隻腕の狼、テラに忍ぶ。   作:子犬

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 地の文マシマシです。




冬の化身たち

 

 多数の息遣いと足音、乾いた発砲音に甲高い金属音。凍てついた空気中にそれらが響き始めて幾らかの時間が過ぎた。

 

「……オオカミさん、弾倉残り2つです」

 

「…そうか」

 

 ジェシカを背後に置いて飛来する矢などを弾き落とし、肉薄を試みようとする者には手裏剣で瞬時に牽制する。追撃を受けてから幾度となく繰り返されてきたこの動作を油断なくこなしていたが、狼とジェシカは共にじりじりと後退を続けていた。

 消耗し続けるこちらと、攻勢を強める敵方。次第に押されはじめ、ジェシカの弾薬も底をつきかけていたその時、狼は視界の端に建物の陰から飛び出してきた人影を辛うじて捉えた。

 

「ふッ!」

 

「ぐっ…!」

 

 視界の外から既に振り下ろされた鉈に対し、狼は咄嗟に半身を向け右腕の手甲でその刃を横から叩くように、逸らした。その際衝撃と激しい痛みが右腕を襲ったが、相手の得物が粗末なものであったことや装束の下に鎖帷子を着込んでいたことが幸いし多くの出血を伴う傷を負うことは防ぐことができた。斬撃を逸らした狼はほぼ密着状態となった敵の胴に背撃を打ち込み後退させると、勢いのままに脚を深く斬りつける。

 敵は呻き声を漏らしながら膝を折ったが、狼とて無傷とはいかなかった。どうやら、斬撃を逸らすことができたとはいえその衝撃は確かに伝わっていたようで、狼は右腕の違和感から今の防御で腕骨に罅が入ったことを理解した。

 

「ぁっ……――」

 

 その様子を、血の気の引いた顔で見ていたジェシカに対し、狼は右腕を軽く上げて見せる。

 右腕が強く鈍い痛みを発しているが、それでもまだ、楔丸の柄を握り、振るうことはできる。折れなかったことは不幸中の幸いだろう。

 

 ―――しかし、敵が多い。狼は再び敵から距離を取り、眼前の状況を見て息を吐く。

 今までどうにか対応していたが、二人という少数で抱えきれる数などはとうに超えており、現に今のように懐への侵入を度々許してしまっていた。

 

 現在状況はこちらが劣勢だが、数で勝っている敵方が攻勢に出ないのはジェシカの射撃能力と己の戦闘技術を明確に脅威であると認識しており、無闇に攻勢に出れば出血は避けられないと認識しているが故だろうと狼は推測していた。

 しかしどうにも、狼の中では何かが引っ掛かっていた。敵方がこちらを脅威であると認識していることは確かであろうし、損害を出したくないということもあるのだろうが、決してそれだけではないと感じてしまう───まるで何かを待っているような、そんな気味の悪い違和感を狼は感じ取っていた。

 

 もしや、この状況も敵の策なのだろうか。ふと浮かんだそんな考えを頭の片隅に追いやり、この場から脱し味方と合流するための手立てについて再び思考を巡らせる。狼はこの時点ですでに、状況を打開するためならば“組織の方針”とやらに合わせた戦いを捨て、血生臭い手段をとる事も厭うことはないとすら考えていた。

 

 再び、複数の敵が刃を低く構えながら切り込んでくる。狼が行く手に立ち、ジェシカがその援護を務めるが、消耗したジェシカと既に数人の敵を牽制している狼ではすべての敵を止めることは叶わず、狼のもとへ向かう一人の接近を許してしまった。

 

「っ!───ッ!?弾がっ…!」

 

 敵の姿を捉えたジェシカが素早く照準を向け、発砲する。弾丸が肩を掠め、微かに苦悶の声が耳に届いたもののその足を止めるには足りず、すぐさま2発目を撃ち込もうとしたが弾切れを知らせる銃の状態(ホールドオープン)を見て小さな悲鳴を漏らした。

 

 接近し、勢いをそのままに放たれた切り上げを狼は軽く横に跳ぶことで避け、続けて襲い来る横薙ぎからの連撃を、右腕の内側から響く様な痛みを感じながらも見事に弾き返した。

 

「マジかッ…!」

 

「………」

 

 隙をついたと思われた攻撃を弾かれたことで体感を崩し、上体を少し仰け反らせながら表情を歪ませた敵を見つめ、狼は一瞬間に考えを巡らせる。

 ───殺しは避けなければならなかったが、致し方がない。狼はかつてのように、怯んだ相手に向けて淀みなく構えをとる。それは一撃を以て急所を突き、敵を屠る研ぎ澄まされた忍びの技だった。

 数は多いが、この敵を起点としてそのまま攻勢を続け、一人ずつ戦力を削いでいけばいずれは撤退に追い込むことができると、そのような考えが狼の頭の片隅に浮かび始める。

 

「クソっ…」

 

 楔丸の切っ先が相手の喉元に伸びようとしたその瞬間のことだった。

 

 

 危

 

 

「っ!?」

 

 突如強い殺気が肌を刺し、狼が思わず後方に身体を投げ出すと、自身の身体があったその場所を氷塊が軌跡を残しながら途轍もない速さで切り裂いていった。

 氷塊が飛来した方向に顔を向けると、そこにはあの白装束たちと比べると体格の小さい、頭頂部から伸びる長い耳が目に付く人影があった。

 

「───仕留めたつもりだったが」

 

 それは静かに、しかし確かな存在感を伴って響く女の声だった。

 周囲の兵達と似た装束を纏い、兎のような特徴を持った───コータスの女が白銀の髪を揺らしながらこちらを睨め付けている。

 

 あの白兎が現れたことを端緒として、肌を撫でるこの場の空気がより緊張したものに変化した。狼はこの様な感覚をよく覚えており、同時にここが潮時であることを感じ取る。

 

「……ジェシカ殿、あの煙幕は使えるか?」

 

「!……はいっ! いつでも大丈夫です!」

 

「そうか」

 

「ですが、展開後はどうしましょう…… さっきの道には戻らず───」

「───いや」

 

「…え?」

 

「俺が、残ろう」

 

「…ッ!? ダメです!そんなことっ…!」

 

 一瞬の間をおいてようやくその言葉を飲み込み、意図を察したジェシカは首を横に振りながら目の前の背中に対して引き留めるように自身の意思を投げかけた。

 

「分かっているだろう。先のように逃げたとて、同じことだ」

 

「っ……ですが、オオカミさんがそんなことをしなくてもいいやり方がきっと…!」

 

「あるのやもしれん。だが、それを思案する暇はない」

 

 背を向けたままに発せられた言葉に、ジェシカは僅かに俯く。

 殿を務めるのであれば、すでに装備の大半を消耗した自身と比べまだ余力があり、頃合いを見て自身の足でその場から脱することができるであろう狼が相応しいことは理解できた。しかし未だその現実を受け入れることを、頭は拒んでいる。

 

 ───このままでは、この人は死んでしまうかもしれない。

 ジェシカの本能と感情は『他の手を』と叫ぶ、だがBSWの一員たらんと積んできた研鑽によって身に着けた理性と合理は、無慈悲に道を示し続けていた。

 気付けば、ジェシカは無力感と悔しさをすりつぶすように、奥歯を噛み締めていた。そして少しの間を置いた後、『……わかりました』と言葉を絞り出す。

 

「道は分かるか」

 

「っ……はい」

 

「ならば行け」

 

「あっ、あの……!」

 

「どうした」

 

「オオカミさんは大丈夫、ですよね……?」

 

 小さく縋るようにしてジェシカの口をついて出たそんな言葉に、狼は顔を僅かに背後へ向ける。

 

「……死ぬつもりはない。早く行け」

 

「…! 分かりました…!」

 

 ジェシカはそれまで狼の表情を窺い知ることができなかったが、この時ちらりと背後を見た瞳には、少しの揺れもない。どのような状況にあっても変わらないその眼を覗いたジェシカは、奥歯を噛み締める力をいつの間にか緩めていた。

 

 煙幕を展開し後方に足先を向けたジェシカは少し立ち止まり、狼の背を見つめると直ぐにまた走り出す。

 

「───……迷うでないぞ」

 

 狼はジェシカの背から視線を外し、遠ざかって行く気配を背に感じながら相対する白い影を見据える。発せられる圧力が肌をぞわりと撫で、粟立つような心地を覚えた。

 ───今対面しているあの白兎は間違いなく、類稀なる強者なのだろう。久しく感じることのなかった感覚に狼は静かに息をのんだ。

 

 時を稼ぐため、単身で大勢の気を引こうと言うのだ。あらゆる手を打ち、こちらが脅威であると敵の頭に刻み付けなければならない。ジェシカが仲間のもとへ向かった今、この状況はかつてと同じであり、選べる戦い方も、振るえる牙の数も大きく増えた。

 

「…参る」

 

 狼が義手を鳴らし“硝煙”の臭いが鼻を掠めると、同時に前方へ飛び出し前傾姿勢で走り出した。

 

「…!? 来るぞ!」

 

 先程まで防戦一方であった相手が一変し、今度は迷いなく向かってくるという自棄をおこしたようにしか見えない様子に一瞬呆気にとられながらも、各々が迎え撃つため得物を構える。

 射手と術師に照準を絞らせないよう、左右に進路を振りながらも速度を一切緩めず距離を詰めてきた狼と白装束の一人が衝突し、切り結ぶ。得物を介した押し合いとなったそれは、体格差故か狼が押し返される形で決着した。

 あっさりと隙を晒したことを怪訝に思いながらも得物を振りかざし、その胴体に刃が吸い込まれていく。

 

 ───すると、刃が狼に触れた刹那その体が霧のように輪郭を失い、猛禽の羽を残して掻き消えた。

 

「ッ!? 消え───」

 

 自身の理解の及ばぬ出来事が眼前で起こった事に動揺しながらも、咄嗟に周囲に目を向けた男は辛うじて仲間の頭上に向かう“黒い霧のような軌跡”を捉える。

 

「───っビッグベア! 上だ!!」

 

「くっ…!」

 

 白装束の集団の中でも目を引く、体格の良い長身の兵───ビッグベアと呼ばれたその男が頭上を見ると、霧の中から身を翻し、いつの間にか左手に握られていた黒鉄の斧を振りかぶりながら自身を見下ろしている狼の姿があった。

 

 考えるよりも先に、得物である両手剣を斧と自身の頭部の間に力任せに滑り込ませた直後、剣身と重々しい刃がぶつかる。

 脳漿を路上に撒き散らすような事態にならなかったことに肝を冷やしながらも安堵したその瞬間、カチンと打ち付けるような金属音が小さく響き、橙色の爆炎がビッグベアの視界に広がった。

 

「───ッ!?」

 

 爆炎が周囲を焦がし、轟音が廃都市の空気を重く震わせる。

 正体掴めぬ霧の猛禽の羽を束ねた義手忍具【霧がらす】と、火打ちの撃鉄を付けた斧を仕込んだ【仕込み斧・火打ち式】を用いて奇襲を仕掛け、一際大きな体躯の者から除いてしまおうと考えたのだ。

 しかし、防がれた上にこれといって手ごたえを感じることもなかったため、地上に降りた狼は出方を窺うように構えていた。

 

「!───ぐっ…!」

 

 すると相手は轟音の後の静寂を破るようにして、本来両手持ちを想定しているであろう重い長身の刃を片腕で振るい、爆煙を横へ切り裂きながら現れた。即座に反応した狼は楔丸でそれを受けたが、その瞬間の斬撃の重さから弾くよりも受け流すことを意識し、刃の軌道を激しい火花を散らしながら逸らすことで対処した。

 

「今ので叩き折れたと思ったんだが……」

 

 片腕で得物を油断なく構えなおしながらそう零し、軽く咳き込みながら頬に付着した煤汚れを拭う様子を見た狼は、警戒すべき敵があの白兎の他にも存在していたことを認識し眉間の皺を僅かに深くする。

 

 奇襲が失敗した今、目の前の者を除くことが困難であると判断した狼は両手剣の間合いから抜け出し、狭まり続ける包囲の一角に向けて走り出した。その時自身の動きを窺う周囲の敵の様子から、場の緊張がより高まっていることを狼は感じ取る。

 

 初めに仕掛けた相手が想像以上に優れた体幹を持っていたために仕留めることはできなかったが、己の持つ牙を存分に振るったその戦いは場の緊張を高めるには十分なものであったようで、駆ける狼を狙い撃つように、白兎やその周辺の術師から雨あられの如き氷の礫が狼に殺到した。

 急所に向かう軌道のものは弾き砕くことができたが、一部の礫が右の大腿に突き刺さり、掠めたものは皮と少しの肉を抉り取っていった。

 

 駆けた勢いをそのままに近場の物陰に身を滑らせ、その傷を癒すため急ぎ瓢箪を飲もうとしたその時、狼は脚に違和感を覚える。

 

「これは……」

 

 目線を下げると礫が突き刺さった箇所を中心に大腿が凍り付き始めている様子を目の当たりにした。それを認識した途端、熱さに似た痛みが脚を襲い狼は咄嗟に得物の柄でそれを砕く。

 ようやくその存在に慣れてきた“アーツ”と呼ばれる不可思議な力による攻撃を始めてその身で受けた狼は、凍結という厄介な性質に瓢箪を傾けながら表情を僅かに険しくした。

 

 物陰の端から覗き込んで様子を窺ってみれば、ずらりと並ぶ人影───数が先程よりも幾らか増えているように感じる───が見える。未だ痛みの残る脚をそのままに狼は遮蔽から姿を現し、集団全体を見るように構えた。

 

「少し、大人しくしてもらおう」

 

 白兎がそう呟き目を向けると手元で一つの雪玉のようなものが生じ、狼に向けて射出された。それを左へ跳んで回避することができた狼だったが、その際右脚から痛みと共に軽く力が抜け身体が傾いてしまう。

 そこへ続けてアーツが向かってくるが、氷塊と比べ幾分か容易に受け止められるように見えたそれを今度は刃で受けた瞬間、球が爆ぜ、狼の身体は凍てつく白に包まれる。直後の狼の姿は、まるで猛吹雪に長時間晒された後のように、装束は凍てつき皮膚には紅斑が生じていた。

 身体の硬直は直ぐに解けたが、この状態(FROSTBITE)で攻撃を受けた場合、身体が砕け散ってしまうのではないかとすら思えた。

 

 休む暇を与えぬかのように続けて飛来する矢のようなアーツを霞む視界で捉えた狼は、最早感覚を無くしかけている手足を動かすと、建物の欄干に向けて鉤縄を伸ばし、跳躍しようとする。が、何時ものように左手を振ろうとも僅かに軋むばかりで鉤縄が射出されることはなかった。よぎるのは先の白兎のアーツであり、あの冷気が身体のみならず義手までをも蝕んでいるようだ。

 義手が満足に使用できないことを知った狼は、瞬時に地面を蹴って跳躍することでアーツを避け、その追撃も壁を蹴り、別の方向へ跳んで狙いをずらした。

 

 その後も、敵の攻撃は止まず。

 肉薄する複数の敵の斬撃を弾き、駆け伏せて避け、時に頭上へ跳びあがる。

 続けて殺到する遠距離からの攻撃も、地面、壁面、街灯の順で蹴り、空中へ高く跳びながら弾いた。

 

 地形を縦横無尽に跳び回り、相手を翻弄する。地に足付け戦う者には真似することのできないその戦いこそが、狼ら忍びの技である。

 

「なんであれで動けてるんだ……?」

 

 その様子を見ていた白装束たちは、自身らの理解が及ばぬものを見ている心地でいた。

 血を滲ませた手足、殆ど凍り付いた装束、紅斑の生じた肌。どのように見ても走ることはおろか、動くことさえままならないように見える相手が、表情一つ変えずに跳び回っている。

 末端の兵達の間に浮き足立ったような空気が広がり始めた時、声がぽつりと場に響く。

 

「───お前たち、下がれ」

 

 白兎の言葉が響くと、狼との間に居た配下の兵達が瞬時に退き、互いの姿が明瞭になった。その時映った白兎の姿は片手を胸にあてこちらを静かに見据えるものであり、狼はその意図について考えを巡らせ、身構える。

 

「姐さんまさか───」

 

 

 殺気を肌で感じた次の瞬間に狼を襲ったのは、周囲の建物を覆ってしまうのではないかと思える程の氷の高波であった。これほどまでの攻撃を繰り出してくるとは思わなかった狼は、辛うじて防御姿勢をとることができたものの、空中でその刺々しい波を正面から受けることとなってしまう。

 

「ぐおっ…!?」

 

 幸い身体を貫かれることはなかったが、狼はその波に身体を強かに打ち付け、大きく吹き飛ばされた。路上に身体を投げ出された際受け身をとることはできたが、狼の身体を突き抜けた衝撃は骨身に無視できない損傷を与えていた。

 

 狼は軋む身体を持ち上げると、懐から傷薬瓢箪を取り出し中身を口に含む。薬水の臭みが鼻を抜け、体中を巡る感覚を覚えると同時に重く傷ついた身体からたちまち痛みが消えていった。

 

「……まだ立つか」

 

 頭上から聞こえた呟きに狼が顔を上げると、氷の高波の上から己を見下ろす白兎の姿。

 

「………」

 

 狼は口の端からどろりと零れるものを拭いとり、半身で構える。

 

「そうか、これがお前の選んだ運命か。 ───ならば、ここで果てろ」

 

 そう告げた白兎が片腕を持ち上げると、その背後にいくつもの氷の矢が次々と生じた。

 それを見た狼は、白兎がアーツによって作り出した巨大な氷塊に向けて走り出す。このままでは分が悪いと考えた狼はひとまず距離を詰め、直接白兎を攻撃しようと考えたのだ。頭上から降り注ぐ攻撃を避けながら根元付近に到達した狼は、凄まじい速さで氷の壁を登り始め瞬く間に白兎のもとへ辿り着いた。

 

「ちっ…!」

 

 想定以上の速さで距離を詰めてきたことに舌を鳴らしながらも、白兎は冷静にアーツを放つ。狼も近距離で放たれたそれを弾くと楔丸を構えなおし、すぐさま肉薄した。

 狼が首筋を狙って刃を振るうと白兎も逆手に握っていた短剣でそれを防ぎ、しばらくの打ち合いの末鍔迫り合いとなった。軽装で周囲と比べると細身の体躯、そして遠距離攻撃を主体とした動き方から打ち合いの心得はないと考えていたが、実際は的確にこちらの攻撃を防いでいる。

 

 その時、周囲に冷気が渦巻き始めたことに気付いた狼は押し合いを中断し、距離を取る。白兎を中心に冷気が爆ぜたのはその直後だった。もしあのまま押し合いを続けてまともに受けていたら致命的な隙を晒すこととなっていただろう。

 

「すまない姐さん! 遅くなった!」

 

 声の方へ目を向ければ再展開に手間取っていたのか、一足遅れて配下の兵達が氷塊の上の狼と白兎を囲むように、屋根の上で並んでいた。

 

「…来たか」

 

 仲間の姿を認めた白兎がそう呟き、狼を一瞥した瞬間。

 

「なっ…」

 

 足場としていた巨大な氷塊が砕け、崩壊していく。狼は反射的に鉤縄を飛ばそうと周囲を見渡すが、その時狼の目に映ったのは、まるで氷が急速に成長するようにして壁面を飲み込んでいく光景だった。

 

 建造物の壁面や街灯などが悉く氷に覆われてしまい、鉤縄を有効活用した戦いが難しくなってしまった。仕方なしと、戦いの場を地上に移そうとするが、足を付けようとしている地面のすぐそばで黒い岩のようなもの(源石結晶)が顔を覗かせていることに、狼は気付くことができなかった。

 

「終わりにしよう」

 

「っ…!」

 

 狼が地に足を付けた瞬間、周辺の地面が狼の足ごと凍り付き、氷が膝下までを飲み込むことで固定されてしまった。

 先程まではなかったことを考えると、どうやら白兎との攻防の中で仕込まれていたようだ。

 

 狼の地に足付けぬ戦い方を封じ、地面に下ろした上で無力化する。すべては敵方の策であり、己がそれに嵌ったことを、狼はここで理解した。

 そんな、ようやく生まれた狼の隙を敵が見逃すはずがなく。周囲を取り囲んだ術師が生成したのであろう数本の氷の槍が、狼の周囲を囲み、その冷たい先端を向けている。

 

 狼がその様子を静かに見つめ、白い息を吐いた直後。───放たれた氷の槍がその腕を、脚を、腹を、胸を貫いた。幾らか外れたものもあるが、それでも今受けた傷が致命傷であることに変わりはない。

 

 狼は最早なぜ命を保っているのか不思議なほどの状態で膝をつき、俯いていたが、顔を上げるといつの間にか眼前にあの白兎が立っていた。

 

「お前、名は何という?」

 

「………」

 

「……愛想のない奴だ」

 

 溜息交じりに白兎はそう呟くと、手を伸ばせば互いに触れられるほどの距離にまで歩を進めた。もっとも、最早狼にそのような力は残っていないのだが。

 

「だが、良い戦士だった」

 

 幾ばくかの時間は、稼ぐことができただろうか。死を目前にして、冷静に狼は思案する。

 頃合いを見て早々に離脱するべきであったし、死ぬつもりはないというあの言葉にも嘘はなかったのだが、身体から流れ続ける血液と霞む視界、そして眼前の白兎の存在は、この場での死から逃れられないことを明白に示している。

 白兎の手が眼前に迫り冷気を強く感じた次の瞬間には、狼はその意識を闇に落としていた。

 

―――――――――――――――

 

「姐さん! 大丈夫か?」

 

「……ああ、なんともない」

 

 駆け寄ってきた隊員の一人に声をかけられたコータスの女───フロストノヴァは、目の前で膝をつく男に顔を向けながら答えた。

 

「……にしてもこいつ、なんだったんだ? 姐さんの助けがなきゃ危うくもってかれるとこだったぜ……」

 

 集まってきた隊員らがつい先ほど造られた“氷像”に目を向け、そのうちの一人が先の戦いで切っ先が向けられた喉元を撫でながら、呟く。

 

「なりはだいぶ違うがこいつもロドス、なんだよな……? こんなやつも抱えてるのか」

 

「ぐっ… すまんが誰か、肩貸してくれ……」

 

「俺が支える。こっちに腕回せ」

 

「その前に止血済ませるぞ。見せてみろ」

 

 フロストノヴァが周囲に目を向けると展開していた隊員達が集結を始めており、負傷した仲間の傷の様子を確認していた。

 

「……総員、直ぐに装備を確認しろ。動けるやつは先にあのフェリーンを追え」

 

「了解」

 

 戦闘がひとまず終了したことを確認したフロストノヴァが指示を出し、各々が行動を開始する。

 時間は取られたが、負傷した隊員への応急処置や装備の確認が完了したのち、隊全体が移動を開始した。

 

「!…けほっ…こほっ」

 

 フロストノヴァは突如覚えのある違和感を感じたが、咄嗟に腕で口元を覆ったことが幸いし声を抑えることができた。

 

 先の戦闘において『このままでは兄弟達に死人が出る』と判断しアーツを行使したはいいものの、思いの外相手が粘ったために戦闘が長引き、身体の消耗も大きくなってしまったようだ。

 

「…ん? どうかしたか?姐さん」

 

「いや、何でもない」

 

 フロストノヴァは、徐に背後を見やる。

 視線の先には膝をつき、息絶えた男の姿。

 

 彼女は未だ思案していた。

 追い詰められ、死を前にしたその時でさえ静かにこちらを見つめていた、あの眼の意味を。

 

 





『エッチング弾薬』
銃器と合わせて使用される特別な弾薬

優れた命中精度と射程距離を誇るが、
高度かつ複雑な源石技術と加工によって作られており
その力はアーツの制御に依存する部分が大きい

使うことはできないが、集めてみると良いだろう

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