治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた   作:甘朔八夏

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4.けんか

 

 

三度目の鈍重魔法が避けられたことに、ハイネは顔をしかめる。

 

「避けないでほしい」

 

軽口を叩くハイネを、ソアレは焦点の合わない瞳で見つめた。捨てられた子供のような痛々しい顔でハイネを見上げた。

 

「……どうして」

 

震える声はハイネにとって心外だった。不満を示すため、眉を上げる。

 

「どうして? その質問はおかしい。ソアレは分かってるはず。私は魔族。魔物は絶対に倒さないといけない」

 

ハイネはソアレの背後へ視線を送る。ラスタに体を預ける人型の魔物に。ラスタに耳を塞がれたまま、ハイネを見て震える少女に。

 

「ミミ……だっけ。記憶もないのに襲われて災難だね。そこは申し訳ないと思う。でも、貴女は魔物。過去に人を傷つけたかもしれない。これから人を、私の大切な人を傷つけるかもしれない」

 

ラスタが少女の耳をより強く押さえた。聞こえないように。知ってしまわないように。

それでも構わなかった。自分に言い聞かせることが出来れば。

 

 

ハイネは目を見開いた。魔族特有の横長の瞳孔。それが爛々と輝いていることを、ハイネは自覚した。

 

「私はラスタが大切」

 

 

ラスタがミミを自身の身体に寄せた。ラスタの瞳に感情が浮かび上がるのをハイネは見た。恐怖だった。それを隠そうとしている事さえ、ハイネは気づいている。

 

(……何年、一緒にいると思ってるんだろ)

 

隠せると思ったのだろうか。ため息を飲みこみ、ハイネは四度目の魔法をソアレに向かって放つ。ソアレは重心と真逆の方向へ無理やり飛ぶ。魔法は、ソアレとは真反対の場所で無意味に発動した。

やはりソアレはパーティ1の身体能力の持ち主だ、と場違いな感心を覚えた。

 

 

……でも、

 

「無駄だよ。いくらソアレでも、私の魔力が尽きるより貴女の体力がなくなる方が早い」

 

ハイネの魔法は視界に入っている限り、距離を選ばない。極めて予備動作の少ない魔法の檻を避けているのは、ソアレの戦闘勘によるものだった。

 

「ソアレ。私はラスタを守ろうとしてる。それはきっと貴女のためにもなる」

 

ぜえぜえと荒い息を吐くソアレに、ハイネは語りかけた。ソアレは獣のように姿勢を低くしながら、油断なくハイネを見据えている。黄金の瞳から闘志は失われていなかった。

 

「……ミミの不安そうな顔がね。そっくりだったんだ」

 

ソアレは立ち上がる。ハイネは彼女の瞳を見て、ふと思い出した。私は、決して諦めない心を持った金髪の勇者サマに憧れていたのだと。

 

「小さい頃のボクと。何もなくて、何もできなくて、ひとりぼっちだったボクと」

 

 

視界の端で、人型の魔物を胸に抱いたラスタが目を見開いた。ずきん、とハイネの胸が痛んだ。

 

(俺と同じ思いだ、とか思ってたりして)

 

苛々する。この感情は誰にも絶対見せないから、せめて自分自身には嘘をつかないようにする。

 

嫉妬だった。ラスタと志を同じくするソアレが妬ましかった。羨ましかった。私だってラスタにそんな目を向けてもらいたかった。

 

でも駄目だ。

見ず知らずの子供にその命を使うくらいなら、子供を見捨ててほしかった。私たちを選んでほしかった。

きっとあの魔物を殺せば、ラスタは立ち直れなくなるだろう。それでもよかった。彼のそばにいられたら。貴方の隣にいられたら。

 

ラスタは私を憎むだろう。特大の思いを私にぶつけるだろう。そんな未来を夢想して、私は喜びを覚える。

憎しみと愛情に何の違いがある? 現に私は、ラスタを好いている。憎んでいる。

 

 

なんて醜い感情。ハイネは自嘲しながらも、その思いを肯定する。

 

「ソアレ」

 

「なあに、ハイネ」

 

「貴女はラスタより見ず知らずの魔物の方が大切なんだね」

 

ソアレが、本当の意味で傷ついた顔をした。胸を刺す罪悪感を無視する。

 

絡まれ(アミダ)

 

ずん、と巨石が落下したかのように空気が振動する。戦闘において動揺は毒だ。ハイネは一仕事終えたとばかりに、ひとつ息を吐いた。

 

魔法が直撃したソアレは、増大する自重に耐えかねて、とうとう沈むように膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「———ソアレッ!!」

 

思わず叫ぶ。押しつぶされるように屈んだ彼女に駆け寄ろうとして、服の裾をつかむ小さな手にハッとした。

 

「ら、ラスタ……」

 

ミミが俺の顔を見上げた。胡乱に揺れる瞳。どんどん暗く黒く深くなっていく青い目。何かに乗っ取られたかのように強迫的にミミの口から呪詛が漏れる。

 

「ハイネ……さん、は、どうしてソアレをいじめているの? 悪いことしたの? それとも悪いのは、わたし? また、悪いのはわたしなのに身代わりにして、わたしがみんなの期待に応えられなかったからなのに———」

 

耳を塞いでいた両手を外し、ミミを強く抱きしめる。ミミの額が俺の首筋に触れた。じゅうじゅうと皮膚の焼ける感覚がした。構わずミミの背中をさする。頭をぽんぽんと叩く。

 

「君はミミだ。俺とソアレが偶然出会った、ただの迷子の女の子。君は何も悪くない。悪いことなんて一つもない」

 

次第に、ミミの震えが小さくなっていく。何かを思い出したのだろう。トラウマを。苦痛を。今は、今だけは忘れたままでいてほしかった。

記憶喪失は一種の防衛機制だ。トラウマにより強制的に思い出した記憶は、心を壊しかねないから。

それだけじゃない。俺は素直に嫌だった。ミミのような小さい子が、罪悪感なんてものを感じるのが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ラスタ君。それは酷じゃあないかな?」

 

俺とミミの間を引き裂くように、びゅうと鋭い風がひとつ吹いた。低く聞き心地のいい声は、冗談を言う時のような軽い口調だった。

 

「……リル」

 

地上で人間の営みを観測する天使。女神様の直属の部下。以前神都で会った時と同様、金髪に甘いマスクが彼の雰囲気に合っていた。

 

「罪が無いのに罰せられる。理不尽で残酷なことだ。僕だったらとても納得できないな。せめて、自分は何がいけないのかを知りたい。罪を自覚したい」

 

「ラスタ君。君なら分かるんじゃないかな」と、リルは俺に人間離れした美貌を向けた。

 

「原罪だよ。その子は、女神様に背いてしまったんだ」

 

 

 

淡々としたリルの語り口に、俺は強い怒りが湧いた。ミミを捉えながら、ミミを見ていないその目に憤った。しかし同時に気づいてしまった。リルは、天使ジオフリールは、人間ではないのだと。

 

突然、リルの目が剣呑に細められた。奇襲に応じて振るわれた拳が複数の衝撃波となって、空気を揺らす。攻撃をいなしきれず、俺のすぐ前まで後退したキキョウが、肩で息をしながら刀を構え直した。

 

「ラスタ、すみません。…何とか相打ちに持ち込むので、私を置いてミミと逃げてください」

 

「それは困っちゃうな」

 

リルの背後から、ひょこっと女神様が顔を出す。

 

「ラスタたちに大怪我はさせたくないの。ソアレちゃんとおんなじように、ラスタもキキョウちゃんも上手く無力化できたらいいんだけど……」

 

女神様はにっこり笑う。殺意を胸に宿しているとは思えない、そのあまりにいつも通りな笑顔にぞっとした。

 

「ラスタはまだ冒険者続けたいんだもんね。冒険者は体が資本だから!」

 

(いびつ)だ。

 

「なんで……そんなに、優しいんですか」

 

つながらない。マリーを抱きしめた慈愛の顔が、俺たちを思いやる明るい笑顔が、ミミへの殺意と地続きになっている事が理解できない。

 

「女神様なら、この子の不安が分かるんじゃないですか」

 

女神様は人差し指の先を自分の唇に当てた。少し上を向いて考えたあと、出来の悪い生徒に教えるように、優しく俺に話しかける。

 

「……がん細胞は、がんになる前に死滅させなければいけない」

 

「———!!」

 

「ね、ラスタ。馴染み深いでしょ?」

 

一歩こちらに踏み出した女神様に、俺は後ずさる。一歩でも遠く離れようとする。キキョウが俺たちを庇うように、間に立って切先を女神様に向けた。それに呼応するように、リルがキキョウに向き合う。

リルは眉根を下げて言った。

 

「いま僕は女神様のすぐ近くにいるから、加護が特別強くなってる。いくらキキョウちゃんでも、今の僕には勝てないよ。……約束する。諦めてくれるなら、ミミちゃんとお別れするまで待つよ。だから」

 

「見殺しにしろって言うんですか」

 

キキョウが吐き捨てるように言った。刀を握る右手首を、左手で強く握りしめる。折れるほど強く。自分を罰するように強く。

 

「……私にその資格はありません。他人の人生を壊す事なんてできません。もう二度と。決して。……それに、私はまだ一度も贖罪できていないんです。確かに、ラスタの選択は罪かもしれません。でも、だからこそ、私はその罪を一緒に背負わなくてはいけません———私は、だから刀を握ったのです」

 

刀の先端が震えていた。朝日に照らされて輝く切先は、宝石のように美しかった。言葉を失う。俺は頭が真っ白になる。

 

「…交渉決裂、だね」

 

リルが少し悲しそうに呟いた。

 

「ラスタ、町へ戻ってください。今回不意をつかれたのは、ハイネに出発の時刻、場所を全て伝えていたからです。一度人混みに紛れた方が良いのではないでしょうか」

 

「……厳しいと思う。ハイネの事だ、魔法で俺たちを衆目の的にするくらい簡単なはず。もう隠れる事は難しい。俺たちが逃げ延びるには、今しかない」

 

キキョウがちらりとハイネに視線を送る。ハイネは額に汗を浮かべてソアレを抑えることに精一杯になっている。魔法に囚われてなお、ハイネを釘付けにする力。しかしその程度だ。ソアレは自力であの魔法から逃れられない。俺たちの助けが必要だ。

 

キキョウの目がすっと細まる。だんだん感情が消えていく戦士の表情になるはずだった。侍の魂が垣間見えるはずだった。しかし今、彼女の細められた瞳からのぞくのは、焦りだけだ。

 

「大丈夫です。私が何とかします。私が助けます。救います。私が、そうしてもらったように」

 

どん、と地面を踏み抜いて、キキョウはリルに突進する。あまりにも速い居合をリルは片手でさばいた。曲芸のように蹴り上げられたリルの足を、

 

「——う″ぅ」

 

キキョウは避けなかった。くの字になったキキョウの身体、しかし彼女の手は刀を固く握っている。

リルが目を見開いた。吹き飛ばされる勢いのままキキョウが放った乱暴な袈裟斬りは、リルの胸をざっくりと裂いた。

 

「うーっわ、すご———」

 

リルの軽口に明確な動揺がにじむ。それすらも遮るように、キキョウは鋭く突きを放った。リルはもはや口を閉ざし、必死の形相でそれを避ける。

二人は幾度目の対峙をした。キキョウが咳をした。吐かれた鮮やかな血が、彼女の和装を赤く汚した。

 

 

「……キキョウ、さん」

 

ミミがぽつりと名を呼ぶ。

 

「キキョウさんは、わたしのために戦ってるの?」

 

俺は否定も肯定もできず、無言でミミの手を握った。しかし俺の行動は、無駄だった。ミミが俺の服から手を放し、導かれるようにキキョウのもとへ行こうとする。

慌てて俺はミミの手を掴んだ。

 

「放して」

 

「駄目だ。ミミを一人にできない」

 

「キキョウさんは一人だよ」

 

「俺たちのために一人で戦ってくれてるんだ」

 

「なのにわたしたちはただ見てるだけなの?」

 

振り向いた。俺を責めているのだと思っていた。でも、ミミは泣きそうな顔をしていた。まっすぐに悲しんでいた。

 

 

「——ジオフリール。大変?」

 

「……すみません、女神様。お力添えいただけますか」

 

「んー…まだ力は残ってるし、いいよ。……キキョウちゃん。ちょっと痛いかも。ごめんね」

 

女神様がネックレスの宝石を握る。

 

 

 

 

ぱん、と。キキョウの頭を覆うように閃光が弾けた。

 

「——あ?」

 

キキョウの頭がぐわん、と揺れる。和装の少女は、刀を見当違いの方向に振るった。その反動で、さらに彼女の重心は崩れた。キキョウの名を呼ぶ暇もない。瞬く間にキキョウの隣に立ったリルは拳を振り上げる。

顔に疲労とわずかな安堵をにじませて、リルの一撃が、キキョウの首筋に、

 

 

「———駄目っ!!!

 

ミミが叫んだ。キキョウに手を伸ばした。ぞわりと、俺の背中が粟立った。ミミの伸ばした手のひらに目が奪われる。そこに重力が発生したみたいに、視線を離せない。

ミミの手の中に、小さくて真っ黒な球体が浮いていた。その黒は、零次元の点は、まるで最初から一次元であったかのように直線となって、

 

リルの胸に風穴を開けた。

 

 

 

 

 

ごぽりと口から溢れるドス黒い血を手で受けて、リルは初めて現状に気づいたかのように目を見開いた。

 

リルの胸を穿った穴は、まるで生き物のようにじくじくと蠢き、みるみる傷口を広げていく。

あまりに馴染み深い、ぐじゅぐじゅに膿んだような真っ黒の傷。

 

誰もが頭を真っ白にして、崩れゆくリルの体を見ていた。女神様も。ハイネも。ハイネの鈍重魔法が解けて、ソアレがくたりと身体の力を抜く。それでも動かなかった。誰も動けなかった。

 

 

「……はは。まずいな。これは、危険すぎる」

 

焼けた紙が散り散りに飛んでいくように。リルの身体がぼろぼろ崩れて、消えた。

 

 

音が世界から亡くなったのだと思った。耳鳴りの音はしなくて、ただ痛む感覚だけが鼓膜を貫いて、

ミミが自分の手のひらを見た。その後、俺を見た。俺と目を合わせた。美しい空色の瞳は動揺に揺れており、息は浅く肩は小刻みに震えている。

 

「……わた、わたし———」

 

 

誰かに背中を押されるように、俺は強引に前へ進んだ。目を白黒させるミミを抱えた。走った。キキョウの肩をたたいて、俺に視線を向けさせた。走った。ソアレの手を引いた。走った。

 

破裂するほどの焦燥が俺の心をどろどろに溶かしていた。ミミに、自分の罪に気付いてほしくなかった。決して自分のせいじゃないはずなのに、自分の罪に押しつぶされて絶望してほしくなかった。もう誰のそんな顔も見たくなかった。俺はもう誰にもそんな顔をさせてはいけなかった。きっと。きっと。

 

 

先ほどミミの額が触れた首筋がじくじくと痛む。途中から余裕がなくて、ソアレの手を放し両手でミミを抱えていた。振り向かなかった。二人が着いてきていることを願った。

 

 

女神様は、追ってこなかった。

 

 

 

 

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