「チィッ、やっぱりここはハズレかよ!」
「そう言うな……まだガキ共が逃げて来るかもしれねぇだろ?」
「バカが。んななまっちょろい事ばっか言ってるからテメェは三流なんだよ」
「あ?三流未満が何言ってやがる」
湖に浮かぶ船。崩壊した都市。土砂崩れに呑まれた村落。火に巻かれた家々。それらを包括したドームの中、中心部に程近い林の中で、数名の男達が言い争いを始めていた。
彼らは
────…が、それもただの寄せ集め。
「今ここでどっちが上か教えてやろうか?」
「はァ?吠え面かいてんじゃねぇよ間抜け」
絆や連携、ましてや相手を尊重する事も無い。彼らはただのチンピラ。所詮は三下の集まりであり、使い捨ての駒でしか無かった。
故に、
「そこの、貴様ら」
たった一言で争いが止まる。鈴の音が鳴るような、小鳥が囀るような心地好い声ではあったが、だとしてこの荒くれ共が止まる訳も無い。
彼らを鎮めたのは、その声に宿った恐ろしい狂気による威圧感。
「……何だよ、テメェは。雄英のガキか?」
彼らの中でも勇敢な────…否、無謀な者が声の主に問い掛ける。その彼が視線を向けた先に、周囲で気圧されていた者達も目を向け、次にはどこか安心したような表情を浮かべた。
そこに居たのが彼らのようなならず者が恐れるような存在では無く、良くて高校生程度にしか見えない体躯と外見をした少女だったからだ。
見るからに『なんだ、タダのガキじゃないか』という表情に、しかしそんな顔を向けられた彼女は眉一つ動かさない。
腰まで伸びた白い長髪をしゃなりと揺らし、すぅと細められた瞼には赤とも黄色とも取れる色をした瞳が収まっている。
裏地の赤い燕尾服にも見える裾長の上着はこの場には合わないものの、少女自身には妙に似合っており、その異質さが正体不明の威圧感をより感受し易いものとしていた。
歩み寄って来ているにも関わらず微かな足音すら聞こえない、息遣いすら感じ取れない少女の存在に、ヴィラン達は警戒心を引き上げる。
少女の奇抜な格好を見て『ヒーロー科の学生か』という思考こそ浮かんだが、それでは説明し切れない鉄錆の匂いを感じ取ってしまったが故に。
「おい、それ以上近付くんじゃねぇ」
ヴィランの一人がそう告げても、少女は足を止めようとしない。全く聞こえていない、或いは聞く気が無いという姿勢に苛立ったヴィランがまた声を上げようとすれば、今度は少女が口を開いた。
「わんふぉーおーるはどこにある?」
「ワン・フォー……クソガキ、テメェ何を────」
恐らくは「何を言ってやがる」とでも続いたのであろう台詞は、それを発するための口が喉の破損により機能しなくなった事で途絶えた。
ごと、と音を立てたのは、無謀なヴィランの頭。
「木っ端の破落戸風情が、図に乗るな。俺は貴様らに質問を許した覚えは無い」
「────…なっ、ぁ……テメェ!!」
前に出た一人の首が落ち、その体が倒れ伏して血溜まりが出来てようやく事を理解した他のヴィランは、怯えを隠す事もせず。しかし激情に身を任せ、怯えを蹴飛ばしてまで目の前の少女に牙を剥いた。
剥いた牙ごと、斬り捨てられた。
いつの間にやら少女は右手に剣を握っていた。白く細い指と小さな手で握られている両刃の直剣は、紫がかった黒一色で構成されている。
装飾の類は鍔に至るまでまるで無い無骨な剣だが、唯一柄には日本刀の拵のようなものが施されており、その頭からは赤い組紐が垂れている。
恐ろしい事に、刃には返り血など付いていない。
一人目が首を斬られ、二人目は顎から上下に分かたれたのだから、確かに斬ったはずだというのに。
残ったヴィラン達はその剣技を目にする事すら出来なかったものの、斬り口は確かに鋭利な刃、剣によって付けられたものであるはずだというのに。
「わんふぉーおーるは、どこにある」
「ヒィッ……!?」
引き攣ったか細い悲鳴は、到底荒くれの男が上げるようなものでは無いが、死を前にしては仕方の無い事なのだろう。
少女に感じた濃密な死の香りが現実のものとなった事で、ヴィラン達は我先にと逃げ出す────…が、何故か足を動かさない。否、
首に、胴に、腕に、足に、赤い線が走る。線は疎らに、無造作に走っており、それらはやがて林の木々にまで伝播して────
「うご、ぁ……?」
ばらり、と。ヴィラン達は辞世の句すら許されず、ぶつ切りになってその生涯を終えた。
右手側の林から、ずずん、と重い地響きが伝わって来る。爆発というよりは倒壊、木々が倒れたみたいな音だった。
気付いたのは僕だけじゃない。どころか、今この場で一触即発の空気感を作っている全員がそれに気付いて、けれど視線なんて向けていられない状況にいる。
僕とかっちゃんと切島君と轟君。そして、今日は既に活動時間が限界ギリギリを迎えているはずのオールマイト。
対する敵連合の戦力は、ボスらしき立場の死柄木 弔という男と転移系個性の
今までオールマイトと脳無はフィジカル的に互角の勝負。つまりオールマイトはそっちに掛かりきりで、他二人の相手もするとなると厳しいはずだ。
同じ事を僕以外の三人も考えていたみたいで、オールマイトの「君達はもう下がりなさい」という言葉に応じようとしない。
「さっきは俺らがいなきゃ危なかったでしょう」
「そうっスよ!あのデカブツだけならまだしも、他の奴は……」
「俺ァあのモヤ野郎をぶっ殺すだけだ!」
三者三様に拒否するかっちゃん達に続くように、僕も説得を────
「それにオールマイトはもう時間が────…っあ」
────…しようとして、それがよろしくない言葉選びだって事に気付いて口を抑える。この距離ならヴィランには聞こえないだろうけど、かっちゃん達には丸聞こえだ。
そうして途中で噤んだ言葉に返答するみたいに、オールマイトはこちらに向けた手をぐっと握って拳を作り、その親指を立てた。
無言のアピールに、けれど「大丈夫」という力強い声が聞こえた気がする。ただ、僕達が納得しようがしまいが、ヴィランは待ってはくれない。
「はぁ……黒霧、お前は脳無のサポートに回れ。俺はまず邪魔なガキ共を────」
キン、と。甲高い金属の音。
死柄木弔が僕達に矛先を向けるような言葉を発した瞬間、その音と同時に戦局は変わった。
それも、酷く悪い方向に。
「ここか、戦の中心は」
金属音から一拍を置いて、さっき地響きが鳴っていた方向の木々がバラバラに崩れる。それによって舞い上がった土煙の中には、小さな人影が見えた。
人影が発した声は女性……というか、少女のものに聞こえた。なのに心は急激に冷めて行く。
恐ろしいヴィランに恫喝された訳でも、ましてや
やがて土煙が晴れて、声の主が姿を現す。
白い長髪、赤と黄の瞳、中華風の燕尾服。そして何より、右手に握った黒い剣。
この場にいる全員が、彼女の事を知っていた。
「
誰かが呟いた彼女の名前。いや、通り名やヴィランネームの方が正しい。唐突に戦場の中心に顔を出した『三日月』という名を持つ彼女は、
騒ぎが起きた所にふらりと現れては、その首謀者や駆け付けたヒーロー達に『ワン・フォー・オールはどこにある』と問い掛けて、答えられなかった者を斬り殺して去って行く。
かと言って誰も彼もを殺す訳では無くて、騒ぎさえ起きなければ暴れる事もしないし、何なら街中をふらふら歩いている所をよく目撃されている。
そんな彼女が何故檻の中にいないのか。それは、この世の何より単純明快な理由があるから。
「む……また貴様か、オールマイト」
「それはこっちのセリフかな、三日月!」
「争う気は無い」
「どうかな、私には君と争わずにいた記憶が無いんだが」
「貴様が邪魔をするからだ」
彼女は
そんな彼女を閉じ込めておける檻など、あるはずがない。懲役刑が七回、無期懲役が一回、死刑が三回。後半四回はかの『タルタロス』に収容され、脱獄。
平和の象徴から逃げ果せ、タルタロスから脱獄し、自分から殺すのはヴィランだけ。問答を邪魔した場合はヒーローでさえ手に掛けるというのに、凶悪なヴィランを標的とする彼女を信奉する人間さえいる。
悪を殺す悪の華。オールマイトの対とされる、血塗られた伝説。人々が知る彼女の目的は、彼女が求める『ワン・フォー・オール』だけ。そして、人々が知らないそれを僕は今知っている。
オールマイトから力を継承した今だからわかる。三日月が狙っているのはオールマイトがこの前まで掲げていた、そして今は僕が掲げる事になった聖火だ。
希望と共に受け継がれて来た『ワン・フォー・オール』を、彼女は狙っているんだ。
「ん……」
僕がそうして警戒心を強くしたのに気付いたのか、三日月はその視線を僕へ向ける。途端に空気が重くなったような、正しく蛇に睨まれた蛙になったような背筋の凍る感覚。
暴力的な威圧感と、初めて嗅いだ『死の香り』に、吐き気で食道が震える。
ヘドロヴィランに呑まれそうになった時より、水難エリアでヴィランに囲まれた時より、蛙吹さんが死柄木弔に顔を掴まれた時より、初めて制御に成功したスマッシュが無意味だった時より。
そのどれもを上回る恐怖に、内臓がひっくり返ったような錯覚を覚えてしまった。
「……まぁ良い。おい、そこの貴様ら」
ほんの数秒意識を向けられていただけで気を失いそうになった僕から早々に興味を失くした様子で、三日月は敵連合の三人に声を掛ける。
「わんふぉーおーるはどこにある」
「────…あ゙?」
「いけません、死柄木弔。彼女の質問には答えずここは撤退を────」
「
ごぉ、と。三日月の周囲の空気が荒れ狂い始める。
いや、実際にはそんな事にはなっていないのに、ただオーラを撒き散らされただけで
「ふざけるな……」
「死柄木弔、今は抑えてください!」
「黙れ、口答えするな!お前もだ三日月!」
今までのやり取りと態度で、僕は死柄木弔の事を強大な存在とは思えていなかった。脳無というヴィランに命令出来る立場だけを持っただけのヴィランだと。
「ロートルが出しゃばって来るんじゃねぇよ!!」
その認識が今覆った。直後にやった事は「あの女を殺せ、脳無!!」と今まで通り脳無に命令するだけだったとはいえ、奴は三日月の圧に怯まなかった。
「ふっ……」
死柄木弔の命令に身構える脳無と、それを見て剣をくるりと逆手に持ち直す三日月と、今にも活動限界を迎えてもおかしくないオールマイト。
ヒーローサイドが圧倒的に劣勢なまま、戦況は最悪の三つ巴に突入した。
三日月(??)
(?? ???)
Birthday:??/??
Height :156cm(推定)
質問に答えられなかった者を問答無用で斬り殺す、ごく一部でカルト的人気を博している残忍無比な極悪ヴィラン────…でありながら、主な活動時間である夜間以外は野良猫と戯れる様子を拡散されるなど、表にもファンが多い謎の人物。
その活動期間は長きに渡るどころか、年数で言えばオールマイトより上。彼のデビューの直前に出没し始め、その当時はヴィジランテとして扱われていた。
良く言えば無骨、悪く言えば地味な黒い直剣が彼女の得物。直剣を生成する力こそ彼女の個性だとする者もいれば、剣筋どころか抜剣の瞬間すら見せない神業こそを個性と言う者もいる。
しかし現状、そのどちらの言い分も『何十年も姿が変わらない事こそ個性によるものだろう』という至極真っ当な意見に封殺されている。
THE・裏話
実は続かない