潰そうと迫る。

 迫る彼女を前に、少年は剣を地面に突き刺した。そして、そのまま一歩だけ前へ出る。

 

「潰れなあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 振り下ろされる大縦断の一撃。

 ベルは回避をする素振りなど一切見せず、右腕を背後に溜める。

 そして、右腕を……()()()()()()()()()()()を振り抜いた。

 

「────────────────」

 

 屋上に広がる凄まじい閃光と光条(スパーク)

 眩い光の中から、一人の影が吹き飛んでいく。

 

「ゲギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 影の正体はフリュネ。

 巨体が宙を舞い、地面を何度も跳ねて屋上の壁面まで転がって、ようやく止まる。

 

 斧を握っていた右腕を抑えるフリュネは醜い叫びを上げながら、収まった光の中心を見た。

 黒く焦げた右腕の指先から爪のように雷を弾けさせながら、地面に突き刺した黒剣を抜いた少年は悠々と進み出る。

 

「それだけで済んだんですか。やっぱり第一級冒険者は頑丈ですね」

 

 夥しい血を流すフリュネの右腕を見たベルはそう呟く。

 顔中に脂汗を浮かべながら、少年を睨み付けた彼女は、その瞳に背筋を凍らせた。

 

「その腕、吹き飛ばすつもりだったんですけどね」

 

 深紅(ルベライト)の瞳を彩る、月光を想起させる青白い光。

 その奥、瞳の虹彩に宿っている『黒』にフリュネは途方もない恐怖を覚えた。

 第一級冒険者に至るまでに鍛え上げられた冒険者の本能がこの場からの全力の逃亡を訴える。

 

「……二度目です。貴方がボクの前で、あの人を侮辱したのは」

 

 立ち上がろうとしてもフリュネは立ち上がれなかった。

 全身が激しい痺れを起こし、立ち上がろうとする心に体が全くついてきていない。

 膝をついたまま、彼女は愕然と自分を見下ろす少年を見上げる。

 

「一度目はあれぐらいで済ませました。けど、二度目はない。もう貴方は許さない。もう、あんな戯言を口に出来ないように……ここで叩き潰す」

 

 見上げることしかできていなかったフリュネは、少年の言葉に左腕を地面に叩きつける。

 痺れの残る体を強引に起こした彼女は、恐怖を捻じ伏せ、吠えた。

 

「調子に乗るんじゃないよ、糞ガキがぁ!? アンタ如きがアタイを潰すぅ? その前にアタイがその生意気な面をぐちゃぐちゃに叩き潰してやるよォ!!」

 

 その咆哮を受けてもベルの表情は微動だにせず、フリュネを見つめるのみ。

 予備の斧を構えた彼女を前にした少年は、瞳を閉じ、詠唱を紡いだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】────【エアリエル】」

 

 瞬間、屋上全域に暴風が広がる。

 吹き荒れた風に地上で戦っていたフレイヤ陣営、イシュタル陣営が揃って空を見上げた。

 月を覆い隠そうとする暗雲を、地上での戦闘で発生し続けている戦塵を吹き飛ばした風はやがて収まり、少年の周囲を漂い始める。

 

「な、なぁ……!? そ、その魔法はァ!?」

 

「アイズさんの前に立つ資格はお前にない。お前の相手なんて、『紛い物』であるボクで十分だ」

 

 この場に生まれる筈のない『風』の嘶きにフリュネが動揺を抑えきれず、既に壁際にいることも忘れて後退る。

 一歩踏みしめるごとに強さを増す『風』をその身に纏った少年は憧憬の存在を貶した巨女に剣を突きつけた。

 

「ッ、だから何だってんだい!? アンタはあの不細工じゃあない! 妙な小細工をして同じ魔法を使おうが、アタイに勝てる道理なんてないんだよォ!?」

 

 芽生えた恐怖と屈辱を激昂で捻じ伏せたフリュネが斧を振り抜く。

 迫る剛撃を剣が受け止め、再び始まる戦舞。黒剣と大戦斧が激しく打ち合い、屋上に新たな戦痕を刻んでいく。

 しかし、先ほどまでの戦いと比べて、戦況は大きく変わっていた。

 

「ぬぅおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「……」

 

 繰り返される打ち合い。終始攻勢に立っているのはベル。

 フリュネが繰り出す剛撃のことごとくを斬り払い、弾き返す少年は返す剣で斬閃の嵐を彼女の身に叩き込んでいく。全角度から殺到する斬撃をかろうじて防ぐものの、彼女の体には防ぎ切れなかった傷が次々と刻まれていった。

 戦況の趨勢は既にベルの方へと大きく傾いている。

 一本の剣、片腕という(ハンデ)、少年の状態はほとんど変わっていないというのに、忌々しい【剣姫】の『風』を纏った瞬間、一戦目と同様に自分を圧倒し始めたベルにフリュネはその顔を醜く歪めた。

 

「ふざけるな……ふざけるんじゃないよオオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

 攻勢に出たベルの一瞬の隙を穿ち、フリュネが剣をかち上げる。

 その巨躯が翻り、武器ごと上体が後ろに反り返った少年の胴体に痛烈な前蹴りを仕掛けた。

 

「っ……!」

 

「なっ……ぎゃああああああああああああああああっ!?」

 

 胴体に命中する直前、フリュネの巨脚に黒剣が突き刺さる。

 かち上げられた剣を手の中で反転、風を爆発させ、彼女の足へと振り下ろしたのだ。

 悲鳴を上げ、剣を引き抜こうと手を伸ばした彼女の足を貫いた剣を軸にベルは回転、凄まじい渦を描き、その巨顔に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐげぇッ!?」

 

 吹き飛ばすと同時に剣を引き寄せ、足の傷をさらに抉る。

 穴の開いた足から血を吹き出し、屋上に櫓のように立っているイシュタルの自室を破壊しながらフリュネは地面を転がっていった。

 

「ぎ、ひぃ……!?」

 

「っ……」

 

 両断されかけた足を抑えるフリュネの元へと近付いたベルは彼女の恐怖に染まった瞳を見て、まるで頭痛を覚えたかのように顔を顰める。

 先の攻防によって、あれだけあったフリュネの戦意は粉々に砕けていた。瞳が、表情が、体の震えがそれを証明している。これ以上手を下さずとも、彼女はもう戦えないだろう。

 

「…………」

 

「ひぃ……!」

 

 それをわかっていながら、少年の足は止まらない。

 剣を握る右腕にさらに力が込められていく。

 

 まるで、目の前の戦意を失った者に止めを刺そうとばかりに。

 

 ────やめてくれ。

 

 自分に似た誰かの声が胸の最奥から頭の中へと響く。

 しかし、ベルの足は止まらない。

 

 ────やめろ。

 

 母に似た誰かの声が胸の最奥から頭の中へと響く。

 しかし、ベルの体から力は抜けない。

 

『悪』に加担していた女神、その眷族。目の前の彼女が『悪』に加担していたわけではないかもしれない。だが、加担しているという可能性がわずかにでもあるのなら。

 それはもう、今の少年にとって、憎むべき『敵』でしかない。

 

 憧憬の存在を貶されたことが最後のきっかけとなり、無意識に抑えていた感情が暴走する。

 本来であればある組織と繋がりがある者達に向けられる筈だった感情がたった一人に集中してしまい、もはや自分でも制御出来ない程にその感情が膨れ上がってしまっていた。

 

「に、にげ……」

 

「逃がさない」

 

 這ってでもこの場からの逃走を図るフリュネの足……穴の開いていない足をベルが踏む。

 音を立てて骨が軋むが、彼女はベルの瞳に意識の全てを奪われ、気付くことができない。

 黒い光片を散らし、『漆黒の真円』に縁取られた彼の瞳に射抜かれたフリュネは一挙手一投足が自らの死に繋がると理解させられ、動くことすらできなかった。

 

 自らの結末が変わらないと、どこかでわかっていながらも。

 

「…………」

 

「あ、ああぁ……」

 

 眉を顰めたまま、ベルが剣を振り上げる。

 なりふり構わず、フリュネが逃げようと身を捩るも、そこでようやく無事だったもう片方の足が砕かれていることに痛みと共に気付き、顔色を蒼を越えて白く染め上げた。

 

「……っ」

 

「や、やめ────」

 

 月の光を浴び、剣が輝く。

 死の恐怖に怯えるフリュネに剣を振り下ろそうとした、その刹那。

 

 ────ダメ!!

 

 憧憬に似た誰かの声が胸の最奥から頭の中へと響いた。

 その声に、剣を振り下ろそうとする手が一瞬止まる。

 一秒にも満たない躊躇い。その躊躇いはすぐに『黒』へと飲まれていった。

 

 目を吊り上げ、頭が訴える激しい痛みを無視し、今度こそ、剣が振り下ろされる。

 

 

「そこまでだ」

 

 

 越えてはいけない一線を越える直前、低い男の声が響いた。

 同時に、無数の迅雷の矛がベルに急迫する。

 

「なっ……!?」

 

 迅雷が秘める威力に気付いたベルは即座に回避を選択。

 呆然とするフリュネから距離を置いたベルは声と迅雷の出どころへ視線を飛ばした。

 

「身の丈に合わない力に呑まれたか……未熟者め」

 

 視線の先、東の階段から何者かが姿を現していた。

 遮るものが『風』によって消え去った月の光が彼等の姿を露わにする。

 

 都合八名。

 その集団の先頭に立つ男の姿にベルは一瞬全てを忘れ、大きく目を見開いた。

 

「【フレイヤ・ファミリア】……オッタル、さん?」

 

 混迷が深まる戦場。

 しかし、彼らの戦いは確実に終わりへと近付いていた。




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