10月28日、全国高校生魔法学論文コンペティション当日は、去年の事もあって物々しい警備で始まった。
もっとも警備チームの見回りに行っている香澄と違って、泉美はコンペの最中は特に仕事がない。せいぜいほのかと一緒に一高のブースの見張りに交代で参加するぐらいだが、結局泉美の中ではわざわざ高校生の発表する研究を狙うのはアホの所業と思っているのであまりやる気もなかった。
「──このように、刻印型魔法の発動において、『刻印』を刻んだ感応性合金プレートは必須条件ではありません。『刻印』はあくまで想子の流れを──」
今はちょうど壇上で一高の代表である五十里が発表している最中だ。簡潔に言うなら、刻印はあくまで想子の道筋を作っているだけなので、同じパターンで想子を投映出来れば感応性合金プレートがなくても刻印魔法は発動する、という内容。
正直なところ泉美としては「そんな当たり前の事を発表するのか」と思っていたのだが、観客の拍手はこれまでで一番大きかった。どうやら素晴らしい発見だったらしい。隣のほのかも興奮したように大きな拍手を送っている。
「五十里先輩凄かったね、泉美」
「……そうですね、この反応なら三高にも勝てそうです」
ほのかの弾んだ声に曖昧に返しながら先の発表を思い返してみる。なにか感心する要素があっただろうか、と。
最初は古式魔法師と現代魔法師の常識の差なのかと思ったが、よく考えるとそれも違う気がする。現代魔法師も古式魔法師も、或いは超能力者であったとしても、魔法式を用いて現実を書き換える点は変わらない。CAD の起動式も呪符も、そしてもちろん刻印も、魔法式を編むための補助に過ぎないのだ。
なのだから多少の差はあれど、現代魔法師が起動式なしでも魔法式を構築出来るように、刻印魔法は魔法式を構築する道しるべに過ぎず、五十里が実演した投影型魔法陣も構築さえ出来れば合金プレートの有無は関係ない、なんて事は少し考えれば分かる……筈、なのだが。
「(そもそも感応性合金プレートを使っているのだって
兵器としての実用性を最優先にした結果なのかもしれないが、そもそもこの手の基礎・根幹的な研究は普通大人の、専門の研究者が深く掘り進めるべきものな気がする。この分野で高校生に遅れをとっているというのなら彼らは何を研究しているのだろう。それとも刻印魔法の研究が特別遅れているというだけなのだろうか。
泉美が内心あきれている中、五十里たちが壇上を降りた。これで九校全ての発表が終わった事になる。
にも関わらず壇上では次の発表の準備が始まり、会場がざわめきだした。
「そっか。今年はもう一人発表するんだっけ」
「はい。論文コンペ初の一般参加枠です。発表内容もあってかなり注目されていますね」
九島家の末の息子が一般参加枠で発表する、という事は一週間程前に委員会から各校に通達があり、その関係で日程にも多少の変更がされている。通達された発表テーマには関係各所に激震を与え、この発表が目当てで来た、という有識者も多い。
なので観客のざわめきはそこが理由ではなく、壇上に上がった発表者の美貌に驚いた、という事なのだろう。
「第二高校の九島光宣です。発表内容は『精神干渉系魔法の原理と起動式に記述すべき事項に関する仮説』です」
事前の通達通り、光宣は精神の分野に切り込むつもりらしい。相当野心的なテーマだ。
精神干渉系魔法の原理は未だに殆ど解明されていない。魔法は基本属人的なものであるが、その中でも最も理論が立てにくく、観測が困難である分野なのだ。実際泉美も精神干渉系魔法を使えるが、理屈は正直よく分かっていない。感覚で使っているだけだ。
ひょっとしたら自分の術法にも利用出来るかもしれない。泉美は今日初めて壇上の発表に意識を集中させた。
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「で、結局光宣の発表ってどういう事なの?なんか凄いぐらいしか分かんなかったけど」
「えぇ……。いやまあ仕方ない、ですかね?」
論文コンペは光宣の優勝で幕を閉じた。ただでさえ例がなかった一般枠の参加者が優勝してしまうという異常事態に関係者が右往左往する羽目になった事や、自校の生徒に別枠で優勝を掻っ攫われた二高の気持ちを考えると二高代表枠を乗っ取って出た方が良かった気がしなくもない。
それはさておき光宣の論文だ。そもそも数学や物理に手こずるような普通の魔法科高校生では論文コンペの論文を理解するのは大変ではあるので、分からない香澄の頭が悪い訳では無い。
「まあ具体例を挙げると『殺気』ってあるじゃないですか。」
「?漫画とか小説の話?」
「いえ、現実の話です。というか私も殺気に反応して攻撃を躱すくらい出来ますよ?」
泉美の爆弾発言(?)に香澄が固まった。しかし直ぐに復帰して身を乗り出してくる。
「えっ!?──いやいやいや嘘だよね!?」
「出来ます。で、その理由が光宣くんの論文なら説明出来るという話ですね」
光宣の論文では、人が何か対象を認識したときに新たな想子情報体が観測される。そしてこの情報体は対象を認識しなくなると崩壊する。このとき重要なのは、情報体の崩壊が、対象が物質的に消滅するよりも前から始まるということ。これはこの情報体が視覚を始めとした感覚による受動的なものではなく、本人の認識や意志という主体的・能動的なものに依存しているという意味だ。
「──そうなると殺気を感じるというのは、自身を対象とした認識の情報体を無意識に知覚しているんじゃないか、と考えられる訳です。光宣くんはテレパシーを例に出していましたが」
「ウ~ン……全く納得は出来ないけど……」
「ま、これは私の勝手な考えで実証した訳では無いですし納得する必要はありませんけどね。要は『認識』に直結する情報体を発見した、と考えておけばいいです」
「ああなんだ最初からそう言ってよ、そっちのが断然分かりやすいって」
「……」
地味に自信があった具体例を一蹴され、泉美はなんとも言えない気持ちで帰りの準備を始めた。
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「……しかしまあ、本番を前にして退場とはくだらん奴だ」
遠く離れた地の闇の中、亡霊は一人呟いた。自身の弟子たちの、最後の一人が敗れた事を彼はその日の内には理解していた。
もっとも彼はその事に特に感傷は無い。ただ手間を押し付ける相手がいなくなった面倒と、祭りの前に勝手にいなくなったのが不満なだけだ。せっかく素晴らしい死に場所を用意してやろうと思っていたものを。
「……まあ良い。最低限役には立った」
日本の魔法師たちは亡霊の代理人を排除する事には成功したが、内輪揉めなどもありかなり大きな騒動になってしまった。亡霊が情報を抜き取るには十分すぎる程に。
「四葉真夜……七草弘一……司波達也……七草泉美……九重八雲……九島光宣、一条将輝は現状保留。他に多少の飛び入りはあるかもしれんが、まあこんなものか。後は──」
亡霊はしばらく手元にある、遊べそうな相手のリストに目を通していたが、顔を上げて作業中の
亡霊はUSNAから要警戒人物として扱われている身である。連中の監視を掻い潜るため準備は慎重に推し進めねばならない。彼らにも何か礼をするべきだろう。
以前なら『ブランシュ』や『無頭竜』にやらせていたのだが、アレらは勝手に潰れてしまった。結果自分でこのような雑事をする羽目になっているが、若い頃は全部自分でやっていたのだ。祭のための準備と考えるとこういう雑務も悪くない。
そんな感慨を抱きながら、亡霊はそのまま
一応研究者たち(大人)を擁護すると"魔法理論は感覚で分からないと理論も理解できない概念があるため、実技の成績が悪いと理論も出来ないのが多い"という設定があって、現段階では魔法力は世代が進むごとに遺伝子が馴染む段階。と考えると高校生の方が理屈の上では有利になります。……感覚で分からないと理解できないのは"理論"と呼べるのか?
それはさておき京都編(仮)はこれで終了です。完全に尽きてるストックを再び溜めるため次章まで少し空きます。というか章タイトル考えないと。(仮)で最後まで来てしまった……。