女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド   作:koshikoshikoshi

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結束バンドの夏休み その2

 

 夏休み最終盤のある日。山田リョウは都心のとある喫茶店にいた。

 

 古風な内装。薄暗くて静かな店内。客層の平均年齢は高め。ここだけゆっくりと時間が進む空間。

 

 チリンチリン。

 

 そんな渋い店の入り口、重厚な木製のドアがゆっくりと開く。ドアベルの音とともに、ピンクジャージにギターを背負った女の子が入ってくる。おどおどと歩をすすめるその少女こそ、リョウの待ち人だ。

 

「あ、へっ、へぃ大将、やってるぅ?」

 

 あきらかに場違いなかけ声。定まらぬ視線。挙動不審。喫茶店で待ち合わせるようになってからもう何度目になるのか数え切れないのに、どんな店を選んでもこの子は相変わらずだ。

 

「へいいらっしゃい!!」

 

 いつも通り。頬を緩めながら、リョウはぼっちに調子を合わせる。しずかにコーヒーの味を楽しんでいた客達の視線が自然に集まるが、もちろんリョウは気にしない。いつもどおり、ぼっちがぼっちであることを確認するたび、安心している自分に気づくのだ。

 

 

 

 

 小さなテーブル。何かに怯えたようにおどおどしながら、ぼっちはリョウの向かいの席に座った。

 

「きょ、今日の待ち合わせ。こ、こ、ここ、おとなっぽい雰囲気のお店、ですね。リョウさん、よくくるんですか?」

「うん。しずかに何か考えたいときとか。ぼっちはこういうお店、きらい?」

「あ、に、苦手ですけど、きらいじゃない、です。ひとりでは入れませんが、……リョウさんと一緒ならへいき、です」

「……そう」

 

 返事をしながら、リョウは反射的に顔をそらす。できるだけそっけなく相づちを打ったつもりだけど、もしかしたら表情でバレてしまったかもしれない。ぼっちにそう言って貰ってとてもうれしかったことが。

 

「あ、そうそう、こないだ借りたお金かえすね」

 

 ごまかすために、リョウは無理矢理に話題を変える。

 

 

 

 

 夏休み。一週間に数度の割合で、リョウはぼっちを呼び出していた。バイトや練習の前に、こうして二人で会っていた。一応、毎回借りたお金を返すという口実になっている。

 

「ここカレーが美味しいんだ。ここに来たからには食べなくちゃ損だよ」

「あ、はい。食べましょう」

 

「そうそう、新しい曲のことで相談があるんだけど……」

「あ、はい、実はわたしも詩のことで……」

 

 だが、実際に二人がやっていることといえば、いい雰囲気のお店で待ち合わせていっしょに食事してついでに歌詞や曲や音楽の話をしているだけだ。ぼっちといっしょにこんなだらだらとした時を過ごすこの時間こそが、夏休み中のリョウの最大の楽しみといっても過言ではなかった。

 

 

 

 

「あ、ぼっち、ごめん。お金足りないや。またお金貸して!」

「え? ま、またですか?」

 

 もちろん、会計の時にはまたお金を借りる。次回も呼び出す口実にするために。

 

(ぼっちも呆れた顔をしているものの特に嫌がっていないようだし、まぁいいだろう)

 

 本来なら、このままSTARRYにいって結束バンドの連中と合流するのだが……。夏休みももうすぐ終わり、か。

 

「ぼっち、まだ時間あるよね。寄り道していかないか? みんなには内緒で」

「え? も、もう練習はじまっちゃいますよ」

「大丈夫、ちょっとくらい遅れたって平気だって。アーティストには刺激が必要だし」

「あ、えーと、りょ、リョウさんがそういうのなら……」

 

 リョウの気まぐれだ。特に目的が有るわけではない。ただもうすこしだけいっしょにいたいと思った。ふたりだけで。

 

 一方で、ぼっちもリョウに誘われたことはイヤではなかった。

 

(リョ、リョウさん、音楽に対してはいつも真摯でストイックだけど、こういうちゃらんぽらんでワザと悪ぶってるところは相変わらず、だよね)

 

 前世のぼっちは、リョウのそんなところが好きだった。わざとみんなからはぐれてリョウとふたりだけで別行動したり、少しだけ悪いことをしているみたいで楽しかった。

 

(ちょっと不良な『おねぇちゃん』に悪いこと教えて貰ってるみたいで、……えへへ、前世をおもいだすなぁ)

 

 

 

 

 

 それはとある楽器店。リョウの後に続いて、ぼっちはおそるおそる店内に入る。

 

 ちなみに、さすがにヘドバンはしない。前世でもこのお店は何度か来た事があるから。

 

「ま、また新しい、ベース買うんですか?」

「うん。いいのがあればね」

「ま、マイニューギアー、やるんですか?」

「ぼっちも好きでしょ? 新しい相棒は自慢したいし、いいねもらうと嬉しいし」

 

 ぼっちも否定できない。前世より桁違いのフォロアー数を得ているギターヒーローとはいえ、承認欲求もそのぶん肥大化していることを自覚している。

 

「あ、で、でも、……わたし、承認欲求モンスターなので、……にゅーぎあーやっちゃうとすぐ調子に乗って、引き際を見失って、お金たくさん使っちゃうので……」

 

(これは、人生何回繰り返しても治らないような気がする。自分で言っててなさけなくなるけど……)

 

「ぼっちの承認欲求モンスターを沈めるには、……ニューギアーよりも水着で配信とかしたほうがいいんじゃないかな。あ、配信収入の管理とかはボクに任せてくれたまえ」

 

(えええええ! っていうか、リョウさんもやっぱり変わらないなぁ。ちょっと安心したりして……)

 

 

 

 

 

「そ、そろそろ練習にいかないと……」「そうだね」

 

 なんだかんだ言いながら、ふたりで楽器店の中をうろうろするのはそれなりに楽しかった。今の結束バンドのメンバーの中でも、なぜかリョウさんとだけはまったく緊張せずに自然におしゃべりできる。

 

「あ、これ……」

 

 そして帰り際。ぼっちが足をとめる。視線の先にあるのは一本のギター。

 

「YAMAHA PACIFICA? 気になるの?」

 

「あ、え、き、気になるのは確かですが、ええと、……この子は、まだちょっとだけ早いような気がして」

 

(……早い? どういうことだ??)

 

 リョウにはぼっちの言葉の意味がわからない。

 

「……ともかく、ぼっちに似合うと思うよ」

「え、そ、そうですか?」

 

 えへら。

 

 いつものようにだらしなく、でもちょっとだけ誇らしげな顔で笑うぼっち。まるで自分の家族を褒められたようなその表情に、おもわずリョウも嬉しくなる。

 

「試奏させてもらったら?」

「え?」

 

 たとえ前世の記憶があるとはいえ、自分から店員さんに試奏をおねがいするのは、ぼっちにとってハードルが高すぎる。

 

「すいません。このギター試奏させて貰ったりできますか?」

 

 ええっ?

 

 そんなぼっちに構うことなく、リョウが話をすすめてしまう。

 

「気に入ったのでしたら、かまいませんよ。手頃な価格ですけど凄くいいギターですから」

 

「ええええ?」

 

 営業上手な店員さんが営業トークをまくし立てる。半ばむりやりギターを手渡される。

 

 ぼっちがこの状況で断れるはずが無い。例によってキョドりながらも、それでもこの子は前世の相棒だ。ぼっちの腕が、指が、全身が、その感触を忘れるわけがない。そして……。

 

 

 

 

 ぎゅいーーーん!!

 

 

 

 

「お、お客様! まことに失礼致しました。……もしかしてプロの方でしたか?」

 

「え? あ、あ、い、いえ、プロではなくて……」

「ぼっちは既にプロみたいなもの」

「りょ、リョウさん、やめてください」

 

 はっ!

 

 店員さんが何かに気付く。キラキラした瞳でぼっちを見つめる。

 

「……そのギターの腕。ピンクの髪。ピンクのジャージ。ま、ま、まさか、いえ、絶対に、ギターヒー……『ええっ?』」

 

 どう答えて良いのかわからず、ぼっちの身体が固まった。

 

「こ、こ、こ、ここにサインを……『わるいけど、ボクら忙しいので帰るから』」

 

 リョウがむりやり間に割って入る。その場から逃げ出すために、さりげなく手を繋ぐ。

 

「ほらぼっち、面倒くさい事になる前に行こう!」

「は、はい。え、ええええーと……」

 

 リョウに手を引かれながら、ぼっちは振り返る。必死の思いで店員さんに声をかける。

 

「そ、そ、そ、そのギター、きっと、……きっと買うので、とっておいてください!」

 

 ぼっちの全身全霊、決死の叫び。それは店員さんにもつたわった。

 

「承知いたしました! おまちしていますので、いつでもお越しください!! ギターヒーローさん!!!」

 

 

 

 

 

 楽器店から少し離れて、リョウがぼっちに声をかける。手は握ったままだ。

 

「ぼっち。……ギターヒーローは有名人なんだから。そのピンクジャージでギター背負って歩いてるとバレちゃうね」

「あ、……えっ? そ、そ、そう、ですかね?」

 

 リョウに『有名人』と言われて、ぼっちは少しだけ舞い上がる。しかし同時に、自分がそんな有名なはずが無い。自分なんかが有名人であっていいはずがない。……という深い深い困惑。ぼっちの顔には、相反するふたつの表情が浮かんでいる。

 

「ちやほやされて承認欲求が満たされるのはぼっちの本望かもしれないけど、身バレするといろいろと面倒だとおもうよ。STARRYのバイトの時だけでも、ジャージはやめた方がいいんじゃないかな」

 

 どこまでも優しい目。優しい物言い。そんなリョウに見つめられ、ぼっちの中の困惑が蒸発していく。感情のすべてが夢心地に満たされていく。顔が僅かに赤くなる。

 

「あ、は、はい。そう、かもしれませんが……」

 

 それはいつものぼっちの意味不明の不気味な笑い方、ではなかった。少々だらしない笑顔ではあったが、ちょっとはにかんだような、照れたような、……少なくともリョウにとっては極上の美少女による眩しい微笑みにみえた。

 

 カタン

 

 リョウには、自分の心の中のタガが外れた音がきこえた。

 

「……なんなら、これからいっしょに古着屋いこうか。ボクが着換え選んであげるよ」

 

 え?

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、あ、あの、服を選んでいただいたのは大変ありがたいのですが、やっぱりわたし、ジャージの方が……」

 

 リョウが行きつけの古着屋。ぼっちに有無を言わせないまま勢いだけでここまで引っぱってきたリョウは、そのまま自分が選んだ服を強引にぼっちに押しつけ、試着室に押し込んだのだ。

 

 ゆったりとしたパーカーに、シンプルな膝丈のデニムスカート。ついでに黒縁の伊達メガネ。インドア女子風のぼっちが、おどおどしながら試着室から顔を出す。

 

(ぼっちを着換えさせるなんて千載一遇のチャンスだったのに、これはちょっと地味すぎたか? ……いや、お堅い文学少女っぽいぼっちもなかなか。まぁ、今日のところは、ボクがえらんだものを試着してくれただけで良しとするべきだろう)

 

「ぼっちらしくて似合ってると思うよ」

 

「でででででも、このままSTARRYに行ったら、喜多君や虹夏君や店長さんになんて言われるか……」

 

(あれ? ……ボクはいいのか? もしかして、ぼっちにとってボクだけは特別ってこと?)

 

 まったく想定してなかったぼっちの反応。リョウの心拍数が3%増える。血液の温度が1℃だけ上昇する。

 

「……ぼっち。いま重要なのは、ギターヒーローだとばれないことだ」

 

「え、えええ? ……そ、そ、そうかも、しれない、ですね」

 

 意外にも、ぼっちは乗り気のようだ。

 

 リョウは想像する。

 

 もしこのままふたりで手を繋いだままSTARRYへ行ったとしたら……。

 

 いつものジャージじゃない、可愛らしい格好のぼっちを見たみんなは……。

 

 そして、ぼっちが身につけている服を選んだのがボクだと知られたら……。

 

(虹夏、……抜け駆けしたみたいで、すまん!)

 

 にへら。

 

 もしかしたら生まれて初めてかもしれない。リョウの顔が、だらしなくニヤける。

 

 

 

 

 ……だが、リョウの有頂天はたった3秒しか続かなかった。彼はあっという間に地獄の底にたたき落とされる。

 

「わわわわたしも、ギターヒーローだとバレたくないとは思っていたんですけど、どんな格好すればいいのか思いつかなくて。……な、なにより、喜多君や虹夏君の前で、いまさらジャージ以外の姿を披露するのは、ちょっと恥ずかしいというか……」

 

(ぼっち、わかってる。ボクだけは特別ということなんだろ?)

 

「だ、だけど、リョウさんが選んでくれたものなら、きっと平気です。……リョウさんが女の子でよかった」

 

 は? ……はぁ?

 

 リョウの身体は、完全に固まった。

 

「ぼ、ぼっち? それって、どういう……」

 

「えーと、喜多君も、虹夏君も、……とてもいい人だし、かけがえのない仲間だとよーく知ってるんですけど、……けど、や、やっぱり、男の子だと、ちょっとだけわたしの知ってる二人とはちがってて……。で、で、でも、リョウさんは、わたしの知ってるリョウさんそのままで……」

 

(い、いったい、なにを言ってるんだ?)

 

「も、もし、リョウさんまで男の子だったら、わたし、また結束バンドに入れたかどうか……」

 

(まさか……。うすうす感じていなかったわけじゃないけど、まさか本当に、いまだにボクのことを女だと思って……)

 

「あ! あああ! ……わ、わたし、へんなこと言ってますね。こここんなの気持ち悪いですよね。いいいいまのは、忘れてくださいいいいい!!」

 

 恥ずかしい事を言ってしまったことに気づいたぼっち。いつものようにその場に溶け落ちる。そして、リョウの脳みそは停止したまま起動できない。

 

 

 

 

 結局、ふたりは結束バンドの練習に盛大に遅刻したのだった。

 

 

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