【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 久しぶりに日間ランキング乗れてました、感謝。


144話.第一次月面戦争⑭それができる者

 結界術式の焼き切れは既にない。

 現在、洩矢諏訪子はいつでも『瓔珞黄泉路』を展開できる状態にある。

 膨らむ神力。

 心臓を凍てつかせる莫大な『起こり』の気配。

 依姫は刀の切っ先を諏訪子に向け、一気に駆け出す。

 

「ッ……」

 

 『混沌』と『調和』。

 伊邪那美命(いざなみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、両者が共有する『程度の能力』による理を撹拌する力。

 それを身に宿す事は、例え史上稀に見る神下ろしの才能を持つ依姫であっても、本来は不可能。

 何故なら神下ろしとは、一個人につき一柱という絶対の法則があるからだ。

 しかし。

 

 ①『神籬常在』による神下ろし。

 ②依姫の肉体による神下ろし。

 

 と、依姫は領域展開中に限り。

 史上初、人間による『国産みの神』の完全掌握の成功。

 その栄誉を噛み締める間もなく、戦況は更に加速する。

 

「『天之御中主神(あめのみなかぬし)』よ!」

 

 突き出した刀の切っ先は受け止められた。

 細かく斬撃を纏い、依姫による『調和』の力でも消滅し切れない程の、洩矢諏訪子の神秘の化身である鉄輪。

 側面から力を与えられ、削れていく刀を視界の隅で捉えた依姫の決断は早い。

 

(叩くのは肉体ではなく『空』と『面』――!)

 

 依姫の思考を遮るように、刀を起点に空気に亀裂が走る。

 刀に宿るのは、天之御中主神(あめのみなかぬし)の力である『天を掌握する程度の能力』。

 それが『空』の『面』を捉え。

 捉えた『面』を、薄氷が割るが如くの衝撃が走る――!

 

「大気を己が手中に収め、理を砕く権威を示せ!」

 

 対象を叩き割る力の傍流が領域内を震わせる。

 轟音と共に諏訪子の身体が吹き飛ばされ、同時に依姫が持つ刀は、全てを使い果たす『縛り』によって自壊を開始し、塵も残さずに消える。

 

(領域を維持する為の霊力も、もう既に半分を切った)

 

 『不老』というアドバンテージこそあれど、月人は所詮『人間』でしかない。

 長年かけて鍛え上げた技術、神秘を使用する際のロスエネルギーの削減にも限界はある。

 かつての敗北。それへのリベンジという名の執念とも言える心から、月人としてあり得ない『領域展開』の習得に至った依姫。

 神秘効率という一点でも、もはや綿月豊姫や八意永琳をも既に超えている。まさに『才能の原石』。

 

 だがそれでも、依姫は『人間』であり。

 

 神秘の最大量も。

 領域展開後に訪れる結界術式が焼き切れる時間の長さも、『人外』には及ばない。

 

(だからこの領域で、この勝負に決着をつける――!)

 

 重力、摩擦といった理を『混沌』で乱し、依姫は地を駆ける。

 その速度は先ほどまでと比べ物にならない、音速に等しき非常識の体現そのもの。

 再び、地面に突き刺さった刀を抜き、それに新たな神を呼ぶ。

 

「『淡島神(あわしまのかみ)』よ!」

 

 その神は、かつて『国産みの神』から生まれた存在でありながら、不具の子であった為に葦船に乗せて流された存在。

 だがその神が放つ神力に恨みはなく。

 あるのは、婦人病治癒を始めとした安産や子授け、そして『()()()()』など、女性に関する万象を背負う気高き神の力。

 依姫の命令に従い、淡島神(あわしまのかみ)は力を行使する。

 

「背負いし厨子の霊験を糧に、藁の命の火を灯せ!」

 

 依姫から一部の髪を借り受け、それを剥き出しの歯が特徴的な『人形』に変化させ、依姫に負けぬ音速の速度で敵に向かった。

 

「洩矢の鉄の輪――」

 

 そして、洩矢諏訪子もまた動く。

 使い捨てる刀と同じく、体当たりによって使い捨てる二重の『縛り』によって何倍にも膨れ上がる神力。

 それを前にしても、冷静に彼女は手掌を地面に向け。

 手の平と地面を密着させた。

 

(ハチ) 『蜘蛛の糸』

 

 依姫の予想通り。

 次の瞬間にはもう、諏訪子の姿は前方にはなく、あるのは巨大な穴。

 洩矢の鉄の輪による斬撃、そして諏訪子自身の神力がその技の名の通り、巨大な蜘蛛の巣のように整った亀裂を走らせ、地面を崩壊させた。

 

「っ、やはりそう来ますか」

 

 『神籬常在』に限らず、通常、一度展開した領域は崩れない。

 その通常に当てはまらない現象は、単純明快に領域の主の神秘が尽きるか。

 それか相手からのダメージによって意識を失い、領域を展開し続ける為の『自我』の均衡が崩れるかだ。

 

「ふむ……」

 

 生得領域で具現化されるものは、それ自体に特別な意味や役割を持たない事がほとんど。

 だが、何事にも例外はある。

 依姫は今日、初めて領域を展開した。故にその『例外』に自分が当てはまる可能性も僅かながらあったのだが――。

 

(洩矢諏訪子が『神籬常在』のオブジェクト(神籬)を破壊しようとしないのを見るに、恐らくあれは只の領域のシンボル……つまりその線で破壊される心配はない)

 

 ()()()()()()()()()()

 自分の人生、生き様の象徴とも言える『神籬常在』のシンボルを後目に、依姫は考える。

 事実、洩矢諏訪子は先ほどまで依姫と遊んでいた。

 だが途中から隙を見ては、領域を塗り替えようと手印を結ぼうとしていたのを見るに、いくら彼女でも『領域』勝負に負けるのだけは避けたがっているのは明白。

 いや、正確には領域の必中効果である『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』を嫌がっているのだろう。

 どちらにせよ、諏訪子『()』依姫が勝つ為には。

 

「この領域が最後、そして全て……といった所でしょうか」

 

 ――敗北。

 依姫が仮に、ここから真剣勝負以外の要因で負けるとしたのなら、それは恐らく『領域』だろう。

 『神籬常在』があるからこそ、依姫は伊邪那美命(いざなみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)を身体に宿す事ができている。

 通常時、『神籬常在』による支援(バフ)がない場合、依姫は持っている刀と自分の身体分の二柱しか神を下ろせない。

 しかも刀に限っては、伊邪那美命(いざなみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は神としての力が大きすぎるのもあって、効果を発動するよりも前に自壊する。

 

(『調和』の力で、洩矢諏訪子の『(カイ)』と『(ハチ)』はダメージを最小限に抑えられる)

 

 洩矢諏訪子の主戦力はあの斬撃。

 だが今となっては、依姫に対してそれは満足に機能しない。

 圧倒的有利。――これだけを見るならば。

 

(淡島神(あわしまのかみ)の力が消えた……)

 

 対象を見失った人形たち。

 それは『体当たり後による自壊』という縛りを達成していなくとも、依姫による『刀を使い捨てる』分の縛りにより、消滅する。

 これにより淡島神(あわしまのかみ)の効力はなくなった。

 だが。

 

(出てこない……)

 

 洩矢諏訪子は姿を見せない。

 淡島神(あわしまのかみ)の気配も消え、既に地上から弾幕の危機は去った。

 だというのに、彼女は息を殺し、神力を抑えて今も地下に潜伏し続けている。

 

(やはり、一筋縄ではいかないようで)

 

 ――そろそろ限界だろう。

 運が良ければ……とは思っていたが、流石にそれは相手を舐め過ぎていたようだ。

 依姫は今、()()()()()()()()()()()()()()を見ながら。

 

(こっそり天之御中主神(あめのみなかぬし)の力をばらまいていたのに……)

 

 『天を掌握する程度の能力』は、大気に衝撃を与えるだけの力ではない。

 それは文字通り空を、天を、この世界にある全ての『空間』を支配し、我がものとする権能。

 天地開闢の創造神に相応しい、概念に干渉――否、概念そのものの能力。

 

 依姫はそれを使い、淡島神(あわしまのかみ)の『人形』の軌道に()()()()()()を張っていた。

 

 淡島神(あわしまのかみ)の神力が消え、油断して地表に出てきた所を、辺りにばらまいた不可侵の結界でズタズタに切り裂く。

 天之御中主神(あめのみなかぬし)自身の神力も最低限に、探知など意味をなさない程に脆弱な力であったというのに――。

 

「あ、終わった?」

「………………えぇ」

 

 天之御中主神(あめのみなかぬし)の気配が消え、不可侵の結界が完全に消滅した時。

 まるで狙っていたかのように、ひょっこりと地表に頭を出す諏訪子。

 苛立ちはなく、寧ろ感心すら覚えて、依姫は笑った。

 

「よく気づけましたね。私でも、あれの気配を感じ取るのにはそれなりに苦労するというのに」

「ま、勘かな。ただでさえ初見殺しな神ばっかだからね、過度に警戒するぐらいが丁度いいかなって思ってさ」

「そうですか」

 

 依姫は静かに問う。

 

「では、何故領域を展開しないのです?」

「馬鹿にしてんの?」

 

 言葉遣いとは裏腹に、諏訪子は楽しそうに笑いながら。

 

「あんたが今下ろしてる神、伊邪那美命(いざなみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の力は『理』の撹拌、つまり世の常識を捻じ曲げる力だ。……ここまではいい?」

「えぇ、それで?」

「ただでさえ領域展開ってのは現実を歪曲するもの、あんたの『混沌』とこっちの領域展開による『歪曲』、それがぶつかり合った場合に発生する『何か』は想像ができない。もしかしたら何も起きないのかもしれないし、もしかしたらもっと酷い『何か』が起こるかもしれない」

「…………」

「ま、それでも手を抜くつもりはないよ」

 

 諏訪子が背負った注連縄は『彌虚葛籠』の持続に集中している。

 髪に巻き付いたミシャグジも、同じく『彌虚葛籠』を持続させる為に祝詞を唱え続けている。

 全力ではないのは確かだ。

 だが、それでも『本気』ではあると、そう諏訪子は言う。

 

「むしろ感謝して欲しいね、こちとら月も妖怪も、色々と考える事が多いんだから」

「えぇ、分かってます」

 

 残念だと思う気持ち、それ自体はある。

 だがそれ以上に心を満たすのは、期待。

 歓喜とも呼べるであろう、目の前の神に向ける、衰え知らずの戦闘欲。

 

「言葉は無粋、ですね」

 

 状況は、未だ不安定のまま。

 どちらか一方に有利でもなければ、どちらか一方が不利でもない。

 神と人間。地上の存在と月の存在。

 拮抗など発生しない筈の絶対的な差は、今こうしている間にも瓦解は止まらず進んで行く。

 

 八雲紫を無力化した直後の通信を最後に、一切音沙汰がない細愛親王。

 同じく、自身の片割れである豊姫からの声も、何も聞こえない。

 

 ただの『勝ち戦』でしかなかった月面戦争は今や、前代未聞の『月の勢力の敗北』という未来がすぐそこにある。

 依姫は一瞬の迷いもなく、耳に付けていた機械を、自身をこの『戦争』に縛り付けていた通信装置を取り外し、握り潰す。

 スパークを発生させ、バツンッと音を一つ立てて爆発したそれを投げ捨て。

 

「祇園様……いいえ、須佐之男命(すさのおのみこと)を下ろした時、思ったの」

 

 嬉しかった。

 誰にも告げてはいけないと、無意識の内にブレーキをかけていた依姫の思いが、今吐露される。

 

「神を二つ下ろせるようになって、須佐之男命(すさのおのみこと)で相手を封じ込めて、ならもう一方は何の神がいいだろうって」

 

 依姫は笑っていた。

 今まで誰にも、姉にも見せた事がない、純粋無垢な子供のような笑み。

 夢を語る、食事をする。

 そんな子供のような、小さな身の丈に相応しい、ちっぽけな幸せを最大級の幸福だと錯覚できる、柔らかい笑みを。

 

「私の妄想、私の想像による組み合わせを、心沸き立つ力の躍動を」

 

 あの日。

 偶然にも敗れ、そして死にかけた経験からずっと。

 ずっと頭の中で考えた、その可能性。

 

「私の『神遊び』に付き合ってもらいます」

 

 『調和』の力に引き寄せられ、『神籬常在』内にある全ての刀が集結する。

 今までと違い、無造作に散らばり浮くのではなく、まるで軍隊のように綺麗に並んだそれは、皆が神々しく輝き、洩矢諏訪子の肌を焼く。

 同時に光る、依姫の瞳に宿った輝き。

 

 それが最高点に達したと同時に、無数の刀たちが宙を走った。

 

 今までと違うのは、それは攻撃の意思の下に動いたものではない事。

 ただ依姫の腕となり、足となり。

 そして依姫の『強さ』を証明せんとそこに在る、神下ろしの道具として弁えた動きだった。

 

「ッ――!」

 

 依姫が上から下へ、刀を突き刺す姿勢で落下する。

 ただ刀を振るって生み出す斬撃と違い、その動きはあまりにも隙だらけで、そして簡単に避けられる単調なもの。

 

 だが、諏訪子はそれを見逃す事はできない。

 攻撃を避ける事も許されない。

 

 何故なら、知っているからだ。

 依姫が『刀を地面に突き刺す』事で、一体何の神を呼べるのかを――。

 

「『須佐之男命(すさのおのみこと)』よ――」

 

 迎撃以外に選択肢はない。

 刀が地面に刺さるより前。

 咄嗟に鉄輪を複数展開し、足に纏わせた諏訪子が刀を蹴り上げる。

 これで須佐之男命(すさのおのみこと)の『封緘する程度の能力』の発動条件は満たされない。

 諏訪子の目の前には、木偶の棒と化して宙を舞う刀と、『混沌』と『調和』の力を宿す依姫のみ。

 

「洩矢の――」

 

 諏訪子の手が依姫に向かう。

 『(カイ)』のような遠隔の斬撃では、依姫による『調和』の力で矮小化され、大したダメージは与えられないだろうと見たが故の判断。

 相手に直接触れる事を条件とした『(ハチ)』ならば、持ち前の神秘の出力の高さで、例え『調和』で防がれてもそれなりの効果はある筈、それに諏訪子は賭けた。

 ザシュッ!と肉が裂かれる音がする。

 だが。

 

「なっ……」

 

 鮮血が飛び散る。

 耳障りな音と共に、視界に映るもの。

 それは依姫のではなく、諏訪子の手を僅かに裂いて出た少量の血と雑音。

 依姫の身体を掴む筈だった諏訪子の手は、その間に挟まっていた刀によって妨げられていた。

 

「いつの間に……!」

 

 『混沌』と『調和』による欺き。

 それは諏訪子の視界、そして空間の両方に作用する事で、依姫以外には認識できない、見えない武器として控えていた。

 透明化を解除した刀を握り直し、霞の構えに移行した依姫。

 再び、八百万の神による初見殺しが始まった。

 依姫は喋る。

 

()()()()()――」

 

 そして、その口元に浮かぶ。

 ――()()()()()

 

「動くな」

「ッ!?」

 

 顕現させた刀に宿らせるは、天児屋命(あめのこやねのみこと)

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)による岩戸隠れ、その時岩戸の前で祝詞を唱えた神。その力は『言葉に意味を与える程度の能力』。

 本来、神の加護が宿る神聖な『祝詞』の力に、蛇ノ目と牙という、人間が編み出した『呪術』の力を掛け合わせる事で、その効力を何倍にも引き上げる。

 直前の『祝詞をかける相手の名を呼ぶ』という縛りも合わせる事で、たとえ諏訪子でも抗えない『言霊』の強制力、依姫に襲い掛かる反動を最小限にする二つの目的を達成する。

 諏訪子の動きが止まる。

 その隙に再び、依姫の手に新たな刀が舞って来る。

 

「『八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)』よ!!」

 

 未だ動けない諏訪子に向けて突き出す刀の切っ先。

 その先から、底知れない神秘の奔流と共に、その神の威光を示す文字通りの『濁流』が発生する。

 大量発生した泥水に流されて距離が離れる。

 そして、ようやく身体の硬直が解除された諏訪子だったが、時は既に遅い。

 濁流による押し出しで、諏訪子は適切な反撃の機会を失った。

 

「『水光神(みひかのかみ)』よ」

 

 右手に持った刀から、青白の神力の渦が出現する。

 残る左手からは、逆に一切の光を飲み込まんとする――夜のように暗く、闇より深い黒の力。

 

「『月夜見尊(つくよみのみこと)』よ――!」

 

 光の対として顕現させるは、依姫にとって仕えるべき主でありながら、同時にこの世界で決して逆らってはいけない絶対君主。

 神下ろしの理論上、そこにいるのは複製体ではありつつも、間違いなく月夜見尊(つくよみのみこと)そのものの力。

 以前の依姫であれば考えもしなかった。

 仮に考えても、恐れ多く実行など到底できないそれを、依姫はもう躊躇わない。

 

 全ては、あの日の敗北を糧にする為。

 自身が見た『その先』を、今日この日に完成させる為。

 

 『海を引く程度の能力』、『水を光に変える程度の能力』、『夜を続ける程度の能力』。

 依姫がこれらの神を選んだ理由はたった一つ、月夜見尊(つくよみのみこと)の権能を一二〇パーセントで顕現させる為だ。

 光の長所の『速度』を殺し。

 代わりに闇の短所である『制御不能』のデメリットを踏み倒す。

 例え万物を侵す『瘴気』であろうと。

 理にすら届く洩矢の鉄の輪による『斬撃』であっても、『闇』という名の根源には敵わない。

 

(これなら『光』を纏わせなくとも、あれに届く)

 

 だが月夜見尊(つくよみのみこと)の『闇』の速度は『光』には及ばない。

 しかも依姫は、領域を展開し複数の神下ろしを実行できる現状であっても、『光』を満足に扱う事ができていなかった。

 それの主な理由は生物としての欠陥、と言うよりも、決して無視できぬ『()()()()()』とも言えるものだったが、それより。

 

(そろそろ来るでしょう?洩矢諏訪子)

 

 先ほどから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それがこちらをじっと見つめ、動きを見せずに立っている姿を見下ろしながら、依姫は宙を舞う。

 重力を『混沌』で乱し、辺り一面の重力を四方八方ランダムに変化させる、自分を巻き込んだ攪乱。

 しかし依姫の身体そのものは『調和』の力で自在に操作し、更に方向感覚もその都度『適応』させている為、害があるのは相手のみ。

 

「――――はぁ」

 

 ()()()

 先ほどまでの態度とは一変し、突然それを吐く諏訪子。

 『闇』という概念を顕現させるだけに留まらず、更に強化まで施した必殺の剣を前にして。

 伊邪那美命(いざなみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)を下ろし、魅せたあの時の期待を裏切るような――。

 

(いや、違う……)

 

 ()()()

 斬撃を弾き、受け止める。

 重力を無視し、物理法則を無視して刻む剣撃の嵐。

 それらの傷をすぐに癒し、あっという間に元通りになる諏訪子と、掠り傷を癒す間もない依姫。

 反転術式の未習得。それのディスアドバンテージが着々と積もり、重なっていく一瞬の時間。

 

 ――()()()

 

 攻撃を当てる、癒される。

 だがその度、諏訪子の身体は与えたダメージ以上の衝撃を――身体を()()()()()()()()()()

 しかもその度に、目の前で立ち昇る莫大な神力までもが揺らぎ、風に吹かれる火のように消えそうにもなっている。

 弱っている?

 こちらが意図していない『何か』が、洩矢諏訪子の肉体に不調を与えているのか?

 段々と、その揺らぎはこうしている間にも、大きく――。

 

(だが、この気配は――)

 

 揺らぎ、神力が萎んでいく。

 洩矢諏訪子の顔から光は消え、まるで眠るかのように、両目を静かに閉じた後。

 

「――――は?」

 

 微動だにせず。

 神力が消え、あの悪寒の走るおぞましい瘴気すらもなくなり、無防備を晒す。

 突然の戦闘の放棄。

 怒りや嘆きよりも、まず最初に出てきた感情は『疑問』。

 そして。

 

(違う!あれは、洩矢諏訪子はそんな事をするような者ではない――!)

 

 洩矢諏訪子を『信頼』する事による『警戒』。

 すぐに依姫は刀を構え直し、後方へ跳びながら視線を向け続ける。

 油断ができる程自分が相手より優れているとは思ってはいない。

 相手の行動を見たまま、馬鹿正直に受け取れる程に自分は若くない。

 必ず何かが、変わる『理由』がそこにあると、そう判断して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「代わるぞ、諏訪子」

 

 そして、その判断は正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萎み、消えた神力と瘴気。

 それらを合わせても足りない、倍化という言葉でも不相応であろう、『莫大な神力のみ』が火山のように噴出する。

 

「……――!」

 

 知っている。

 綿月依姫は、その気配を知っている。

 

「――ッ。~~ッ、やっと――――!」

 

 正直な事を言えば。

 依姫は最初、洩矢諏訪子を相手にしている間、どうしても心の淵に残ったその感情を無視し切る事ができなかった。

 何故ならあの日、依姫に敗北を教えた存在は『洩矢諏訪子』ではなく、『彼女』だったのだから。

 例え『受肉』を果たし、同一人物になっていたとしても。

 『彼女』と相対できず、残念に思うそれ。

 だが今は。

 

()()()()()()――!」

 

 黒に近い橙色のアイライン。

 同心円状に変化した目の下から、頬の上を走るアイラインと同じ橙色の蛇皮紋様。

 背後に浮かぶ巨大な鉄輪。

 これらの要素は、依然として洩矢諏訪子のものだ。

 

 しかし、それ以外は違う。

 

 髪は諏訪子と違い、金ではなく紫がかった青。

 胸につけるは――洩矢神社に伝わるとされる『真澄の鏡』。

 僅かな違いこそあれど、その姿は間違いなく。

 

「何ですか、『それ』は」

「――――ハッ」

 

 依姫の言葉に洩矢諏訪子は――否。

 諏訪子と同じ、片割れを吸収し、完全体となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエこそなんだ」

 

 ――八坂神奈子は、獰猛に笑った。




完全体八坂神奈子←new!


 以下、依姫が呼んだ神と能力一覧です。

伊豆能売(いづのめ) 穢れを祓う程度の能力
須佐之男命(すさのおのみこと) 封緘する程度の能力
金山彦命(かなやまひこのみこと) 金属を操る程度の能力
火雷神(ほのいかづちのかみ) 炎と雷になる程度の能力
天津甕星(あまつみかぼし) 星の光を放つ程度の能力
石凝姥命(いしこりどめのみこと) 八咫の鏡を使う程度の能力
天宇受売命(あめのうずめのみこと) 神楽を舞う程度の能力
天照大御神(あまてらすおおみかみ) 夜をなくす程度の能力
鹿屋野比売神(かやのひめのかみ) 痛みを草に変える程度の能力
木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ) 疲弊を燃やす程度の能力
天之冬衣神(あめのふゆきぬ) 裁定する程度の能力
高木大神(たかみむすび) 発展させる程度の能力
天香山命(あめのかぐやまのみこと) 蔵を作る程度の能力
鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ) 魂を運ぶ程度の能力
月夜見尊(つくよみのみこと) 夜を続ける程度の能力
八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと) 海を引く程度の能力
宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢ) 活力を作る程度の能力
水光神(みひかのかみ) 水を光に変える程度の能力
淡島神(あわしまのかみ) 人形に憑かせる程度の能力
天児屋命(あめのこやねのみこと) 言葉に意味を与える程度の能力
天之御中主神(あめのみなかぬし) 天を掌握する程度の能力
伊邪那美命(いざなみのみこと)&伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 『混沌』と『調和』

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