二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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王国(ラキア)と鍛冶師

 ────ラキア王国軍、出兵。

 その報せは近隣諸国に瞬く間に伝わった。

 

 ラキア王国とは大陸西部に位置する君主制国家。

『軍神アレス』と呼ばれる一柱の神と僅かな団員によって構成された【ファミリア】から長い時間と苦労を経て建国にまで至り、今や歴史ある王国として存続しているのだ。

 多くの被治者に緑豊かで肥沃な大地を有し、王都には巨大な城と城下町が存在している。そんな彼の王国には特筆すべき野蛮な点がある。

 それは『軍神アレス』の神意によって王国に刻まれた『軍事国家』という側面である。

 

 兵士、軍人は全て『神の恩恵(ファルナ)』を授かった眷属、戦闘員、産業を営み国を支える民は非戦闘員、君主である筈の王は神によって選ばれた団長。

 とどのつまり、ラキア王国とは数ある派閥の属性の中でも最大の規模と最大の繁雑さを持つ、国家系【ファミリア】なのである。

 

 好戦的な神の意志によって、王国(ラキア)は遥か昔日より幾度となく戦争を繰り返してきた。

 今回の出軍も戦好きな主神の手によって引き起こされたというのが周辺各国、他都市のもっぱらの見解であった。

 行軍する兵士のその数、三万。

 とある『魔剣』の恩恵によって不敗神話を誇っていた軍隊が向かうのは大陸西部からさらに西へ進んだ、大陸の片隅。

 世界に一つしか存在しない壮大なダンジョンを保有し、今日では『世界の中心』とまで言われ発展した迷宮都市、オラリオである。

 

 巨大な市壁と天を衝く白亜の巨塔を目指し、近付いてくる軍靴の音。

 押し寄せてくる大群をオラリオは観測できていないが、戦争の時が着実に近付いてきているということは都市外からの情報によって都市全体に広がっている。

 突然のラキア王国侵攻に対し、彼の迷宮都市は────

 

「さぁ安いよー!? 巨黒魚(ドドバス)が一匹丸ごと二〇〇〇ヴァリス、二〇〇〇ヴァリスだ!」

 

「武器の整備、専用装備作製(オーダーメイド)、何でもしまーす!」

 

「誰かオレの派閥(ファミリア)に入ってくれませんかぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 ────何も変わらなかった。

 遥か西方の曇天とは無縁な晴れた青空が広がり、特に動じることなくいつも通りの日常を過ごしていた。

 それどころか、ラキア王国出兵の報が届いた数分後には、ここ数日の間に都市内で巻き起こった様々な事件の話題に覆い隠されてしまい、もはや誰一人として興味を持つ者がいないほどである。

 ちょっとだけ普段とは違う喧騒に包まれながら日常生活を営む彼等のラキア王国の件に対する心の声は、一つだった。

 

『あぁ、またか』

 

 オラリオの住民が何を思っているのかも知らず、オラリオとは程遠い場所で軍靴の音は高らかに鳴り響いていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ラキアの侵攻、ねぇ……」

 

【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)竈火(かまど)の館。

 大食堂にて朝食を終えたベル達が各々の時間を過ごしている中、朝の情報紙に目を通していたヴェルフがオラリオの中では珍しくラキアに興味を持ったのかポツリと呟いた。

 思う所がありそうな声音に談笑していたベルとヘスティアが彼の方へと振り向く。

 

「そういえば……ヴェルフ君はラキアの生まれだったね。やっぱり気になるのかい?」

 

「ああ、いや……気にならないって言ったら嘘になります。ただ、興味より呆れの方がずっと強いと言うか」

 

「呆れ……確かに今までの侵攻を考えるとそうだね。実際、オラリオに住んでる人はほとんどラキアのことを警戒してないし」

 

 言葉通り、表情に呆れを滲ませるヴェルフの言葉にベルも頷く。

 王国(ラキア)は過去五度、オラリオへの侵攻を試みている。

 その度にギルドから強制任務(ミッション)が発令された派閥の連合隊が応戦しているのだが、その戦績は王国(ラキア)の五戦全敗。加えて言えばただの敗北ではなく、完敗である。

『量より質』の神時代、如何に恩恵を得た兵士たちと言えど、ほとんどがLv.1、良くてLv.2。その程度でオラリオが誇る第一級冒険者達の相手になるわけもなく、侵攻の都度、戦争だというのに一人の死者も出ることなく、敗走していくその様は戦争の皮を被ったただの茶番劇である。

 

「それもあるんだが……まあどうでもいいか。俺達には強制任務(ミッション)も発令されなかったようだし、もう関係ねえや」

 

 終わりだ終わり、と話を切り上げてヴェルフは大食堂を去っていく。

 関係ないと口では言いつつも、どこか気にしているような雰囲気がある彼の背中を見送った二人は互いに顔を見合わせ、小さく首を傾げた。

 

「ベル様、左腕のお調子は如何ですか?」

 

「んーと、今のところは大丈夫そう。少しだけ痛みはあるけど、問題なく動くよ。戦いになっても魔法の砲口としてなら使えるって感じかな」

 

 追ってもう少し話をするべきか悩んでいたところでベルの背中にリリの声がかかる。

 少し前にその日、探索をするのか否かの判断をベルとヘスティアより任された彼女はパーティの柱である少年の調子を問い、彼の答えを聞くと頷いた。

 

「では、予定通り何度かベル様のリハビリ探索を重ねた後に桜花様達と共に17階層を目指したいと思います。ベル様の状態にもよりますが、それでよろしいですか? ヘスティア様」

 

「了解だよ、リリルカ君。これからタケに会うしボクから伝えておこうか?」

 

「リリの方でも桜花様達には伝えますが、お願いします」

 

 パーティの参謀(ブレーン)を最も信を置いている二人から明確に託されたリリの体には気合が満ちていた。

 

「それから探索を再開する上でもう一つ。春姫様の探索参加について皆様の意見を聞きたいのですが、お時間あるでしょうか?」

 

「朝ごはんも食べ終わったし、大丈夫じゃないかな。あ、でもヴェルフ君は外に行っちゃったかも……?」

 

「ヴェルフなら朝は鍛冶場にいると思うので呼んできますね。リリ、集まる場所は食堂にする? あ、居室(リビング)の方がいいかな?」

 

居室(リビング)の方でお願いします!」

 

 食堂を出たベルはホームの裏庭にある石造りの小屋────『工房』へと向かう。

『工房』に近づいたところで少年は気付く。鍛冶を行う際には開かれている鎧戸が閉め切られているという事に。

 もしや外に行ってしまったのかと考えたベルは目の前に近付いても鎚の音が聞こえてこない小屋の扉をそっと開いた。

 僅かに開いた扉の先、小屋の中にヴェルフはいた。椅子に座ったまま、鎚も握らず、炉に火も入れずに手に持った何かを見つめていた。

 

「────────」

 

 青年が手に持っているのは、魔剣だった。

 それも彼が作製した魔剣ではなく、18階層の異常事態(イレギュラー)の際にいつの間にか手にし、そのまま彼の愛剣となった謎の『魔剣』。

 眠るように沈黙している『魔剣』の刀身を静謐の眼差しで見つめるヴェルフにベルが声をかけることが出来ずにいると、扉が開いていることに気付いたのか青年が振り返る。

 

「ん? どうした、ベル。何か用か?」

 

「えっ、あ、えっと……今からみんなで話す事があるんだけど、ヴェルフも来れそう?」

 

「おう、もちろんだ。ちょっと待っててくれ」

 

 ヴェルフの相貌には先ほどまであった静けさは微塵もなく、朗らかな笑みだけがある。

『魔剣』を見ていた時の表情が頭に残りながらも、ベルはそれを問うことはできなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ど、どうぞ……」

 

「ありがとうございます、春姫さん」

 

 ヘスティアがバイトに向かい、残った眷属達が一階の居室(リビング)に集まる。

 着物ではなく、メイド服を纏う春姫から食後のお茶が配膳されると、ベル達はテーブルを囲みながら会議(ミーティング)を始めた。

 

「では、早速ですが……春姫様に迷宮探索に参加していただくか否か、お話をさせてもらいます」

 

 進行役として口を開いたリリが春姫へと視線を向けると、他の者の視線も彼女へ集中する。

 みなの視線を受けた春姫はメイド服から覗く狐の尾を若干緊張させていた。

 

「正直に言いますと、リリは何が何でも付いてきてもらうべきだと考えています。春姫様の『魔法』は何の説明も不要なほど、非常に強力なものです」

 

「しかしリリ殿、万が一にも他者に春姫殿の魔法の効果を知られるわけには……」

 

「勿論です。ですが、春姫様の存在はパーティにとって限りない武器となります。彼女がいるだけでベル様達の危険もベル様にかかる負担もぐっと減るでしょう。使用場面や頻度、隠蔽方法を入念に検討した上で、リリは同行を希望します」

 

 春姫の魔法、【ウチデノコヅチ』。効果内容は『階位昇華(レベル・ブースト)』。

 他者の能力(ステイタス)のLv.を一段階【ランクアップ】させる超越魔法(レア・マジック)だ。全知零能である超越存在(デウスデア)でさえも狂わせた法外の魔法の存在が他者に漏れれば、春姫を巡った争いが再び始まるだろう。

 まだ記憶に新しい、ベル達と【イシュタル・ファミリア】の抗争のように。

 だが同時に、宝の持ち腐れにするのは惜しいどころの話ではない、というリリの弁も極めて正しい。何重もの対策を設けた上で運用したいというその意見はパーティの参謀(ブレーン)を務める者として至極真っ当なものだった。

 

 リリと命、少女達の言葉に耳を傾ける男性陣、ベルとヴェルフは二人の話を聞いた上で緊張した面持ちをする春姫に質問を投げた。

 

元所属派閥(イシュタル・ファミリア)の時はどうしてたんだ? ダンジョンには連れてかれなかったのか?」

 

「いえ、通常の探索や『遠征(とおで)』にも参加していました。……けれど、カーゴに押し込まれて運ばれるか、何もせずに守られるかのどちらかで……」

 

「僕達の人数じゃ、それは難しいかな……」

 

「モンスターとも、戦ったことがありません……」

 

 ヘスティアと春姫本人の許可を得て確認させてもらった春姫の【ステイタス】は魔力の能力値(アビリティ)を除けばサポーターであるリリをも下回る。

 戦闘経験もなく、守られるだけであった彼女に自衛を望めるはずもなく、通常時においては足手纏いになるのはほぼ確実であった。

 

「……どうする? ホームに留守番させるか?」

 

 申し訳なさそうに俯く春姫に何とも言えない表情を作ったヴェルフの声が響く。

 リリも同じく何とも言えない表情を浮かべる中、命はベルを見ていた。

 この派閥の団長を務め、彼女を救うべく奔走した少年はどのような意見を出すのか、と。

 

「……アイシャさんと約束しました。何が一番いいのかは僕にはわからないですけど、ダンジョンでも、どこでも、僕が……いえ、僕達が春姫さんを守ります」

 

 自分を見る命にそんな言葉と共に笑みを返すベル。

 女傑と約束を交わしたのは少年だけでなく、彼女に打ち勝った少女もだ。

 ベルの誓いの言葉に命がぐっと表情を引き締める。彼の言葉が響き、彼女の顔つきが変わる中、皆の視線はもう一度、春姫の元へと集まっていた。

 どれだけ言葉を並べようと、最後は彼女の意志次第だ。

 

「……付いて行きます。春姫は、皆様のお力になりとうございます」

 

 時間を置いて、緊張しながらであったが、春姫は確かにそう告げた。

 覚悟を宿した翠の瞳でベルと命を見遣り、次にヴェルフとリリを見る。

 

「わ、(わたくし)達は、家族(ファミリア)ですから」

 

 赤くなった顔を俯かせながら、最後はか細い声で告げた春姫。

 もじもじと可愛らしく狐の耳と尾を揺らす【ファミリア】の新しい仲間の姿にヴェルフ、リリ、ベルが笑みを交わし合う。微笑む命ももう異議を唱えようとはしなかった。

 

 隊員(パーティ・メンバー)は五名。

 サポーター兼妖術師として、春姫がダンジョン攻略に加わった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 灰色の岩盤が剥き出しになった岩窟内。

 暗闇が支配する地中深くに響き渡る怪物の咆哮に対し、迷宮を進む冒険者達は張り合うように掛け声を上げる。

 

「武器と鎧の調子はどうだ!」

 

「文句なし!」

 

「上々です!」

 

 ともに疾走するヴェルフの声にベルと命は武器の風切り音をもって答える。

 上級鍛冶師(ハイ・スミス)の手によって新調された新たな兎鎧(よろい)、純粋な白の金属光沢がダンジョンの薄闇の中にあって輝く。軽量の防具は装着者の動きを阻害せず、少年の速度を後押しし、その実力を遺憾なく発揮させる。少女の手に握られた副武装である長槍は大型のモンスターの防御を容易く貫通し、一撃で絶命させた。

 

 ダンジョン15階層。

 

 会議(ミーティング)後、春姫を加えたパーティ一行は迷宮探索に臨んでいた。

 死線を経てさらに磨きがかかったベルの能力(ステイタス)、そしてヴェルフが作製した新武装の力をもって堅実かつ破竹の勢いで未到達階層ということになっている15階層まで進出している。

 ハンドボウガンで援護しつつ指揮を振るうリリの真隣り、本当のパーティメンバーとしての初陣であわわわっと圧倒されている春姫を他所にベル達はモンスターの群れと激しい交戦を繰り広げていた。

 

「────前方からミノタウロスが来ます!」

 

「『咆哮(ハウル)』が来るぞ! リリスケ、耳塞がせろ!」

 

 探知系【八咫黒烏(スキル)】の効力でモンスターの接近を呼びかける命の言葉通り、前方通路の暗がりから牛頭人体の怪物が姿を見せる。

 ヴェルフの警告に従い、リリが自分の目と耳を塞ぎながら獣耳ごと春姫の頭に覆い被さった。

 直後、その顎を開き、ミノタウロスが大喉を震わせる。原始的な恐怖を呼び起こす『咆哮(ハウル)』がダンジョン内に響き渡った。

 Lv.1では抵抗困難なその叫喚にヴェルフと命はわずかに圧されはしたものの、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 昇華した『器』、心身の強さを発揮し、『咆哮(ハウル)』に屈しなかった二人は果敢にミノタウロスに攻め込み、それを撃破。ベルが手を出すまでもなく強敵に打ち勝ってみせた。

 

「ッ……『魔剣』、行きます!」

 

 二人がミノタウロスを撃破した後も途切れないモンスターの群れと戦闘を続行する三人の姿を見ていたリリは、一瞬、ベルの動きに淀みがあったことを見逃さなかった。

 『咆哮(ハウル)』の余波から回復した直後、リリは大型のバックパックの側面から緋色の短剣を抜く。

 リリの声とそれを見たベルと命、ヴェルフがぱっと左右に割れる。

 すかさず、振り下ろされる短剣が業火の砲撃を放った。

 

『────────────────────────────────ッッ!?』

 

 大炎塊が吐き出され、射線上にいたモンスター達が焼き尽くされる。

 炎に耐性を持つモンスターだろうと例外ではなく、一本道の岩窟からモンスターの群れは跡形もなく姿を焼失させた。

 

「リリスケ、易々と使うな! 魔剣(ソレ)はあくまで非常用だ、ぽんぽん使ってたら俺達(パーティ)のためにならない!」

 

「今のは十分非常時でした! それに横からだと気付かないかもしれませんが、ベル様の体勢(バランス)が不自然なところで崩れたのでそのためでもあります!」

 

「何だって?」

 

 魔剣の使いどころについて言い争いかけた二人の視線がベルへと向く。

 一転して心配そうに見る二人の瞳、そこに加わる二人の少女の瞳に少年は苦笑を浮かべ、左腕を軽く動かした。

 

「大丈夫だよ、リリの言う通り一瞬だったから。左腕を動かしたときに無意識に少し怖がったんだと思う」

 

「そうか……そういうことならまあしょうがねえけどよ、使いどころは考えてくれよ」

 

「当然、そのつもりです。ですが、ダンジョンでは何かが起きてからでは遅い。少なくとも今は出し惜しみをせずに行く方針なので納得してくださいね!」

 

 後衛の自衛及び緊急時の為にヴェルフが作製した『クロッゾの魔剣』は彼が持つ大剣や漆黒の巨人(ゴライアス)との戦いの時のもの、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使用したものと比べればその威力は格段に低くなっている。

 それでもなお上位魔導士の砲撃と同等の威力を持っているため、ソレに安易に頼るようになってしまえばパーティの力や意識を腐らせてしまうというのがヴェルフの意見。

 

 対するリリは、楽観的観測はダンジョン内では命取りであると主張する。

 窮地に陥る前に安全第一でいくべき、という自分の意見を決して曲げない。何が起こるかわからないダンジョンでは出し惜しみをせずに、常に石橋を叩いて渡らなければいけないと。

 状況を一人で覆すことが出来る主軸(エース)が爆弾を抱えている今は特に、と。

 

 どちらの意見も正しく、決して間違っていない。

 自分の矜持や自己満足のためではなく、パーティのためを思って二人は発言しているのだから。

 

 帰ったら思う存分話し合いましょう、とそこでひとまずは話を終える。

 互いの言葉の矛を収め、迷宮探索へと意識を戻した。

 

「ヴェルフ、ちょっといい?」

 

「ん? どうした、ベル」

 

 リリの指導の下、春姫がドロップアイテムや魔石の収拾する傍でベルがヴェルフを呼ぶ。

 後衛である二人の側に命を置き、少し離れた位置で二人きりとなった少年は首を傾げる青年に一つ問いを投げかけた。

 

「勘違いだったらごめん。最近、何かあった? いつもより少し苛ついているように見えるというか……」

 

「……そうか? いつも通りのつもりだったが……ちょっと探索に間が空いたから気が昂ってるのかもしれないな。最近も特に何も……強いて言えばお前の大賭博場(カジノ)の話ぐらいか?」

 

 心当たりがないと、きょとんとした顔をするヴェルフ。

 すぐにからかうような笑みを浮かべた彼の顔をベルはじっと見つめる。

 その瞳に見つめられたヴェルフの顔から徐々に笑みが消えていき、沈黙が二人の間に流れた。

 

「ベル様、ヴェルフ様! どうかしましたか? そろそろ進行を再開させたいのですが……」

 

「いや、何でもない、すぐ行く! ほら、行くぞベル」

 

「あ、うん……」

 

 これ幸いと、一瞬ほっとしたような色がヴェルフの顔に浮かんだことをベルは見逃さない。

 しかし、今はダンジョン内。それを追求することはできない。

 

 ヴェルフに続き、ベルがパーティに戻ったのち、探索が再開される。

 遭遇(エンカウント)していく敵を倒し、彼等はさらに奥へと進んでいった。

 

「この15階層まで探索をこなせていますし、非常に順調ですね」

 

「ベル様の実力を加味すると少々物足りないところですが、無理をする必要も今はありません。パーティの力量(バランス)だけを考えれば妥当な所です」

 

「エイナさんも一足飛びじゃなきゃ18階層まで行ってもいいって許可してくれたよ。腕がちゃんと治ってからっていう条件はあるけど」

 

 通路を歩きながらの命の声に、ベルとリリが頷く。

 曰く前衛は完璧であると、リリはそのまま続けた。

 

「このパーティの弱点はリリ達後衛が力不足という点です。春姫様という切り札(カード)があるとはいえ、はっきり言って前衛と全く釣り合いが取れていません。更に欲を言えば、治療師(ヒーラー)も欲しいところです」

 

「後は魔導士もな」

 

 いざという時以外の『魔剣』の使用を忌避するヴェルフが釘を刺すように言葉を飛ばす。

 わかっていますよ、とリリが唇を尖らせて応戦する中、ベルが口を開いた。

 

「どっちも僕が出来ないことはないけど……」

 

「それはダメです」

 

「それはダメだな」

 

 魔導士も治療師(ヒーラー)も自分が出来ると言い出したベルに先ほどまでと打って変わって息の合った動きでヴェルフとリリの二人が詰め寄った。

 

「ベル様が前衛に戦ってくれることでこのパーティは成り立っています! 自分の無力を棚に上げて言いますが、ベル様は自分がこのパーティの柱であるという事をもっと自覚してください!」

 

「それとお前の負担が大きすぎる。ただでさえ、今もお前に頼り切りだってのにこれ以上お前に頼るようなことになれば……極論だが、俺達はいない方がいいまである」

 

 わかったか、わかりましたか、と捲し立てる二人にベルは圧されるまま、思わず何度も頷いた。

 ベルの首肯に満足したのか、リリがパーティについて話を戻す。

 

治療師(ヒーラー)を含め、優秀な後衛が加われば、もう少し思い切った探索も出来るのですが……」

 

「探すにしても一朝一夕で見つかるものでもないでしょう。実力もそうですが、我々との相性もあります。信頼を築くまでベル殿と春姫殿の魔法を隠さなければいけませんし」

 

「ないものねだりしたって時間の無駄だな。それも含めて帰ってから色々話そうぜ?」

 

 ヴェルフと命の言にリリは頷き、そこでパーティの話を切り上げた。

 前衛にベルとヴェルフ、後衛にリリと春姫、そして比較的サポーター寄りに命を中衛。

 隊列を組んだ五人組のパーティは薄暗い岩窟を細心の注意を払いながら進んでいった。

 

 前衛ではベルがヴェルフの支援(サポート)をしつつ、後衛には絶対にモンスターを通さない立ち回りを、中衛に立つ命はモンスターの接近を感知する【八咫黒烏(ヤタノクロガラス)】を頻繁に発動し、二人は後衛……特に能力(ステイタス)がLv.1最下位、探索素人の春姫への奇襲だけは絶対に阻止していた。

 

「一度14階層に戻りましょうか。打ち合わせ通り、人気のない十分な安全地帯で春姫様の『魔法』をパーティ一人一人試しておかなくては」

 

「そうだね。ぶっつけ本番でやっても混乱するだけだろうし。春姫さんはそれで大丈夫ですか?」

 

「は、はい! 大丈夫でございます!」

 

「命、お前は一度かけられたんだろう? どんな感じだった?」

 

「どんな……体の奥底から力が湧いてくる感覚はありました。扱いを間違えれば自分が振り回される程に強い力が」

 

 ある程度15階層を進んだところで、一行は14階層へと引き返すことを選択。

 14階層で春姫の『魔法』の試運転などを行なった後、彼等は今日の探索を切り上げて、地上へと帰還した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「アミッドさんのところに行ってくるからみんなは先に帰ってて」

 

 地上に帰還したベルはリリ達にそう言い残して、治療院へと向かっていった。

 早期の探索再開に際して、アミッドに提示された条件の内の一つのためである。

 

「リリ達は春姫様と魔石やドロップアイテムの交渉を行なってから戻る予定ですが、ヴェルフ様はどうされますか?」

 

「俺は先に戻って武具の整備とかを済ませておく。優先して整備して欲しいものがあったら今の内に渡しておいてくれ」

 

 武具を回収し、リリ達と別れたヴェルフは一人、都市の街並みを歩く。

 

「……本当によく俺達を見てくれてるんだな、あいつ」

 

 歩きながら思い返すのはダンジョンでの一幕。

 魔剣の使用に際し、リリと言い争いかけた直後、自分を見るベルの姿。

 

「普段通りのつもりだったが、それが逆に違和感を持たれたのか……?」

 

 ベルの疑念は勘違いなどではなかった。

 ある出来事がきっかけとなり、ヴェルフの心は乱れていた。

 言葉かあるいは表情か……どこからかベルに感付かれた事実に青年は小さく嘆息する。

 

「余計な心配をかけちまうな……」

 

 朝の呟きやダンジョン内での言動など、わずかなきっかけから仲間の不調を見抜いてくるであろう少年の前で取ってしまった迂闊な行動を彼は猛省する。

 降ってくる可能性がある自分の問題に仲間達、特に様々な事件に巻き込まれている相棒である少年を巻き込むわけにはいかないとヴェルフは人知れず気を引き締めた。

 

 知り合いも特におらず、何事もなくヴェルフは本拠(ホーム)へと帰ってきた。

 門を潜り、そのまま工房に入り、武具の整備を始めようとしたその時だった。

 

「…………?」

 

 自分に何者かの視線が突き刺さっていることにヴェルフは気付く。

 門扉から手を離した青年は周囲を見渡すが、見える範囲には誰もいない。突き刺さっていた視線も感付いたからか、今はなくなっていた。

 

「……いや……まさか、な」

 

 誰かが自分を見ている。

 

 その事実にヴェルフは突拍子もない心当たりに辿り着き、その顔をわずかに顰める。

 あり得ない、と呟きながら門を潜りはしたものの、彼の顔が晴れることはなかった。

 

「……クソ」

 

 工房の前で大きく頭を振り、ヴェルフは中へと入った。

 余計な思考と懸念をかき消すように彼は炉に火を入れ、やがて、鎚の音が鳴り始める。

 その鎚の音を、本拠(ホーム)の敷地の外、建物の陰から誰かが耳にしていた。




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